12 お問い合わせ『冒険者が途中で帰ります』
「ふむぅ」
保守サポート部には様々なお問い合わせが届く。
単純な内容もあれば、マニュアルを案内するだけではとても解決できないものも当然ある。
そして、白騎士(仮)にアサインされたそのお問い合わせは、後者であった。
『
件名:冒険者が途中で帰ります
差出人:異世界499契約番号2──フローラルネクロマンサー
製品情報:Solomon Ver28.4.5
お問い合わせ番号:20022020518
本文:
このたび、貴社のSolomonをコアにインストールし、ダンジョンの経営を開始いたしましたところ想定外の事情が発生しております。
弊ダンジョンでは主にコンセプトとしてアンデッドを中心にモンスターを展開しており、冒険者達の成れの果てが住まう魔の洞窟という位置づけを目指しております。
ですが、弊ダンジョンを探索に訪れた冒険者達は何度か戦闘を行った際に、何故か探索を中断して帰ってしまいます。
ダンジョンのコンセプトでは冒険者たちの装備を手に入れ、それによって多彩な装備をもつアンデッドが出現する、筈なのですが現状ではそのような状態になっていません。
この冒険者達の行動は、Solomonのなんらかの不具合の可能性はありませんか?
もし、何らかの不具合が発生しているのであればご対応お願いします。
そうでないならば、どうすれば問題が解決するのか教えて頂けると幸いです。
』
これだけでは何も分からない。
というのが白騎士の本音であった。
現状分かっているのは、このチケットのダンジョン経営者が最近ダンジョンを開いたことと、そのダンジョンが攻略されずに放置されているということ。
そも、ダンジョンを経営する目的はダンジョンマスターそれぞれだ。
例えば単純に探索者の命を奪い、その命をエネルギーにする種族もいる。
逆に、人間が入ることでその『土地』を活性化させる目的で、命を落とさないように細心の注意を払うものも居る。
人間の感情の揺れ動きを餌にするために、ビックリドッキリに特化したダンジョンを作るものもいる。
弊社としては顧客がどのような目的でSolomonを利用するのかは関知しない。
ただ、必要な顧客に必要な術式を提示し、そのサポートで対価を回収しているだけだ。
「でも、私としては、気になる案件です」
先日のプレ歓迎会でも言ったが、白騎士はダンジョンが好きだった。
現状では、自分がダンジョン経営者になるのは難しいが故に、こうしてダンジョンに関わる仕事を選んでいる。
そんな彼女のモチベーションの一つには、日々お問い合わせが来る多種多様なダンジョンを見て、自分ならこうすると考えることがあった。
術式のあら探しよりは、よほど楽しいことだ。
「ひとまず、情報を送って貰う、で良いんでしょうかね」
ドラ子と同様に、白騎士もまた新人である。
故に、チケットの対応を完全に一人でこなすには力不足だと分かっているので、自分の教育係であるメガネに相談をした。
──────
白騎士(仮):すみません先輩。先程の冒険者が帰るというチケットなのですが。
白騎士(ry:基本は情報を貰って、それで不具合が無いか調べるという方向で良いでしょうか?
メガネ:ちょっと待ってチケット読むから
メガネ:まあ、とりあえず大丈夫。ただ、ちゃんと回答できるかは微妙
白騎士:と言いますと?
メガネ:多分不具合じゃない
メガネ:Solomonはダンジョン管理術式であってダンジョン以外の物事には干渉しない
メガネ:ようは冒険者の行動を強制するような何かは基本的にない
メガネ:だから不具合というよりは、ダンジョン設計に問題がある可能性が高い
メガネ:まぁ不具合の可能性もゼロじゃないから一応情報貰うで大丈夫
白騎士:わかりました。ありがとうございます
メガネ:うぃ
──────
「そうか。不具合じゃなくてダンジョンの設計が」
白騎士は、メガネに言われた通りに情報収集を依頼する回答を作成しながら考える。
保守サポートの回答には、情報収集依頼という分類のものがある。
お問い合わせの内容だけでは、実際の状況が分からずに回答が困難なものがあるからだ。
例えば今回のように、特定の事象が発生しているが、その状況が発生するための条件などが分からない場合、保守サポートの側からは何も言えない。
せいぜいが、似たような事象が発生する場合の、Q&Aでも案内するくらいしかできないだろう。
そして、白騎士が覚えている限りでは、今回のチケットと似た事象が発生するQ&Aに覚えはなかった。
というわけで、白騎士は保守サポート部で共有されている情報取得依頼のテンプレートを確認しながら、どんな情報が必要かを考える。
基本的なものは三つ。
まず顧客の使用しているSolomonのバージョン情報。
次に顧客のダンジョンの設定や利用している機能の設定情報。
最後に事象が発生した時間帯のログ等の情報だ。
最初にバージョンの情報が必要なのは語るまでもないだろう。バージョン違いの環境で同じ事象が発生するかを確認するのは、この事象が不具合だったと判明してからでいい。
今回はお問い合わせの際にSolomonのバージョンも明記されているので、特に要求する必要はないだろう。
次に顧客のダンジョンの設定情報だが、これはこちらで環境を作り、再現実験を行う際などに必要になる。
基本的には、不具合の疑いがある事象に関連する機能の設定情報だけ取得してもらい、局所的に同じ検証環境を作って同じ事象が発生するかを確認したりする。
だが、今回はどの事象が怪しいという話でもないので、可能な限り丸ごとダンジョンの設定情報を貰うことになるだろう。
最後に事象が発生した際のログだが、これはデフォルトでも取得されている基本的なメインシステムのログを貰う場合と、ログ取得機能を利用して各機能の詳細なログを取得してもらう場合の二通りがある。
今回は、先に述べたようにどの機能が怪しいということもないので、とりあえず欲しいのは前者のシステムログだけとなる。
というわけで、テンプレートを参考にしつつ白騎士は情報取得依頼の回答案を早々に書き上げた。
情報取得依頼に関しては、明らかに必要な場合に回答方針を作成する必要もない。
ここで自信があるのならばそのままレビュアーにレビューをお願いすることになるが、新人にそこまでの度胸もない。
というわけで、普通は回答の方針を相談した先輩に一度軽く目を通してもらうようにお願いすることになる。
──────
白騎士:すみません先輩。一度回答案に目を通してもらっても大丈夫ですか?
メガネ:了解
メガネ:01 回答案1で合ってる?
白騎士:大丈夫です
──────
そしてメガネに回答を確認してもらっている間、白騎士は考えていた。
仮に今回のお問い合わせがSolomonの不具合でないのだとすれば、いったいどういったことが原因なのだろうかと。
ダンジョンに潜る冒険者、と言っても、それには色々な種類がある。
ダンジョン経営の目的が様々であるように、ダンジョンを攻略する側にもそれぞれ事情がある。
ダンジョンの攻略が命懸けになるかどうかもまた、ダンジョン経営者の一存によって決まるところだ。
Solomonを利用している顧客には、実に幅広い種族がいる。
種族──と言って良いのか分からない『ものども』もいる。
しかし、ダンジョン経営者──俗にダンジョンマスターと呼ぶとして、そのマスター本人がSolomonの保守サポート契約を結んでいることは、実はそう多くない。
だいたいは、世界の管理者が包括契約を結んでいる形式が一般的だろう。
流れで言えば、ウチの会社は世界の管理者へ術式を提供し、世界の管理者がそこに住む神とか魔王とかへと、ダンジョン管理の手法をその世界に則した形(ダンジョンコアだったりダンジョンシステムだったり)で提供している、といったイメージだろうか。
もっと仕事風に言えば、この会社は色んな会社と契約しており、商品として色々な会社に術式を提供していて、提供された術式で仕事をしているのが、会社で働くダンジョンマスター達という感じだ。
もっとも厳密に言えば契約しているのは保守サポートを含む諸々のサポートの方であって、術式自体は基本的にオープンなのだが、それはまぁ、今は良いだろう。
結論として、ダンジョンマスターとこの会社が直接繋がっているケースは少ない。
大抵は、ダンジョンマスターのお問い合わせは一度世界の管理者に向かい、そこからここまで丸投げされる形式となる。
とはいえ、形式がどうのと細かいことを置いておけば、困っている人は本当に困っていて、それを助けられるのは自分たちだけということ。
だからこそ、白騎士はこの仕事に真剣であった。
もちろん、他の社員も遊びでやっているわけではないのだが、人一倍だ。
そうして一人、ダンジョンマスターを救う為に意欲を燃やしているところで、回答案の確認を終えた先輩からメッセージが入る。
──────
メガネ:確認した。大筋は大丈夫。あと一つ追加しておいて欲しい。
白騎士:ありがとうございます。追加はなんでしょうか?
メガネ:ログ取得機能を有効にしてもらって、冒険者達がダンジョンに入ってからの会話ログを追加でお願いしといて。
白騎士:会話ログですか。承知しました。
メガネ:よろしく
──────
先輩からの指示にふむ、と白騎士は唸る。
通常、保守サポート側から冒険者達の会話ログを要求することはまずない。
そもそもログ取得機能で取得できる会話ログは、どちらかといえば、ダンジョン管理者がダンジョン管理を円滑に行うために利用するログの一種だ。
たとえば、ダンジョン内の弱肉強食が上手くいっているのかを監視するために、戦闘ログを取得したり、ボス部屋への到達者数の推移を確認するために足跡ログを取得したり、そういったものの仲間となる。
当然、会話ログから不具合の証拠を探すようなことは難しい。
と、そこまで考えて白騎士は思った。
なるほど、つまり先輩はSolomonに問題が無いと思っているからこそ、それ以外の手がかりになりそうなログの取得をお願いしたいのだと。
であるなら、少し文章を加えて、ログの取得を願うのも悪くない。
「それに、実際にダンジョンを攻略する人達の生の声も聞いてみたいですね」
白騎士は、仕事に多少の私的な欲求を混ぜつつ、情報取得依頼を書き上げるのだった。




