119 お問い合わせ『事故0を目指しています』3
「ふむ」
メガネからそれとなくアドバイスを受けたドラ子は、チケットを前にして方針に悩んでいた。
先程のメガネの考え方と同じように、個別の事象に対して個別の対応策を考えるというのは、いつもやっていることに近い。
だが、今回はそれよりも、もう少し大きな枠での話だ。
(こっちが色々勝手に想定して、それらを個別に対処する──だけだと回答としては相応しくないよね)
それが、今ドラ子が考えていることだった。
お問い合わせにはこうある。
『駅や路線での事故を0にしつつ、かつ想定外の事象においても遅延なく列車を運行するようにしたいのですが、そういった観点からSolomonで有用な機能はございますでしょうか?』
これであれば、個別の事象をいくらか並べてうんたら、というよりは、こっちで個別の事象をあれこれ試しに考えてみて、どういった機能が使えるのか目星を付けた上でその機能を案内する方がスマートだろう。
用は『こういう事象ならこういう機能が使えます』ではなく『こういう機能があってこれならばこういう事象に役立ちそうです』みたいな流れが望ましいということだ。
(問題は、そんなぽんぽん私の頭から役立ちそうな機能が出てこないことなんだよねぇ)
と、ドラ子は内心で零す。
回答方針に関しては、恐らくその方向で問題無い。
内容としても、間違いなく簡易な内容。
なのに、回答作成には恐ろしく時間がかかりそう。
チケット自体はそれなりに面白そうだが、そういう面倒さも確かにあった。
そして、それを打破するには、何か行動が必要だという直感も。
(よし)
そしてドラ子は、カタカタと社内連絡用のチャットツール『Slash』の保守サポートチャンネルに堂々と打ち込んだ。
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ドラ子:電車通勤の方に聞きたいんですが『電車のこういう所なんとかならないかなぁ』みたいなのありますか?
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そう。
一人で考えるのが大変ならみんなに考えてもらえばいい。
ここで集った意見を元にどういった機能が欲しいかを考えてみて、そこから回答の作成にこぎ着ける。
ドラ子はそういうプランを練ったのだ。
程なくして、シュポンシュポンと返信が届く。
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メガネ:満員電車
ハイパーイケメン蝙蝠:満員電車
オペ子:満員電車
レッサーゴブリン:満員電車
ドラ子:違う、そうじゃない
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困っていることって言ったらそうだけど!
そうだけど!
欲しいのはそうじゃない!
そう思いながら、ドラ子は真っ先に書き込んだ隣の先輩を恨めしそうに睨む。
この先輩は、間違いなくドラ子がなんでこんな話をしたのか理解した上で、Solomonではどうにもならなそうな『満員電車』と即座に書き込んだのだから。
メガネはドラ子の視線に気付かないフリをした。
それでもドラ子が念を送り続けていたところで、更にシュポンと音がする。
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白騎士(仮):電車が遅延するのは良いですけど、その後の乗り換えの乱れとかで何に乗ったら良いか分からなくなるのは困りますよね
ドラ子:その言葉が聞きたかった
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やはり持つべき者は友である。
先輩達のいびりによって計画は頓挫したかに思われていたが、白騎士の登場でようやく一つ建設的な意見を拾う事ができた。
白騎士の言葉に応じたのか、他の面々もポツポツと他のことを話し出す。
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ハイパー(略):そういうアレなら、男性専用車両が欲しい
ゴブリン:え、意外ですね
オペ子:蝙蝠さんならむしろ女性専用車両に一人で乗り込んで来てもおかしくないのに
ハイパー:俺のイメージどうなってんの?
メガネ:え?
オペ子:え?
ドラ子:え?
ハイパー:え?
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ハイパーイケメン蝙蝠が思わず立ち上がって周りをチラッと窺った。
ドラ子達は全員視線を逸らした。
画面からシュポンと音がした。
ハイパーイケメン蝙蝠は座った。
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白騎士:蝙蝠さんは、仕事が早くて下の面倒を良く見て下さる方だと思っています
ハイパー:女神か?
白騎士:ただその。女性関係に関しては色々な噂をお聞きしますが……
ハイパー:…………
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フォローのようで特にフォローではない白騎士の答えに蝙蝠は黙り込んだ。
白騎士が一人、モニターの前であわあわしている姿が見えるようだった。
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メガネ:まぁ、蝙蝠さんの言いたいことは分かるよ
ドラ子:どういうことですか?
メガネ:満員電車だと密着した女性の香りが移る事があって、そのまま帰ると奥さんに浮気を疑われるらしい
ゴブリン:……だったら匂いを消して帰れば良いんじゃ?
メガネ:匂いを消して帰ると、浮気の証拠隠滅を疑われるらしい
ドラ子:詰みじゃないですか
ハイパー:だから男性専用車両が欲しいんだよ……
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ドラ子が思っていた以上に、ハイパーイケメン蝙蝠は切実らしかった。
というか蝙蝠さんの奥さんの話を聞く度に、どんどんやべー女度が増していくのだが、いったい何者なのだろうかと思った。
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ゴブリン:まぁ、蝙蝠さんほどじゃないけど、痴漢冤罪とかも無くなって欲しいよね……この前疑われたし……
メガネ:ゴブリンくん……信じてたのに……
ドラ子:自首しましょう……
ゴブリン:冤罪って言ったよ!?
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そういえば、先日そんな遅刻の理由を話していたゴブリンくんだった。
面白遅刻の言い訳コーナーだと思って本気で受け取っていなかったが、まさかマジで痴漢冤罪を疑われていたとは。
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オペ子:まぁ、冤罪にせよなんにせよ。人同士が集ることで起きるトラブルは、なんとかして欲しいですね
白騎士:そうですよね。わかります
オペ子:私この通り背が低いので、埋もれると最悪死にますから
白騎士:すみません。そこまで深刻と思わず流れで同意してしまいました
オペ子:良いのよ……
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そうやって保守サポート部の微妙な人間関係からチャットが停滞したりもしながら、ドラ子はそれなりに色々な意見を集めることに成功した。
たとえば不審物の処理だったりとか、落とし物だったり、酔っ払いの処理、無敵の人の対処、寝過ごしをなんとかしたい、ホームで走るな、などなど。
それ駅や電車に対して言う事? と思われるようなことまで集った。
あれこれ? だいたい、人間関係のトラブルじゃね?
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ドラ子:みなさん、意見ありがとうございました。この辺りを回答作成に役立てたいと思います
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ふぅ、と息を吐くドラ子。
事情を知っているメガネは、隣から軽く声をかけてくる。
「それで、Solomonでなんとか出来そうだと思うか?」
「無理ですね!」
ドラ子は爽やかな笑顔で言った。
だって、人間同士のトラブルとか、ダンジョン側ではどうにもできないし。
むしろトラブル起こさせるのがダンジョンの本懐的なところがあるし。
「それをなんとかするのが、腕の見せ所だな」
「催眠ガスとか使って良いですか?」
「提案することは罪ではないな」
その嘘か本気か分からないメガネの返答に、ドラ子は曖昧に笑みを浮かべることしかできないのだった。




