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97. リーンの部屋

 荷物を取って戻って来ると、リーンはベッドから起き上がっていた。


「起きて大丈夫なのか」

「ええ、もう熱は下がったから」


 本当だろうか。近づいて額に手を当てようと伸ばしたら、目をぎゅっとつぶられた。やばい、かわいい、キスしたい。

 しかしここで下手なことをして、嫌われたくはない。


「さっきよりは熱が下がったかな。うーん、でもまだ顔が赤いしな。夜中に具合が悪くなったらすぐに言ってくれよ」

「大丈夫よ」

「油断は禁物だ。ところで食事はまだだよな」

「ええ」

「部屋にキッチンはあるのか」

「狭いけど一応ついてる」


 俺がいなくともリーンはきちんと朝食を食べていただろうか。かく言う俺もリーンが出て行ってからは、出来合いの物を買うか、王宮の食堂で済ませていたけど。


「じゃ、そろそろ行くとしよう。シリウス、今日はありがとうな」

「イイエ、トンデモアリマセン」


 なぜか死んだ目をしたシリウスに見送られ、医務室を後にした。


「荷物はそれだけなの?」

「着替えだけだからな。リーンの部屋って、錬金術室と同じ三ノ宮にあるんだよな」

「ええ、錬金術室からすぐのところよ」


 リーンに無理をさせないようゆっくり王宮を進む。

 護国騎士団から錬金術室までは、歩いて十分くらいだ。回廊を照らす篝火が煌々と輝いている。




 リーンの部屋は本当に錬金術室のすぐ近くだった。こんなに近いと精神衛生上良くないんじゃないだろうか。

 しかも普段は部屋と仕事場の往復だって言ってたよな。これじゃあ、他の錬金術室員も、ちょっと馬に乗っただけで疲れる訳だ。


「どうぞ」


 リーンが鍵を差して扉を開けてくれた。白一色の壁紙はシンプルで清潔感がある。

 間取りは護国騎士寮よりも広い。壁の一面に棚が作りつけられていて、ところ狭しと本が並べられている。あとは机と椅子、小さなテーブルとソファ、小さいながらもキッチンもあり、その隣に扉があるのは風呂だろうか。さらに少し小さめの続き部屋もあって、そちらにはベッドが置かれている。


「夕食の支度をするわね」

「俺が作るよ。まだ本調子じゃないだろう」

「夕食くらいなら平気よ。それにこの部屋には」


 リーンが気まずそうにキッチンを見た。そこにはあるはずのものがない。


「鍋がないのか」

「ナイフくらいはあるけど、錆びてるかも」

「それなら問題ないぞ。鍋もフライパンも包丁も家から持ってきたからな」

「わざわざ?」

「着替えのついでだ。さて、リーンは寝ていてくれ。夕食ができたら起こすから」

「さっき寝たから眠くないわよ。それより手伝うわ」

「大丈夫だって。まだ熱が下がり切ってないんだから、横になっていた方がいい」

「それを言うなら、今日はあなただって長時間気を失っていたじゃない」

「俺は普段から鍛えてるから平気なんだ」


 渋っていたが無理やりベッドに座らせると、あきらめて横になってくれた。


 さて食事を作ると言っても、あまり手の込んだものは時間的に無理がある。

 パンは途中で買ってきた。俺もリーンも昼食を抜いているので、なるべく消化の良いものがいいだろう。うん、野菜を小さめに切ったポトフに決めた。これなら野菜も肉も摂れるし、煮込むだけなのに美味いからな。


 野菜を水に入れて火にかける。鶏肉の半分は細かく切り刻み、出汁用にする。残り半分は少し大きめにして食べ応えを出すことにした。

 背後から視線を感じたので振り返ると、リーンがベッドからこちらを見つめていた。続き部屋とは仕切りがないので、見通しがよい。


「腹が減った?」

「そうでもない。ただあなたが料理をしているところを見るのは、久しぶりだから」


 俺もリーンが作った食事を久しく食べていない。そんなことを言ったらリーンが起きて作りだしかねないので、今日のところは我慢しよう。


 下拵えが終わればあとは煮込むだけだ。

 時間が空いたので、部屋の間取りを確認する。  


「風呂もそれぞれの部屋についてるんだな」

「うん」

「開けてみてもいいか?」


 リーンの了承を得て風呂場を確認すると、足を伸ばせるほどの広さの浴槽があった。

 王宮内だからなのか、貴重な人材だからなのか、部屋に関しての待遇は悪くないようだ。

 ちなみに護国騎士寮には大きな風呂があるものの、入れる時間が決まっていて、あとは各部屋にシャワーがあるだけだ。キッチンは共用で、うかつに食べ物を置いておくと次の日には無くなっていたりする。


「普段は錬金術室で、みんなでご飯を食べるんだろ」

「みんなで食べるのはお昼ご飯と、あとは繁忙時の夜くらいかな」


 四六時中一緒というわけではないらしい。それじゃあ、あまりに息苦しいか。


 本棚に並んでいる本は、薬草や鉱物について書かれたものが多い。家にも何冊かリーンの本はあったが、比べ物にならないくらいの量だ。これはやはり、離婚を前提に暮らしていたので、荷物をあまり持ち出さなかったのだろう。


 本棚から一冊を手に取って眺めてみたら、ぎっしりと字が詰め込まれていて、これは読んだら絶対に眠くなるやつだな。脳筋の仲間にはちょっと辛い。チリアン隊長なら嬉々として読むかもしれないけど。


 本棚の三段目の端の方には紙の束が置かれていて、めくるとこちらもびっしりと文字が書き込まれている。走り書きや、付け足しのような箇所があるので、リーンが自分で書き留めたのだろう。

 聞いたことがあるような、ないような植物が、図と一緒に書き込まれていて、ずいぶん古そうな紙も綴じてある。

 その紙の束の奥に、隠れるように置かれていたものに目を奪われる。


「これ……」


 そこに並んでいたのは、一緒に暮らし始めたばかりの頃に俺が渡した、ガゼル・レックスのぬいぐるみだ。その隣にはレジ―の木彫りの馬も置いてある。

 ぬいぐるみの方は、その立派な角に、俺が贈った結婚指輪がかけられている。

 俺が見つけたことに気づいたのか、リーンがばつが悪そうにそっぽを向いた。


「そういえばさっきは話の途中だったな」


 むくむくと意地悪心が沸き上がり、リーンの寝ているベッドへ腰かけた。布団をつかんでいた手をとると、咄嗟に引かれたが逃がしはしない。

 結婚指輪をリーンの左手の薬指に嵌めた。


「好きだ」


 リーンの顔がみるみるうちに真っ赤になった。


「結婚しよう、リーン」


 花束も豪華な食事も、贈り物はなにも用意してないけど、ぐずぐずしていて逃げられたら元も子もない。


「返事は?」


 リーンは俯いてしまった。

 ここまで来て断られるとは思っていないが、待てが長いと不安になる。


「リーン?」


 ぎゅっと手を握り返された。


「本当に私でいいの?」


 不安なのはきっとリーンも同じなんだろう。


「リーンじゃないと嫌なんだ」


 リーンが意を決したように顔を上げた。


「私もあなたが好きよ。もうずっと前から」


 なんだか期待していた以上の答えをもらった気がする。これは本当に現実だろうか。


「なんで黙るのよ」


 本人は睨んだつもりかもしれないが、顔が赤いのでまったく怖くない。というか可愛い。


「なんだか夢みたいで……はっ、もう一回、もう一回言ってくれ」

「なんで黙るのよ」

「違うそこじゃなくて」


 ぷいとそっぽを向かれたので、分かっててわざと言ってくれなかったようだ。


「まだ実感が湧かなくて、もう一回聞きたいんだ。駄目かな」


 リーンの顔を覗き込むと、また違う方向に顔を向けられた。でもめげない。もう一度リーンの顔を覗き込むと、観念したように視線を合わせてくれた。


「好き」


 言葉とは裏腹に眉間に皺を寄せて、でもやっぱりそんな態度も可愛くて、ついまた確かめたくなってしまう。


「本当に?」

「……本当に」

「俺のことが好き?」

「だからそう言ってるじゃない」

「ちゃんと言葉で聞きたい」

「だから好きだって」


 三回目の好きにおもわず顔がにやけてしまい、それを見たリーンは大きく明後日の方向を向いた。


「しつこいところは好きじゃない」

「うんうん、俺のことが大好きなんだな」

「言ってない」

「大丈夫。俺にはそう聞こえたから」


 そのままぎゅっとリーンを抱き締めると、可愛らしい抵抗をされたが、俺に離す気がないと分かったのか、大人しくされるがままになった。


「ずっとこうして触れたかったんだ」

「触れれば良かったじゃない」

「だって最初に言っただろ。君の許しが出るまでは触れないって」


 何回か破ってるけど、嫌がられることはしていないと思いたい。


「そうだっけ」

「えっ」


 なのに俺の決意に対してあまりにも軽い返事だ。少しだけ体を離してリーンの顔を覗くとまた視線を逸らされた。


「本当に覚えてないのか」

「冗談よ、覚えてるわ」


 その割にはこちらを向かない。


「でもそれについては私も言いたいことがあるの」

「なんだ?」


 もしかしてリーンも俺に触りたかったんだろうか。いくらでも触ってくれて良かったのに。なんて考えたが、思いもよらない方向から苦情が飛んできた。


「いったいどのタイミングで、触っていいって言えばいいのよ」


 なるほど。俺は本気でそのつもりだったが、女性から口にするには勇気のいる言葉である。


「うーん、そういう雰囲気になったら?」

「断ったじゃない、あなた」

「は? いつのことだ」

「覚えてないならいい」


 そんな勿体ないことをした覚えはない。


「ちょっと待って、今すぐ思い出す」


 そもそもそんな雰囲気になった覚えがない。だがその言い方だと、はっきり言われたってことだよな。


「あ、もしかしてあの夜盗騒ぎのときか」


 当たったようで頷かれた。


「いや、あれは無理だろう。あそこで手を出したら、それこそ最低な男だぞ」

「だったら私はまた同じことを言わなきゃいけないの? あれだってすごく勇気がいったのに」

「あ、や、それはうん、そうだよな」


 リーンにしてみれば、そう何度も言いたい言葉ではない。それは分かる。しかもリーンはたぶん、誰かと付き合った経験もないのではないか。

 つまり俺が悪い。


「なんか、ごめんな」

「別にもういい」

「俺がちゃんと好きだって伝えておけば良かったんだな」


 態度には出しているつもりだったけど、それだけじゃ足りなかった。


「もういいってば」


 リーンがもたれ掛かってきた。なんか甘えられているようで可愛い。


「リーン、好きだよ」

「だからもう分かったってば」

「でもまだ言い足りない。それにもっとリーンの気持ちが聞きたい」

「もうっ」


 お腹を叩かれたけど全然痛くない。


「リーン、こっち向いて」


 その頬に手を当てると、リーンはようやく俺を見てくれた。ほんのりと顔が赤い。


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