134 継続お問い合わせ『ダンジョンが臭い』8
ローパーとはどんなモンスターか。
その語源を考えれば、それは『ロープのようなモンスター』ということになる。
ロープのように伸びる触手があるからローパーなのであって、それ以外の特徴というのは実は意外と決まってない。
Solomonで提供しているローパーはその多種多様な特徴ごとに、亜種をたくさん用意しており、ダンジョン管理者の要望に合わせた種類が召喚できるようになっている。
のだが、ではその特徴を取っ払った『ただのローパー』はどうなのか。
それに関しては社内でも色々と揉めたらしいのだが、結論としては『スライムに近いモンスター』とすることになったのだ。
なぜスライムなのかと言えば、スライムが持っている『擬態能力』が、多様に枝分かれした亜種へと繋がるために必要な能力と思われたからだ。
だから、Solomonのローパーは枝分かれした後の亜種と違って、スライムと似た特性を持った軟体生物となっている。
そして、スライム型特有の能力の一つが、この『分裂』であった。
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「ええと、ローパー、どんどんと分裂していっています」
ダンジョン内の時間を早めて観察していたドラ子達の前で、出入り口のない小部屋に隔離されたローパーは次々と分裂を繰り返していった。
その数は一体から二体、二体から四体、四体から八体と倍々に増えて行き、静かに小部屋を満たしていく。
「なるほどな」
「何がなるほどなんです」
「この事象のからくりがだいたい分かった」
それを見ただけで、メガネはどうやら答えに辿り着いたらしかった。
先輩の様子を窺ったドラ子は、ふむ、と少し考えてから、訳知り顔で頷いた。
「なるほど、そういうことですか。完璧に理解しました」
一点の曇りも無い、星空のような目であった。
メガネはそんな後輩を細く見つめ、尋ねる。
「ドラ子も分かったのか?」
「はい。つまりアレがこうでコレがああで、ちょちょいのチョイ、ですね?」
「じゃあ、説明は要らないな。頑張って」
「待って!!」
ドラ子は無慈悲に自分の仕事に戻ろうとしたメガネに縋り付いた。
メガネは小さくため息を吐いてからドラ子に尋ねる。
「前から思ってたんだが、なぜお前は分かってないのにさも分かったようなことを言うんだ?」
「…………ノリで?」
「ノリで仕事するな……」
てへ、っと可愛らしく誤魔化すドラ子は、端から見れば可愛かったかもしれない。
だが、仕事を教える側のメガネからすれば、思わず殴りたくなるほど、小憎らしい態度であった。
「まず、ローパーというモンスターに限らないんだが、Solomonでモンスターが分裂した場合、その分裂体はどういう扱いになると思う?」
「んー? ちょっと待って下さい」
先輩からの問いかけに、ドラ子は少し頭を悩ませる。
分裂と簡単に言うが、その実体もまた、多岐に渡る。
単純に戦闘時だけ自分と同じ攻撃を繰り出す影を作り出すのも、自分の身代わりとして敵を惑わす分身をするのも、自分と全く同じ存在をもう一つ作り出すのも、広義の意味では全て分裂と言えるだろう。
だが、今回のローパーの行動は、特にスライム的な分裂であるはずだ。
であるならば、自分と同じ存在をもう一つ生み出すタイプのそれに近い。
それは、軟体生物であると同時に魔法生物としての性質を有するローパーにとっては、一種の『繁殖』とも言えた。
「というわけで、Solomon的にはモンスターが一体生まれた、みたいな扱いだと思うんですよね」
「よく理解してるじゃないか。そうだ。Solomonとしては、ローパーが分裂した場合は『ローパーが増えた』という認識になる」
どうやら正解を引けたようでドラ子はほっと胸を撫で下ろした。
ただし、それも束の間。
メガネはそんなドラ子に更に質問した。
「ではその増えたローパーは、元のローパーと完全に同じステータスか?」
「うっ」
え、それは知らない。
ドラ子は追加の問題に言葉を詰まらせる。
「制限時間10秒。10、9」
「え、ちょっと待」
無慈悲にカウントダウンを始めた先輩に待ったをかけるが、先輩はまったく気にせずにカウントダウンを続ける。
ドラ子はやぶれかぶれに答える。
「いいえ! 正解は『本体より少し弱い』で!」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」
ドラ子の答えを聞き、メガネはカメラが三回くらい切り替われそうな間を置いた後に告げた。
「はい不正解」
「うすうすそんな気はしてましたよ! 溜めが長いから!」
盛大に時間をかけての不正解に、ドラ子は思わず吠えた。
「ついでに正解は『ダンジョン毎の設定によって変わる』だ」
「せめて『はい』か『いいえ』で答えられる質問にしてくれません?」
二択を迫られた気がしたが、正解は『どちらとも言えない』であった。
「もともと、スライムと同じ特性だからな。これが動物よりだったら、本体の力を分け合ってとかになるんだろうが、スライムはせいぜい魔力が分割されるくらいか。基本的には分裂元と分裂先でステータスの違いはない」
「…………? だったら、答えは『ステータスは変わらない』なんじゃないですか?」
「いいや。デフォルトではそうなんだが、Solomonでは元の強さの半分くらいまで、弱くできるようになってる」
設定で弱くすることができる、というのは不思議な気もした。
疑問符を浮かべる後輩に、メガネは軽い経緯を説明する。
曰く、最初はスライム的に元の強さの分裂だけだったらしいのだが、そこにクレームが入ったらしい。
「顧客が言うには『分裂したら少し弱くなるのは常識だろ』とのことだ」
「またいつもの『お前ん中では常識案件』じゃないですか」
「そんでまぁ、ウチもいつものように『仰る通りです』したわけだな」
「またいつもの『上の無茶ぶりで下が苦労する案件』じゃないですか」
ドラ子もなんとなく分かって来ていた。
あ、この会社、上は特に何も考えず安請け合いして、下が必死に誤魔化しながら実装してること多いなって。
「で、上がやるって言ったのは良いけど、今更モンスターの生態なんて弄れないだろ? いちいち広義の意味で分裂するモンスター全部、新たに生産して登録し直せって話になる」
「モンスター生産管理部ぶちぎれ案件ですね」
召喚できるモンスターの生態を書き換えるということは、モンスターを一から育成しなおして、登録しなおさないといけない。
これがゴーレムみたいな無生物ならそこまで手間でもないかもしれないが、生きているモンスターの場合は勝手が違う。
まぁ、あの変態なら予算さえ貰えれば喜んでやるかもしれないが、普通はやりたくないだろう。
「なにより、これを変更したら変更したで『分裂なんだから同じステータスなのは常識だろ』ってクレームが来るのも目に見えてたからな。モンスター側を弄るのはやめようってなった」
「じゃあ何を?」
「外部からモンスターを弱くすることにした」
モンスターそのものを弱くするのは難しい。
であるなら、外部から働きかけてモンスターを弱らせる。
道理ではあった。
同時に、それをどう実現するのか。
そう考えた時に、ドラ子もようやくピンとくるものがあった。
「つまり、ダンジョン側が、分裂したモンスターにデバフをかけて弱体化させてるってことですか?」
「そういうことだ。モンスターを弄るより、術式を弄って、分裂で生まれたモンスターにデバフをかけて管理する方が、変更点は少なかった。なにより、分裂って事象自体もそこまで頻繁に起こることじゃないからな、普通は」
本来であれば、分裂はなかなかに大変な行為だ。
分裂の特性を持つモンスターだって、むやみやたらに分裂をしているわけではない。
だいたいは、外敵がいない場所で安全を確保した上で『繁殖』のために行うとか、あるいは戦闘中の危機を脱するために、必要に迫られて行うとか。
日常の中で、ふと『あ、分裂しよ』って思ってするような話ではないのだ。
「というわけで『外敵が居らず』かつ『どうしようもない危機的状況』なんて矛盾した状態に陥らない限りは、際限なくモンスターが分裂するなんてことはない。普通に分裂しただけなら、モンスター同士の縄張り争いや、冒険者との戦いで数も自然に減る。だから、多少術式の領域を取っても問題ないだろう、ってデバフで対応するようにしたんだ」
つまりは、生態系の頂点をスライムが取っていて、そのスライムがスライムの王国を作ろうと分裂を繰り返すような特殊ケースでない限り、デバフによる多少の術式領域の圧迫は問題ないと考えられた。
そして実際問題、それは恐らく大した問題を起こしていなかった。
今、この時までは。
「先輩。このローパー達なんですが」
「ああ。外敵が居ないから安全で、かつ、出口が無くてどうしようもないという、危機的状況に直面しているな」
「もしかしてこの一体一体に?」
「ああ。ステータスを割合で減少させるデバフがかかっているだろうな」
ここまで来れば、ドラ子ももう一度、完璧に理解した顔で頷けるというものだ。
ドラ子はそっとコアの領域使用率を確認してみる。
「ガンガン上がってますね。領域使用率」
「ああ。デバフの二重かけ三重かけは当たり前だからな。倍々ゲームで上がって行くぞ」
もはや名探偵を呼ぶまでもない。これが答えだ。
つまり、顧客のダンジョンの出入り口のない小部屋にも、このように無限増殖を繰り返すローパーがギチギチに詰まっているのだ。




