67. 情報収集
テレ村に行ってみたものの目新しい情報はなかったと話すと、レジーたち三人は目に見えてがっかりしていたが、側で聞いていたリーンは、俺の話の中に何か引っかかるものがあったようだ。
しかし迂闊にレジ―たちの前で尋ねるようなことはしない。俺が視線で合図を送ると小さく頷いてくれた。
夕食時、いつもとは様相の違う料理が出てきた。
「お口に合うか分かりませんが、何もしないでいると気が塞がるので、奥様へお願いして作らせていただきました」
「いい匂いですね」
どこか懐かしい匂いがするのは、亡くなったおふくろの料理と似ているせいかもしれない。
リーンが作る料理はとても美味いが、どちらかというと洗練された味なので、こういう田舎っぽい料理は逆に新鮮である。
さっそく五人で食卓についた。
「うん、美味いです」
「あ、それは私が作りました」
「そうか、料理上手なんだな」
レジ―の姉、エイミーが嬉しそうに答えたので、俺も当たり障りのない答えを返す。
「もし良ければ明日の朝も私たちが作りますよ」
「そんなに気を使わずともいいよ」
「いえ、何かしていたほうが気が紛れるので。お掃除などもさせていただけると嬉しいです」
母親の方は微笑んでいてもどこか不安げで、レジ―の父親のことが心配なんだろう。
「動くことで気が紛れるのでしたら構いませんが、あ、でもあまり掃除道具がないな」
「掃除道具がですか? じゃあ、いつもはどうしているんですか」
「クリーン魔法を使っています」
「すごい! さすが騎士様ですね」
エイミーの目が輝いたので笑って流した。部下たちは冗談のつもりで笑っていたが、間違ってもリーンにおかしな誤解をされたくはない。どうせ妬いてもらえないし。
そういえば先ほどからリーンがあまりしゃべらないな。
「リーン、客室は問題なく使えそうか」
「ええ。一番南のお客様用の部屋にお通ししたわ。三人一緒の方がいいそうだから、お母様とエイミーさんには同じベッドを使ってもらうことにしたの」
客室には二つのベッドが置かれている。貴族が用意しただけあって、二人で寝ても余裕があるくらいに大きい。下手に部屋を分けて勝手に行動されても面倒なので、本人たちに問題がないのなら一緒の方がいいだろう。
部屋には作りつけの風呂もあり、使い方は既に教えてあるらしく、食事が終わると家族は部屋へとこもった。なんだかんだで片付けまでしてくれて、俺もリーンも手持ちぶさたになってしまった。
いつもより早めに風呂へ入り、ようやく二人の時間をもてたところで、今日の捜索結果について話した。
「大丈夫そうか、リーン」
「何が?」
特に変わったところは見られないが、隠している可能性もある。
「もしうちで預かることが負担なら、誰か他の奴に頼むこともできるぞ」
「ううん、大丈夫。レジーは私たちを頼ってきてくれたんだしね。お父さん、無事だといいんだけど」
「そうだな。さっき話した通り、襲われた日の夕方に王都を出た怪しい馬車について調べさせているが、その情報が上がって来ないうちは動きようがないからな」
「私も手伝えたらいいんだけどね」
「リーンはリーンにしかできない仕事があるだろう」
そう言うと、リーンは微笑んで頷いた。
レジ―たちの様子におかしなところもなかったし、やっぱり他人が家にいるのが落ち着かないのかもしれない。
あれ、でもそれなら俺といることは苦じゃないってことじゃないのか。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
にやけそうになる顔を引き締めて、ベッドサイドの灯りに手を伸ばした。
「そろそろ寝るか」
「うん」
灯りを消してもリーンの気配が感じられる。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
きっと俺たちの距離は徐々に縮まってきている。
部下たちが集めて来た証言から見ても、レジーの言っていた貴族のような馬車というのはレンタ商会の可能性が高い。
「隊長の言う通り、ずいぶん手広く商売をしているみたいですね。隣国との取引もあるようですよ」
「私も昨日、あらためて兄にレンタ商会のことを尋ねてみたのだが、最近になって、訴えた者たちが嫌がらせをされているらしい」
「どんな嫌がらせなんですか」
「商売から締め出されたり、突然ならず者がやって来て店や工房で暴れたりするらしい」
「それはまた露骨ですね。王都内のことではありませんよね」
少なくとも俺の耳にそんな騒ぎは届いていない。
「詐欺まがいの行為を行っているのは、主に王都の外でだ。本店を王都内に置いているが、そちらは真っ当に商売をしているようだ」
「上手く使い分けているということですか。しかし王都の外だって警吏が取り締まっているのですから、そう好き勝手はできませんよね」
「警吏に訴えても証拠がないと取り合ってもらえないらしい」
「それはまた何やら裏を勘ぐってしまいますね」
「だが証拠を残さずにやっている時点で、その辺のならず者とは一線を画しているな」
組織的犯罪の匂いがする。しかも取り締まるはずの組織は機能していないかもしれない。
「レジーたちはいったい何を見たんでしょうかね。ひとまず同じ日に市を開いていた人間を捜し、行方不明になった者が他にいないかなどを聞き込みをさせています」
「目立たぬよう配慮はしているな」
「はい。商家の娘が行方不明になったという話を作り、雑談混じりに聞き込むよう命じました」
「店を出していた場所は確認したのか」
「これから俺が直接見てきます」
部下を一人連れて、レジーたちが店を開いていた場所へ赴いた。
青空市場は今日も賑わっていて、そこかしこで呼び込みの声が飛び交っている。
「手当たり次第、聞き込みますか」
「いや、あまり目立つのもまずい」
調べられていると分かれば親父さんを始末されてしまう可能性もある。
ではどうするか。
「こういうときは知ってそうな奴に聞けばいい」
「情報屋ですか」
「だったらお前を連れて来るわけないだろう」
有益な情報を提供してくれる者は貴重である。護国騎士団へその正体を報告する義務はないし、提供する側も自分の存在を明かされたくはないので、普通は周りにバレないように接触する。
ただそれ以外にも、喜んでとは言わないが、渋々情報を提供してくれる者たちはいるのだ。主に後ろ暗いところのある奴らである。
陶器などを並べているが、まったく客の寄りついていない一つの露店へ近づいた。
「よお、元気そうだな」
「げっ、旦那。なんですか、騎士に来られちゃ商売上がったりなんですよ」
「なんだ、俺らに来られちゃ困ることがあるのか」
王都は広い。広いから少しくらいの悪さならばれないだろうと高を括り、結果、取り締まりの対象となった者たちがいる。この露店の主もそんな小悪党の一人である。
「聞きたいことがあるんだ。教えてもらえれば今日のところは帰るよ」
露骨に嫌そうな顔をされたが気にせず尋ねる。
「この辺で妙なことをしている奴を見なかったか」
「妙ってどんなことです?」
はっきり否とは言わず、聞き返したところに引っ掛かりを感じた。何人か当たるつもりだったが、早くもここで用は足りるかもしれないな。
「どんな小さなことでも知りたいんだ」
「そんなこと言われたってなあ」
並べられている皿をひとつ手にとってみる。
「たとえばどこかの商会の奴等がおかしな取引をしていたとか、貴族の使いのような奴を見かけたとかな」
「旦那、もしかしてあの商会に手を出すつもりですか」
「やっぱり何か知ってるのか」
「知りませんよ」
ぷいと顔を背けられた。
あの商会とはどの商会のことなのか。ぜひ詳しく聞きたいところだ。
「この皿、高そうだな」
「ええ、古都からの掘り出し物で良い品ですよ。どうですか、ひとつ」
「古都? 俺の記憶じゃこの釉薬が作られたのは二十年前だったはずだが」
「だ、旦那の記憶違いじゃないですかね」
「なんなら騎士団まで行って調べるか?」
「そんな、旦那ぁ」
「男の甘えた声なんざ聞きたくないな」
あきらめたように男はため息を吐いた。
「絶対に出所がばれないようにしてくださいよ」
「分かってるよ」
「そっちの騎士様もですよ」
「俺が保証する」
男はやおら声を潜めた。
「レンタ商会が王都の外で悪どい真似をしていることは聞いてますか」
「ああ、ずいぶん恨みを買っているようだが、すり抜けるのが上手いようだな」
「そりゃ後ろに大物がついてますからね」
「どんな大物だ」
「結構大きな貴族だって話ですよ」
「名前は?」
「そこまでは分かりませんや。俺たちにしてみれば貴族なんてみんな天上の人ですからね」
男は目だけで辺りを見回し、わざとらしく異常がないことを確認した。
「そいつらが最近この辺でやばい薬を売りさばいてるらしいですわ」
思いがけない情報に、おもわず驚きを顔に出しそうになった。
「それ以上は俺も知りませんがね」
「そいつらはよく現れるのか?」
「さあ、俺は見たこともありませんけど。買うにはなんらかの符丁があるって噂です」
「そうか」
貴族の後ろ盾に、やばい薬か。話がややこしくなってきたな。
「ところでこの皿はいくらだ?」
言い値で買ってやると男は揉み手をして喜んだ。
露店を離れると黙って見ていた部下が怪訝そうな顔で聞いてきた。
「あんな分かりやすい詐欺師を引っ張らなくていいんですか?」
「分かりやすく安いからいいんだよ。あれなら引っ掛かってもたいした害にはならんだろう。気づけば授業料、気づかなければ幸せなままだ」
「そういうもんですかね」
「それにこうやって情報を落としてくれるしな」
小悪党だがときたま有益な情報をもたらしてくれる。目の前に被害者がいるならまだしも、ああいう奴らをいちいち引っ張って事情聴取をしていたらきりがない。
さて護国騎士団の本部へ戻り、聞いた話をチリアン隊長へ報告するか。
貴族が関わっているのであればより一層慎重に捜査を進めなければならない。そう気を引き締め直した矢先に事件は起こった。




