139 お問い合わせ『魔王との関係性を疑われています』1
保守サポート部には日々、多種多様なお問い合わせがくる。
送り主も、相談内容も千差万別で『それはこうですね』と簡単に答えられる内容から『どうしてそんなことを聞いてくるんだ?』と逆に尋ね返したくなる珍妙なものまで、枚挙にいとまがない。
それ故に、と言うのはどうかと思うが、今日も保守サポート部には悲鳴が響いていた。
「先輩……タマネギを食べたらダメなモンスターの一覧ってどっかにあります?」
「あるわけねえだろ。自分で調べろ」
「ひいいいいいんん」
同期の悲痛な、それでいてコミカルな叫びに、白騎士(仮)はふふ、と笑みを浮かべた。
白騎士にとっては耳馴染みのある悲鳴だが、保守サポート部の昔を知る先輩方からすれば、この状況は驚くべきことであるという。
というのも、この保守サポート部で私語(と言うべきかは微妙だが)が響くのは、一昔前では考えられないことだったとか。
これは誰のせいと言う程でもないが、ゴーレム部長が部長になってからは、厳格な雰囲気がオフィスを支配するようになっていたらしい。
実際に、白騎士が入社した直後は、もう少しオフィスは静かだった記憶はある。
それが変わったのは、自分ではなくドラ子のおかげなのだろう。
「そもそもタマネギとかどうでも良く無いですか!? モンスターには関係ないでしょ! 冒険者でも食わせててくださいよ!」
「ダンジョンマスターが、ペットにタマネギ食わせて良いか気にしてるんだから、しょうがないだろ」
「ペット目的でダンジョン管理術式を導入するなや! あとそれならモンスター種指定して質問しろ! でかいんだよ主語が!」
響き渡るドラ子のツッコミに、白騎士の周囲からも小さな忍び笑いが聞こえた。
ドラ子はこれでも、周囲の迷惑にならないようにできるだけ小声で叫んでいるようなのだが、他のデスクで会話がないせいで、少し離れた白騎士のところにもしっかりと声が聞こえている。
彼女の声が大きいことに関して、最初はゴーレム部長も思う所があったようだ。
だが、彼女とメガネ先輩のやり取りが、この息が詰まる仕事において、ほんの少しの息抜きをもたらしていることを認めた後は、目に余るようでなければ黙認の姿勢に変わった。
ドラ子の声が響いたあと、周囲のデスクでも小さく声が上がる。
「なんか私、実家のポチに会いたくなってきたかも」
「わかる。俺もしばらくタマコに会ってないからなぁ」
小さく、それでも確かに、ドラ子の声から派生した会話がオフィスで生まれていた。
まるで今日のニュースの感想を言い合うかのように、ペットの話題やタマネギの話題が、ぽつりぽつりと芽吹いて行く。
白騎士のデバイスの方でも、チャットツール『Slash』のプライベートグループのいくつかで発言が賑わい出していた。
もともと、保守サポート部の仕事は孤独だ。
保守サポート部の業務は、基本的に個人作業だから。
他の部署であれば、何か大きなことを成し遂げるために、チームを組んで力を合わせるのが大切だろうが、保守サポート部はお問い合わせに個人が答える形式になる。
もちろん、何か分からないことがあれば質問や協力くらいはするが、回答の作成は個人の仕事であり、各々が分担して何かを成し遂げる形にはならない。
だから、気が付けば会話もなく、個人個人が淡々と仕事をこなすオフィスが出来上がっていた。
そんな空気をドラ子は気ままにぶち壊した。
彼女は、この会社に入ったにしては、ダンジョンについて色々知らないことが多すぎた。
だから、ことあるごとに先輩に尋ねた。
ダンジョンを勉強していれば『そういうもの』として、割り切ってしまうようなことの多くに、正面から『おかしい』とツッコミを続けていた。
その都度、メガネの先輩は彼女の相手をしていて、時に漫才のようにお互いにボケとツッコミを交えながらドラ子を導いていく。
二人にしてみれば、それは当然の業務だったのだろうが、そんなやり取りがオフィスの空気を変えてくれたことに、彼ら以外の全員が気付いていた。
「ふふっ、私も、見習うべきところは見習わないといけませんよね」
客観的な事実として、ドラ子より自分の方が仕事はこなしているとは思う。
だが、それはこの会社に入るまでの予習のおかげだと、白騎士は認識している。
白騎士は昔からダンジョンが好きだったから、ダンジョン管理術式のことも独学で色々と勉強し、時には実際に触りもした。
だから、Solomonの知識は最初からある程度あったし、多少驚かされることが多くとも、人より早く順応できた。
ただそれだけだ。
きっと自分一人が新人としてここに入っても、オフィスの空気が変わることはなかった。
それが出来たドラ子には、一人の人間として確かに尊敬する部分があるのだ。
「お、そうこう言っているうちに、お前向きの新規チケットが」
「もういっぱいいっぱいですから! だいたい何ですか私向きって!」
そうやって二人の様子を眺めていると、どうやら窓口に新しいお問い合わせが届いたようだった。
保守サポート部へのお問い合わせは、一度窓口に全てが集められる。
そこから、窓口を担当しているオペ子が一読した後に、おおよそのチケットの難易度を加味して、空いている人物へとお問い合わせをアサインする。
基本は抱えているチケットの数で機械的にアサインするのだが、難しいと一目で分かるようなチケットは、難易度を考慮してベテランに回したりするわけだ。
また、明らかに保守サポート部のサポート対象ではないお問い合わせは、ゴーレム部長に報告した上でしかるべき場所に転送したり、突っぱねたりもする。
そして、今届いたチケットのような、なんとも言えないものには渋い顔をしたりするわけなのだが。
ピロン。
と、デバイスから音がなり、白騎士はチャットツールでその内容を確かめた。
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オペ子:To白騎士(仮)、Toハイパーイケメン蝙蝠、CCメガネ
以下の新規チケットのご対応をお願いします。
回答者『白騎士(仮)』
レビュアー『ハイパーイケメン蝙蝠』
チケット番号#20023122301『魔王との関係性を疑われています』
────
白騎士は、先程のチケットが自分にアサインされたことを認めつつ、少し不思議に思った。
それは、先程のメッセージの宛先にメガネ先輩も添えられていることだ。
自慢ではないが、白騎士へのアサインはそこそこ前から、相談役であるメガネへの送信がなくなっていた。
それが今回に限って復活している。
なんとなく、不穏な気配がしていた。
「とりあえず、読んでみようかな」
対応する旨の返信をしてから、白騎士はアサインされたチケットの内容を確認した。
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件名:魔王との関係性を疑われています
差出人:異世界459契約番号1──チャンチャンポン
製品情報:Solomon Ver28.4
お問い合わせ番号:20023122301
本文:
お世話になっております。
この度、非常に困った事になっており相談しております。
と言いますのも、私は貴社術式を利用して、とある王国の王都内で闘技場を営んでおり、主にモンスター召喚機能を用いての、モンスターと人間の戦いを商売にしていました。
しかし、あるときを境にして、何故か私の闘技場が魔王(弊世界で人間と敵対している存在のこと)と関係性があるのではという噂が流れ始めました。
なんでも、闘技場の最上位モンスターと同じモンスターが、魔王の方のダンジョンでも発見されたとか。
ただ、私はもちろん魔王と無関係なのです。
しかし、このままだと私は商売を続けられない状況に至るものと思われます。
どうにか、貴社術式にて身の潔白を証明することはできないでしょうか。
よろしくお願いします。
──────
「……ええっと……?」
白騎士は、思わず頭が真っ白になりかけた。
彼女は彼女なりに、今まで真摯にお問い合わせに向き合って来た。
Solomonの術式にもそれなりに精通し、仕様への理解や不具合らしき動作も朧げながら把握できていた。
障害解析ですら、一人で行うことも増えていた。
その彼女をして、一瞬、何を尋ねられているのかが分からなかった。
要は、街中にふてぶてしくもダンジョンを開設して、闘技場と銘打っていたのだが、そのモンスターの出所を疑われているという状況。
Solomonの不具合でもなければ、これと言った機能が存在するような問いかけでもない。
「…………これ、Solomon関係あります?」
たっぷり時間を使った上で出て来た疑問がこれであり。
悲しいが、メガネ先輩は遠くに居るので、その疑問に答える事ができなかった。




