107 仕様調査『回復の泉』
Solomonはダンジョン管理術式である。
ではそもそも『術式』というものは何かと言えば、魔力を用いる際の命令文と言えるだろう。
機械を動かすためのプログラムの、魔力版のことである。
まず『魔力』とはなにか。
魔力というものは万能の力とも言われていて、物理的な物質とはまたことなる異相次元のエネルギーだ。
この世界では魔力が発見される前から、それを直感的に扱えるものが、それを用いて超常現象を引き起こしていた。
一般的に、この世界ではその魔力を用いた超常現象を、引き起こされる現象の種類に関わらず『魔法』と呼称していた。
この『魔法』があったからこそ、新しく発見されたエネルギーに『魔力』という名前が付けられたというのが、流れとしては正しい。
しかし時が流れ、魔力の研究が進み、魔力そのものを扱う技術も向上したことで、魔力を個人が直感的に扱う『魔法』とは異なる、魔力に命令を与えて現象を引き起こす『魔術』が世に現れる。
始めは扱われる現象の規模の小ささや、手間の煩雑さから『魔法』に劣るもの、魔法の代替品などと言われていた『魔術』だったが、それも初期の段階の話だ。
研究がより進むことで『魔法』と『魔術』の差はどんどんと縮まり、大規模な現象を行使するには、多少の手間をかけても『魔術』の方が優れているところまで時代は進む。
そうなるともはや、個人の裁量や才能によって千差万別に扱われる『魔法』ではなく、誰でも同じ現象を引き起こせる『魔術』が重宝されるようになった。
そしてその頃にはもう、研究者以外で『魔法』と『魔術』を分けて呼ぶ人間もいなくなっていて、現在においてはその二つはほとんど同様の意味で扱われている。
では具体的に、その二つの違いはどのようなものだったのか。
魔法と魔術の違いを、魔王城の床で扱われていた『転移』の術で軽く説明しよう。
魔王城の床に使われているのは、術式を用いた『転移の魔術』である。
これは簡単に説明すれば『物体を、座標(x,y,z)に転移する』といった命令が仕組まれた魔術となる。
簡単に説明するために省いた部分に、転移する物体の条件指定とか、座標の細々とした指定、例外規定や条件分岐など諸々の部分が合わさっていて、術式一つ作るのにはそれなりの時間がかかるものだが、代わりに一度作ってしまえば安定性は高い。
ただし、術式の書き換えにも時間がかかるので、融通は利き辛い。
一方で『転移の魔法』とはどんなものか。
端的に言えば『物体を、あの辺に転移する』といった感じだろうか。
この『あの辺』というのが具体的にどこなのかは、恐らく扱う本人にも厳密には指定できない。イメージした場所とか、目で見える場所とか、本当に『あの辺』だ。
細かな座標指定などは必要ないため発動は一瞬で済むが、アバウトな部分を詰めるのも『本人の力量』に左右されるため、長距離の転移などには『失敗』がつきものであった。
魔術が台頭する前は、それでも超重要な能力として重宝されていた転移の魔法だが、転移の魔術が一般的になれば、人間のイメージでぶれる転移の魔法は安定性を欠くものとして次第に扱われなくなったのも頷けるだろうか。
これが簡単な、魔術と魔法の違いとなる。
このように説明したが、それでも分からない場合は更に簡単に説明しよう。
魔術は『筆算』で、魔法は『暗算』だ。
魔法の中身は外から見ても分からないが、魔術はその式を見れば何が行われているのか分かるもの、ということだ。
もっとも、高度すぎると式を読んでも「何書いてあるのか分からん」になるので、そういった部分はやはり突出した個人の仕事になってしまったりもするのだが、それはまた別の話。
今重要なのは、ダンジョン管理術式であるSolomonは、術式であるが故にその仕様は術式を読み解けば確認できるという事実だろう。
──────
「なるほど、分からん」
マニュアルを確認したドラ子は、端的に呟いた。
「何がわからん?」
「なんでSolomonは『回復の泉』とか『暖かな光が満ちる場所』とか『妖精の花園』とかの、ちょっと特別なスポットをまとめて『特殊な家具』の項目にぶち込むんですかね?」
「それは俺にもわからん」
Solomonの不思議の一つであった。
恐らく社内の連携が上手く取れていなかったせいで、設計と開発とマニュアル作成班の間で認識の齟齬が発生した故であろう。
地味にお問い合わせを生むポイントなので、なんとかして欲しい保守サポート部ではあったが、ミミックが家具にぶち込まれているSolomonでは今更であった。
「あと、マニュアルに書いてあるのは設定のしかたとかで、回復の泉の仕様については触れられてませんね」
マニュアルの記載を一通り読んでみたドラ子だったが、結果はこの通りだ。
載っている情報は回復の泉の種類に、水質や温度、広さ深さの設定方法、回復効果の種類などである。
回復の泉の形状を噴水型にするとか湧き水型にするとか、水を飲んだらHPだけ回復するとか、状態異常まで治すとか、そういう設定方法の情報だ。
残念ながら回復の泉にあれこれ悪戯したらどうなるかの情報はない。
「そりゃな。顧客が知りたいのは回復の泉をどうやって設置すれば良いか、どんな効果を持たせられるかであって、回復のメカニズムが知りたいわけじゃない」
それも当たり前の話であった。
Solomonのユーザーが作りたいのはダンジョンである。
そしてSolomonを使う理由は、Solomonにはダンジョンを作る際に必要なものが一通り揃っているからである。
そしてその必要なものが使えるというのが肝要であって、必要なものがどうやって実装されているのかの情報はユーザーには必要ないのだ。
ライターを買う人間が欲しいのは火であって、火を起こす仕組みではないのと一緒である。
「だから、回復の泉の仕様を調査するには、術式のソースにあたるしかないんだよ」
その術式のソースを確認するのが面倒だったので、マニュアルで済ませられないかと行動したドラ子は、その事実を確認して「うへぇ」と唸った。
「これはあくまで私個人の意見ですけど、普通はソースを確認するまでもなく、仕様書を見れば、どういう仕様で実装されているとかが分かるものじゃないんですかね」
「そうだな。真っ当な意見だと思う。Solomonには仕様書がないという点を考慮しなければな」
そう。Solomonには仕様書が存在しないのである。
だから仕様を確認する方法は、ソースコードを見るしか無いのである。
むしろソースコードが仕様書なのである。
「…………」
「諦めろ」
悲しいが、ドラ子に逃げ場はないのである。
──二時間後。
「……となると、Solomonの『回復の泉』の処理は、こう、かな?」
デバイスに表示させた術式のソースコードを睨みながら、ドラ子はメモ帳に推測を書き込んで行く。
最初は頭にいくつも疑問符を浮かべながらだったが、それも時間とともに解消された。
隣で時折様子を見ていた眼鏡の先輩も、今となっては特に指摘することはなくなっていた。
ドラ子が調査した『回復の泉』が対象を回復する流れは以下の通りだ。
──────
特殊な家具『回復の泉』を設置する
→
空気中の水分、あるいは利用可能な水源の水を濾過し『回復の泉』を満たす
→
満たされた水を『回復の泉』の回復対象(デフォルトでは人類種(亜人などを含む総称))が飲む。
→
水を飲んだ対象を『ダンジョン』が回復する。
──────
「『回復の泉』なのに、回復に水関係ないじゃん!!」
そう。
実は『回復の泉』の水には、何の効果もないのである。
Solomon製の『回復の泉』とは「これ飲んだら回復してね」というフラグが付いた水が出るだけの、ただの噴水なのであった。




