103 お問い合わせ『雑草をどうにかしたい』3
【前回までのお問い合わせ】
いつもお世話になっております。
貴社製品にてダンジョンの構築を初めていくらか経ちました。
ですが、最近になって困った事になっています。
ダンジョンの内部に、それも通路と言わず、部屋と言わず、広間と言わず至る所に雑草が生い茂ってしまっております。
植えた記憶はありません。
このままだと、ダンジョンではなく、ただの荒れ地になってしまいます。
Solomonにてどうにかする機能がございましたら、是非ご教授ください。
保守サポート部の朝は、業務時間外に溜まっていたチケットの割当てから始まる。
特に休日明けともなれば、それなりの数が溜まっていることもあるので、窓口の仕事が終わる前に、しっかり頭を覚醒させておくのは大事なことだ。
ドラ子は起動した自身のデバイスの画面を眺めながら、呟いた。
「私は……自分が恐ろしい……」
「まだ寝ぼけてんのか?」
ドラ子の隣のデスクにいる眼鏡の青年は、恍惚とした表情で自画自賛を始めた後輩にそう突っ込んだ。
いつもだったら、いい気分のところに水を差されて、ドラ子は不機嫌になっただろう。
だが、今日のドラ子はひと味違う。
余裕の笑みを浮かべたまま、椅子の背もたれに体重を預け、不敵に言った。
「先輩。これからは私のこと、エリートキャリアウーマンドラ子って呼んでも良いですよ」
「ハイパーイケメン蝙蝠みたいなこと言い出したな」
「あ、やっぱ無しで」
今のドラ子でも、蝙蝠さんと一緒にされるのは無理だった。
流石に、あの男と一緒にされるのは、乙女的に無理であった。
仕事は……仕事はできるのにッ。
たった一言で、良い気分が二割くらい削られたが、ドラ子は気を取り直す。
「とにかく、あれです。今の私は自分が恐ろしいのです。仕事を完璧にこなしつつ私生活まで完璧に充実させてしまう。そんな自分が」
と、達成感に満たされたままドラ子が言うと、メガネは世間話の一つと受け取ったか、当たり前にこう返した。
「ふーん。それじゃ、休日どっか遊びにでも行ったとか?」
「…………ダンジョンにちょっと……?」
「なぜ疑問系?」
ドラ子は思わず答えてしまったが、ダンジョンには行っていない。
ダンジョンの動画を見ていただけだ。
言ってしまってから、素直に訂正しようかと悩んだドラ子だったが、ふと電流が走る。
いや、待てよ。
休日はずっとダンジョンのことを考えていたし、ダンジョンの動画まで見ていた。
つまり頭ではずっとダンジョンのことを考えていた。
ということは、心はダンジョンに行っていたと言っても過言ではない!
身体は確かに出掛けていないが、心が出掛けているんだから半分はダンジョンに行っていたとも言える。
四捨五入すれば、これはもうダンジョンに行っていたと言っても過言ではないのではないだろうか?
「いや、やっぱりダンジョンに行ってました」
「そうか、どこの?」
「私達の、心の中の」
「…………」
あ、こいつずっとダンジョン動画見るか、ダンジョン攻略するゲームでもやってたな。
メガネはそう理解したが、突っ込むことはしなかった。
ドラ子の状況からして、想定していたことが起こったと薄々、分かったのだ。
『こいつ結局、あのチケットにひっかかったな』と。
──────
保守サポート部の朝は、未処理のお問い合わせの割当てから始まる。
だが、それだけが朝の定例行事ではない。
ここは、保守サポート部が入っている階に用意されている、ミーティングルームの一室。
複数あるミーティングルームの中でも最も小さいそこに、保守サポート部のメンバーが集って、ゴーレム部長の顔色を窺っていた。
「──次は、メガネさん」
ゴーレム部長に指名されたメガネは、焦ることもなく静かに答える。
「はい。現在対応中のチケットは四件。簡易チケット一件、仕様調査一件、情報解析二件です。簡易チケットはこのあとすぐに回答案提出。続けて今朝アサインされた情報解析の情報取得依頼を作成。仕様調査については回答方針を午前中には提出し、午後一で回答作成。最後の情報解析は夕方までに調査に目処を付けて、可能なら方針提出予定です」
「承知いたしました。よろしくお願いします」
言って、ゴーレム部長はメガネの状況確認を終えた。
現在は、保守サポート部の朝のミーティング中である。
保守サポート部では、毎日朝の時間、だいたい30分ほどかけて回答作成者の状況確認を行っている。
進行するのは主にゴーレム部長となり、特に懸念点がなければ先程のメガネのように、状況だけ聞いておしまいだ。
だが、懸念点があるとミーティングの時間は伸びて行く。
「次はレッサーゴブリンさん」
「はい。現在対応中のチケットは四件です。全部簡易チケットなので、午前中に二件、午後に二件で対応予定です」
「少々お待ちください」
ゴーレム部長はゴブリン君の予定を聞いた後に待ったをかけ、手元のデバイスでお問い合わせの内容を確認する。
「簡易チケット四件と言いましたが、二件はどう見ても仕様調査が必要です。認識に誤りがあるようですが、大丈夫ですか?」
「え、えっと、どのチケットでしょうか?」
「今朝アサインされた『イベント関連機能の使い方について』と『モンスターの召喚に関する疑問』というものです。マニュアルに記載の無い動作についての質問が混ざっているので調査が必要だと思いますが、予定はそのままで大丈夫ですか?」
「え、えっと」
レッサーゴブリンくんはそこで助けを求めるように蝙蝠さんの顔を見る。
蝙蝠さんは露骨にため息を吐いたあと、助け舟を出した。
「ゴーレム部長。それらは二件とも自分がレビュアーなので、詰まっている様でしたらこちらからアドバイスもできます。今朝アサインで〆切にも多少余裕があるので、対応は問題ないと思います」
「その言葉をレッサーゴブリンさん本人から聞きたかったのですが、良いでしょう。対応よろしくお願いします」
ゴーレム部長の追及から解放されて、レッサーゴブリン君は露骨に安堵の息を漏らした。
そのあからさまな態度に、フォローした蝙蝠さんが少し苛立っていた。
少しは自分で考えて発言しろや、という心の声を、恐らくその場に居た全員が聞いたことだろう。
「さて、次は、ドラ子さん、お願いします」
「はい」
レッサーゴブリンくんの公開処刑の後には、自分の番が待っていた。
しかし、ドラ子は今日ばかりは落ち着いて対処ができる。
一番問題になりそうだったチケットの回答は、すでに頭の中で出来ているのだ。あとは、今朝アサインされた仕様調査と簡易チケットをぽぽぽんと『今日中になんとかしまーす』でオッケーのはずなのだ。
出来る女、エリートキャリアウーマンドラ子はそうやって心を落ち着かせて答える。
「現在対応中のチケットは三件。簡易チケット二件と仕様調査一件です。簡易チケット一件は午前中に回答作成。午後にもう一件の簡易チケットの回答を作成し、夕方には仕様調査の回答方針を提出予定です」
よしこれで問題無し。
ドラ子は自身の行動予定を頭の中で再確認しつつ、そう思った。
メガネ先輩のスピードで回答を作成することはできないが、新人として特段問題のあるスピードでもない。
むしろ、新人にしてはしっかりと予定を立てられている方ではないだろうか。
白騎士ちゃんは、ちょっと異次元みたいなもんなので、まぁ、あれだけど。でも今のECWドラ子もその辺り負けてないと思うし。
この満点なスケジューリングに、ゴーレム部長も思わずにっこりの筈だ。
そう思っていたところ、ゴーレム部長は、無情にも告げる。
「少々お待ちください」
「ふぇ?」
思わずドラ子の口から気の抜けた声が出てしまった。
この『少々お待ちください』は額面通りの意味ではない。
半年の職務経験でもドラ子は痛いほど知っている。
これは『今からツッコミどころを尋ねるので回答お願いします』という意味だ。
「先週アサインされている簡易チケットが一件ありますが、これを今日の午後に回す意味はなんでしょうか?」
「はい? それは今日の午前を使って回答を作成する予定なのですが」
「はい?」
ドラ子が素直に答えると、ゴーレム部長の眉間に明らかに皺が寄った。
半年の付き合いだが、ドラ子にはもう分かる。
これは『お前は何を言っているんだ?』の表情変化である。
「質問を変えます。このチケットをなぜ午前一杯使って回答作成することになるのですか?」
「内容からして、そのくらいの時間は必要かと、思われる、のですが?」
ゴーレム部長が疑問符を浮かべているが、ドラ子もまた同じくらい疑問符を浮かべていた。
何故だろう。
自分が何か、致命的な見落としをしているような気がしてしまうのは。
ゴーレム部長は、ドラ子の言葉に再三お問い合わせの内容を見直す。
そして、週の始まりから疲れ果てたような顔をしたゴーレム部長が、重く息を吐いた。
「私がレビュアーであれば、これは先週の時点で出させていた程度のチケットなのですが」
あれれー? おかしいぞー?
心の中で精一杯の空元気を奮わせながら、ドラ子は冷や汗をかいている自分に気付くのであった。
──ミーティングルームにて──
ハイパーイケメン蝙蝠(メガネエエエエエエエエ!)
メガネ(一番ドラ子かわいそうな展開になってる……)




