11 プレ新人歓迎会5
「えーと、私がドラ子です。見ての通り、と言いますかドラゴンの家系です。好きなダンジョンは……ドラゴンの巣、とか? ですかね?」
微妙なテンションで自己紹介を始めたドラ子だが、その疑問符の混ざった好きなダンジョン告白に、眼鏡の青年が聞く。
「なんで疑問系?」
「いえ、パッと思いついたから言ったんですけど、良く考えたらこれ実家が好きって言ってるみたいでやだなぁ、と」
ドラゴンらしいような、そうでないような悩みだが、生憎とここには彼女に共感できる者はいなかった。
ドラゴンという種族は、こんな世界でも結構レアなのだ。特に、ドラ子のように特徴が色濃く出ているものは珍しい。
まぁ、珍しいだけで、それこそ日本で言うところの珍しい名字の人、くらいの感覚なのではあるが。
「別に実家が好きでも良いだろ。嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないんですが、ちょっとこの仕事に就く前に母親と揉めまして」
それは直属の先輩である眼鏡の青年としても初耳であった。
彼が知っていることは、彼女が一人暮らしであることと、それまで実家で暮らしていたこと、という二点だけだ。
「揉めたって、母親はダンジョン嫌いだったりするのか?」
「いや、それはありませんよ。ウチ、結構なダンジョン一家ですから」
ダンジョン一家とは、家族そろってダンジョンが好きだったり、ダンジョンを制覇する家族旅行があったり、要するにそんな感じの家族だ。
ダンジョンに友好的な家族の母親が、ダンジョン管理の仕事に就こうとする娘と揉めるシチュエーションはあまり浮かばない。
だがしかし、あまり浮かばない、ということは、少しは心当たりがあるという意味でもあった。
特にこの会社に対して怨みを持つ、そんな理由の心当たりが。
「となると、いつの時代のミミックにあたったんだろうな……」
昔、ダンジョン攻略か何かに家族で向かった際に、Solomon製ミミックと出会っていたら、それは大惨事と言えるだろう。
Solomonの保守の仕事をすると言ったら反対されるかもしれない。
よーし、パパダンジョン攻略しちゃうぞと扉を開けた瞬間ミミックに襲われでもしたら『なんだこのダンジョンは!』とキレてもおかしくない。
もし、そんな過去があれば、恨まれるのも仕方ないことである。
「いや、全然そういうんじゃないですよ」
「ん? ミミックじゃないのか?」
「はい。あー、ダンジョン関係で揉めたわけじゃなくてですね……その……」
普段から元気だけが取り柄みたいなところのあるドラ子には珍しい歯切れの悪い物言い。
ドラ子と比較的付き合いの深い眼鏡の青年は、ドラ子としてもできれば隠しておきたいことがあるのだろうと思い至った。
聞かないほうが、大人の対応と言えるだろうとも。
「じゃあなんでなんだ? ん? せっかくの飲み会なんだからゲロっちまえよ」
「飲み会とゲロ絡めないで欲しいんですけど!」
だからこそ、彼は突っ込んで聞いた。
こういった機会に冗談混じりで話すほうが、隠しておいて後々ふいに地雷を踏むよりはマシだと思ったからである。
決して、人が秘密にしておきたいことを暴き立てるのが趣味とか、そういう性格の悪い理由ではない。
そう、違うのだった。
「あーんー。じゃあ言いますけど」
眼鏡の青年のみならず、周りからもそこはかとなく期待の目で見られ、ドラ子もだんだん、まんざらでもなくなった。
結局、他人に期待されたりすると、ちょっと嬉しくなってしまう少女である。
「ぶっちゃけ私、大学卒業後は家でずっとゴロゴロしてたんですけど、そしたら母親に飯抜きにされまして」
「うん」
「それで私は盛大にぶち切れたんですけど、母親に返り討ちにあいまして」
「……それで?」
「半分勘当みたいな状態で社会に放り出されたもんで、ちょっと実家とは微妙な関係と言いますか、そんな感じです」
思ったよりもしょぼい理由からの、思ったよりもハードな現状であった。
しかし、眼鏡の青年は、ふと昔、ドラ子が言っていたことを思い出す。
「でもお前、別にドラゴンは飯抜きでも死なないって言って無かった?」
「死にませんよ。でも、必須じゃないからこそ、楽しみなわけですよ。娯楽なんですよ。待ちに待ったお気に入りのゲームみたいなもんですよ。それをいきなり取り上げられたらキレて当然じゃないですか!!」
いきなり強い語気でぐわっと来たため、思わずそういうもんかと納得しかけた青年。
だが、それ以前の単純な疑問が口に出る。
「でもお前、引きこもりニートだったんじゃん?」
「ぐっ」
「ゲーム取り上げられた引きこもりニートがキレるとか、端から見たらさぁ……?」
「あーあーきこえないー!」
仮に、待ちに待ったお気に入りのゲームを、自分で働いた金で買ったような状況なら、同情の余地はいくらでもある。
だが、親に買って貰ったゲームを親に取り上げられたとなると、微妙に同情できなかった。
「まあまあ、今はこうして立派に働いてるんだからいいじゃない」
「蝙蝠さん!」
そんなドラ子にフォローを入れたのは、この場で一番偉い筈の蝙蝠であった。
「ウチで働いてるって知ったら、お母さんも認めてくれるよ。胸を張って帰ったらいいさ。…………だから辞めないでね」
「はい! ……はい?」
ドラ子の返答に、疑問の声が混じった。
蝙蝠が言っていることはなんらおかしくない、のだが、付け足したようなひと言だけやけに重かった。
まるで蝙蝠の失点を隠すがのごとく、その場の他のメンバーも口を揃える。
「そうだってドラ子ちゃん! 特にダンジョン一家だって言うなら、ウチみたいな職場で働いているって言われたらきっと嬉しいって……だから辞めないでね」
「まぁ、ミミックはともかくとしても、Solomon製のダンジョンには絶対詳しくなれるわね。ダンジョン好きなら学べることも多い筈よ……だから辞めないでね」
ゴブリンとオペ子の、重い付け足しコンボが決まった。
ドラ子は、助けを求める視線をさまよわせ、そして眼鏡の青年に行き当たる。
自分を見ていると気付いた青年は、静かに微笑み返す。
「だから、辞めないでね」
「念押しが怖いんですけど!? 呪いとか呪詛の類ですか!?」
先輩はもうダメだと悟ったドラ子は、同じ新人であるところの白騎士(仮)にヘルプの信号を送る(表情で)。
だが、白騎士(仮)は、ドラ子の視線に気付くとやわらかな笑みを返した。
「一緒に頑張りましょうね!」
「だめだこの子は。既に何かに汚染されてしまっている」
白騎士(仮)は、辞めないでという願いを素直に聞き入れただけなのだが、ドラ子にとっては同じことだ。
こうも念押しして辞めないでと言われると、辞めた方が良いのではと考えるのは当然であろう。
ドラ子の頭には、逃走の選択肢が確かに浮かぶ。
「まぁ、ドラ子は帰る家がないから、辞めたくても辞められないんだろうがな」
「ぬぐぐ。確かにそうですが……」
だがしかし、辞めたところで頼るあてもないドラ子に、その選択肢は選べなかった。
せめてもう数ヶ月は働いて、転職の資金を貯めなければならない。
充分貯まったら、転職活動を開始しよう。
ドラ子はそう心に刻んだのだった。
というわけで、心のうちはどうであれ、飲み会自体はつつがなく進行していった。
新人は奢りと改めて聞いたドラ子が、遠慮なく料理を頼みまくったりもしたが、概ね問題のないまま、宴もたけなわであるが──
「……そろそろ、お開きにしよっか、ね?」
ドラ子が平らげていった皿の数を頭の中で数えながら、蝙蝠がやや震え声で言う。
それに対し、元気とお腹の容量が余っているらしいドラ子が答える。
「自分はまだまだ行けますよ!」
「ステイ。ステイ。ドラ子ステイ。お前が行ったら蝙蝠さんの財布も逝く」
果たして自分が何割負担になるのかを恐怖しつつ、眼鏡の青年がドラ子を止めた。
そのままドラ子の角を捕まえて、顔をとある方向に向ける。
「見ろ。新人は奢りと言われた瞬間から、ただただ安いポテトを消費するマシーンと化した白騎士(仮)を。あそこまで遠慮されるとそれはそれなんだが、お前も少し見習うんだ」
「でも、奢りって言われたら遠慮するなって爺ちゃんが言ってました」
「お前の爺ちゃんの遺言か知らんが、その頃とは時代が違うんだ。いまは上司の財布でイケイケの時代じゃないんだ」
「えー……」
強引にストップをかけられて、ほんの少しだけ不満そうなドラ子である。
だがしかし、流石のドラ子であっても、周囲の……特に先輩勢のげっそりとした顔を見ておきながら突き進むことは、迷ったけどできなかった。
そんなこんなで飲み会はお開きとなる。
蝙蝠五割、残りは先輩三人で分担という形で会計を終え、二次会はどうするか話し合いながら通路を抜けているところだった。
一人の女性が、保守サポート部の隣を通り過ぎようとして──。
「あれ。メガネ先輩」
「ん? ああ、お前か」
すれ違おうとした綺麗な女性が、眼鏡の青年に気づき足を止めた。
「ご無沙汰してます」
「こちらこそ。攻略サポート部の方はどうだ?」
「あー、まぁ、なんとかやってます」
そう言って苦笑いを浮かべる女性。
それだけを見ても『なんとかやっている』が『楽しくやっている』ではないことは分かった。
眼鏡の青年はそれを察したが、ドラ子の時とは別方向の言葉を返す。
すなわち、彼女の触れられたくない所には触れないような言葉を。
「……今日も飲み会か?」
「ええ……多い時は週三回もあるんですよ。私は、流石にそこまでは行かないですけど」
「相変わらずだなソコは。まぁ、あれだ。なんかあったら保守サポート部に遊びにこい。新人も入ったことだし、先輩風吹かす良い機会だぞ」
言いつつ、眼鏡の青年はドラ子と白騎士(仮)を指す。
急に振られた新人二人は揃ってテンパリつつ、会釈する。
「初めまして。保守サポート部のドラ子です」
「同じく、白騎士(仮)です」
二人の初々しい仕草に、女性は頬を緩めた。
「初めまして。攻略サポート部のカワセミです。どうぞよろしく。それじゃ先輩方、また」
二人にぺこりと頭を下げた女性──カワセミは、名残惜しそうに眼鏡の青年や、その他保守サポート部の面々を眺めた後、重い足取りで大きめの個室に向かっていった。
個室の扉が開いた途端、部屋の大きさに負けないくらいの大きな笑い声が、部屋の中から響いてくるのが分かった。
「えっと、眼鏡先輩オブ鬼畜、あの人は」
「意味分かんねえ補足付けるな。あいつは元保守サポート部の新人だよ。色々あって、今は攻略サポートの方に回ったけどな」
攻略サポートと口に出すときの眼鏡の青年は、どこか面白くなさそうな顔だった。
それだけで、あまり攻略サポート部の面々を良く思っていないのは、ドラ子にも分かる。
だが、そんな顔を引きずる事なく、話題を強引に切るように青年は言う。
「ま、気にするな。いずれウチのお問い合わせにも、攻略サポート案件も来るだろうし、その時簡単に説明してやるさ」
それだけ言って、眼鏡の青年はまた出口に向かって歩き出した。
仄かな哀愁すら感じられそうな青年の背中に、ドラ子はそれ以上の追及を諦め、努めて元気な声をかける。
「とりあえず、二次会行きましょう! カラオケ! カラオケ!」
「うるせえな。わかったわかった。ただ二次会から奢り無しだからな」
「えー! ドケチ眼鏡先輩!」
「うるせー唐揚げ! お前どんだけ食ってんだよ! 蝙蝠さんなんか、一回のキャバクラ代消えたんだぞ!」
「唐揚げじゃないですし!」
かくして、とりあえずの形ではあるが今年の保守サポート部の面々は、無事に歓迎されたのであった。
怒鳴られているが、歓迎されたのである。
だから、辞めないでね。
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掘り下げ回はひとまず終わりで次回からまたたのしいおしごとに戻ります。
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