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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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117 お問い合わせ『事故0を目指しています』1



 唐突だが、この世界でも都会であれば移動手段の大半は電車となる。

 厳密には電気だけで動いているわけではないが、それは置いておいて、大半の人間は移動を公共交通機関に委ねるようにしている。

 理由は色々あるが、ざっくり言えばそれが一番、コストがかからないからだ。

 もっと快適な移動手段はあるが相応の金がかかるため、ほとんどの人間はぶつくさ文句を言いながらも、毎朝こうやって電車に乗っている。

 それはこの角の生えた赤髪の少女も例外ではなく、家から会社までの片道一時間弱、彼女はたくさんの知らない人達と共にレールの上で揺られているのだが。



『現在、○■駅での人身事故のため、列車が大幅に遅延しています』



 無情なアナウンスと共に、車両が少し揺れ、ドラ子はすし詰めになった車内に埋もれて「うっ」と呻いた。


(憎い。座ってる奴らが憎い)


 もちろん声には出さないが、ドラ子は静かにイライラを募らせていた。

 電車というものは、どうにも予定外の事故に弱い。

 強風や大雨といった自然災害に関しては魔術的な対策が進んでおり、台風でさえ電車の運行を妨げることは難しい昨今であっても、人身事故はどうしようもない。

 そもそも、種族的に電車に轢かれたところで大して傷も負わないような連中ばかりだというのに、なぜたまにふらっと飛び込む人間が現れるのか。

 それは現代社会における大いなる謎だ。


(あー。絶対始業に間に合わないなぁ)


 身動きの取り辛い車内でどうにかズリズリとデバイスを取り出し、チラッと時刻を確認すると、もう始業時間まで三十分もない。

 にも関わらず、ドラ子の乗った電車はまだ半分も進んでいなかった。

 この後も遅れに遅れることを考えれば、遅刻は間違いないだろう。


(電車の遅延で遅れても怒られはしないけどなぁ。連絡入れるのが面倒なんだよなぁ)


 ドラ子の会社は、実は正当な理由があれば遅刻に対しては割と寛容だった。

 どれくらい寛容かと言えば、先日レッサーゴブリンくんが『突然の腹痛で駅のトイレに駆け込んだため遅れます』とか真偽の定かではない理由でメールを送って来ても、ちゃんと連絡を入れたからまぁ良いよ、で済まされた程度に寛容だ。

 その代わりに終業時間が終わってもロスタイムと言わんばかりに残ってちょっと仕事させられ──仕事していても何も言われない程度にこっちも寛容なので、トータルでは差し引きマイナスかもしれない。


 いずれにせよ、きちんと連絡を入れれば、後で怒られることはない。ゴーレム部長あたりに『他の線を使うとか、代替ルートを考えるとかの方策はないのですか?』と真顔で聞かれることがあるくらいだ。

 そんなもん──探せばあるかもしれないが『そんな苦労して始業時間に間に合わせるくらいなら、普通に遅刻します』と、真正面からは言えないドラ子だった。


(まぁ、こんなもんか)


 ドラ子の使っている路線は割とよく人身事故が発生するので、遅刻の連絡も慣れたものだった。

 手早くメールを作成し、それを保守サポート部のメーリングリストに流して、一仕事終えた気分になる。

 ガタンと車内が揺れ、人の壁が蠢く。

 再びグエッと呻きそうになりながら、ドラ子ははやくこの地獄が終わることを祈った。






「すみません遅くなりました」


 結局五十分ほどの遅刻でドラ子は会社に着いた。

 既に始業の挨拶と朝のミーティングは終わっていたようで、仕事に入っていた眼鏡の先輩が朝の挨拶を返す。


「おはよう。災難だったな」

「本当ですよ。やっぱ時代はリモートっすリモート。どうしてウチは前時代的な形態で働いてるんですか」

「それは上層部に言ってくれ」


 後輩のぼやきにメガネは苦笑いを浮かべる。

 今のご時世、実際に会社に出勤して仕事をするというのは必須事項ではない。

 それで業務が回るのなら、どこで働いてもいいという世の中だ。

 だが、実際にどういう形態で働くかを決めるのは上層部で、会社に入ってしまった以上は会社の方針に従わねばならないのだ。

 立派な本社ビルがあるのなら、使いたくなるのが上層部なのかもしれない。


「もしくはアレです。もう我が家と会社を繋ぐ転移魔法陣設置してください」

「コストがなぁ。最低でもお前の月給の三倍くらい維持に金かかると思うけど払えるの?」

「冗談に現実的な回答しないでくださいよ」


 ぶっちゃけドラ子は転移の維持コストなど欠片も知らないが、先輩が言うのならそうなんだろう。

 デバイスの電源を点け、あー、と、起動するまでの短い時間疲れたようにデスクに突っ伏しながら、ドラ子は更にぼやく。


「いっそのこと飛行免許でも取ろうかなあ」

「取れるの? お前に?」

「余裕っすよ」

「法定速度とか理解できるの?」

「先輩は私のことイノシシか何かだと勘違いしてます? ドラゴンですよドラゴン? 強くて賢いんですよ?」


 余談だが、この世界の空を飛ぶのも実はちゃんと免許がいる。

 それは、本気を出せば飛べる種族がたくさん居すぎて、自由に飛行許可を出すと空が凄い事になるからだ。

 それなので飛行するにもルールがちゃんと存在し、大抵は都市ごとに免許が発行されている。一つの都市で飛ぶには、一つの免許という感じだ。

 都市レベル以上の免許としては、国レベルの免許と国際レベルの免許も存在し、無制限で飛ぶ事を許されている人間は世界でもそう数はいない。

 ついでに田舎とかは免許を発行してないことが多いので、割と無免許で飛んでも怒られない。

 以前ドラ子が魔王城上空を全力で飛んだのは、まぁ、見なかった事にしよう。


「まぁ良いけど、今日はそんなお前にピッタリのチケットがアサインされてたぞ」

「はい?」


 デバイスが起動し、パスワードを入力してログインしたドラ子に、メガネは面白そうな声で言った。

 また、何か性格の悪いことを考えているな、とドラ子は感じつつも、避けては通れないので、いつものようにチケットの確認を行った。

 自分に新しくアサインされたチケットは二つ。そのうち、一つはいつものようにミミックを探しているお問い合わせなので、秒で終わる。

 メガネが言っているのもこれではないだろう。

 ではもう一つは?



「『事故0を目指しています』?」



 普通のお問い合わせは、大体問題が発生していて、その問題をどうにかしたいという思いから送られてくる。

 そのため、何々がありません、とか、何々が発生しています、とか、何々するにはどうすれば良いですか、とかそういうタイトルであることが多い。

 だが、たまに毛色の違うお問い合わせが混ざってくることも、ドラ子は経験として良く知っていた。

 嫌な予感しかしなかった。



 ──────


 件名:事故0を目指しています

 差出人:異世界21契約番号901──ギャラクシートレイン株式会社

 製品情報:Solomon Ver31.0.0

 お問い合わせ番号:20023010050


 本文:


 お世話になっております。

 この度Solomonのお話をお聞きし、新規契約をさせていただきました。

 その上で、いくつかのダンジョンを設立し、そちらの方で問題が発生しなかったことから、貴術式はある程度信頼のおけるものだと判断しております。

 そのため、こうしてお問い合わせ致したく思います。


 当社では世界を繋ぐ鉄道の運営を行っているのですが、世界規模での規格の統一や、社員の教育、設備の整備などで多大なコストがかかっています。

 そのため、経費削減のためにそういった部分のうち可能な範囲をSolomonで代替することを考えています。

 実際の設計などは開発サポートと相談し進めているのですが、その上でご相談させて頂きたいことがございます。


 駅や路線での事故を0にしつつ、かつ想定外の事象においても遅延なく列車を運行するようにしたいのですが、そういった観点からSolomonで有用な機能はございますでしょうか?


 死亡事故0のために、是非ご教授お願いします。


 ──────



 ドラ子は思わず、デバイスの電源を引っこ抜いて見なかったことにしようかなと悩んだ。

 だが、隣でメガネがニヤニヤと反応を窺っていると思って、衝動任せの行動をグッと堪え、代わりに、デスクに再び突っ伏して言った。



「また、このタイプかぁ……」



 朝の通勤電車のうんざりも冷めやらぬまま、ドラ子はそう吐き出した。


 もはや説明するまでもないかもしれないが、このタイプとは、Solomon(ダンジョン管理術式)を使ってスーパーマーケットを経営したり、農場を経営したり、面接を行おうとしたりするタイプのことであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 今更気が付いたんですけど、何度も出てくる「人間」という表現。これって、基本的モンスター権を持つ者すべてを「人間」として表記していたのですね。
[良い点] 回復の泉は強敵でしたね。 [一言] いわゆる面白チケット枠
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