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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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131 昼休憩『転移の違いについて』



「くぅー! 五臓六腑に染み渡りますねぇ」


 と、どんぶりに並々と注いだうどんつゆを飲み干し、うどんつゆごとおかわりした後輩を見て、眼鏡の男性は冷ややかな目を向けていた。


「どうしたんすか先輩?」

「いや、こいつこの状況でよくそんな一仕事終わった感出せるなって」

「あっはっは」


 先輩の素朴な疑問に、ドラ子は乾いた声で笑った。


「先輩今の状況分かってます? 中間回答を出した時点で他に分かっている情報はゼロ。暫定対処法も不明。仕込んでおいた再現環境も戦果無し。どう思います?」

「控えめに言って詰んでると思う」


 不具合の条件を割り出すのに三日かけたドラ子であるが、何もこの三日間それだけやっていたわけではない。

 もちろん最優先は『ダンジョンが臭い』というチケットだったが、その間にも当たり前のように積もって行く『ミミックがモンスター召喚に居ない』とか『ミミックがトラップ機能に見当たらない』みたいなチケットはこなしていた。

 その傍らで、ソースに手を加えて強引に顧客と同じ環境のダンジョンも生成し、ダンジョン内時間を極限まで早めて事象の再現も試みていた。

 だが、結論としては異常な高負荷が発生することも、領域使用率の継続的な上昇の発生も観測できなかった。

 そう。日頃散々クソ術式と貶しているSolomonは、このタイミングにおいては真っ当に正常な動作を続けているのだった。


「こんな八方塞がりな状況、飲まなきゃやってらんないんですわ」

「でもビールじゃなくてうどんのつゆじゃんそれ」

「会社の食堂で昼からビール飲む勇気はないんですわ」


 言い忘れていたがここは本社にある食堂であり、現在時刻は昼と言うには厳しい午後三時過ぎだ。

 午前中になんとか不具合の発生条件を特定したドラ子が超特急で開発チームに情報を上げ、〆切がマジでヤバいという情報を送りつけまくった結果、超特急で不具合認定された情報をそのまま乗せて中間回答を送りつけたのがちょうどさっきのこと。

 それまで対応のため休憩にも行けず、ようやく回答を送りつけたこの時間が、ドラ子の休憩時間と相成ったわけだ。


「しかし、今回はやけに早く不具合認定してくれましたね」

「まぁ、条件がはっきりしてたのと、明らかに仕様外の事象だったのと、解決がぱっと見簡単そうだったのが理由だろうな」

「最後の理由さぁ……」


 最後の理由が不具合認定の条件に関わって来てしまう弊社の開発チームに、なんとも言えない気持ちになるドラ子であった。なお、ドラ子の開発チームへの不信感は回復の泉の件で大分高まっているものとする。


「ところで先輩はどうしてこの時間に?」

「…………俺も開発チームに別件を上げてたからな」

「あっ」


 ドラ子はさっと目を逸らした。

 つまり、メガネはメガネで別の案件を開発チームに依頼していたが、ドラ子が本日〆切を理由に強引に列に割り入ったので、メガネが割を食った形だったのだ。

 間接的に、ドラ子が原因でメガネの昼休憩もずれ込んだというわけだ。

 ドラ子も少しばつが悪い表情で、自分のどんぶりに並々に注いだうどんのつゆを、そっと差し出す。


「まま、先輩、どんぶりが空ですよ、ささ、飲んで飲んで」

「いらない」


 ついでにドラ子が食っていたのはかけうどんで、メガネが頼んだのはカツ丼だった。

 本来うどんのつゆはおかわり自由ではなかった筈だが、最近うどんを替え玉しまくるどこぞのドラゴンが現れたため、食堂の職員さんの善意でうどんのつゆもおかわりしてくれるサービスが実装された。

 Solomonのバグフィックスよりも早い対応であった。


「そんなことより、私気になってたことがあるんですよ」

「あん?」


 うどんのつゆでご機嫌を取るのを即座に諦めたドラ子は、今回の件で少し気になっていた話題に方向転換することにした。


「以前、違うチケットで『Solomonで転移機能を実装したいならサブスクリプションを導入しろ』って回答したことがあったじゃないですか」

「ああ。確か、違うダンジョンと繋げてダンジョンを広くしたい、みたいなお問い合わせだったか」


 メガネは、昔ドラ子が担当した筈のチケットを思い出す。

 たしか『ワープする床を設置したいです』とかいうお問い合わせであり、一応、ワープ機能を実装するには『超古代文明オプション』か『未来都市オプション』を使えという回答をした筈だった。

 その他に異相接続の話もしたはずだが、今は良いだろう。

 メガネがドラ子の言葉を待っていると、彼女は言う。


「機能としての転移床はサブスクリプションじゃないと扱えないって言いますけど、ランダムテレポートの罠で、転移先を任意に設定してやれば、サブスクリプション無しで転移機能は実装できるんじゃないですか?」


 ドラ子の素朴な疑問であった。

 今日までドラ子はランダムテレポートの罠をあまり深く調べていなかったのだが、実は転移先を任意に設定できることを先日知った。

 そして思ったのだ。

 それはつまり『ワープする機械や魔法陣を設置する』のも『ランダムテレポートの罠(任意の転移)を設置する』のも、変わらないのではないかと。

 だったら、何故、ワープ機能はサブスクリプションに限定されているのだろうか。

 そもそも、ボス部屋から入口に戻る機能とかは、しれっと実装されているくせに、と。


「…………んー、言いたいことは分かるが、そこはSolomonでは明確に違う部分なんだよなぁ」


 ドラ子の話を聞いたメガネは、少し言いにくそうではあるが、はっきり違うと言った。


「どういうことです?」

「ざっくり言うと、安全性の違いだな」


 そして「適切か分からないが」という枕詞を置いたあとで、メガネは簡単に二つの違いを説明した。


「例えるなら、サブスクリプションで行う機能としての転移は、電車やバスみたいな公共交通機関で、乗客を安全に移動させる感じなんだ。そもそも、移動させるための機能だから、移動先の安全性や、乗客の安全、転移の安定性なんかに気を使っている」

「ランダムテレポートの方は?」

「罠としての転移は、人間大砲で目的地にぶっ飛ばす感じ」

「大分違いますね!?」


 イメージでの話にはなるが、それだけで二つが大分違うことはなんとなく伝わった。


「罠の転移はそりゃ罠なんだから、安全性は二の次だよ。転移先に人が居ようが、モンスターが居ようが、なんなら壁の中だろうがおかまい無しにぶっ飛ばす。多少の座標のズレも無視してるから、最悪頭から床に落ちることもある。転移後の安全は保証されてない」

「えーと、話を聞いてる限り、本当に大分別ものっぽいですけど、ボス部屋とかの転移は?」

「あれはまぁ、温情というか特別製というかで機能寄りだな。実際に術式のソースコード見れば分かるんだが、本当にその二つは別物だからな。十倍くらい長さ違うぞ」

「ほへー」


 と言われても、結局ドラ子にはなんとなくでしかその違いは分からない。

 だが、機能としての転移は安全で、罠としての転移が危険なことと、ボス部屋の転移の魔法陣なんかは安全な転移の類だということは分かった。

 そして、なんとなく違いが分かったところで、もう一つ疑問がわいた。


「あれ? でも以前、魔王城で転移の魔法陣使ったのに、先輩の手に穴が空いたような?」


 それは全員で魔王城に遊びに行った魔王城最後の日(目下営業再開に向けて邁進中)の話で、あれは多分機能としての転移よりだった筈だ。

 にもかかわらず、結果としてメガネの安全性は確保されておらず、盛大に手にドラ子の構えていた剣がブッ刺さったのだが。


「魔王城はVer3だぞ?」

「アッハイ」


 そして疑問は、力づくで封殺された。

 過去がどうだろうと、今のSolomonが安全ならそれで良いのだ。


「あとは、普通に罠としての転移はダンジョン内か、精々ダンジョンの入口しか転移先を設定できない。一方機能としての転移なら、ダンジョン外のあらゆる座標も設定できる。こういった違いもあるから、以前のお問い合わせでは、どのみちサブスクリプションを案内するしかなかった筈だ」


 メガネはそういった違いの他にも、淡々と実装上の違いを述べていく。

 機能としての転移は双方向だが、罠は一方通行であること。

 機能としての転移は解体不可能だが、罠は罠解除で破壊可能なこと。

 機能としての転移の方が実は使用する魔力コストが低いことなど、地味だが色々な違いが存在している。

 それらを総合的に見て、それでもトラップ機能のランダムテレポートを利用したいなら、それはもう、ダンジョンマスターの好きにしろと言うほかないのだが。


「とにかく、実用性は置いておいて、保守サポート部の立場としては、機能は機能、罠は罠として切り分けておく必要がある。トラップで万が一事故が起きても『だから何? それ罠だよ?』って言えるからな」


 結論としてはそういう感じになった。

 だが、メガネの言い分からなんとなく、ドラ子も感じるところがあった。

 Solomonは決して、問題を起こさない術式というわけではない。

 むしろ日頃から、想定外の事象ばかり引き起こすポンコツだ。

 そんなポンコツにランダムテレポートなんてさせたら、想定外の事態がわんさか発生してもおかしくない。

 ドラ子は、本当に興味本位で、それを聞いてみた。


「ついでに、ランダムテレポートの罠で起きた、今までで一番面白かった事件は?」

「テレポート先にたまたま動き回るミミックが居て、ミミックの体内に直接テレポートされた冒険者がいたなぁ」

「わぉ」


 さすがSolomonと言わざるを得ない合わせ技であった。

 願わくば、事故にあった冒険者が今も元気でありますように。


 そんな話をしながら、現実逃避にも似たドラ子の昼休みは浪費されていくのであった。


長く続くお問い合わせの合間ですが、少しだけ説明しておいた方が良いかと思ったので差し込みました。

最後の彼は元気に庭を走り回っていますが冒険者はやめました。

閉所恐怖症暗所恐怖症になったので。

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