133 継続お問い合わせ『ダンジョンが臭い』7
「ん? んんん?」
ドラ子がそのエラーメッセージに疑問を持ったのは偶然だった。
そもそも、それはエラーメッセージではない。
メガネ先輩の言葉を参考に、各種ログを漁る傍らで、清掃機能の前後で何か領域を確保するために行われている動作はないかふと気になった。
先輩は清掃機能を作動させる領域がカツカツの場合は、必要な領域を確保する動作をする、と言っていた。
だから何となく、どうやって確保しているのか、メインシステムログに載っていないかな、と思っただけだ。
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INFO:モンスターの成長を促進しました
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それは何気ない、しかし珍しいログだった。
Solomonはダンジョン管理術式であり、その機能は多岐に渡る。
その中の一つに、環境に適応したモンスターを進化させるというものがあった。
例えば、雪原エリアに配置したウルフの群の中で、幾度も冒険者を退けて成長した個体をスノーウルフという上位種に進化させる、といった感じだ。
とはいえ、こういった進化は、基本的にダンジョンの管理者が『そういう設定』を予めしないと起こらない。
先程の例で言うならば、予めウルフの進化可能性を考慮し、ウルフの進化先としてスノーウルフを解放しておいた上で、ユニーク個体と呼べそうな個体が現れたときに術式が個体に働きかけて、個体が了承した場合に進化が行われる、といった具合だ。
魔力形成したモンスターであれば自由意志はほぼ無いようなものなので、条件を満たしてしまえば進化させることは容易いが、その条件を満たすことが難しい(自我というものが希薄なため、ユニーク個体になりにくい)。
反対に、実体を召喚したモンスターであれば、自我によって己の身体がダンジョンの怪しい術式に弄られるのを拒む場合が多く、どうしても必要な事態にならなければ進化を受け入れることがない。
というわけで、そういった設定をしていても、実際に進化することは稀で、だからこそ珍しいログということになる。
そんな珍しいログが、たまたま清掃機能の発動前に存在しているところを見て、ドラ子はただ『珍しいなぁ』と思っただけだった。
最初は。
「また?」
ドラ子は次第に気付く。
このダンジョンでは、どうやらこの成長の促進が、それなりの頻度で発生している様子だと。
それも、清掃機能が作動する前に起こっていることが多いのだと。
「…………??」
では、これが事象と関係のあるメッセージなのかと思うも、それは腑に落ちなかった。
何故ならば、モンスターの進化というのは、基本的に領域を圧迫する行為だからだ。
当たり前の話だが、モンスターの進化を促すのはSolomonの術式であり、術式を起動するには術式領域を確保する必要がある。
つまり、清掃機能のために術式領域を空けなければいけないところで、真逆の動作をしているということになる。
だから、ドラ子は珍しいな、とは思ったが、それが事象と関係のあるログだと思わなかった。
そして、話のタネとして、そんなログの様子をメガネの先輩に語ってみせたのだが。
「怪しいな」
「え?」
「ちょっとメッセージの情報を詳しく見てみろ」
話を聞いたメガネは、瞬時に目を鋭く細めて言った。
ドラ子はその様子に腑に落ちない顔を浮かべる。
「でも、進化ですよ? 領域的には──」
「俺はざっと見ただけだが、そもそも、このダンジョンで進化しそうなモンスターはそう多くなかった。何より、進化先の設定がされていた記憶が無い」
「んえ?」
と、メガネの言葉に不思議な気持ちになりながら、ドラ子はそのログメッセージの付属情報を確認する。
大抵のログメッセージには、出力時にその時間や簡易な情報が付属している。
この進化のメッセージならば、進化元と進化先、そして進化が発生したダンジョンの座標などが記載されている筈だった。
「ええと、進化は…………『ローパー』から『ローパー』……?」
ドラ子は混乱した。
進化元と進化先が同じ種族だった。
そもそも、ローパーと言えば一部の界隈では熱狂的な人気(?)を誇る軟体生物系のモンスターである。
その生態は比較的謎に包まれており、植物型だったり、スライム型だったりと本体部分の特徴は多岐に渡るが、共通しているのは本体から伸びる幾本もの触手である。
このモンスターは主にその触手で冒険者を絡めとり、戦闘能力を奪った上で絞め殺したり養分にするのだ。
ただ、その触手の絡み付き方が、女性冒険者にとって度し難いことが大変多いため、一部の界隈で人気を誇るとともに、大多数からは不快モンスターとして大層嫌われているという、ある種有名なモンスターなのだ。
あえて誤解を怖れずに言うならば、有名なエロモンスターなのである。
なおSolomonにおけるローパーは、先程言ったような本体の特徴に合わせて種類がいくつか別れているが、基本となる無印の『ローパー』はスライム型の軟体生物である。
軟体生物特有の物理耐性と、特にソロでは対処の難しい触手の手数の多さから、それなりに対処の難しい中級モンスターといった区分だ。
とはいえ、今はそんなモンスターの生態よりも気になるログ情報である。
「先輩、同じモンスターから同じモンスターに進化するなんてことあり得るんですか?」
「本来なら有り得ない。ローパーの進化先は殆ど擬態先と同義だからな」
先に言ったように、ローパーは軟体生物であり、その姿はある程度自在である。
そこから更に進化するのならば、その擬態性能の向上が主になる。
所々石の柱が立つような鍾乳洞なら、その柱の一つに。
木々が生え揃う森の中であるなら、その木の一つに。
足元掬われる泥の沼地の中であるなら、その泥山の一つに。
そういう環境への適応が、本来のローパーの進化となり、ローパーからローパーに進化するという現象は本来有り得ない。
「だが有り得ているということは、そこに何かがあるということだ」
「何か、とは?」
「さぁ」
「…………」
何かを知っていそうな素振りで、何も知らないと態度で示されたドラ子は思わずジト目で先輩を睨んだ。
だが、睨んでいてもやはり何も出てこないので、ドラ子はその謎の進化が行われた座標を見てみる、すると。
「……地下8階」
ぼそり、とドラ子は呟いた。
その階層に覚えがあった。
「地下8階って確か、例の小部屋がある階層だな」
「はい。それで、座標的にも、まさしくその小部屋の、中ですね」
例の小部屋と言えば、そう。
例の、出入り口のない、本来であれば作れない筈の小部屋である。
それが顧客のダンジョンでは不具合で作成できてしまっていて、そこに存在しているらしいローパーが、謎の進化を遂げている。
「ドラ子」
「分かってます」
メガネもドラ子も、ピンと来ていた。
まだ、原因までは分かっていない。
だが、この謎の進化は、まさしく今回の事象に何らかの関係を持っている。
分かったら、やる事は一つだった。
「あ、行けますね。このサイズの小部屋だと召喚は無理かなと思ってたんですけど、ピンポイントに一点だけ、召喚可能なポイントがありました」
ドラ子は即座に自身の検証環境を開き、例の小部屋にモンスターを召喚することは可能かを確認する。
目測ではその小部屋は小さすぎて、Solomonのモンスター召喚の条件ではモンスターを召喚できないと思い込んでいた。
だが、中心部の僅かな点でのみ、召喚が可能であったのだ。
「ローパーの設定は顧客から貰った設定のままだよな?」
「弄ってないです」
「よし行け」
先輩のGOが出たところで、ドラ子は躊躇わずに検証環境に手を加える。
本来なら有り得る筈の無い、出入り口の無い小部屋に、一体のローパーが召喚された。
彼は、何を思うだろう。
出入り口など何もない、他に誰もいない、敵もいなければ味方もいない。
そんな狭い世界にぽつんと放り出されたローパーは、何をするだろう。
ダンジョン内の速度を早め、静かに見守っていたドラ子とメガネの前で、そのローパーは少しの時間のあと──。
「……分裂しました」
自身の身体を二つに裂き、自己増殖を行った。
今日は流石に大変遅くなりもうしわけないです……
水曜36時です……




