09 プレ新人歓迎会3
目的地である居酒屋『夢子の家』はすでに盛り上がっている雰囲気であった。
待ち合わせであることを店員に伝え、奥の少人数用の個室に案内されたドラ子と眼鏡の青年に、まず蝙蝠からの声がかかった。
「お、ようやく主役が登場か。おそいよ!」
『ハイパーイケメン蝙蝠』は、そう自称する程度には整った顔立ちをした男である。
ゴーレム部長とはまさしく正反対の雰囲気であり、部下達と距離も近いことから、良く頼りにされる男だ。
だが、そんな爽やかな顔に対する二人は、なんとも言えない反応である。
「…………(ただ無言のドラ子)」
「…………(曖昧な表情で沈黙する眼鏡)」
「あれ? なんか俺睨まれてない?」
別に彼が悪いわけではないのだが、二人とも若干のモヤッと感が残っていた。
こっちは今まで残業してたのに、上司のお前は気分良く呑みやがって、と。
とはいえ、飲みの席で最初からそんな不満を爆発させることもなく、二人は促されるまま席につく。
「とりあえず生二つはもう頼んどいたから」
もうすぐ着くという連絡から到着を逆算したのだろう。言うが早いか、すぐさま個室に生ビールのジョッキが二つ運ばれてくる。
八人ほどが座れる大きなテーブル席。突発的な飲み会であるため、集まっているメンバーは少なめ。現時点でドラ子たちを入れ、六人ほどだった。
グラスを受け取り、改めてこの場で一番偉い人間である蝙蝠が、乾杯の音頭を取った。
「というわけで、今までスルーされ続けた不憫な新人達に乾杯!」
またドラ子が微妙な顔になりそうな音頭に合わせて、その場の六人がグラスを軽く打ちつける。
全員が喉を潤したのを確認して、蝙蝠が続けた。
「一応、回答班の新人が揃ったってことで、軽く自己紹介でもしてもらう?」
「まぁ、そうですね」
既に入社から二ヶ月も経過しているため、知らない仲というわけではないが、それまでの会話の流れを知らない途中合流組としては断る理由はなかった。
「んじゃ、まずは俺から行こうか。新人はトリってことで」
まず発起人であるハイパーイケメン蝙蝠が、自ら進んで語り始めた。
「えー、チャットの『ハイパーイケメン蝙蝠』とは俺の事です。好きなダンジョンはオーソドックスに洞窟型。保守サポート部の中じゃそれなりに偉い方ですが、あんまり萎縮せず、普通に付き合いましょ。プライベートな誘いもそれなりにオッケーですよー」
最後に軽い冗談を付け足し、蝙蝠は軽くウィンクする。
社会的な理由で、この世界の住人は人間型を取っている。ざっくりと言えば、ドラゴンがドラゴンのまま入れる居酒屋作って他の種族が来るか? といった理由だ。
彼の容姿は極めて普通の人間型、しかしてその雰囲気はヴァンパイアか何かといった怪しげな風情であった。
その甘いマスクから実際にヴァンパイアと思われることもあるそうで、彼と普段関わりのない者の中には、彼のファンが居るとか居ないとか。
だがしかし、蝙蝠と直接知り合うと、あっさりと彼の本当の種族を知ることができる。
「あ、種族は基本淫魔なんでよろしく」
「え? 吸血鬼とかじゃなくてですか?」
「そそ、淫魔なんだなぁこれが。ま、勝手に勘違いしてくれる子を、仕方なく騙してあげることもあるけどね。口説くときとか」
自分に都合の良い様に説明する蝙蝠に、ドラ子はまた少し真顔になった。
その隣の眼鏡の青年は、さっと手を上げて質問の姿勢を取る。
眼鏡の青年と仲の良い蝙蝠は、格好付けてポーズを取り、指差し尋ねた。
「はいメガネ君」
「質問です。蝙蝠さんは既婚者なのになんで結婚指輪をしてないんですか?」
「え!? 既婚者なんですか!?」
今までの彼の態度から、女遊びの激しい男のイメージだったドラ子は驚く。
メガネの青年の指摘通り、その薬指には結婚指輪はついていない。違う指には、指輪がついているのだが。
「んー良い質問ですねぇ。なぜ結婚指輪をしていないのかと言えば──聞くも涙、語るも涙の物語が──」
「はやくして」
「──結婚披露宴二次会で泥酔して、朝起きたら無かったんだぜ!」
クソみたいな答えに、ドラ子は手に持ったジョッキを落としそうなほど驚いた。
この男。よりにもよって結婚式当日に指輪をなくしやがったのであった。
その時、咄嗟に付き合ってから初めて買った指輪を装着し『いつまでも最初の頃みたいにラブラブで居たいんだ』とか言って難を逃れ、現在も嫁に指輪をなくしたのはバレていない。
ドラ子の中のイメージがどんどんとクズい方向へと崩れて行く最中に、眼鏡の青年が補足するように言う。
「と、このように知れば知るほどクズ野郎だが、知っての通り仕事ができる。あと一応、息子の話をしてるときはかなり真面目だ」
「子供までいるんですか……」
これが、数日前に当たり前のようにキャバクラに行きたがっていた男である。
聞けば聞くほど、女遊びしている場合じゃないと思うドラ子だった。
無意識に距離を取ろうとするドラ子に、眼鏡の青年はフォローの声をかける。
「まぁ、同じ職場で問題起こすような人じゃないから大丈夫だ。何かあったら、奥さんにバラすと適度に脅しをかけつつ対応すれば問題無い」
「メガネ君。そういうのマジで効くからやめてね? この前男同士で飲んでるって言ったのに、証拠写真送らされたんだからね?」
日頃の行いによる自業自得であることは、誰の目にも明らかであった。
「ま、そんな感じで、適当に自己紹介してもらおうか。次はハゲ君」
「ハゲじゃねーし!」
蝙蝠のパスに盛大に反応を返したのは、ハゲ君もといレッサーゴブリンである。
ある意味この飲み会の真の元凶であるレッサーゴブリンである。
レッサーゴブリンと名乗っているが、別にゴブリンでもなんでもない。至って普通の雑種系種族である。
この世界は色々な種族が居て、特に大きな対立とかもないため、なんの種族であると言い切るほどでもない雑種は大量にいる。
強いて言うなら、犬型の魔物であるコボルトのような風情があるが、毛深くはない。
「どーも。『レッサーゴブリン』です。見ての通りふさふさです。好きなダンジョンは滅んだ街型。新人の二人よりは二年くらい先輩なんで、気軽に質問してね」
「質問です! なんで滅んだ街みたいな髪の毛してるのに、ふさふさと言い張るんですか?」
「ふさふさですから! というかあなた新人じゃないでしょメガネ先輩!」
ついでに、レッサーゴブリンの見た目は至って普通の社会人。本人が言うように、別にまんまハゲというわけではない。が、でこはやや広い。
今回ハゲ弄りされているのは、普段からそうというよりは、この飲み会の募集をかけた際の、一連の流れ故であろう。多分、きっと。
そんな和気あいあいとした雰囲気の中、なんでも質問してよいと言われたドラ子がさっそく手を挙げた。
「じゃあ質問です。本当の新人歓迎会はいつになりますか?」
「ご質問ありがとうございます。ただ、その件については現在調査中であり、はっきりとした回答を差し上げるのは難しい状況です。つきましては、調査が終了しだいご連絡さし上げますので、今しばらくお待ちいただきますようよろしくお願いいたします」
レッサーゴブリンの心を殺したかのような回答に、ドラ子は何も言えなくなった。
しかし、この雰囲気で更にもう一人の新人──白騎士(仮)が手を上げた。
「はい! 質問どうぞ!」
ドラ子の追及から迅速に逃げ去るがごとく、レッサーゴブリンが言った。
指されたのは、ドラ子の赤い髪の毛とは違う、白く真っ直ぐな髪の毛をした少女である。
「以前過去回答を参考にさせて貰いました。ですが仕様を確認したところ、記載されていた内容と、実際の仕様がやや異なるように思えたのですが、どういうことでしょうか」
白髪の新人としては、単純に気になっただけの質問であった。
だが、次の瞬間に、蝙蝠が目の色を変えていた。
「白騎士(仮)ちゃん。その過去回答って、どんな内容だった?」
「確か『大広間に入った際に、ギミックを連鎖発動させたい』みたいな」
「ありがとう白騎士(仮)ちゃん。ねえゴブ君、俺レビューで言ったよね? 概ね問題ないけど、一連の動作遅延系の処理タイミング、術式から仕様を確認しといてって?」
にっこりとレッサーゴブリンに尋ねる蝙蝠。
反対に、レッサーゴブリンは視線を全力で泳がせながらしどろもどろに言う。
「いえ、その。レビュー頂いたときに、たしかこういう仕様って蝙蝠さんが」
「たしかこういう仕様だった気がする、けど、はっきりと覚えてないから確認してって話だったよね? それで君、ちゃんと調べますって言ったよね?」
「は、はい。ただ、自分が確認したときもそういう術式っぽく見えて。あと〆切もやばかったのでだいたい合ってるなら、これで良いんじゃないかな、とか……」
「…………」
蝙蝠は無言になり、頭を抱える。
すぐに携帯型のデバイスを取り出し、個人ネットを経由してセキュリティ管理されたサーバに入り、そこから改めて件の過去回答を確認する。
「白騎士(仮)ちゃん。気になった仕様の箇所は?」
「ええと、回答内で『大広間に入った際にギミックを連鎖発動させる場合は、関連イベントを設定し、大扉を開いた時から、その他ギミックのカウント処理を開始するように設定することで、実現が可能と考えられる』とありました。その『大扉を開く』という処理には『大扉が開き始めた瞬間』と『扉を開いて手を離した瞬間』の二通りの処理実行タイミングがあるように術式からは読めました。それで、どっちなのかと気になりまして」
「あーやっぱり、あの辺の処理だよね……」
新人の術式理解を信用した、というよりは、蝙蝠自身がひっかかっていた事の答えがハマったという頷きであった。
それから蝙蝠は、小さく唸り、ため息を吐く。
「まぁ、確かに間違いというほどでは、ない、か。ギミック発動のカウントが最初の『大扉が開き始めた瞬間』始まるか『開いて手を離した瞬間』始まるか、くらいだから『大扉を開いた時から』って表現なら、まぁ、どちらとも取れる。説明してないだけで」
「じゃあ問題ないですね!」
「おまえほんと後で覚えてろよ」
能天気に言い放ったレッサーゴブリンに、蝙蝠は疲れ果てた顔をしていた。
「ごめんオペ子ちゃん、精神が壊れる前に引き継いでお願い」
「ただの窓口に、壊れた空気そのまま渡すのやめて貰えませんか」
レッサーゴブリンの自己紹介を終わらせて、次の女性にバトンタッチする蝙蝠。
バトンタッチされた女性も、若干困り顔を見せつつ、素直に自己紹介した。
「こんばんは。お二人ともチャットで何度もやり取りしています窓口の『オペ子』です。好きなダンジョンは敵企業の本社ビル型。回答作成はずいぶんとやっていないので、最新のバージョン等には詳しくありませんが、まぁ、ミミック系で質問があったらある程度答えられます。基本的には問い合わせの受付専任なので、適度によろしくお願いしますね」
ショートカットに小柄な体型でありながら、大人な雰囲気を持つ女性である。
種族は本人曰く妖精系の何か。だが、なんの妖精かはあまり興味がないらしく、両親か祖父母あたりに聞かないと自分も分からないのだとか。
だが、ドラ子が気にしたのは種族ではなく、その前の仕事内容についてだ。
「あれ? オペ子さんも元々回答者をやってたんですか?」
「はい。一時期は、窓口兼回答者をしていました」
「なんでそんなことに?」
「……人手不足で」
オペ子が呟き、電気が消えたように暗い顔をした瞬間、同様の顔を眼鏡の青年も浮かべる。
「最初から、残業込みのスケジュールでしたね眼鏡さん」
「というか、残業しても〆切に間に合わない。間に合わせるための中間回答」
「回答〆切当日に上から仕様確認の命令」
「定時を過ぎてからようやく取りかかる検証環境構築」
「ミミックを見たら親の仇と思えの精神」
「そして気付く、帰る時間が定時の真理」
「ま、俺は普通に帰れてたけどね」
どんよりと沈み込む二人に、一人蝙蝠だけが涼しい顔をしていた。
場の雰囲気がどんどん落ち込んで行くのに気づき、オペ子も慌てて取り繕う。
「いえ、とにかく、人が増えるのは良い事です。お二人ともよろしく。先輩が男だと聞きにくいこともあるかもだし、まぁ、気軽に聞いてください。受付自体は待機時間が長くて割と余裕があるから」
働いている人間がそれぞれ闇を抱えているが、下からの質問に対してだけはフレンドリーな部署なのであった。
「というわけで私はこんな所で良いかな。あと、メガネさん?」
「俺は、今更二人に紹介することもないような」
オペ子の自己紹介が終わり、次に水を向けられたのは、これまで指導役として新人に付きっきりであった眼鏡の青年である。
実際、ドラ子のみならず、白騎士(仮)に対してもほぼ直属の先輩のような扱いであるため、二人に対しての自己紹介は今更である。
だが、その場のノリというのもあり、眼鏡の青年もさらりと答える。
「えー、知っての通り『メガネ』です。うちの会社は眼鏡の人間がそれなりに居ますが、メガネと口に出して呼ぶ時はだいたい俺のこと。好きなダンジョンは、魔物は少ないのにトラップが殺しにかかってくるの全般。以上」
「つまんねーぞメガネー! こらー!」
「うるせー酔っ払い。毎日相談乗ってるのにわざわざ話す事あるかっての」
一応上司のはずの蝙蝠からの野次に、思い切りタメ口で反論する眼鏡の青年であった。
実際のところ、新人とは二ヶ月程度の付き合いであるので、まだまだ話していないことはたくさんあるのだが、それはそれだ。
そろそろ、主役であるはずの新人二人に順番を回した方が良いと考えたのである。
「んじゃ、そういうわけで、新人二人の自己紹介をよろしく」
自分の番はちゃっちゃと切り上げて、眼鏡の青年は残った二人に顔を向けた。
残る一人は、主役であるはずなのにガッツリと残業で遅れてやってきた赤髪の新人。
そしてもう一人は、実は保守サポート部の期待を色んな意味で背負っている、白髪の新人である。
『夢子の家』は夢魔系列の店で、明日の仕事に響かないように夢の中で飲んで騒ぐコースも存在するけど何故かあまり人気はない




