101 休日『ゴーレム農家の人の動画鑑賞』4
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不具合番号:75572
不具合概要:無機物系モンスターが想定していない挙動をとる。
発生バージョン:Ver16.2.3以前
内容:
自由意志のない無機物系モンスターにある特定の行動を取った場合、本来想定されているアルゴリズム通りに動かない場合がある。
本不具合が発生した場合、不具合を発生させた対象の認識が『ダンジョンマスター』と同等のものに切り替わり、敵として認識している場合の敵対行動や、味方として認識している場合の救援行動などを行わなくなる。
発生条件:
ゴーレムが『戦闘中』以外の状態であり、かつ、何らかの感覚器において捉えている【対象】が存在する。
ゴーレムの思考パターンから『対話』や『交渉』を排除している。または『対話』や『交渉』が可能でも『物品の受け渡し』は行わない設定になっている。
ゴーレムが認識している【対象】から、何らかの方法で『物品の受け渡し』が成される。
以上を全て満たすと、物品の受け渡しが行われた段階で【対象】の存在を『ダンジョンマスター』と誤認し、設定している動作を行わなくなる場合がある。また、【対象】がゴーレムの設定の変更をすることが可能になる。
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「これは……ううむ。なるほど」
動画の再生を止め、表示されたURLより飛んだページでドラ子は思わず唸る。
何も見なかったことにしたかったドラ子ではあったが、職業病の様に開いてしまったURLより、不具合の情報を確認してしまった。
それによって動画上で何が起こったのかもなんとなく理解した。
本来、このダンジョンのゴーレムは、対話や交渉で切り抜けられるタイプのモンスターではない。意思疎通のできない怪物だ。
そのため、例えば『しもふり肉』みたいな賄賂を贈ることは出来ないし、どのような手段でもってもテイムなども行えない。
だが、それは対話や交渉などで『物を贈ろう』とした場合の対処でしかない。そういった状況になれば拒否をするという『命令』なのだ。
だから、仕込まれた命令にないことが起こるとバグる。
本人ですら想定外だった槍投げの失敗により、アイテムの受け渡しを完了してしまった場合、ゴーレムの命令の中で矛盾が生じるのだ。
本来敵対する対象だった相手からは物を贈られてはいけない。
しかし、実際にその意図が無かったにも関わらず物を贈られてしまった。
この矛盾を解消するために、ゴーレムは『物を贈った』相手の認識を『書き換えた』のだ。つまり『敵対対象』から『物を貰った』のではなく『ダンジョンマスター』に『装備を与えられた』のだと認識することにしたのである。
これにより、ゴーレムが矛盾で崩壊することは無くなったが、代償としてゴーレム農家の人を『ダンジョンマスター』と認識することになった。
これがその辺のモンスターの素材とかならまだ『拾った』といった認識になるのかもしれないが『ひのきの棒』は、このダンジョンで唯一『ダンジョンマスター』が設定している『ダンジョンマスターから贈られる装備』であったことも、ひょっとしたら遠因なのかもしれない。
「いずれにせよ。こういう例外を見落とした上で、バッチリ取り返しのつかない不具合に昇華してるのが実にSolomonらしい」
開いた不具合情報のページを閉じ、ドラ子は大きく息を吐いてから動画の再生を再開──する前に、少しだけコメントを未来にスクロールしてみた。
『計画通り(何も考えて無い)』
『ゴーレムにはひのきの棒を与えると大人しくなる……ってこと!?』
『ひのきの棒は霜降り棒に進化した』
『伝説のゴーレムテイマー誕生の瞬間である』
『俺は信じてたよ。ゴーレムと人は共に生きられるって』
『M「なにこれ聞いてない」』
多くは不具合そのものには触れず、起きてしまった謎の現象に、ゴーレム農家の人と一緒に首を傾げている。
のだが、先程技術的な疑問を呈していたユーザーなどは、ドラ子同様に不具合情報を見た様子で、そちらに感想を残していた。
『なんだSolomonか』
『Solomonのダンジョンでは良くあること』
『M「もしもし? サポセン? またダンジョン壊れたんだけど?」』
『一瞬画面の中にミミックが居ないか探したのは俺だけじゃないはず』
『ゴーレムの命令系統のコンフリクトか。まぁ、ゴーレムが爆散しなかっただけマシ』
『そうか! ゴーレムはミミックだったんだ! これで謎は全て溶けた(迷推理)』
『溶かすな。きちんと向き合え』
「…………まぁ、うん」
うわぁ、ウチのダンジョン術式、一部の界隈の人からはやっぱりクソ術式として認識されてるぅ……。
勿論、ドラ子とて術式がクソなことくらい、知っていたことなのだが、改めて全然関係ない人がそういう認識をしているとなると、酷く複雑な気持ちになった。
コメントに同意したいような、いやでもSolomonにだって良い所あるよと擁護したいような、むしろこっちの苦労も知らずにと怒りたいような、逆にこんな術式でごめんなさいと謝りたいような。
一言では言い表せぬ複雑な感情を味わって、ドラ子はそれらを全て、用意したアルコールで流し込んだ。
「全てわすれましょー」
この時点で、ドラ子はもう、今日は呑む事に決めた。呑んで忘れることにした。
素面だと、Solomonのダメな部分をいちいち思い出しそうで仕方なかった。
別タブで開いていた動画のことは、きっと後で思い出すのだろう。
『それではいよいよ、他のゴーレムに挑んでみたいと思います』
それから、色々なアプローチの末にゴーレムの設定が変更できることに気付いてしまったゴーレム農家の人は、ゴーレムwithひのきの棒を引き連れて、他四体のゴーレムのところへ向かった。
『では、討伐していきます。いけ! かかし一号!』
かかし一号ことひのきの棒ゴーレムは、忠実なロボットのように、目に映った自分の同形機に殴り掛かった。
ひのきの棒無しゴーレムには、流石に認識の書き換えは共有されていなかったが、ゴーレム同士で争わないための設定もそのままであった。
結果として、ひのきの棒ゴーレムに一方的に殴り壊されることと相成った。
無抵抗でがんがんと身体を削られ、ついに露出したゴーレムの核を破壊されたところで、棒無しゴーレムはついにその姿を保っていられなくなる。
魔力によって岩のように凝り固まっていた身体が崩壊し、さらさらとした土の山がその場に誕生した。
『うひょおおおお! 土だああああああ!!! ……あれ』
ゴーレム農家の人が喜ぶのも束の間、彼は何か不思議そうな顔を浮かべ、そして。
『あ、これ、まず、死──』
と、呟いて死んだ。
「なんで?」
『!!!??!?!!?!??!!??』
『嘘みたいだろ。死んでるんだぜこれ』
『なぜ死んだしwww』
『<<<突然の死>>>』
『ゴーレムを倒してはならなかったのじゃ。あれこそ奴の命だった』
『マジでなんで死んだの? 倒せない設定のゴーレム倒してなんかバグった?』
『答えはCMの後で!!』
そしてCMの後ではないが、その答えはすぐにもたらされた。
【【勇者はレベルが上がった。力が 24上がった。賢さが12上がった。防御が22上がった。素早さが16上がった。満腹度が70下がった】
「あ」
そして復活したゴーレム農家の人は、復活と同時に手に握られているひのきの棒を毎度よろしく地面に叩き付けた。
『レベルアップで餓死する斬新なシステムやめろや!!』
「んぶふっ!」
思わず噴き出す、ドラ子とコメント欄。
『芸人かwww』
『いや芸人でしょwww』
『まさかMはこれも計算に入れてダンジョンを設計した……?』
『M「なわけあるか」』
『ある意味ゴーレムさんよりもスムーズに殺しにきたな』
『予測不能回避不能』
『満腹だったら耐えられた。もうすぐ畑が手に入ると主食を抜いた主に問題があった』
『でも野菜は眼の前だったし』
『もうすぐ人参が食えるってときにゾンビ肉を食べる人いないよ?』
『それ人参の前提条件要る?』
ゴーレム農家の人の死因は、レベル差のかけ離れたゴーレムを倒したことで得られた、大量の経験値からくる大量のレベルアップと、それに伴う急速な飢餓による餓死であった。
次くらいで楽しかった休日はおしまいです




