136 継続お問い合わせ『ダンジョンが臭い』10
「可能か不可能かで言えば可能。ただし、現実的には難しい」
ドラ子がダンジョンの壁を内側から破壊できるかと尋ねれば、帰って来たのはそういう答えだった。
「ダンジョンの壁はダンジョンそのものほどではないが術式に守られている」
かつて魔王城にて聞いた話では、ダンジョンそのものは対国家級の攻撃を受けても防ぎきれる程度の防御力があるということだった。
それはダンジョンの内部の壁でも、ある程度同様のことは言えるらしい。
「そうでなければ、それなりに冒険者が強くなるだけで戦闘する度にフロア潰れるからな」
「それはそうですね」
ふと思ってみてもそうだろう。
いくらダンジョンの壁やフロアに自動修復の機能があると言っても、直すにも限度がある。
冒険者の能力上限自体は、異世界ごとに異なるだろうから断言はできないが、最上位のモンスターと最上位の冒険者が戦えば、並の洞窟など段ボールでできた家よりも脆く崩れ去るだろう。
「それにただの壁だと、たぶん上級モンスターあたりから壁よりモンスターのが固いみたいな状況になるからな。壁壊して戦闘避けられるなら避けたくもなる」
「あー、たしかに」
そしてそれは戦いの時だけに限定されない。
目の前にモンスターの大群がいて、薄い壁一枚隔てた隣に通路が続いているのだとしたら、とりあえず壁を壊して隣の通路に逃げようと思うのは自然な考えだ。
だが、それで逃げられたらダンジョンマスター側もたまったものではあるまい。
それゆえに、ダンジョンの壁は、簡単に壊されないように術式に保護されているのである。
「あとは壁を修復するときに不合理融合処理が発生する恐れもあるし」
「……ふごう?」
「まぁ、昔あった大バグ──じゃなくて仕様の一つだ。今は改修済みだからあまり気にしなくて良いんだが」
曰く、不合理融合処理とは。
本来、ダンジョンの壁は自動で修復される際に近くにある『素材』を再利用可能であれば取り込む習性がある。
壁を破壊された際の破片などを、リソースとして再利用しようとするのだ。
ただ、これは破片などに留まらず、不完全な状態のもの、例えばそこにある何かの死骸だとか、魔石の欠片だとかの、とにかく使えそうなものは片端から利用しようとするそうで、その際に、魔力形成で作られたモンスターなども誤って素材として回収しようとしてしまう仕様(不具合ではない)なのだとか。
「いや不具合ですよね?」
「いや仕様になった。ダンジョンから生み出されたものを、ダンジョンが回収しようとするのは何もおかしいことはない、ということになっている」
「いや誤って回収しようとする、とかもう言っちゃってるじゃないですか」
「術式が誤っただけで、仕様としては誤って無い、ということになっている」
「クソ術式さぁ」
どう考えても不具合だが、大幅な改修が必要だったため仕様になったのだ。
なお、当然ながらそんな言い訳が顧客に通るわけもなく、それまでなあなあでやってきたところで盛大にお問い合わせを入れられ、ミミックの大改修あたりのタイミングでひっそりと修正されたのである。
「と、話が逸れたがそういうわけで、壁を破壊することは可能だが、ただのローパーでは難しいだろうな。ローパーの能力値では壁を傷付けることは難しい」
「ですよね。でもそれがただのローパーではなく、分裂した個体が大量に合わさって生まれた『キングローパー』だったとしたら?」
カタカタと、ドラ子の話に応じながら会話をしていたメガネは、そこでようやくキーボードを叩く手を止めた。
「なるほど。いくら術式でデバフをかけてようが、大元はステータスが変わらんローパーだからな。合体でもして巨大化すれば基礎能力も向上するし、体積そのものを使った圧力で壁に恒常的なダメージも与えられる──か」
ふむ、と唸る様に言うメガネ。
そのメガネの反応から、ドラ子もやはりと確信を得た。
「つまりそういうことだと思うんですよね。私の環境のローパーはまだ幼く、壁に攻撃しようとする意思がないため、術式からの進化を受け入れてません。でも顧客の環境のローパーはすでに壁を破壊しようという考えに至っていて、その為に積極的に進化を受け入れ、巨大化とパワーアップを目指している」
「……筋は通るな」
メガネは頭の中でざっと否定材料を探してみるが、ぽつぽつ浮かんでは来ても積極的に説を否定するほどのものはない。
それよりは、ドラ子の言っている仮設を元に、それを補強する証拠を探した方が良さそうな気がした。
「とりあえず、それを説明するなら、壁の破損か、修復のログでも探してみろ」
今の段階では憶測の域は出ないが、もし顧客側のログで件の小部屋の壁に対する何らかのアクションが残されていれば。
故意か否かはともかく、ローパーが壁にダメージを与えていることは確認できる。
「そういえば、ダンジョンで生み出されたモンスターの目がある場合って、視界認識自動隠蔽機能はどうなるんです?」
部屋にぎっしりローパーが詰まっているなら、ローパーの視線が無い状況というのはあまりないだろう。
であるならば、壁の修復はずっとスタックされ続けることになるのではないか。
そう思って尋ねると、既に自分の仕事に戻っていたメガネは片手間に答える。
「モンスターの種類にもよるが、基本的に身内の前では機能しない、はずだ」
「種類による、というのは?」
「冒険者の身体を乗っ取った死霊系魔物なんかの前では、その冒険者の記憶が残ったまま蘇生される場合もあるから機能する」
「なんか、その事象があったから塞いだ、みたいなピンポイントな例外ですね」
「…………」
なんとなく感想を述べたら、メガネは苦い顔をした。図星だったのかもしれない。
相変わらず、ガバい術式である。
「とりあえず、ログの確認します」
いずれにせよ、自分のやる事は定まったとして、ドラ子はドラ子で己の仕事に戻るのであった。
そして、それは呆気なく発見される。
「ありました先輩! 地下8階のログに、壁の修復を行ったメッセージが!」
「でかした!」
メガネは相変わらず片手間だったが、珍しくストレートにドラ子を褒めた。
ドラ子も少しだけ、胸を張って得意そうである。
それは、今回のお問い合わせはメガネの多忙も相まって、いつもよりも自分が担当した部分が多かったという自覚があるから。
つまりは、自分自身でこの難しい事象の原因を突き止めたような達成感故であった。
「それで、もう回答は書けそうか?」
「とりあえず、流れを整理して、方針を組んでみます」
だが、保守サポート部の仕事は原因を突き止めること、だけではない。
突き止めた原因を、顧客に説明するために回答を書かなくては、仕事は終わらない。
そして、それはある意味原因を突き止めることよりも難しかったりもする。
「…………先輩」
「なんだ」
意気揚々と回答方針を書き始めようとしたドラ子だったが、暫くして彼女の手は止まっていた。
「今回の事象、Solomonの仕様を何も知らない人に、いったいどこから説明すれば良いんですか?」
ドラ子は思った。
例えばドラ子が気付いたことをメガネに説明するなら、メガネの方が仕様に詳しいこともあって、曖昧な説明でもポンポンと話を進めることができる。
だが、これが仕様を知らない顧客であっては、どこからどこまでを説明したら、不具合じみた事象を仕様と誤魔化しつつ納得してもらえるのか。
今回は特に難しい事象であったが故に、ドラ子はそこで固まった、のだが。
「真面目にやるなら、最初から最後まで、全部」
「全部……全部!? マジで言ってます!?」
え、今回知り得たことを全部説明するとか、どんな長さになるの?
そう思って固まるドラ子に、メガネは優しく告げた。
「まぁ、今回に限っては、顧客のダンジョンがローパーに破壊される可能性もゼロじゃないから、適度にぼやかしつつ説明する必要はあるだろう。Solomonの致命的な部分とか、そういうことは説明しなくても良いぞ」
「それ回答の難易度を上げているだけですよね?」
「そうとも言う」
メガネが説明しなくて良いと言ったのは、つまるところ『Solomonの不具合のせいで臭くなるどころかフロア一つを台無しにするレベルの事象が起きかねない』という部分を上手く誤魔化せという意味である。
そう、今はまだローパーが元々弱めのモンスター故にダンジョンが臭いだけで留まっているが。
もし、ローパーが地力で脱出できるくらいの力を手に入れたとあれば、それはもうその階層に居て良いレベルのモンスターではなくなっているということ。
早く解消しなければ、とんでもないことにも成り得るということ。
「まぁ、あれだ」
「はい」
「頑張れ」
ぽん、とメガネは軽い励ましの声とともに自分の仕事に戻った。
ドラ子だって分かっている。メガネが自分以上に修羅場で頑張っていることくらい。
だがしかし、それでも、ドラ子は言わなければいけなかった。
「もうやだあああああああ!」
誰の手助けも得られない状況で、どこから説明して良いか分からない事象を抱えながら、ドラ子はデスクに突っ伏して泣き言を吐くのであった。
頑張れドラ子。回答を書くまでがお問い合わせだ。
今回推敲が甘いので後で結構直すかもしれませんが、大筋は変わらないはずです。
回答はドラ子のいうとおりもうやだあああああって長さになりそうなので次回の投稿に回します……




