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07. 治癒ポーション

 スレート王宮騎士隊長が去った後、チリアン隊長は大袈裟にため息を吐きながら、室内に飛び散った扉の破片をクリーン魔法で片付けた。そうして扉のあった場所に手をかざすと、魔力で作り出した蔓植物が組み合わさり扉の形が出来上がる。かろうじて残っていた蝶番(ちょうつがい)に固定すると、動きを確認し一つ頷いた。


「すごい」


 先ほどまでの緊張感が嘘のように、リーンは新しい蔓の扉に瞳を輝かせている。

 仲介屋でクリーン魔法を使えるか訊かれたことからも、彼女は魔法が得意ではないのかもしれない。

 チリアン隊長はリーンを気にする様子もなく、廊下からこちらを窺っていた部下たちに仕事へ戻るよう促した。


「あくまで応急処置なので、早めに修理をお願いしたい」

「そうね、これからすぐに頼んでくるわ。あ、そうだこれ」


 ポケットから取り出した一枚の紙片を俺に手渡してきた。広げると婚姻届の紙だった。保証人欄に名前が入っている。


「無事に了承してもらえたんだな……って、え?」


 保証人欄に書かれた名前が信じられなくて、何度も確認する。でも間違いではない。この名前はまさかーー国王陛下?


「これ、本人に書いてもらったのか」

「もちろんよ。これで誰も文句をつけられないでしょう」


 いたずらが成功したような顔でリーンは笑う。


「じゃあ、資材部に行ってくるから」


 まさか保証人になってもらいたい人が国王陛下とは予想外すぎて、開いた口が塞がらない。


「その紙は?」


 さすがに隊長も気になったようで俺の手元を覗いてきた。


「届けを出しに行ったのではないのか」

「その場で式は挙げましたが、届け出には保証人が必要なので、その場で出せなかったんです」


 上目遣いに顔色を窺うと、チリアン隊長も紙片から顔を上げた。


「もう一人、保証人が必要なようだな」

「ええ、そうなんです。それで隊長にお願いが」

「断る」

「まだ全部言ってませんよ! いいじゃないですか、名前を書くぐらい」

「国王陛下の隣に私の名前など書けるか。陛下と釣り合いのとれる保証人を探せ」

「そんな知り合いいませんよ! っていうか国王陛下と釣り合う人なんてこの国のどこにもいませんから」

「ファイア錬金術室長に紹介してもらえばよかろう」

「既に隊長に書いてもらうと伝えてますし、俺が頼むのであれば隊長以外考えられません」


 俺の熱視線には気づかないと言わんばかりに、隊長は自分の執務机へ座って、重ねてあった書類をめくり始めた。さっきの衝撃でよく吹き飛ばなかったものだ。

 もちろんめげずに、その書類の上に婚姻届をずいっと差し出した。


「隊長、お願いします」


 顔を上げたチリアン隊長は、珍しくその眉間に皺を刻んでいた。他の奴らだったらその冷たい視線に怯むところだが、付き合いが長い俺はそんなこともなく笑顔で応える。


「どうせなら国王陛下が署名する前によこせ」


 チリアン隊長らしくもなく乱暴に婚姻届をひったくり、態度とは裏腹にきれいな字が書きこまれていく。


「ありがとうございます」


 差し出された婚姻届を折り畳み、胸ポケットへとしまった。国王の署名が入っているので、見る者によっては不敬だと怒られかねない行為だが、この場に咎める人間はいないので構わないだろう。


「なぜ結婚などと言い出したのだ」

「なぜでしょうね、一目惚れというか、すごく彼女のことが気になってしまって、あの場で別れてしまうのが惜しかったんです」


 真面目そうなところとか、気の強そうなところとか、チリアン隊長が相手でも言い返せるところとか、かなり俺の好みに当てはまる。

 本音を話したというのに、隊長はうさんくさそうに俺を見上げてきた。


「ポーションか」


 錬金術室が作るポーションは毎月各組織へと配分されているが、護国騎士団においては足りているとは言い難い。彼女個人がどうこうできる話ではないだろうけど、不足している現状が上に伝われば、少しは改善するかもしれない。


「まあ下心がないとは言いません。でも彼女のことが気に入ったのも本当ですよ。そうじゃなければ結婚なんて、いくらなんでも言い出しませんよ」

「責任を取ったのだと言わないところがお前らしいな」

「困ったことに彼女の方が責任を感じてしまっていますからね」

「そのようだな。守ると言ったわりに守られてばかりでは男が廃るのではないか」

「わかってますよ」


 もし俺が巻き込まれたのだとしても、彼女を傷つけたことに変わりはないのだし、これから一緒に過ごすうちに少しでも償いができたらとは思う。彼女に言えば必要ないとばっさり切られそうだけど。


「とりあえずしばらくは様子見ですかね、まずは彼女を取り巻く状況を把握しないと。なんか外から見るより複雑そうなんで」

「あんなに王宮騎士隊長と仲が悪いとは知らなかったな」

「そうですね、一見して彼女が毛嫌いしているように見えましたが、王宮騎士隊長の方も煽るような言い方をしていましたからね」

「ところで様子見ということは、しばらく彼女とベッドを共にすることはないのだな」


 率直すぎる質問に驚きを隠せなかった。真面目な隊長がそんなことを言うなんて。いや、真面目だからこそ聞いたのか。


「そりゃ、いくら俺でもその辺はわきまえていますよ。彼女が無理なく受け入れてくれるまで待つつもりです」


 彼女の体を傷つけてしまったことは、俺にとってもトラウマなのだ。

 ベッドが一つしかないのならリビングのソファで寝ればいいし、騎士団の移動で野営することに比べれば、屋根の下に寝床があるだけで十分だ。


 隊長と話しているうちにも、リーンが戻ってきた。今度は手で扉を開けて。


「明日には直してくれるって」

「ずいぶんと早いな」

「交換条件でポーションを追加で作る約束をさせられたから」

「ポーションを追加で? どれくらいの量なんだ」

「治癒の中級を五十本だから、そこまでの量じゃないよ」

「うちの一ヶ月分じゃないか。どうせ作ってくれるのなら、うちの騎士団が直接もらいうけたいぐらいだけどな」


 冗談で言ったつもりだが、リーンが真顔になった。やばい、軽口が過ぎただろうか。

 多少なりともポーションへの下心があるので、どきどきしてしまう。


「ポーションが足りていないの?」

「まあ足りているとは言い難いかな」


 リーンはチリアン隊長に向き直った。


「今って月にどれくらいの本数が納品されているの」

「治癒は上級が三十本、中級が五十本、低級が百本だ」

「護国騎士団全体でそれだけ?」

「ああ、だから複数の遠征が入り、それぞれの隊が持ち出すことを考えると、まったく足りなくなる。もちろん遠征が入れば多少は都合されるが、それでも足りない」

「ポーションは優先的に護国騎士団に回されると聞いていたんだけど、おかしいわね」

「逆に聞きたいのだが、一月でどれだけの数を作っているのだ」

「上級が百五十本、中級が三百本、低級が五百本」


 護国騎士団、王宮騎士隊、近衛師団、警吏と組織はいろいろあれど、危険が一番多いのは魔物を相手に戦う護国騎士団である。

 作っている数を知ってしまうと、まったく優先されている気がしない。


「誰かがどこかで中抜きを行っているというには数が大きすぎるな」

「そうね、戦争をしているわけでもないのに、護国騎士団以外で大量に使うこともないでしょうしね」


 どちらも無表情で確認し合っている。なんだかこの二人は気が合いそうだ。


「この件については、こちらで調べてみよう」

「結果がわかったら教えてもらえると嬉しいわ」


 ふいにリーンが俺の方を振り向いた。


「話は変わるけど、今日これから引っ越したいって言ったら難しい?」

「今日とはまたずいぶん急だな。なにか急ぐ理由があるのか」

「あくまで私の予想だけど、王宮騎士隊が邪魔をしてくる可能性もあるから、急いだ方がいいかもしれない」

「なるほど。俺は構わないよ、たいした荷物もないし」


 しかしリーンは女性だから荷物もそれなりにあるんじゃないかと尋ねてみたら、ひとまず着替えだけ持ち出すつもりらしい。

 錬金術室員は王宮内に個室を用意されているので、他の荷物は少しずつ運び出せばいいそうだ。そのための手伝いも不要と断られた。


「あなたはしばらく錬金術室に近寄らないほうがいいと思う」


 錬金術室と与えられた個室はさほど離れていないらしく、他の室員と顔を合わせてしまう可能性があるからだ。

 それはまあ俺がリーンにしたことを考えれば、彼女の周りが良い顔をしないことは予想がつく。


「そういえば届け出の署名は?」

「書いてもらったよ」


 ポケットから紙片を覗かせると、リーンは律儀にチリアン隊長へ礼を述べた。さすがに隊長もリーンには苦情を言わなかった。


「もう住む家を決めてきたのだな」

「ええ、手頃な物件が見つかったので」

「では騎士団への住所変更の届け出は私の方でやっておこう。ここに住所を書いたら、あとは引っ越しの準備に移ってよい」

「ありがとうございます」

「私も副室長にだけ住所を伝えておこうかな。あとで小言を言われそうだし」


 俺たちのやり取りを見て、錬金術室がある方向へ視線を向けたリーンに、隊長が片眉を上げた。


「小言云々ではなく、危急の要件ができた場合に困るであろう」

「急ぐ用事なんて、魔物が出たとか護国騎士団絡みでしょう。だったらコルク副隊長に連絡が入るじゃない」

「そういう問題ではない」


 うん、それはチリアン隊長に同意である。それに俺の名前を呼ぶ気がまったく感じられない。


 今日一日でだいぶ錬金術室のイメージが変わった。もっとお堅い集団だと思っていたが、リーンを見る限りそうでもなさそうだ。


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