118 お問い合わせ『事故0を目指しています』2
「正直言うと、なぜ駅をダンジョンにしたがるのかが私にはさっぱり分かりません」
気を取り直したドラ子がお問い合わせを読み直した後、開口一番に言った。
「そもそも現実の駅ですらごちゃごちゃ増設しまくって半ばダンジョン化してるのに、それを本物のダンジョンにしてどうするんですか」
「本物のダンジョンだったら、改装工事とか簡単に終わるしいいんじゃないの」
「私が言いたいのはそういうことじゃないんです」
メガネのぱっと浮かんだメリットをドラ子は即座に否定した。
「ダンジョンはそもそも、冒険者の壁になるためのものなんですよ。入る人をぶち殺しにいくのが本来のダンジョンなんです。それを事故0って、人を殺さないためのダンジョン目指そうってのが矛盾してますよ」
「まぁ、ダンジョン管理術式的にも同意できる話だが」
「だから、そんな機能はないで突っぱねるという方向はどうでしょうか?」
「本当にそんな機能ないならそれで良いんだけどな」
メガネは気の毒そうに言う。
実際のところ、ドラ子の言い分も実は的外れではない。
Solomonは誰がなんと言おうとダンジョン管理術式であり、ダンジョンとはあくまで侵入者を排除するものというのが本来の姿である。
時代の移り変わりでその目的が多少揺らいだとしても、基本的にその機能は外敵への攻撃が主だ。
回復の泉のようなものは冒険者をより深部へと誘う『アメ』のようなもので、古代であればその後には盛大なしっぺ返しが待っていたことだろう。
だから、基本的にSolomonには侵入者を助けるような機能はあまりない。
だが、何事も考え方ではある。
「顧客が言っているのは、駅や路線での事故防止に繋がりそうな機能や、想定外の事態が起きても通常通りに業務を遂行するための機能なんだろ? だったら応用の効かせようがある機能はいくらでもあるだろ」
「むむむ」
言ったドラ子とて、突っぱねるのは難しいだろうとは思っていたので、正論で返されると言葉に詰まった。
だけど、そうぽんぽんとアイデアが出るわけでもないので、ここはイメージがあるらしい先輩へとボールを投げ返す。
「例えばどんな機能です?」
「んん?」
唐突に尋ねられたメガネは少し思案顔になったあと、ポツポツと語り出す。
「まず、どんな機能かを考える前に、どういう状況が起こりうるのかを考えるべきだ」
「と言いますと?」
「例えば、ある事象……そうだな、線路への飛び込みという事象に対処をする場合、最低二つの観点から考える必要がある、分かるか?」
「ちょっと待って下さい」
何も考えていないのに尋ね返されたドラ子は、慌てて考える。
のだが、何も考えていなかったので真面目な話が何も出てこない。
だが、何か言わなければ、強くて賢いドラゴンとして何か、的を射た回答を。
そうだ……二つの観点──そうか、そういうことか。
ドラ子はその賢い頭脳から導き出された答えに光明を見た。
「分かりました」
「言ってみろ」
「攻撃力と、防御力、の観点ですね?」
あまりに自信満々にドラ子が答えるものだから、何の話をしていたのかと一瞬戸惑うメガネであったが、沈黙の後、静かに言った。
「…………違います」
当たるとは欠片も思って無かったドラ子は、やや演技っぽく項垂れ、冗談を重ねる。
「命中と回避だったかぁ」
「それは当たらずとも遠からずだな」
「えっ!?」
冗談だったのだが、メガネから返って来た回答が先程よりも高得点で思わずドラ子は目を見開いた。
そんなドラ子の様子に呆れながらも、メガネは続けて言う。
「術式を組むときとかもそうだろう。とある事象の対処をする際は、まずは回避──その事象を起こさせないという考え。そして命中──というのは微妙だが、起こってしまったときにどう対処するかという考え。基本はこの二つだ」
「先輩。もしかして今もう真面目な話してます?」
「してる」
冗談で場を和ませようとしたらシームレスに仕事の話に戻っていた。
ドラ子は慌てて、頭を仕事に切り換える。
「えっとつまり。さっきの話だったら、まず飛び降りという事象を発生させないためにはどうするか、そして実際に飛び降りが発生してしまった場合にどうするか、の二つから考えろってことですね?」
「そういうことになるな」
「ふむむ」
ドラ子は駅のホームを思い浮かべる。
細く長い駅のホームと、ずらりと立てられたフェンス。
そこにごった返すゴミのような人ごみ。
さぁ、そこに一人の疲れた中年のおじさんがやってくる。
会社では誰にも頼りにされず、上司にいびられ、家庭も持たず、毎日終電間際に帰っては、コンビニで弁当と安い第三のビールを買って帰るだけの日々。
両親からは結婚の催促すら届かなくなった。ただ心配の電話がかかり、地元に帰って来たら? と遠回しに誘われる。
両親に心配をかけたくなくて、何もないと愛想笑いを浮かべるその顔が、会社で良い人を演じている時の顔とそっくりだった。
今日は月曜日の朝、また一週間、何の実にもならない仕事で、上司に怒られ、後輩に内心では馬鹿にされ、事務の可愛い新人はそんな彼らと笑っている。
なぜ自分はこうなんだろう。そう考えた時にふと思ってしまう。
このフェンスを乗り越えて、電車に飛び込んだら何か変わるんじゃないだろうか。
もう、辛い現実からはおさらばできるんじゃないだろうか。
そして、スズキソウイチロウは駅のフェンスに手をかけ──
「待て! 早まるなスズキ!」
「誰だよスズキ」
「はっ、ドリームか!?」
思わずイメージに身が入ってしまったドラ子が、今にも飛び降りようとしているスズキの肩を掴もうとしたが、実際に掴んだのは飛び降りても電車の方を破壊しそうなメガネの肩だった。
「なんかヤケに熱が入ってたけどなんか思いついたのか?」
「そうですね。スズキの飛び降りを阻止するには、可愛い女の子との運命的な出会いが一番じゃないかなって思いました」
「だから誰だよスズキ」
テレパシーで相手に自分のイメージを伝える手段を持たないドラ子は、仕方なくメガネにスズキソウイチロウの話をした。
メガネは渋い顔をした。
「とりあえず、スズキの境遇は置いておいてだ。実際にその場面になったらどういう対策を考える? まずは、そうだな、飛び降りそのものを防止するなら?」
「そうですね。フェンスに電流を流して掴んだ瞬間痺れるようにするとか」
「良いアイデアだな。傷害事件に発展しそうという点を除けばだが」
「じゃあ、フェンスから聖なるバリアを出しましょう」
「なるほど、コストさえ見なければ完璧かもしれん」
「フェンスから幻惑作用のあるガスを出して、スズキに一時の夢を見させてリラックス効果を狙うのは?」
「ダンジョン的にはありかもしれんが、駅でやったら大規模テロかなぁ」
後輩の出してくる案がことごとく物騒なのが気になったが、実際に回答としてはナシではないかもしれない、とメガネは思う。
なにせ、こちらはダンジョンなのだ。
ダンジョンらしく侵入者を阻むための機能で、結果的に飛び降りを防止できるのなら、それは顧客のお問い合わせに答えているとは言える。
お問い合わせの趣旨を誤解しているとか言われるかもしれないが、回答前提さえ置いてしまえば一回答は使える手だ。
本当に使うかどうかは別として。
「まぁ、飛び降りの防止は分かった。それじゃあ、その努力虚しく実際に飛び降りが起きてしまったら、どうする?」
「んー?」
今度は、回避と命中の命中のほうである。
ドラ子の努力の甲斐むなしく、スズキがフェンスの向こう側に旅立ってしまったとき。
Solomonの機能でスズキを救うにはどうすれば良いか。
「飛び降りたスズキにありったけの防御バフをかけたり、無敵状態とかにして無傷でやり過ごすとかどうです?」
「悪くはないな。電車の方にダメージが来そうだが」
「あとは、そうですね。線路のレール以外の地面を全て転送床に置き換えておいて、飛び降りたと同時にどこかに転移させるとか」
「初めてなかなか建設的な意見を聞いた気がする」
ブレインストーミングのごとく適当な意見を出していたドラ子だったが、初めてメガネから好意的な返事がくる。
なるほどこの方向かとドラ子はほくそ笑んだ。
「ついでに、転移先はどんなところにする?」
「そうですね。無難にダンジョンの入口──駅の改札に戻すとか?」
転移トラップと言えば、入口に戻されるか、モンスターハウスに送られるかと相場が決まっている。
だが、流石に事故0を目指しているのにモンスターハウスに向かわせる訳にもいかないので、ドラ子は無難な回答をした。
のだが、メガネの返答は芳しくない。
「…………それだけは止めた方が良いと思うぞ」
「どうしてです?」
ダンジョンの常識で言ったドラ子に対して、メガネはそれが『駅』だということを考えて返した。
「仮にお前が、どうしても遅刻できない用事で急いでいたとしよう。このままでは走ってもギリギリ間に合わない。なのに駅のホームは人が多すぎて動くのもままならない。このままじゃ遅刻する。そうなったとき、そういえば線路に飛び降りたら改札に転移できるんだって気付いたらどうする?」
「そんなん秒で飛び降りますよね」
「だから本末転倒だろ」
「あっ」
ドラ子も気付いた。
そもそも、飛び降りをさせないための方策を考えていたのに、飛び降りたらショートカットできてしまうとなったら、飛び降りはむしろ増加するのではないか。
それで無理に飛び降りが発生して、万が一間に合わずに電車が来るタイミングに重なってしまったら……。
「そうだ! 線路の床じゃなくて、電車の車体の方に転移床を貼り付けるのはどうですか?」
「なんかそういう徘徊型のボスいるよね。ぶつかった瞬間に裏フィールドに転移させられるタイプの」
そういうタイプのボスと言えば、腹の中に異世界を飼っていたりするので微妙に違うのではないか、と思ったがそれを指摘できるタイミングではなかった。
「ちなみに、それはそれで、間違いなく踏切とかで電車にぶつかろうとするアホが出るだろうな」
「良いアイデアの筈なのに」
ドラ子は再び、うむむ、と唸る。
やはり、ダンジョンの機能で駅の事故を防止するというのは難しい。
だが、なかなかどうして、こういう風に考えているとこのチケットは面白いのではないかと、少しだけ思い始めていた。
そういう特殊タイプのボスを倒せるようになると終盤だなって思います。




