128 継続お問い合わせ『ダンジョンが臭い』4
そもそも、出入り口のない小部屋、というのはダンジョンにあってはいけないものなのだろうか。
出入り口が無い、ということは、単純に言えばそこには入る手段が無いということ。
そして入る手段が無い、ということは、あってもなくても冒険者にとっては関係ないということ。
そう考えれば、それを作る意味も無ければ、それを作ることを禁止する意味もない。
つまりは、最初から最後まで無意味なだけの小部屋ということになる。
であれば、出入り口がない小部屋をわざわざ禁止する意味も、本来はない。
現に、Solomon以外のダンジョン管理術式では、それを禁止していないものも勿論存在する。
それはこの世界のダンジョン関係者たちにとっても、出入り口のない小部屋の是非は結論が出ていないことを指す。
これは実に難しい問題なのである。
だが、少なくともSolomonでは『あってはいけない』ことになった。
それは何故かと言えば、事故が起きたからだ。
それも、総合ダンジョン術式であるSolomonだからこそ、禁止しなければいけないような事故が。
「何か分かるか?」
「いや、分かるかも何も……出入り口のない小部屋なんだからそこには入れないわけですし、あってもなくても変わんないじゃないですか、としか」
「それが変わるんだよ。正確には、あると無いでは大きな問題になる罠が一つあった」
罠、という単語に、ドラ子はふむと考えを巡らせる。
Solomonの広告は総合ダンジョン管理術式を売りにしているものがほとんどだし、中でもモンスターの種類(亜種含め約1200種類)はCMでも度々宣伝している所だ。
それに比べれば、Solomonに実装されている罠は、平凡だ。
落とし穴や仕掛け矢などといった定番トラップはもちろん外していないが、逆を言えば意表を突いた面白罠の類などはあまりない。
おそらくモンスター召喚機能と違って、その分野にやたらと熱意を燃やす変た──天才が居ないのだろう。
そういう意味では、どこぞのメガネの先輩などが責任者になったら変わるのかも知れないが、今はどうでも良い。
重要なのはSolomonに実装されているメジャーな罠で、出入り口の無い小部屋と関係がありそうな罠は何かということ。
まぁ、流石のドラ子もこれに関してはあまり考えずに答えが出る。
「転移床とか──いわゆるテレポートの罠ですね?」
「正解だ」
出入り口の無い小部屋であろうと、問答無用で入る方法が一つだけある。
出入り口など使わず、転移で直接その座標に飛んでしまうことだ。
もちろん、自前で転移を使える冒険者などおいそれとは居ないだろうが、冒険者の意思に関わらず転移が行われることがある。
それが、ダンジョン内のどこかへと飛ばされるランダムテレポート系の罠だ。
かの由緒正しい、魔術師的な名前のダンジョン探索ゲームで、一躍悪名を轟かせた罠の一つがテレポーターである。
宝箱の罠の解除に失敗した場合などに存在する罠の一つで、本当にどこに飛ばされるのか分からない。
飛ばされた場所がダンジョンの壁の中だったりすれば『いしのなかにいる』という無慈悲な一文とともに、パーティが装備ごと丸ごとロストしたりする、最も恐ろしい罠の一つである。
そのゲームの流れを特に汲んでいるわけでもないSolomonではあるが、メジャーな罠の一つとして、ランダムテレポートの罠は存在する。
Solomonの転移罠は、設定として『固定の場所に飛ばす』か『ランダムで同じ階のどこかに飛ばす』か、はたまた『ダンジョン内のどこかに飛ばす』か、まで選べるし、更に言えば飛ばした先が『通路の上限定』か『壁の中まで可』にするかも選べる。
そのあたりはダンジョンマスターのさじ加減であり、ダンジョンを攻略するための必須ギミックとして転移床を設定するものも居れば、入口に戻る床を大量に設置して正しいルートで無ければ先に進めない嫌がらせ階層を作ったりするものも居る。
使い方一つで、どこまでもダンジョンへ挑戦するものの心をへし折れるのが、このテレポートの罠なのである。
「そして、安易に使うと取り返しがつかない事態が起きるのも、またテレポートの罠だ」
「話の流れからして、つまり、閉じ込められたというわけですよね?」
「まぁ、そうなるな」
これは、まだSolomonが出入り口の無い小部屋を禁止していなかったバージョンの話であるが、とある心優しい?ダンジョンマスターが居た。
彼、あるいは彼女はダンジョン内で冒険者の命を積極的に奪うタイプのダンジョンではなく、誰もが気軽に挑戦しに来る系のダンジョンを経営していた。
つまりはダンジョン内で死亡してもアバターを再生成する系の設定であり、だからこそ、気軽に色んな罠なんかも設置していた。
そして、そのダンジョンのとある階層を『ランダムダンジョン』にしていた。
これはざっくりと言えば、地形も罠も、宝箱もランダムで設置される階層であり、深層になればなるほど、罠が凶悪に、宝箱は豪華になるタイプの階層だ。
ただ凶悪な罠と言っても、即死するような罠を浅い階層には設置しない。
そのダンジョンにあるのは、精々『通路の上限定』で飛ばすテレポートの罠くらいだし、その条件であれば、それはSolomon的には『簡単な罠』の部類だった。
また、その当時のSolomonでランダムダンジョンを作成すると、たまに出入り口のない小部屋が生まれてしまうのだが、当然、出入り口のない小部屋であるため大きな問題はないものと放置されていた。
こうして不幸の土壌は整った。
そんな折り、一組の冒険者が不運にもテレポートの罠を踏み、その、出入り口のない小部屋へと転送されてしまったのだ。
「どうなると思う?」
「どうなるも何も────餓死?」
「……ああ、最終的にはそうなったな」
飛ばされた冒険者達は男女混合のパーティだったそうで、後にログを確認したところによれば、始めは落ち着いてダンジョンの変遷を待つつもりだったようだ。
そのダンジョンではそれなりの頻度で階層の作り直しを行っていたそうなので、それさえ起きれば閉じ込められた自分たちが助かる目があると踏んだのだろう。
だが、Solomon Ver16以降の初期設定では、ご存知のように誰かの目があるところでは、自動で行われる機能は待機されるようになっている。(視界認識自動隠蔽機能)
冒険者の目がある場所で、ダンジョンの作り直しなど起こる筈も無い。
そしてなにより、閉鎖空間に閉じ込められ、助かる保証のない人間達が、暢気に正気を保っていられるわけもなかった。
最初はお互いに励まし合っていた冒険者達だったが、次第にテレポートの罠を踏んでしまった者に対するバッシングが始まる。
そのギスギスが深まって行くと、今度はそれを発端とした男女間の争いになり、痴情のもつれへと発展し、それはもうひどい仲間割れを起こした。
そうなる前に全員自殺でもしていれば、入口に戻される仕様だったそのダンジョンでは問題がなかったのだろうが、人間は生き返る確証も無しに自分から率先して死を選べるような精神性ではない。
なまじ待つ選択をしてしまったせいで、人間関係はこじれにこじれた。
どれくらいこじれたかと言うと、うっかり腰に佩いた獲物を抜いてしまう程こじれた。
最終的にパーティ内での殺し合いに発展して、仲良く命を取り合い、最後に残った一人は最後まで自殺することもできず、食料が尽きるまでその場に居座り続けた。
「……それで、どうなったんです?」
「当然のように、甦ったその最後のメンバーを待つことなくパーティは空中分解。運の悪いことに、そのパーティが結構な有力パーティだったこともあって、ダンジョンの悪評が広がった。『死よりも恐ろしい罠がある』ってな。で、ダンジョンに挑戦する冒険者が激減して、ウチにクレームが来た」
なるほど。
作ったダンジョンで問題がおきたから、ウチにクレームを……。
「なんで?」
「曰く『Solomonの標準機能を使って冒険者フレンドリーなダンジョンを作っていたのに、なんの注意もなく極悪なトラップのコンボが発生するのはおかしい。こういうことは起きないようにしろ』とのことだ」
「……ええ? だからなんでえ?」
話を聞くだに、地形をランダム生成にしたのも、そこにテレポートの罠を設置したのもダンジョンマスター側だ。
そもそも、ダンジョンの設計に関してはダンジョンマスター側の問題であり、ウチに苦情を言ってくるのがおかしい。
と思ったのだが、その言い分にSolomonは頷いてしまった。
「これが各機能ごとに特化した術式だったら、地形用の術式とトラップ用の術式で作ってる会社が別になるだろうし、お互いに『他社の術式との組み合わせで想定していない難易度のトラップになる場合もある』とか言って突っぱねられたんだろうけどな。ウチは総合術式だから、どっちも自前の機能だし、その組み合わせを想定するのも仕事の内ってことで、『想定外の高難易度トラップになってしまい申し訳ない』と言うしかなかった、とか」
「ええ? ううん……ええ?」
納得できるような、できないような話だとドラ子は思った。
ランダム生成機能で地形とトラップを作るとかいう──言ってしまえば手抜きをしたのはそっちなのに、その手抜きで文句を言うのはどうかと思うし。
かといって、そのランダム生成の機能を作っているのはこっちなので、ランダムの結果想定外の高難易度になったのはこっちの落ち度にも思えるし。
そもそも、命の危険が無い設定のダンジョンで自殺を躊躇って仲間割れしている冒険者さんサイドの心の弱さが全ての元凶にも思えるし。
誰が悪いとも言い切れないなかで、Solomonが勝手に謝って一人負けしたような、不甲斐無さを感じてしまう。
「というわけで、対策を考えようにもその組み合わせが発生したらどうしようもないってことで、テレポートの転移先設定を弄るか、地形生成アルゴリズムを弄るかって話で後者を弄ったってわけだ」
「だから、Solomonでは出入り口のない小部屋は作れないと」
「そういうことになる」
まぁ、話の流れは分かった、とドラ子が思ったところで、もう一度顧客のダンジョンを見た。
ばっちりと、出入り口のない小部屋が存在するダンジョンを。
「作れてるじゃないですか」
「そうなんだよ。どうしてか作れてるんだよ」
「ダメじゃないですか」
「ダメなんだよ」
メガネは真顔で返事をするオウムとなっていた。
それは、つまり、メガネにとってもこの状況は想定外ということであった。
「つまりどういうことなんですか」
「どうもこうも、禁止された出入り口のない小部屋を作れてしまう不具合が存在していて、顧客はうっかりそれを踏んでしまったということだろう。今回の事象との関連性は不明だが、その不具合が何らかの形で関係している可能性は高いな」
「新規不具合です?」
「俺の記憶にはない」
メガネの記憶にないということは、十中八九ないのだろう。
それでもと一縷の望みを託したドラ子は、出入り口、とか、小部屋、とかで不具合一覧を検索してみたのだが、残念ながらヒットする不具合はなかった。
「……先輩。仮にこれが新規不具合だったらどうなります?」
「そうだな。これが『事象と関係ない』んだったら、とりあえず顧客には伏せておいて回答して、不具合は不具合で後から調査することもできるだろうな」
あえてメガネは、迂遠な言い回しをした。
それは反語のようなものであった。
「もしも『事象と関係ある』んだったら?」
「お問い合わせの調査と並行して、新規不具合の調査もして、まとめてドン、と回答を行うことになるな」
「もうやだあああああああああああああああああ」
無慈悲な現実を突きつけられて、ドラ子は絶望した。
例えるなら、持久走をスタートした後に、いきなり足枷を付けられたマラソン選手の気分であった。
全然特別な企画とか考えていなかったので忘れていましたが、投稿から一年経ってました。
改めてニッチな作品にお付き合いいただきありがとうございます!




