146 基本ダンジョン攻略技術者試験3
「なるほど。要するに必要な資格が取れなくて困っていると」
「雑に言うとそういうことになりますね」
長く説明することでもなかったので、ドラ子は端的に状況を説明した。
ついでに、ずっとエントランスに突っ立っていても仕方が無いので、今は窓際にある用途不明のテーブル席に座っていた。
多分、外部の人が訪ねて来た時に待たせるための席なんだろうが、使っている人を見た事がないテーブル席である。
そして、ドラ子の説明をふむふむと頷いて聞いていた骨無しペンギンは、にこりと笑う。
そう、それはまるで、何か画期的な解決策があるとでも言いたげな顔で。
「どうしようもないね」
「ですよね」
そしてあっさりと、彼女はドラ子に死刑宣告を下した。
そういえばこういう人だったなと、ドラ子は今になって思い出していた。
そんなドラ子の『こいつ使えねえな』という目線に気付いたからか、ペンギンはやや慌てて訂正を入れた。
「いや、正確にはどうしようもなくは無いんだけど、それはもしかしたら難しい提案かもしれないんだよ」
「どういうことです?」
「端的に言うとだね、なんだっけ、基本ダンジョン技術者資格?」
資格名すら覚束ない様子で口にしたあと、ペンギンは笑顔でとんでもないことを言った。
「私はそんな資格持ってないんだよ」
「えぇ!?」
ドラ子の表情が、今日イチで驚愕に染まった。
そんなドラ子の顔を見て、ペンギンは少し楽しそうに続ける。
「そもそも資格とはなんのためにあると思う?」
「それは……ええと、資格を取るくらいの能力があると示すため、ですか?」
「端的に言えばそうだねぇ、資格を認定している組織が、その資格を持っている人はその資格を取る程度の能力はありますよ、と保証しているわけだ。資格というのは、社内で能力試験なんて行わなくても能力の確認ができる、便利なツールというわけだね。もちろん、法律で定められている資格とかはまた変わってくるけど」
言いたい事は分かるような分からないような、とドラ子は思った。
確かに弁護士とかだったり、危険物を取り扱う資格だったりに比べれば、ダンジョン技術者の資格は『なければ仕事をしてはいけない』といった類のものではない、気がする。少なくとも基本のあたりはそうだろう。
そもそも、そこまで深く考えたことがない。資格を取れと言われたから、何も考えずに取ろうとしていただけのドラ子である。
だが、なんとなくペンギンが言いたいことも、分かったような気がした。
「つまり逆を言えばだね、ドラ子くん。資格なんてなくても、その能力の高さを会社の連中に叩き付けることができれば、いちいち面倒くさい資格試験を受けろだなんて、言われることはないのさ」
「それって、どれくらいの能力がいるんです?」
「この会社から逆にスカウトされる程度の能力があれば問題ないんじゃないかな」
「…………」
いや無理だろ、とドラ子は思った。
こっちはスカウトされるどころか、良くわからんダンジョン面接とやらで受かった人材だぞ、と。
能力があるどころか、どんな無能でも取ってしまうザル面接で通った人間が『私は資格なんて取らなくても能力があるんだよ!』と吠えたところで、説得力は皆無だ。
というか、そんなこと言った瞬間にメガネ先輩から意地の悪い術式の理解テストを投げられて、即座にぶちのめされる気しかしない。
そして、そんなことをこの骨無しペンギンが気付かないわけがない。
ジト目でドラ子が睨むと、ペンギンはやれやれといった仕草を取った。
「だから言っただろう? 難しい提案かもしれないって」
「難しいというか、普通に無理です」
「あははは」
笑い事じゃねえんだよ、とドラ子は思わずぶち切れそうになったが、流石にここでキレるのは筋違いだと我慢した。
だが、うっかり漏れたオーラが、僅かに窓ガラスをビリビリと震わせる。
ドラ子の怒気を敏感に感じ取ったのか、ペンギンは少し宥めるような口調で、さらに『提案』をした。
「というわけなんだが、実はここにもう一つ抜け道がある」
「抜け道、ですか?」
「それは君が受けようとしているのが『基本』の資格だからできることさ」
頭にはてなマークを浮かべるドラ子に、ペンギンはにんまりとした、あからさまに何かを企んでいそうな笑顔で言った。
「ドラ子くんは車の免許はもっているかい?」
「ええ? 一応、普通の免許は、大学時代に」
「じゃあ、その免許で実は原付にも乗ることができるのは知っている?」
「それくらいは知ってますよ」
この世界にもまだ根強く残っている自家用車文化。その中でも『普通の自動車』とよく呼ばれる、準中型の四輪車の免許を取得すると、それと一緒に排魔量の少ない二輪車にも乗る事ができるようになる。
それは流石に、免許を取ったものはまず知っている常識だ。
「資格も一緒さ。基本の資格を持っていなかったとしても、応用の資格を取得できれば、同時に基本の能力も持っているものと考えることができる」
「はっ!」
それは盲点であった。
だが、確かにそういう解決法は存在していた。
ドラ子が申し込みすらしていなかったのは『基本ダンジョン技術者試験』だったが、実はその一つ上に『応用ダンジョン技術者試験』というものがある。
基本試験をすっ飛ばして応用試験に合格できれば、それは基本の知識も持っていると見なされてもおかしくはない。
資格においても、大は小を兼ねるのだ! 多分!
先程ペンギンが述べたような、能力を叩き付ける解決法と似たようなものではあるが、それが可能ならそれは唯一の道に思えた。
そう、できるのなら。
「ところで、ペンギンさん。応用ダンジョン技術者資格の試験日って」
「基本の日と同じみたいだねぇ」
「では申し込み締め切りは?」
「分ける必要あると思う?」
「何も解決しねーじゃねーか!!」
ドラ子は久しぶりに敬語を忘れた。
ここがエントランスでなければ胸倉に掴み掛かっていたかもしれない。
「ははは! そう都合の良い話ばかりではないんだよドラ子くん」
「正論を言われているのに、どうしてこうも腹立たしいのか」
結局こいつに相談したのが無駄だった、と結論づけてドラ子がさっさと立ち去るか悩み始めたころに、ペンギンはしっと、人差し指を唇の前に持って来た。
ドラ子が不思議に思ったところで、ペンギンは静かに言う。
「しかし君は運が良い。実は私は、たった一つだけ君の現状を解決できる資格を知っている」
「…………(どうせまた希望を持たせて突き落とすんだろう? という顔)」
「まぁそう疑いなさんな。ほら」
ほら、と言いながらペンギンが差し出したデバイスの上には、とある資格の名前が表示されていた。
『基本ダンジョン攻略技術者試験』
明らかに基本ダンジョン技術者試験と被せたようなネーミングの、怪しげな資格試験の名前がそこにはあった。
「これは?」
ドラ子の疑問に、ペンギンは丁寧に答える。
「端的に言うと、これは『ダンジョン攻略者資格』と『ダンジョン技術者資格』を合わせたような資格だね。ドラ子くんは『ダンジョン攻略者資格』についての知識は?」
「たしか、現世界でもたまに発生する自然ダンジョンだか、異世界でも破壊するべきダンジョンが観測されたときなんかに、派遣されるダンジョンバスターとかそっち関係の資格ですよね?」
「その通りだね」
この時代には、実はダンジョン管理術式を利用しない『天然のダンジョン』や、管理術式を悪用された、『この世界にとって許されざるダンジョン』が存在する。
そういった『要攻略ダンジョン』を解決するのもまたこの世界の仕事の一つであり、仕事であるならば当然会社や資格が存在している。
その一つが『ダンジョン攻略者資格』というわけだ。
そんなドラ子の認識に頷きながら、ペンギンは続ける。
「そして、この『基本ダンジョン攻略技術者』とは、ダンジョンの攻略者としての解決力と、技術者としての理解力の、両方を備えていることを示す資格ということになる」
「ということは?」
「これを取得できれば、基本ダンジョン技術者資格の有資格者と同等程度の能力は保証されるというわけだよ」
「…………とかなんとか言って、そうそう上手い話があるわけが……」
やさぐれた気分になりながら、ドラ子はその資格の試験日と申し込み期限を確認した。
試験日はなんと、基本ダンジョン技術者試験の日程と同一。
しかも、申し込み期限は──
「今日まで!?」
今日がギリギリ最終日であった。
つまり今なら、この良く分からないパチモンみたいな試験を受けることができるのだった。




