59. 素材採取02
部下たちの馬鹿なやりとりに思いを馳せているうちにも朝食は出来上がり、起きた者から食べ始めることにした。
シリウスとリュウもテントから出てきて、朝食作りがひと段落ついたリーンと合流した。
パンには炙ったチーズが乗っていて、齧りつくととろりと伸びた。
「体が痛くて辛いです。室長は平気なんですか」
「まったく平気ってわけじゃないけど、採取に行き始めた頃に比べたら慣れたわね」
リュウは昨日の移動の疲労が抜けないようだ。普段は王宮にこもっていて運動をする機会がないから余計に辛いのかもしれない。それを考えるとリーンは元気だな。
「小さい頃から馬に乗っていたからその経験の差じゃないかな」
「確かになれないと体に力が入って余計に疲れますもんね」
シリウスも満足げに食事を進めながら会話に加わっている。
「でも奥様が馬に乗っていたなんて驚きました。ロウソンの出身だったんですね」
「ねえシリウス、その呼び方なんだけど、仕事中だし奥様ではなく、名前で呼んでもらえないかしら」
「わかりました。ファイア室長でよろしいですか」
なんで旧姓なんだ。俺の視線を感じたのか、シリウスが慌てて言い訳をした。
「奥様、あ、ファイア室長から仕事中は旧姓を使っていると聞いていたので」
「私がそう名乗ったのよ」
そういえばアルル辺境伯へ名乗った際にもそんなことを言っていた。
「それならただ室長だけでいいんじゃないですか、その方が呼びやすいし」
「それもそうね」
「わかりました。それじゃあ室長と呼ぶようにします」
リーンはシリウスとはワイバーンの遠征で打ち解けたらしく、他の奴らに比べて肩の力を抜いて話しているように見える。
「ところで錬金術室って皆さんお料理が上手なんですか?」
「アルケミックスペースで作るのなら、みんなそれなりに出来るんじゃないかしら」
「そうだな、アルケミックスペースで作るのなら、そこまで味の違いもなく作れるな。アルケミックスペースだったら」
なぜかリュウが強調し、リーンが咳ばらいをしたのは、つまりそういうことだろう。
シリウスも空気を読んで突っ込みはしなかった。こいつは何気に世渡り上手だと思う。
「ただし手の込んだ料理を作るなら、室長が一番美味いと思う」
「そう?」
「ええ、室長は良くも悪くも錬金術馬鹿なので、とにかく技法に凝りますからね。細部まで手を抜かないというか、この前のコルク副隊長へのプレゼントだって、そのために錬成で穿つを習得するなんて、もう天才を通り越して阿呆だと思ってます」
「ねえ、褒めてるの、けなしてるの?」
「褒めてはいません」
「もうリュウには新しい技を開発しても教えてあげない」
「見て覚えますからお構いなく」
リーンのああ言えばこう言う精神は、確実に部下たちにも受け継がれているようだ。
っていうかポーションケースを作るために新しい錬成方法を編み出してくれたのか。うわー、なんかじわじわ来るな。
「副隊長へのプレゼントってあのポーションを携帯できるケースですよね。あれ、僕たちも欲しいなって話していたんです。売っているものじゃないのが残念です」
リーンが視線で尋ねてきたので、頷いて答える。
「それならチリアン隊長が護国騎士団でも使いたいから作れないか動いているところだぞ」
「え! そうなんですか、知りませんでした」
「まあまだ開発途中だからな」
「副隊長と同じものでは駄目なんですか」
「ただ持ち歩くだけなら形だけ真似ればいいんだが、魔物と戦っている最中に衝撃でポーション瓶が割れたらどうしようもないからな」
「副隊長のケースはどうなっているんですか?」
「これは特別な素材を使っているから割れにくくなっているけど、量産は難しいんだ」
サハギンの素材は貴重なので、その情報は伏せておく。
「でも室長はいいんですか、せっかく副隊長のために作ったものを僕たちに真似されて」
「別に構わないわよ。役に立つなら広めてもらった方がいいし」
「ちゃんとロイヤリティの話はしましたか」
「チリアン隊長にも言われたけど、売ることを考えて作ったわけじゃないし、設計図を譲るだけだから断ったの。リュウ達に相談しながら作ったものだしね」
「そんな勿体ない」
「それに使うのが護国騎士隊なら、財務部辺りから、同じ王宮の組織内で儲けるような真似をするのかとか言われそうだし」
「なるほど、王宮で働いているとそういう問題も発生するんですね」
「その他にも一度見たら簡単に作れるような形だから、ロイヤリティの出願をしたところで、細部を少し変えて違うものとして売られたらそれまでだし」
「確かに類似品はすぐに出てきますからね。素材が簡単に手に入らないようなものであれば話はまた別なんですけど」
「例えば中にスライムを敷くとか?」
「スライム? どうやってスライムを敷くんですか?」
「最近は魔物素材の研究もしていて、衝撃を吸収できるような素材が作れるようになったのよ」
「それこそロイヤリティ案件じゃないですか。絶対に取ったほうがいいですよ」
「思いついたのは私たちだけど、既に仕事の一環として取り組んでるから無理ね。下手にそんなことをしたら、使用する人たちが国に余計にお金を払って財政が潤うだけだし。それで喜ぶのは一部の貴族と財政部だけでしょう」
「なんてもったいない」
我が事のように嘆くシリウスに疑問が浮かぶ。
「なんでお前はそんなに詳しいんだ」
「うちの実家では特殊な革素材の加工を請け負っているんですよ。希少な動物とか魔物とか。だからつい熱が入ってしまいました。ロイヤリティが取得できても類似品に悩まされますからね」
どうやらシリウスにとってはロイヤリティとはとても大事なものらしい。
「なあ、もしかしてシリウスに頼めば珍しい素材も購入できたりするのか」
「そんなに大量じゃなければ素材を個人に卸すこともあるよ。でも錬金術室は資材部に頼めば用意してもらえるんじゃないの?」
シリウスの答えにリュウとリーンの瞳が輝いた。
「個人的に素材が欲しいときに、頼めるところを探していたんだ。これまでは資材部か王宮に出入りしていた商人に頼んでいたけど、時間がかかったり足元を見られてふっかけられてたからさ」
「私も頼みたい」
「それなら一度うちに来てみますか? 大きな店ではありませんが、扱っているものは悪くないですよ。なんなら王宮の資材部とも付き合いがありますし」
「行く」という二人の声が重なった。リュウもリーンに負けず劣らず錬金馬鹿のようだ。
「そろそろ寒くなってきたな。この先はもっと冷えるからきちんと着込んだ方がいい」
間もなくエイの山へ入るというところで昼食を取り、装備を改める。リーンとリュウもこの日のために新調したという防寒着を着込んだ。
「この先から魔物が出て来る可能性が高くなるが、俺たちがいるので安心してほしい」
気心の知れたシリウスをリーンたちの近くに配置し、俺たちは先へと進んだ。
「山の中なのに道があるのね」
「ええ、麓の辺りは近隣の村人たちが山菜や木の実を収穫したり、薪を拾ったりしますから。ただ奥の方に踏み込む者はいないので、中腹くらいからが進みにくくなってくるでしょう」
「魔物避けポーションは使っているのよね」
「はい。錬金術室で作られたポーションは質がいいので、中型の魔物くらいまでならほとんど近寄ってきません。でもポーションの効かない魔物こそが危険なんですけど」
「私たちが作ったポーション以外を使うこともあるの?」
「以前は足りていなかったので、市販のものを買うこともありましたよ。ただやはり効き目は微妙で、精々が小型の魔物が寄って来ない程度ですかね」
「その辺はやっぱり差が出るのね」
何気ないリーンの言葉にリュウが顔をしかめた。
「出なかったら俺らなんのために集められたんだって話になりますよ」
「そうねえ」
王宮に閉じ込められていたのはリュウも同じだ。刺々しい言い方からして、嫌な記憶を思い出したのかもしれない。
「あの、錬金術室の皆さんが優秀だというのは知ってますが、それってどうポーションの出来栄えに関わってくるんですか」
「うーん、簡単に言えば魔力量と適性かな」
「魔力量は分かりますけど、適性というのは魔法で言うところの炎や水、どの属性を使えるかみたいな感じでしょうか」
「たぶんそんなところじゃないかしら。私たちはアルケミックスペースという空間を作ってその中で作業をするんだけど、できることは人それぞれなの。薬草を煎じたり、粉砕したり、さっきリュウが言っていた穿つも技法の一つね。私たち錬金術室の者は、市井の錬金術師に比べて、使える技法が多いのも特長かな」
リーンがキッチンで料理している様子を見て、便利そうでいいなと思ってたけど、錬金術師なら誰でもできることではなかったようだ。
「ポーションを作るにはいろんな技法を習得しなくてはいけないんだけど、工程が難しい場合には一旦アルケミックスペースから取り出して、器具を使う場合もあるの」
「あれ、でもワイバーンの遠征のときは道具なんて使ってませんでしたよね」
「道具を使うと効果が薄まってしまうから、アルケミックスペース内で作業を完結するのが理想ね」
「じゃあ市井の錬金術師は、すべてをアルケミックスペースで作業できないから、効果に違いが出るってことですか」
「概ねその認識で合ってるけど、ポーションの種類にもよるかな。貴重なものほど多くの技法が使われるから。治癒の下級ならだいたいの錬金術師が道具を使わずに作れるんじゃないかしら。それでも繰り返し作っていればある程度は練度が上がって、使える技法が増えてくるものなんだけどね」
つまり基本はどんな仕事も同じということか。騎士だって最初は剣を振るうのに余計な力が入ってすぐに疲れる。繰り返し練習し、コツを掴むしかないのだ。
「その繰り返し作業が難しいんじゃないですか。疲れるからやりたくないって俺も思いますもん。それに材料を揃えないと練習できない作業は、個人の懐具合によるでしょうし」
「その点は、私たちは優遇されていると言えるんでしょうね」
「好き好んで入ったわけじゃありませんけどね」
ぼそりと呟かれた言葉は近くにいる者たちにしか聞こえなかっただろう。待遇が改善されたとはいえ、過去が消えるわけではない。そこに恨みがあれば尚更だ。
「私たちもそれぞれ得意分野が違って、リュウは細かい作業が得意なのよ」
リーンは努めて明るく話す。
「まあ他の奴らよりは。室長には及びませんけど」
「細かい作業ってどんなものですか」
「いろいろあるけど、温度調整なんてまさに細かい作業と言えるわね」
「温度? そんな調整ができるんですか」
「ええ、熱を加えすぎてはいけないけど、加えないと加工できない素材もあって、この辺はもう経験がものをいうわね。上手いこと温度を合わせても、今度はその状態を維持しなくちゃいけないから、新人はわりとそこで足踏みするのよ」
「その他にも薬草とか鉱物についての勉強もするんですよね。錬金術師ってやることがたくさんあるんですね」
「薬草の知識が必要なのはシリウスだって同じでしょう」
リーンとシリウス、ときどきリュウが混じった話に耳を傾けながらも警戒は怠らず、今日の野営地である山の中腹まで辿りついた。明日はこの周辺を散策し、目当ての薬草を探すことになる。
「大丈夫か、リュウ」
「俺は今ほど護国騎士に尊敬の念を抱いたことはありません。地面ってこんなに安心できたんですね」
慣れないうちは馬から降りると足がふらつき立っているのも辛いものだ。リュウはぐったりと地面に座り込んでいる。
「この調子だと副室長とレオも大変なことになりそうね。帰ったら体力回復効果のある薬を作ってみようかしら。あら、あんなところにトマの実があるわ」
リーンはまだまだ元気なようだ。
「リーン、一人では行動しないようにな」
「分かってる」
野営地は魔物除けポーションを撒いているので、滅多な事はないだろうが、うっかり離れられては困る。周りの目はあるものの、リーンは良くも悪くも仕事熱心で向こう見ずなところがあるので心配だ。




