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96. 逃亡不可避02(+衛生兵シリウス視点)

 錬金術室から護国騎士団へ戻る途中で、一緒に生き埋めになった者たち――ルッカリやあの若い見習い騎士も目を覚ましたとチリアン隊長から聞き、ひとまずは安心した。


「俺たちで皇太后をどうにかすることは無理ですよね」

「私たちだけではな。だが皇太后だからといって何をしても許されるわけではない」

「皇太后の力が削がれているってどういうことでしょうね」

「誰かが意図してやっているのだろう」

「誰だと思います?」

「かなり限られてくるな」

「たとえば国王陛下やその側近ですかね」


 むしろ、そこ以外でそんなことができる者がいるのだろうか。


「こちらもできることはしたいですね。ネール男爵が裏で糸を引いていた今回の事件を、徹底的に調べましょう」

「うむ、引き続き調べている連中が間もなく戻ってくるだろう」


 ブラックスライム騒ぎを起こしたクリムソン伯爵の件もまだ片付いていないため、必要な情報をチリアン隊長と交換し、ひとまず今日は俺も体を休めることになった。

 そうは言っても既に夕方だ。思ったより時間がかかってしまい、リーンの付き添いを頼んだシリウスにも悪いことをした。




 救護室で休んでいたリーンは、薬が効いたのか先ほどよりは熱も下がっていた。


「これからのことなんだが、家まで移動するのは体が辛いだろ」


 実のところリーンはまだ離婚を撤回していない。しかしシリウスがいるからか、リーンは渋い顔をしたが、家に戻らないとは言わなかった。


「それに侵入者が暴れた修復もまだ終わってなくてさ」


 応急処置はしたが、時間的にも心理的にも、そんなことをしている余裕はなかったのだ。


「またおかしな奴らが襲ってこないとも限らないから、体調が戻るまで王宮内の自室で我慢してもらいたいんだ」

「分かったわ」


 そこで俺はわざとらしく顎に手を当て考え込んだ。


「だが警備の面では、王宮なら安心ってこともないよな。一度はさらわれたんだし」

「それならもう犯人も捕まったでしょう。そんなに何人も、さらおうとする人は出て来ないと思うけど」

「うーん、でも心配だし」


 迷っている振りをしてベッドに腰掛け、リーンの手を取った。


「俺が泊まっても問題はないか?」

「どこに?」

「もちろん王宮のリーンの部屋に」


 ぽかんと口を開けられた。


「ああでも寮って名目の部屋なんだっけ? じゃあ泊まるのは無理かな」


 じっと上目遣いで見つめると、その頬が赤くなった。これは行ける。


「しばらくは忙しくなるだろうし、王宮内で寝起きできると俺も助かるんだが」


 リーンが視線を逸らした。ここで駄目押しで尋ねる。


「駄目かな?」

「べつに駄目ではないけど……」

「本当に? 無理してない?」

「寮というよりは個人に与えられた部屋だからそこは大丈夫」


 よし、言質を取ったぞ。


「良かった。家から荷物を取ってくるから、もう少しここで待っててくれるか。勝手に動いちゃ駄目だぞ」

「待って、でも私の部屋じゃ狭いし、ソファーが」

「くっついて寝れば大丈夫だろ。じゃ、行ってくるから」


 今さらソファーで別々に眠る選択肢なんてありません。

 シリウスの物言いたげな視線を無視して、軽やかな足取りで医務室を後にした。






 ***(シリウス視点)***






 あれ絶対僕の存在なんて目に入ってなかった。

 あざとい上目遣いで、室長と同じ部屋で寝起きする権利をもぎ取った副隊長は、半日も気を失っていたとは思えないほど颯爽と、医務室から出て行った。


 護国騎士隊の寮にも空きはありますけど、この場で口に出してはいけないんですね。分かってます。室長の顔が赤いのは、熱のせいだけじゃないことも分かってますとも。


「大丈夫です、僕は何も見ていないし聞いていませんから」


 意地悪を言ったと思われたのか睨まれた。そんな赤い顔で睨まれたところで全然怖くないですけど。


「シリウス、仕事があるんでしょう。この部屋から出たりしないから戻っていいわよ」

「いえ、それには及びません。この医務室の奥に薬品の在庫が置いてあって、そちらの整理をしていますから」


 そこに錬金術室のラセット副室長がリュウを連れてやって来た。誰も入れるなって言われたけど、室長の熱も落ち着いてきたし、きっともう時効だよな。というわけで、二人を快く室内へ迎え入れた。


「ご気分はどうですか」

「もう大丈夫よ。迷惑をかけてごめんなさい」

「こんなときぐらい頼ってくださいよ。熱はまだ高いのでしょうか」

「だいぶ下がったと思う」

「それは薬が効いているからです。無理をすればまたすぐに上がりますよ」


 嗜めるラセット副室長の背後で、リュウがうんうんと頷いている。


「ここ最近ずっと休みを取っていないんですから、一日二日くらい休んでも大丈夫ですからね」

「ありがとう」


 室長が休みを取るのは賛成だが、そうするとコルク副隊長が仕事を抜け出して、部屋まで様子を見に行きそうだな。忙しくて、あんな事故にあっても休みを取れないのは気の毒だが、あれだけ元気ならもうしばらく働いても大丈夫そうだ。さすがは体力自慢の護国騎士である。


 それにしてもうちの副隊長たちは、神経が図太いものの常識はある人たちだと思っていたが、最近のコルク副隊長を見ていると、その認識を改めた方が良さそうだ。

 先ほどの室長とのやり取りなど、見せられたこっちの方が恥ずかしくなった。室長はもう少しコルク副隊長に厳しく接していいと思う。


 三人の会話を聞きながらそんなことを考えていると、今度はチリアン隊長までもがやって来た。


「錬金術室長の様子はどうだ」


 室長がベッドの上で居住まいを正した。


「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

「いや、こちらこそ部下たちを助けてもらったことに礼を言う」

「私は礼を言われる立場ではありません」

「助けてくれたのはあなただ」


 なぜか室長は辛そうな表情になった。


「シリウス、こっちの部屋にある薬品を見せてもらっていいか」

「あ、うん」


 たぶんチリアン隊長と室長に気を遣ったリュウが、俺の背中を押して、開けっぱなしにしていた薬品保管室へと入り、扉を閉めた。

 室長の様子がおかしかったことが気になり扉の方を見ていたら、リュウは薬品棚を眺めつつその理由を語ってくれた。


「今回の件で狙われたのはコルク副隊長だ」

「え?」

「室長に嫌がらせしたい奴らが仕組んだらしい」

「仕組んだって、副隊長たちは本当に危ない状態だったんだぞ」


 リュウは悔しそうに拳を握った。


「あいつらにとって平民の価値なんてそんなもんなんだよ」

「そんな……」


 わざわざ平民とくくるからには、相手は貴族なんだろう。

 だから室長はあんなに必死に副隊長の元へ行こうとしていたんだ。

 室長が悪いわけじゃないけど、そんな理由があったのなら責任を感じても仕方がない。きっとやりきれない思いでいっぱいだろう。


「コルク副隊長はそのことを知ってるの?」

「たぶん室長が話した」


 それで今夜は室長を一人にしたくなくて、部屋に泊まるなんて言ったのかな。

 いやでもあれは、いやらしい顔つきだったから、ただ単に一緒にいたかっただけだな。絶対にそうだ。

 リュウは二人の仲が心配なのか暗い顔をしている。


「大丈夫だよ」

「なにがだよ」

「コルク副隊長は室長のことが大好きだから、何があっても離れないよ」


 ほんと、少し自重したらいいのにと思うくらい好きが溢れているから。


「それよりも室長が別れるって言い出すんじゃないかと思ってな」

「なんで? まさか、また同じことが起きるかもしれないからって、身を引くつもりなの?」

「そういう選択をしかねない人なんだよ。ここ最近様子が変だったし」


 気が強くて自立心がある分、自分のことで迷惑をかけるなら離婚する方を選んじゃうのかな。

 でも結婚も離婚も一人でするものじゃないから、室長がそう思ったところで、あのコルク副隊長相手にすんなり通るとは思えないけど。


「室長はこうと決めたら、てこでも動かない人だからさ」

「甘いね!」


 励ますつもりでリュウの背中を勢いよく叩いた。


「いてえよ」

「コルク副隊長がそう簡単に室長を逃がすはずないよ」

「けど離婚したいって言われたらそれまでだろ」

「どうかな。あの口の上手さで、どうとでも丸め込みそうな気がするけど」

「まあ、確かにあの人はよく口が回りそうだな」

「だろ? しかも神経は図太いし、雑草並みに生命力もしぶとそうだから、逃げるつもりなら差し違える覚悟じゃないとね」

「そこまで言うか?」


 リュウの懐疑的な眼差しに、大きく頷いて念押しする。


「もし室長がどうしても離婚したいなら、婚姻解消届を百枚くらい用意しないといけないよ」

「そんなに用意してどうするんだよ」

「だって離婚には双方の合意が必要なんだよ。それぐらいの覚悟で挑まないと、いざサインしようとして間違えたとか、破っちゃったとか、燃やしちゃったとか、いろんな理由をつけて駄目にされたらどうするのさ」

「それはそれで心配になるが、まあ言いたいことは分かったよ」


 分かってもらえたのは嬉しいけど、僕はさっき見せつけられたこともあって、まだ言い足りない。


「もうね、コルク副隊長は本当に本当に神経が図太いんだ」


 あえて重ねて言おう。


「僕がいるの分かってていちゃつこうとするし、室長は強く断れないから余計調子に乗るし。一度がっつり怒られたらいいのに」

「室長にがっつり怒られたら、まず一ヶ月は立ち直れないぞ。王宮騎士の奴らなんて、息もつけないほど、ぼこぼこにされてるんだから。精神的にも物理的にも。お前、コルク副隊長のこと嫌いなのか」

「いや、そんなことはないよ、騎士としては尊敬しているよ。ただそれ以上に、さっき目の前でいちゃつかれたダメージがさ」


 大袈裟に胸を抑えると、リュウは大きく頷いてくれた。


「コルク副隊長って、あんまり人の目を気にしないところがあるもんな。俺も目のやり場に困ったことがあるよ」

「見てるこっちが恥かしくなるよね。さっきも上目遣いとかしちゃって、すっごくあざとかったんだ。あれ絶対に狙ってやってるよ。室長も簡単に騙されちゃうしさ」

「まあうちの室長は箱入りだからなあ。コルク副隊長みたいな女慣れしてそうな男なら、簡単に転がせそうだよな。室長は薬草や鉱物の知識はすごく深いんだが、その分、常識をどこかに置き忘れて来たような人だからさ」

「そういう人じゃないと組織の上には立てないのかもね。チリアン隊長もすごく強いし仕事ができて尊敬するけど、変なところで抜けてるし」


 うんうんと頷きつつ、話したいことはまだまだあるので止まらない。


「この前の潜入捜査ではさ、掃除は塵一つなく完璧にするのに、お茶を淹れようとお湯を火にかけたらヤカンが破裂したとか言って、潜入二日目で厨房立ち入り禁止なったの。ヤカンが破裂って、何をどうしたらそんな現象が起きるんだって思わない?」

「それならうちの室長も、鍋を破裂させた事があるぞ。蓋が天井突き破ってどっか行くわ、中身が飛び散るはでさ、副室長にこんこんと説教食らってた」


 思いがけないところで、互いの上司の共通点を見つけてしまった。


「なのに潜入した商会の主からはさ、他の仕事が完璧だから、平均的に仕事のできる僕より評価が高かったの。なんか納得いかないよね」

「そうだな。思いつきで新しい技を完成させたりな。女子力を補うために錬金術のスキルを上げるとか、その考え方が既に女子じゃないって気づいてほしいよ」


 顔を見合わせて笑ってしまう。


「まったく、外には隙のなさそうな顔作ってるけど、中身は抜けてるんだからな」

「でもそこがいいんだよね、不思議なことに」


 話が逸れてしまったけど、何はともあれ僕自身はコルク副隊長と室長を応援してあげたいな。なんだかんだ言いつつ、お似合いの二人なんだから。

 でも室長はこれからのためにも、コルク副隊長に、もう少し我慢を覚えさせた方がいいと思う。


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