129 継続お問い合わせ『ダンジョンが臭い』5
「分か……った……」
どうにか絞り出すような声が聞こえ、メガネは自分の隣のデスクの後輩を見る。
やや疲れた顔ながら、達成感溢れる輝く目をしたドラ子が、不気味に唇を歪めていた。
「何が分かった?」
「この、出入り口のない小部屋が出来てしまう条件です」
「ほう」
ようやく、といった感じで声を出すドラ子の言葉を、メガネはじっくりと聞く態勢に入る。
「まず、ランダム生成のアルゴリズムは変更されていて、現状ではランダム生成をしても出入り口のない小部屋は生成されません。また、自作する際も同様で、意図的に出入り口のない小部屋を作ろうとした場合、システムによって注意されて作ることはできません」
それが現在のSolomonの基本スタンスだ。
顧客によっては『なんで出入り口のない小部屋が作れねえんだ!』とキレる場合もあるが、これに関しては『Solomonではそうなっています』と答えるほかない。
といっても。
「術式をちょっと弄れば警告を無視して作る事はできるが、そうではないんだろう?」
と、ちょっと術式を齧った人間であれば、できないこともない。
まぁ、こちらに無断で勝手に術式を弄ったりした場合は、サポート対象外になる可能性もあるので、よっぽどでない限りは勝手にやらないだろう。
どうしてもという場合には、こちらで仕方なく参考情報を教えることもなくはない。
今回の顧客は勝手に弄ったとは考えにくく、こちらで教えた形跡もないので、今ドラ子は出入り口のない小部屋が作成できてしまう条件を調べているのだ。
「もちろんです。今のところ再現性バッチリで作成できてます」
「で、その条件は?」
メガネの尋ねに、ドラ子は自信満々胸を張って言った。
「恐らくですけど──『空間拡張を行わず』に『ランダム生成』を行った場合に、『ダンジョンの範囲に指定した区画に始めから天然の空洞』があって『ランダム生成でその部分の改変が行われなかった場合』に、元からあった空洞がそのままダンジョンの一部として認識されるんだと思います」
メガネは言われたことを頭で整理した。
通常、Solomonを利用してダンジョンを経営しているダンジョンマスターのほとんどは、空間拡張の機能を利用する。
それは何故かと言えば、単純にそっちの方が場所を広く取れるからだ。
とはいえ、空間拡張を行う際にも多少のコストはかかるので、それを行わないという選択も一応できる。
ただ、メリットとデメリットがあまり釣り合わないので、まずやらない。
一万円で四畳半を一軒家にできますよ、と言われて四畳半が良いというタイプの人間でなければだいたい空間拡張をする。
そして今回の顧客は、どうやらたまたまそういうタイプの人間だったらしい。
空間拡張を使わずとも、Solomonの術式的に出来る事は変わらない。
指定した広さが実際に確保できるのなら、ダンジョンは作れる。
だが、空間拡張をしなかった、という事実が一つの落とし穴を作った。
「そうか。空間拡張する際は、拡張前の空間を完全掌握してからダンジョン作成に着手するが、空間拡張が行われないならその手順が省略される。だから天然の空洞があったとしても、気付かない」
そういうことだった。
例えるなら、空間拡張を行う際は、一軒家にする前の四畳半に何があるのかを把握し、真っ新な空間に塗り潰してから一軒家を新たに作成する。
しかし空間拡張を行わない場合は、一軒家に必要な空間をどんと用意しておいて、そこに一軒家を作成する。
その、どんと用意していた空間に、想定外の何かがあっても、一軒家が出来上がるまでSolomonは排除しない。
何故なら、Solomonはその空間には『何も無い』と認識しているからだ。
とはいえ、出来上がったあとに異物が存在すれば、流石にSolomonも気付いて警告を出すだろう。たとえば、水没の危険があるとかの警告はSolomonの仕事だ。
だが『異物が存在しない』という異常を──『そこには何も無い』という異常をSolomonが検知するだろうか?
恐らく、しないのだ。
だから、ダンジョンを作る予定の空間に、最初から『空洞』があっても、Solomonはダンジョンを作る際にそれを考慮しない。
Solomonからしてみれば、そこは『埋まっている』はずだからだ。
そして、出来上がってしまってから、指定範囲内に空洞が空いているという事実に気付くも、それを排除するアルゴリズムは作られてないため、結果として空洞が空洞のままダンジョンに残ってしまうのだ。
そしてそれは、地形をランダム作成する場合にのみ発生する不具合だ。
「ダンジョンを自作する場合は、一度全体を掌握する動作が入る筈だからそれで弾かれるが、ランダム作成だとその工程が抜けているんだな」
これはSolomonの手抜きのようでそうでもない。
ダンジョンマスター手ずからダンジョンを作成する場合は、ダンジョンマスターに弄りやすいように、術式が自動で指定範囲を『柔らかく』する。
例えれば、術式が自動でダンジョンを作成する場合は、固い石のままガリガリと石を削って工作するが、人間に触らせようと思ったら一度石を粘土のように柔らかく加工してから人間の前に出す、みたいなイメージである。
その柔らかくする加工が、指定範囲の掌握の作業であり、それが『天然の空洞』を発見できるか否かの境目になる。
「だから、拡張無しランダムでダンジョンを作った場合に、出入り口のない小部屋が作られる可能性がある、ということだな」
「なんで私が一言喋っただけでそこまで分かるんですかしかも私の分かってないアルゴリズムの掌握までしてるしこわいです」
ドラ子がSolomonと睨めっこしながらなんとか導き出した回答を、メガネは一度聞いただけで整理し直してしまった。
そんな即分かるんだったら、私が調べる意味あったのか? と思わずにはいられないドラ子であった。
「とにかく、あとはこれを開発チームに報告して認定して貰えば、この調査はおしまいですね」
「まぁ、そうだな」
とはいえ、一仕事を終えたような達成感は確かにドラ子にあった。
いや、達成感しかなかった。
その達成感を感じ続けることで、ドラ子は肝心の部分から目を逸らそうとしていた。
「ところでドラ子。聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
そうやっていい気分に浸っていた後輩に、メガネの先輩は淡々と尋ねる。
「ドラ子、お前がアサインされた『ダンジョンが臭い』ってチケットだけど、アサインされたのはいつだっけ?」
「ええと……三日前ですね」
「その新規不具合の調査に入ったのは?」
「…………三日前です」
「もひとつ質問いいかな。回答どうすんの?」
「こっちが聞きたいですよおおおおおおおおお!」
ドラ子は泣いた。
本当は分かっていたのだ。
この新規不具合の調査はあくまで『ダンジョンが臭い』というチケットの中で見つかった、一つの不具合の調査でしかなく。
ダンジョンが臭いという事象の、根本的な原因ではまったく無いということを。
つまり、ドラ子は、お問い合わせに答えるための前提条件を調べる段階で、持ち時間を使い切ったということだ。
魔王が世界を破滅させるまで一年と言われていたのに、最初の街で一年過ごしてしまった勇者のように。
「え、先輩、どうするんですこれ?」
「どうするもこうするも。中間回答しかないだろうな」
「うへぇ」
中間回答という言葉を聞いて、ドラ子はうんざりした顔になった。
中間回答とは、読んで字の如し、中間での回答だ。
通常、この保守サポート部では、お問い合わせを受理してから三営業日までの回答を基本としている。
しかし、どうしてもその三営業日では答えられないこともある。
未知の現象で貰った情報では何が起こっているのか、三日では全く分からない、ということも、少ないが確かにあるからだ。
〆切は確かにあるが、その時間では調査が間に合わない。
そんな時に作成することになるのが、中間回答だ。
中間回答とは『今調査中です。分かってないのでもう少し待って下さい』と顧客に言い訳するための回答なのである。
言ってしまえばそれだけなのだが、これがまた難しい。
「まあ、今回は超特急で不具合認定して貰って、調査の結果こんな不具合が出てるのは分かったのですが、事象の原因までは分かってません。もう少し待って下さいでいいだろ」
「ぎりぎり、首の皮一枚繋がりましたかね」
「そんなところだな」
中間回答の何が難しいと言えば、それはまさしく『顧客を納得させることが』難しいのだ。
顧客は基本的に、困っている。
困っているから、なるべく早めの回答を求めている。
どれくらい切羽詰まっているかは顧客によるが、一日でも早く回答を欲しがっているお客様に。
『調査してるけど何も分かってないから、もう少し待ってね』
と言っても、顧客はなかなか納得しない。
誰だって『そんなこと言って本当に調査してるのか?』と疑いたくもなる。
だから、中間回答では、顧客を納得させるための何かを──しっかり調査はしていますよという証拠になる何かを添えるのが基本だ。
今回の件で言えば『あなたのダンジョンを見ていたらおかしなことがあって、調べたら不具合が発生していましたよ』という『調査の証拠』を添えることで、しっかり調査は進んでいますよと顧客に言い訳できるというわけだ。
それが首の皮一枚、ということである。
「流石に、不具合が発生しているのは分かったが、それの原因も分かりませんし、それが事象に関係しているのかも分かりませんだと、少し苦しかったからな」
「これで、事象と関係ない不具合だったらマジでやばいんですけど」
「祈れ」
そして中間回答では、どれだけ『今分かっている事で顧客を納得させるか』という説得力が要求される。
これが、通常の回答とはまた違った労力を要するため、ドラ子はうんざりしているのだ。
今回で言えば、あたかも見つかった不具合が事象の原因であるように匂わせつつ、そうとは言い切らないで言い訳の余地を残す、繊細な言い回しが要求されるのであった。
そしてそれは、ドラ子の苦手とするところなのであった。
繊細さとは、無縁の生活をしてきた故に。
中間回答はなるべく早めに……早めに書けたら……投稿しますはい(中間回答の言い訳)




