104 お問い合わせ『雑草をどうにかしたい』4
小さめのミーティングルームに、幾ばくかの緊張感が満ち始めていた。
主に、ドラ子の何も分かってなさそうな態度に対する、ゴーレム部長のそこはかとない負の感情に周りが気付き始めたのが原因であった。
「念の為確認しますが、件のチケットはこの『雑草をどうにかしたい』で合っていますね?」
「えっと、はい」
言葉と同時に、ゴーレム部長がプロジェクターに投影されていたデバイスの画面で確認する。
『
件名:雑草をどうにかしたい
差出人:異世界889契約番号4──駆け出しダンジョンマスター
製品情報:Solomon Ver28.4
お問い合わせ番号:20023020722
本文:
いつもお世話になっております。
貴社製品にてダンジョンの構築を始めていくらか経ちました。
ですが、最近になって困った事になっています。
ダンジョンの内部に、それも通路と言わず、部屋と言わず、広間と言わず至る所に雑草が生い茂ってしまっております。
植えた記憶はありません。
このままだと、ダンジョンではなく、ただの荒れ地になってしまいます。
Solomonにてどうにかする機能がございましたら、是非ご教授ください。
』
なんの変哲も無いお問い合わせである。
だから特に問題無く回答を作成できるとドラ子は考えていたし、何故いま、こうまで盛り上がっているのかが分からない。
そんなドラ子の気持ちをよそに、ゴーレム部長は尋ねた。
「回答方針では、雑草の処理の仕方を案内すると書いているようですが、あなたは一体どういった回答を想定しているのでしょうか?」
未だに疑問符が拭えぬまま、それでもドラ子は自身が調べたことについて自信を持って答えた。
「基本的に、植物が生育する条件を最初に述べます。光、温度、空気、水、栄養といったものが植物に必須な要素と考えられます。それらを述べたあとに、Solomonでそれらを設定する方法が記載されている箇所をマニュアル案内し、あとはそちらで実際に確認されている雑草の生育条件を確認して、丁度良い条件を検討して欲しい、といった感じになるかと」
と、ドラ子は付け焼き刃で身につけた知識を、さも知っていて当然と言うように語った。
ついでに、ゴーレム農家の人は更に、植物の天敵となる虫や動物、病気などの話もしていたのだが、そこまでSolomonの機能でできるかを確認する時間はなかった。
なので、その辺りはあえて語らず『こんなにしっかり考えてますよ』というのを全面に押し出す形であった。
「ふむ」
ドラ子のあまりにも堂々とした態度は、保守サポート部の面々のいくらかに『なるほど』と思わせるだけの効果はあった。
ゴーレム部長は、ドラ子の発言を受けて、少し考えるようにこめかみの辺りを揉む。
「なるほど。どこかの過去回答を参考にしましたか?」
「ええと、はい。一応」
「確かに、そういった回答を行えば、顧客は苦労しながらも問題を解決できるかもしれませんね」
ゴーレム部長からの一応のマルを貰い、ドラ子は心の中でガッツポーズを取った。
なんだよ、びっくりさせやがって! 問題ないなら良いじゃん! 岩頭部長!
と、あまつさえ心の中で思わず暴言すら吐いた。
と、ここでゴーレム部長は、視線を唐突にレッサーゴブリンくんに向けた。
「レッサーゴブリンさんは、先程の方針についてどう思いますか?」
「え?」
そしてレッサーゴブリンくんは、自分の番が終わったと油断し切っていたので、話をあまり聞いていなかった。
それでも、ゴーレム部長からのじりじりとした視線の圧力を感じ、彼は慌てて答える。
「も、問題ないと思います!」
「…………そうですか」
ゴーレム部長はそれだけ呟くと、次に視線を白騎士(仮)へと向ける。
「白騎士(仮)さんは、どう思いますか?」
「え、えっと、その」
続いて尋ねられた白騎士も、言葉に詰まった。
しかし、それは話を聞いていなかったゴブリンくんとは対照的である。
これを、言っても良いのだろうか? という迷いのある詰まりかただった。
ゴーレム部長は、その迷いに対して、鷹揚に頷いた。
「構いません。発言してください」
「では、その……確かにドラ子さんの回答でも解決はできると思うのですが……その前に『指定種抑制機能』が、もしかしたら使えるのではないでしょうか?」
え、なにそれ?
と、思わず口にしそうになったドラ子だったが、それはなんとか飲み込んだ。
ゴーレム部長は、白騎士の回答に、ようやく満足そうに頷いていた。
そして、ドラ子と、ついでにレッサーゴブリンくんに冷めた目を送る。
「ドラ子さんの回答でも、問題はないでしょう。これが、Ver18以前のSolomonであればですが」
さて、今回のお問い合わせのバージョンはなんだったかな?
ドラ子がちらっとプロジェクターの画面を確認すれば、Ver28.4であった。
あ、オワタ。
「ドラ子さん。Solomonは何用の術式として提供されているか分かりますか?」
「ええと、総合ダンジョン管理術式、ですか?」
さすがのドラ子でも、そこは間違えなかった。
ここで間違えていたら更に酷い未来に分岐していたのだが、そこはなんとか回避した。
といっても、焼け石に水程度の評価回復である。ゴーレム部長は、さらに詰めた。
「そうです。Solomonは『ダンジョン作成術式』ではなく『ダンジョン管理術式』なのです。ダンジョンを作るための術式ではなく、作ったダンジョンを管理するための術式なんです。植物といった、ダンジョンに当たり前に存在するものを管理するための機能はあって当然だとは思いませんか?」
「で、でもVer18以前は」
「…………日々改善するのも、術式の課題ですから」
思わず突っ込んだドラ子の一言には、ゴーレム部長も言いにくそうに澱んだ。
だが、結局のところ、言いたい事はただ一つである。
「ドラ子さん。あなたは勉強不足です。チケットに慣れて来たと慢心する前に、今一度、Solomonでは何が出来て何が出来ないのかを勉強してください」
「……はい」
ゴーレム部長は言いたいことを言い終えて、重い息を吐く。
その後にぼそりと言った。
「まぁ、本来であればそういったことを新人に学ばせる勉強会を、会社側が積極的に開くべきなのかもしれませんが」
ゴーレム部長自身も課題と考えていたことだった。
ドラ子だけではない。ドラ子の回答で問題ないと思ってしまったレッサーゴブリンくんしかり、雰囲気にのまれていた他の面々しかり。
全体的に日々の業務に追われて勉強が疎かになっている。
これでは、いつかド修羅場に見舞われたときに、またゾンビを大量生産するハメになるのではないだろうか。
そんなところで、話を大人しく聞いていたハイパーイケメン蝙蝠が、思いついたように言った。
「ゴーレム部長。少し時間があるなら、午前の間に軽く勉強会開いてみてはいかがですか?」
「どうしました? 急に」
「いえ、実はこんなこともあろうかと、先程のチケットの回答は自分が作成済みです。その回答にかかるはずだった時間、ドラ子ちゃんを使って勉強会の練習でもしてみてはと。この子、多分基本的なところ結構抜けてるので」
「…………悪くはないですね。抱えているチケットも、どうやら余裕があるようですし。一つ説きょ……後進を教育するのも」
うぇ!? とドラ子は嫌そうな顔になるのを必死に堪えた。
自分が、色々と抜けているのは分かる。だが、ゴーレム部長と二人きりで勉強会は、胃が絶対に保たない!
だって今、説教って言いかけたし!
「ちょっと待ってください! ゴブリンさん! ゴブリンさんも勉強が必要です!」
「ちょ!?」
なんかそのままの流れで決まりそうだったので、必死の抵抗をドラ子は挟む。
完全に虚を突かれたゴブリンくんもまた悲鳴を上げた。
「レッサーゴブリンさんも確かに、ドラ子さん以上に教育が必要そうですが。しかし、彼の抱えているチケットは少し余裕が無いですね」
「で、ですよね! すみません! 自分も余裕があれば絶対に参加するのですが!」
少し検討したゴーレム部長だったが、レッサーゴブリンくんのチケットの状況は、ドラ子よりも重かった。
そのため、なんとか説教部屋から脱出できた、とゴブリンくんがホッとしたところで、蝙蝠は畳み掛けた。
「それなら大丈夫です。二件くらいなら、自分とメガネくんで巻き取ります」
「ぶっ!?」
そこで唐突に名前を上げられたメガネも、このミーティング中に初めて動揺した。
しかし、今回の影の立役者は紛れも無くメガネであった。
メガネは、ドラ子がこのチケットの対応に入った際に、過去回答を探し始めたところで、機能に気付いていないのは分かっていた。
だが、教育のために(という大義名分)あえて教えなかったのが、今のこの時間を生み出していた。
だから、今回のコレは、メガネにも欠片ばかりの責任は、なくは、ないかもしれなかった。
「メガネくん。貸し一つだよね」
そして、蝙蝠さんのこの一言で、メガネはとうとう傍観者から当事者──あるいは責任のある保護者へと引き摺り下ろされた。
「…………ゴーレム部長。ゴブリンくんをよろしくお願いします」
メガネが諦めた瞬間、ドラ子は満面の笑みを浮かべ、ゴブリンくんは地獄に叩き落とされた顔をする。
ゴーレム部長は、そんな二人の様子は露知らず、実はこっそりと用意していた新人教育プログラムが日の目を浴びるかもしれないという状況に、内心ウキウキであった。
「では、このミーティング後に、短いですが勉強会をします。ドラ子さんとレッサーゴブリンさんは強制参加となりますが、チケットに余裕がある方は自由参加とします」
そうして、ドラ子の勉強不足から端を発した勉強会が、このあと不定期にポツポツ開かれるようになったそうな。
なお、この初回の勉強会の参加者は、ドラ子、ゴブリンくん、白騎士(仮)の三名だけだった。
内心、もっと参加してくれないかな、と思っていたゴーレム部長はちょっと凹んだ。
新機能を把握していないのが新人だけではないという恐怖




