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68. 護国騎士寮襲撃

 貴族と薬について教えてくれた詐欺師の遺体が川から上がった。

 背後から刃物で一突きされた後、首を掻き切られて川に落とされたようだ。


「殺されたのは、間違いなく俺が昨日話を聞いた詐欺師でした」


 現場の捜査は部下に任せ、すぐに護国騎士団の本部へと戻って、チリアン隊長へ報告した。


「昨日のことが理由で殺されたのだとしたら、ずいぶんと早いな」

「ええ、誰かに見られている気配はありませんでしたが、もしかしたら近くに関係者が潜んでいたのかもしれません。これで取引場所も変えるでしょうね」

「昨日まで営業していて今日休んでいる店は?」

「今、調べさせています」


 隊長はふと俺に目を止めた。


「もし昨日訪ねたことが原因だとしたら、お前自身にも危険が及ぶ可能性がある。同行者はルッカリだったな」

「ええ、今日は休みで一日寝ていると言っていたので、これから騎士寮へ行ってみます」

「お前が直接行くのか?」

「連れて行ったのは俺ですからね」


 部屋から出ないのであれば問題ないだろうが、念のために顔を見て無事を確認しておきたい。




 石とレンガで作られた頑丈な四角い建物を下から仰ぎ見る。


「久しぶりだなあ、ここに来るのは」


 数ヵ月前まで住んでいたのが、ずいぶんと昔のことのようだ。それだけリーンとの生活に慣れたということだろう。

 五十年前に建てられたという騎士寮は外も中も古めかしく、良く言えば歴史を感じる風情がある。


「さて、あいつの部屋は東側だったな」


 中は木造りで、ところどころきしむ階段を上って、目当ての部屋の前に立った。しかしその扉をノックしてもルッカリは出て来なかった。

 居留守かとがんがん扉を叩いたが、中からはなんの反応もない。出かけているのだろうか。

 その代わりと言ってはなんだが、隣の部屋の扉が開いた。


「うるせえぞって、あれ、コルク副隊長だ」


 第一隊の騎士、つまりは俺の部下が眠そうな顔で出て来た。


「どうしたんです、出戻りですか?」

「違う。ルッカリに用事があって来たんだが、あいつは出掛けてるのか」

「さあ? 俺は何も聞いていませんけど。そういえば昨夜遅くにがたごと音がしてうるさかったような気がしますね」

「夜に?」


 隣の部屋との壁は木でできているため音が響く。ルッカリはがさつな性格じゃないから、その辺は近所へ配慮をしそうなものなのにおかしいな。


「今日は一日寝てるって聞いたんだが」

「まあ恋人を失ったばかりですからねえ」

「死んだみたいな言い方をするなよ。ただ振られただけだろ」


 そんなことを言ったら、ルッカリは一年に何度も恋人を失っていることになる。あいつ、もてない訳じゃないのに長続きしないんだよな。


「気になるなら部屋の鍵を管理室で借りて来ましょうか」

「そうだな、頼む」


 鍵を待っている間も、部屋の中からはなんの物音もしない。突然予定ができて出かけた可能性もあるが、なんだか嫌な予感がしてきた。


「おいルッカリ、いないのか」


 さらに大きな声で呼ぼうと息を吸い込むと、おかしな匂いが鼻についた。

 甘く、頭がしびれるような感覚、そして湧き上がる警戒心と嫌悪感。

 心臓が早鐘を打つように動き出した。俺はこの匂いを知っている。違っていてほしい。でも間違うはずはない。リーンと王宮の一室に閉じ込められた時に嗅いだあの匂いだ。しかもあの時とは違い、血の匂いが混じっている。

 どこだ、どこから匂っている。部屋の中か。


 鍵を待ってなどいられなかった。扉を蹴破り中に入ると、そこにはルッカリが血を流して倒れていた。

 すぐさま風魔法で窓を壊し部屋中の空気を入れ替えた。外を歩いていた奴がいたらしく、飛び散ったガラス破片に驚いた声が聞こえて来たがそれどころではない。


「ルッカリ! おい、生きてるか!」


 返事はないが呼吸はしている。しかし脈が弱い。


「うわっ、なに壊してんですか副隊長、ってルッカリ!?」


 鍵を取って来た部下が駆け寄って来た。


「急いで医者を呼べ、隊長にも伝えろ」

「はい!」


 一見して外傷は腹の刺し傷だけのようだ。

 すぐさま腰に携帯していたポーションケースから、上級ポーション一本を取り出し傷にかけた。みるみるうちに塞がり始めたが完全な治癒には至らない。効果は劣るが、中級、下級もかけてみた。しかし、よっぽど深く到達していたのかまだ傷から肉が見えている。おまけに床の血だまりを見るに、失った血は多量のようだ。


 休みで寮にいた奴らが、この騒ぎに気付き集まってきた。


「コルク副隊長、僕が診ます!」


 その中から衛生兵のシリウスが飛び出て来た。今日は休みだったらしい。床に広がった血だまりからルッカリを移動させ、その側に跪いた。


「傷は一ヶ所だけのようだ」

「おおよそ塞がっているようですが、ポーションは何を使いましたか」

「上級、中級、下級を一本ずつだ」

「それだけ使ったなら、手当てだけで済みそうです。ひとまず止血する布がほしいですね」


 クローゼットを適当にあさり、タオルを取り出して渡した。


「これ、刺し傷ですよね」

「ああ。きれいにぐっさりだったから、ポーションをかけるだけで事足りたよ」


 そうでなければポーションをかける前に、内臓をおおよその位置に戻すという作業が必要になり、その間にも血が失われ続けていただろう。


「見つけたのがポーションを持っていた副隊長だったのは幸いでしたね。これ以上に失血していたら危うかったですよ」


 そう言ってシリウスはルッカリから流れた血だまりを見やった。

 窓を壊したことで、例の薬と血の匂いは薄まったが、すっかり消え去ったわけではないので気分が悪い。


 リーンが秋祭りでくれたポーションケースにはあらかじめポーション瓶が収められていた。治癒ポーションが等級別に一本ずつ、それに魔物避け、虫除けが収められていて、無くなったら作ると言われていたが、携帯させてくれたリーンに感謝だな。


 廊下がまた騒がしくなった。


「コルク副隊長、状況の説明をしたまえ」


 早くもチリアン隊長がやって来た。しかしここで薬の話をすべきではないだろう。


「その前に一旦ルッカリを移動させましょう。シリウス、休みのところ済まないが頼めるか」

「分かりました」

「手の空いている者は手伝ってくれ」


 集まっていた中の一人が担架を持って来て、ルッカリが運び出される。間もなく医者も来るだろうから、後は任せても問題ないだろう。

 残っていた者たちも部屋に戻るよう促し、チリアン隊長に声を潜めた説明を交えながら部屋の検分を始めた。


「誰かがこの部屋へ侵入しその薬を使ったか、ルッカリ自身が使っていたかだ」

「あいつが自分で使うなんて、そんなまさか。そもそも催淫剤を一人で使ったりしないでしょう」

「催淫剤と決めつけるのは早い。お前が吸った催淫剤は調合されたものだった。その元となった材料は、意識を朦朧とさせる成分の植物だ。中毒性があって長期的に使用すると止められなくなるらしい」

「昨日ルッカリと出掛けたときに、こんな匂いはしませんでしたよ」

「あくまで可能性だ。使っていたにせよ、使われたにせよ、場所が騎士寮とはずいぶん大胆な犯行であるがな」


 窓から下を見ると、落ちたガラスを片付けてくれている奴らが見えた。


「まだ若干、匂いが残っているな」


 同じように隊長も窓から下を覗いた。


「なぜルッカリには留めを刺さなかったのだろうか」

「護国騎士ということを考慮したのではないでしょうか。ただシリウスの見立てでは、発見が遅れていたら危なかったようですが」

「その前に見つかると踏んでいたか、または死んでも死ななくともどちらでも良かったか」

「もっと慎重に動くべきでした」


 そうしたら情報をくれた詐欺師も死なずに済んだかもしれない。


「それだけ相手が知られたくない情報を手に入れたということだ。お前たちでなくとも、他の誰かが同じめにあった可能性は高い」


 今は後ろを振り返っているときではない。分かっている。


「牽制とみるべきか。周りに気づかれないよう、騎士寮へ忍び込めるほどの手練れがいると示したかったのかもしれないな」

「どうでしょう、ルッカリも騎士寮だからと油断していたかもしれませんし」

「どういうことだ」

「騎士寮に忍び込む奴なんていないだろうと、窓を開けっぱなしにすることはよくあります。俺も住んでいた時はそんな認識でしたし」

「では見つからなければ、簡単に忍び込めたのだな」

「そうですね、騎士団の制服を着ていれば正面から入っても目立つことはないでしょう」

「最後にルッカリを見た者は誰か、それはいつか、また寮内で不審な者を目撃した者がいないか確認しろ。それから隊長副隊長を収集し、今後の捜査方針を決める」


 俺が考えていた以上に厄介な問題がこの王都で、いやこの国で起きているのかもしれない。





 レジーの父親の行方を調べていたのに、いつの間にか他の事件が絡んできて、殺された詐欺師の言っていた『やばい薬』というのが、今回の事件に使われたものだとしたら、俺が狙われてもおかしくはない。

 いや、もし俺に何かしようとするのであれば、リーンを人質に取った方が成功する確立は高くなる。


「隊長、ちょっと錬金術室へ行って来ます」


 護国騎士団内での情報共有が終わると、すぐに急ぎ足で向かった。呼び出してもらうと、リーンは何事もなく仕事をしていた。無事で良かった。


「話があるんだ」


 何かあったのだと察してくれたようで、部屋の半分が物で埋まった室長室へ通された。


「レジーの父親のことを調べていた騎士の一人が、昨夜襲われた」

「え?」

「とある商会が関わっているかもしれないことまでは突き止めたが、その商会が俺とリーンに使ったあの薬を裏で売りさばいている可能性が出てきたんだ」


 矢継ぎ早に話したがリーンは理解が早く、続きを促された。


「もしかしたら俺のせいで、リーンも狙われる可能性がある」

「それじゃあレジーたちも危ないんじゃないの」

「家には結界が張ってあるから、よほどのことがない限り問題ない。ただ俺とリーンは王宮から家までの道のりを狙われるかもしれない。俺はともかくリーンは突然に狙われたら対処できないだろう」

「それは、前もって攻撃されるって分かっていればなんとかできるけど、突然だと難しいかもしれないわね」


 当たり前だ。リーンは戦闘の訓練を受けているわけではないのだから。


「だから、しばらく王宮に寝泊まりしてほしい」


 それまで素直に話を聞いていたリーンの顔が曇った。


「ノアは?」

「俺はレジーたちのこともあるから家から通うよ。前に王宮内で使っていた私室が、そのまま残っているって言ってたよな」

「うん、王宮で寝起きするのは問題ないけど……」


 その表情からしてやはり気乗りはしないらしい。それはあの家を帰る場所と定めてくれているようで嬉しいが、手放しで喜べる状況ではないのが残念だ。


「ごめんな、でも今度は俺が毎日送り迎えをできるような状況でもないんだ」


 万が一を考えると、他の奴にリーンを託すわけにもいかない。


「それに敵の正体が分からないから、出来るだけ錬金術室以外は出歩かない方がいい。錬金術室の奴らにも、それとなく気を配ってもらえるよう話してみてくれないか。それから絶対に一人では行動しないでくれ」


 リーンは少しうつ向いたが、顔をあげたときにはいつもの表情に戻っていた。


「分かった、私はしばらく王宮に泊まることにするわ」

「なるべく早くリーンが家に戻れるようがんばるよ」

「私のことはいいから、少しでも早くレジーのお父さんを見つけてあげて」


 しばらく二人で話すことが難しくなるので、このまま別れるのは名残惜しかったが、後ろ髪を引かれる思いで錬金術室を後にした。


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