56. 秋祭り本番03
リーンをマリーに乗せて、自分もその後ろに跨がった。
「扶助は俺がするから落ちないように捕まっていてくれ」
勾配のある道をリーンに配慮しながらゆっくり走らせる。
毎年、秋祭りの最中は滅多に雨が降らないが、今日は抜けるような青空だ。歩いている時は気にならなかった風が少し冷たく感じる。
「寒くないか」
「大丈夫」
二十分ほど走ると目的地が見えてきた。
「早朝もきれいなんだが、昼間に来ても見応えがあるんだ」
王都の東側は海に面している。その海を見渡せる丘に着いたところでマリーを止めた。
「きれい」
先に降りて、後に続いたリーンを支えた。今日はいつもより可愛らしい服装なので、少し動きにくそうだ。
「知る人ぞ知る穴場なんだ。今日は幸いにも誰もいないようだな」
「海が見える」
「リーンは海に行ったことがあるか」
「うん、一度だけね。王宮からも海が見えるでしょう、ずっと行ってみたいと思っていて、外へ出かけられるようになって最初に向かったのが海なの」
リーンの育ったロウソンは内陸だ。王都に来るまで海を見る機会もなかったのだろう。
「歩くと砂浜が沈むなんて知らなかったから、おっかなびっくり進んで、海水が行ったり来たり動いているのがすごく不思議だったな」
「一人で行ったのか?」
「ええ。エリオット陛下が即位されてから外出許可をくれてね。王宮に連れて来られてからは一度も外に出ていなかったから、余計に一人で出かけたかったの」
「それまで一度も王宮から出なかったのか? 連れて来られたのは十歳のときだって言ってたよな」
「逃げられたら困るとでも思ってたんじゃない」
本当に軟禁状態だったんじゃないか。口の中に苦いものが走る。
「だけどエリオット陛下が許したとはいえ、よく一人で出かけられたな」
「それは周りに何も言われなかったかってこと?」
「それもあるけど、王都を歩くのも初めてってことだろう。怖くなかったか」
「まあ、少しは」
リーンは苦笑した。
「でもそれよりも、わくわくする気持ちの方が大きかったな」
リーンの青春は、本当に王宮でポーションを作って終わったのかもしれない。俺はその頃、何をしていただろう。
騎士見習いになって、親父が死んで、仕事が忙しくて、それでも遊ぶ時間がなかったわけじゃない。
「これから、もっと二人で出かけよう」
「え?」
「行ったことのない場所に行って、見たことないものを見て、たくさん思い出を作ろう」
リーンがじっと見つめてきた。
「同情とかじゃなくて、俺がリーンとの思い出がほしいんだ」
過ぎた過去には戻れないから、これからの時間を一緒に過ごしたい。
「ありがとう」
リーンは微笑んでくれたがどこか寂しそうで、それを紛らわすかのように明るい声で話題を変えてきた。
「そういえば初めて海に行ったとき、サハギンに遭遇したの」
「サハギン?」
脈絡のない展開に一瞬何を言われたかわからなかった。
サハギンは海辺の町に暮らす者でも滅多に出会うことのない魔物だ。群れで攻撃して来るのだが、個々の戦闘力が高く厄介な魔物だ。航海をしている船が襲われたら、まず無事ではいられないだろう。
「本物を見たのは初めてだからびっくりしちゃった」
びっくりで片付けるような話ではない。
「それでそのサハギンはどうしたんだ? 何体いたんだ?」
「一体だけよ。攻撃してきたから倒したわ」
今度こそ驚きすぎてすぐには言葉が出なかった。
いくら陸地でのこととはいえ、もしサハギンの目撃情報があったら護国騎士団が数十人がかりで討伐に行くような魔物だぞ。いや、陸地で相手取るなら俺だって一人でも倒せるが、騎士でもないリーンが一人で戦って、しかも倒した?
「よく海に逃げられなかったな」
「うん、すぐに頭を潰したから」
「頭を……」
「アルケミックスペースで囲んで圧力をかけたの。でもそのせいで首から上の素材が駄目になっちゃったけどね」
可愛らしく笑って言うような話でもない。
どうやらリーンは俺が思っているよりも強いのかもしれない。
「それで、そのときにサハギンの素材を手に入れたんだけど」
リーンが鞄から取り出したのは、きれいな布の包みだ。
「えっと、秋祭りの贈り物に加工してみたの。あ、休みの日に出かけたときの話だから、素材を私物化したわけじゃないからね」
そういう心配はしていなかったが、変なところで真面目に念を押された。
「俺にくれるのか?」
頷かれて差し出されたそれを受け取ったものの、サハギンの革や鱗がそのまま入っていたらどうしよう。引きつらずに笑って礼を言えるだろうか。いやでも加工したと言っていたしな。
恐る恐る包みを解くと、中からポーションが納められた紺色のポーチのような物が現れた。
「これはポーションケースか?」
「うん、普段ポーションを持ち歩けるようにと思って。ベルトや剣帯に付けられるようになってるの。仕事柄ノアは携帯できたほうが安心でしょう」
ベルトに引っかけるであろう部分を外して掛けてみる。
「なるべく邪魔にならないよう作ってみたんだけどどうかな」
「うん、問題なく動けるよ。すごいな、これをリーンが作ったのか」
慣れないものをつけたので違和感はあるが、動きにくい感じはしない。
「縫製もアラクネの糸を使ったからそう簡単に切れないし、内側にはスライムが貼ってあるから衝撃にもそれなりに堪えられると思うの」
「まさかこれも錬金術で?」
「そう、結構きれいに作れたでしょう。ポーションの種類に希望があったら言ってね、仕事とは別に作るから」
錬金術というのは、薬や鉱物などの加工だけかと思っていたが、本当に万能な能力なのだとしみじみ感じ入ってしまう。
「本当は刺繍や編み物を渡すものだって聞いたんだけど、あまり得意じゃないというか、とてもあげられるような出来栄えじゃなくて」
気まずそうに目を逸らされた。
「あ、普通の裁縫くらいは出来るよ、上手くはないけど」
前にシャツのボタンをつけてもらったことがあるので、上手くないのは知っている。その箇所だけボタンが盛り上がっていて、二度と取れないんじゃないかと思うほど糸が巻き付けられていた。
「まったく出来ないわけじゃないよ、上手くないだけで」
何も言ってないのに二度繰り返された。彼女の中で何か譲れない一線があるらしい。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
リーンは照れくさそうに頷いた。
「色もきれいだな。染めてあるんだよな」
個体差もあるがサハギンは茶色が多い。しかしこのポーションケースはきれいな紺色に染められていて、同色の護国騎士団の制服にも馴染みそうだ。
「染め方は普通の革と一緒で、まずなめして染料につけたの」
なめすという言葉は聞いたことがあるが、やり方まではわからない。きっと調べながら作ってくれたのだろう。
シンプルで飾り気はないが、糸の一部を反対色にしてメリハリを出しているので、どこか可愛らしい雰囲気もある。
ふとリュウに服や小物についていろいろ訊かれたことを思い出した。あのときはずいぶん食い下がって訊くなと不思議に思ったが、あれはリーンのためだったのか。
「どうしたの?」
その優しさにおもわず口元を緩めると、リーンが不思議そうに見上げてきた。
「俺からもリーンに渡したいものがあるんだ」
予想していたのか驚いた様子はない。秋祭りとはそういうものだが、なんとなくリーンは知らないんじゃないかと思っていた。こうして贈り物を用意してくれていたが、そんな素振りは見せなかったし。
「これなんだが」
胸ポケットに入れていた箱を取り出した。
「開けてみてもいい?」
「もちろん」
リボンを解いて蓋を開けると、リーンは目を瞬かせた。
「魔石のペンダント?」
「結界の術式を刻んであるんだ」
チェーンにしようか迷ったが、魔物であるシーサーペントの革を編んだ紐のほうが丈夫そうなのでそちらを選んだ。
「結界の術式?」
「魔力を流せば結界の魔法を使えるようになってるから、もし何かあったときはこれで身を護ってほしい」
リーンの手で箱の中からペンダントが取り出される。
「きれい、ノアの目と同じ榛色ね」
実はリーンの瞳の色に合わせて青にしようかと思ったけど、やっぱり自分の色を身に着けてほしかったのでこの色を選んだ。
「気に入ってもらえた?」
「とっても」
「つけてみたらどうだ」
「今?」
「うん、そのまま常に身につけていてくれると嬉しいな。ほら、何かあったときに役立つかもしれないだろう」
「そんなに危険な目に合うことなんてあるかしら」
そう言いつつもリーンはそっと自分の首にペンダントを下げた。
「うん、似合ってるよ」
「ありがとう」
リーンは胸元に垂れた魔石をためつすがめつ眺め、その頬を染めている。喜んでもらえたようで何よりだ。
「使い方にコツがいるから、結界を作る練習はした方がいいかもな」
「そっか、後で教えてね」
「もちろんだよ」
リーンに頼ってもらえたことが素直に嬉しかった。




