140 お問い合わせ『魔王との関係性を疑われています』2
そもそも、闘技場とはどういう施設なのか。
その起こりを地球風に述べるのであれば、イタリアのコロッセオなどで、剣闘士が戦わされていた一種の娯楽施設であろう。
言うまでもないが、戦いとは人と人で行われるものだった。
それが異世界でモンスターがいる場合などは、少し事情が違ったりもする。
もちろん、人と人との戦いがないというわけではないし、それがメインとなる世界も存在するだろう。
だが同時に、何らかの方法で捕らえた『モンスター』を、そこで戦わせるという世界も確かに存在する。
人と人の戦い、人とモンスターの戦い、そしてモンスターとモンスターの戦い。
大体はこの戦いに加えて、その場で賭け事なども行われることが多く、力と金を求めた人間達の欲望と、モンスターを飼っている危険性が合わさった、ドロドロとした空間となっている事も珍しくはない。
そんな空間であるならば、そこには相応の闇もまた存在することが多く──
「そんなコロシアムが実はダンジョンであったとしても、驚くことは何もないわけだ」
「…………いや驚きますけど!?」
場所は本社ビル近くの、カツ丼屋であった。
この店の名物であるカツ丼茶漬けなるメニューをむーっと睨みながら、その場には三人保守サポート部メンバーが居た。
「毎度毎度思うんですけど、顧客はダンジョン管理術式を自由に使い過ぎなんですよ!」
そう言った、角の生えた赤髪の少女に対し、メガネの青年は相変わらず淡々と返す。
「だが待って欲しい。スーパーにしたり駅にしたり面接に使ったりするよりは、コロシアムにするのはマトモな使い方なのではないだろうか」
メガネの言葉に、ドラ子は考え込んだ。
そもそもダンジョンと言えば、冒険者が挑み、モンスターと戦い、その果てに何らかの報酬を持ち帰るもの。
大雑把に言えば、主催側がモンスターを用意し、挑戦者がモンスターに打ち勝つことで報酬を得るというシステムは、コロシアムであっても共通である。
であるならば、なるほど、コロシアムはダンジョンと言えなくもない。
「反論できねえ」
「ドラ子さん、そこはもう少し頑張りましょうよ」
と、メガネの先輩に簡単にやり込められた同期を見て、白騎士(仮)は力無く笑みを浮かべた。
そういうわけで、この場にはドラ子、白騎士、メガネの三人が居る。
今はその三人で仲良くお昼を食べに来たというわけだ。
というのも、もともと、白騎士はお弁当派であるが、先程のチケットのことだ。
先程の、コロシアムのオーナーが魔王との関連性を疑われているというお問い合わせに対し、うーむと少し悩んだ白騎士は、自分でもなんとなくの考えをまとめつつ先輩にも相談することにした。
そして、相談事があると聞いたメガネは、昼時が近かったこともあって飯でも食いながら少し話そうと言った。
そこに当たり前のようにドラ子も付いてきた。
以上であった。
「でもね白騎士ちゃん。ダンジョン管理術式を使ってスーパーを経営している人間に、スーパーの品出しが上手く行かないと相談されたことに比べたらね。モンスターと人が戦っているコロシアムの、なんとダンジョンらしいことかとね」
「それは、はい」
そして、勝手に付いてきたドラ子が全くお問い合わせの概要を把握していなかったので、今それを共有したところで、先程の反応だったわけである。
「ただ、それにしても、王都にあるコロシアムがダンジョンだというのは、なんとも大胆だと思いますけど」
ドラ子の言う通り、その辺のスーパーがダンジョンだというよりはよほどらしいが、それでも人間達の住む街の中にどんとダンジョンをぶち立てるというのは、中々に度胸のある行為に思えた。
「まぁ、もともとある都市にダンジョンをぶち込むというのは結構大胆かもしれないが、実際のところ、ダンジョンの周りに街が出来ているパターンはそれほど珍しくないからなぁ」
というのも、ダンジョンの存在価値というのは、世界によって様々である。
とある世界では、ダンジョンの存在が邪神による世界への侵攻だという価値観であることもあり、またとある世界では、ダンジョンは無限の資源を生む鉱脈だという価値観であることもあるのだ。
それは、ダンジョンの内部で一体何が手に入るのか、という部分に大きく関わってくる。
「ダンジョンがなんの利益ももたらさずに、ただ人を殺して回るだけの世界だったら当然その近くに街なんて作るわけがない。だが、ダンジョンからモンスターの素材や鉱石なんかが大量に取れる世界であれば、そこは逆に危険性を利益が上回ることもある。となれば、ダンジョンを中心にして街ができることもままあるわけだ」
そしてSolomonの利用者の中には当然、そういったタイプのダンジョンを管理している者もいる。
「したたかな顧客だと、自分でダンジョンを管理しつつ、ダンジョンの周りの街も治めている奴もいるからな」
「ええ……?」
メガネの言葉に怪訝な声を出したのはドラ子だった。
「なんかそれって盛大なマッチポンプ感があると言いますか」
「まあな。なんなら街そのものもダンジョンの一部として、住人から余剰魔力を吸収しつつ、それをダンジョンで還元して、そこから生まれる利益だけをかすめ取ってるこすい領主もいる」
「バレたらやばいことになりそうですね」
「まぁ、ヤバいことになるだろうな。それこそ、今回のコロシアムのお問い合わせみたいな嫌疑をかけられたりな」
と、異世界のダンジョンと都市の事情から一周して、話は白騎士の方へと戻って来た。
「今回のお問い合わせなんですけど、私の方で調べてみたら、同じ世界に顧客が複数居て、どうやらその複数の顧客が、同じ星でブッキングしているみたいなんですよね」
「あちゃー」
お問い合わせの内容的に、薄々そうじゃないかとは思っていた。
今回のお問い合わせでは、街中にコロシアムを構えた顧客と、魔王をやっている顧客がたまたま同じ惑星に居て、その二人が互いに知らずにSolomonを利用しているということなのだろう。
だから、召喚するモンスターが被ったのだ。
「同じ次元の世界で顧客が複数居るのは良くあることだが、同じ惑星で被るのはかなりのレアケースだな」
「ですよね」
メガネのぼやきに、白騎士も同意の姿勢を見せる。
「……ですね!」
良く分かってないドラ子も、訳知り顔でとりあえず頷いてみせた。
「…………ご存知の通り、Solomonの大元の顧客はだいたい、その『次元』を管理している者になる。良く言う創造神とかだな。で、その管理者が個々の世界に術式を落として、利用者がSolomonを運用する、というのが良くある契約のスタイルだ。この利用者がSolomonのマニュアルを良く読めばウチに直接お問い合わせしてくるし、そうじゃないなら管理者にお問い合わせがいって、そこから間接的にウチに問い合わせが来るパターンもある」
「なるほど」
「で、だいたい術式が落とされた世界同士は、まぁ、別の星だったりで関わりが無いことが多いんだが、ごく稀に、こうやってブッキングすることもある」
「ああ、なるほど」
ドラ子はそこでもう一度大きく頷いた。
それを苦笑いで見守っていた白騎士が、追従するように言った。
「だからと言ってはなんですが、こういうケースのお問い合わせも珍しくて、どういう対応をしたのかといった過去の事例もなかなか」
「…………うーん。まあなぁ」
白騎士の困った顔に、メガネはこれまた困った顔をした。
だが、その困った顔は、どう白騎士を納得させようかと悩むようなものだ。
「白騎士。実際のところ、どういう回答をすれば良いのか、なんとなく分かっているだろう?」
「…………」
白騎士は、答える代わりに水を一口含む。
そう。
彼女は別に、困り果てているのではない。
前例があろうがなかろうが、こう答えれば良いというのはなんとなく気付いていた。
ただ、それが、少しだけ無責任に思えて、それで相談しただけだ。
「顧客の状況は特殊だが、質問は至ってシンプルだ」
「はい」
メガネの言葉に、白騎士は俯きがちに頷いた。
今回のお問い合わせは、確かに特殊な状況ではある。
だが、聞かれている内容は簡単なのだ。
質問は一つだけ。
魔王軍との関係性を疑われているので、身の潔白を証明するような機能はないか?
「一言で言えば『ねえよそんな機能』で終わりだし、詳しく言うなら『そちらの事情なんか知るか、ねえよそんな機能』になる」
「ですよねぇ……」
そうなのだ。
いかに事情が特殊であろうと、いかに相手が困っていようと。
当然の事ながら、Solomonにそんな都合の良い機能が付いているわけがないのだ。
だってSolomonはただの『ダンジョン管理術式』なのだから。
すみません年末年始少し忙しいので次回の更新ちょっと未定です。
最悪でも一月頭には更新します……




