53. 秋祭り準備02
黒スライム騒動がひと段落した頃、王都は活気に満ち溢れていた。秋祭りが近いこともあるのだろう。そこもかしこも賑やかだ。
しかし、そんな時は王都の警備をしている護国騎士団の仕事も増える。
「まだ始まってもいないのに、もう秋祭りに乗じた馬鹿が出て来ましたよ」
「毎年のことだろう」
俺のぼやきに手を止めることもなくチリアン隊長は書類にサインする。
「隊長、俺が秋祭りの当日や前日に休みを取ることは」
「無理だな」
「ええ、知っています。言ってみただけです」
リーンと一緒に秋祭りを楽しみたかったが、俺たちにとっては繁忙期なのでまず無理だと分かっている。
彼女は秋祭りに行ったことがなさそうなので、いろいろと案内してやりたかったのだが、部下たちも我慢して仕事に臨んでいるというのに副隊長の俺が遊びたいと声高に言えるはずもない。
「そもそも休みを取ったところで、祭りの見物中に起きた事件に巻き込まれ、デート中断となる様が目に見える」
リーンの名前など一言も出していないのにデートだと見抜かれるとは、さすがチリアン隊長だ。
「まあ事件が起きたらそっち優先が当たり前ですからね俺たちは。それで振られることも少なくないし」
一度ならばまだしも、二度三度とそんなことが続けば、普段は優しい恋人から見放されることも珍しくはない。男の側としても、デートを中断したいわけでも、恋人を放置したいわけでも、休みの日に仕事をしたいわけでもないというのに。
「でもリーンは自分と仕事どっちが大事なのなんて訊いたりしないと思います」
「そうだな。彼女自身がお前より仕事を取るだろうから、そんな自分の首を絞めるようなことは訊かぬだろう」
くっ、否定できないのが悲しい。
「そんなことより秋祭りに何を贈るかですよ。あ、素材以外ですからね」
「なぜお前はいつもいつも私に相談するのだろうな。普通は花束やアクセサリーを贈るものではないのか」
「リーンの場合、花束よりも薬草の方が喜ぶでしょうし、アクセサリーはつけているのを見たことがないので、邪魔になりそうな気がするんですよね」
「花はともかく邪魔になることを懸念しているということは、贈った物を毎日身に着けてもらいたいようだな」
「そういう分析はいりませんから。人を独占欲の塊みたいに言わないでくださいよ」
まあせっかくなので常に身につけてもらえるような物を選びたいとは思っているが。
「髪飾り、耳飾り、ネックレスに指輪、どれもぴんと来ないんですよね」
「食器や調理器具などを贈ることもあるようだが」
「食器はうちにたくさんありますからね。前に住もうとしていた人が置いていった物がそのままそっくり残っているんです。調理器具はリーンが使っているところを見たことがないし」
考えれば考えるほど深みにはまる。
「お前がそこまで悩むのも珍しいな」
「そうですか?」
「これまでは恋人がいても、休みや贈り物についての相談などされたことはなかったと記憶している」
「それはリーンが一般的な女性と少しずれているからではないでしょうか」
「執着が大きいと、失った時の悲しみも大きいというが」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
真顔でとんでもない暴言を吐かれた。
「そういえばこの秋祭りが終わったら、いよいよ錬金術室との合同遠征を開始しようと思う」
「なんですか唐突に」
「錬金術室長以外でも数人はそれなりに馬に乗れるようになったようだからな」
「うちの隊から始めるんですか?」
「うむ、先日の話し合いでそう決めた」
たぶん話し合いという名の力比べか飲み比べをして、チリアン隊長がもぎとったのだろう。まあ俺が巻き込まれなければ好きに決めてもらって構わないが。
「錬金術室からは二名ずつ二回に分けて行きたいという希望があった」
「うちは誰が行くんですか」
「私とお前を筆頭に十人の小隊とする」
二人の錬金術室員と十人の騎士か。素材を採りに行くにしては過剰戦力な気もするが、国が保護する錬金術師なので、護衛としては妥当な数だろう。
「行き先は決まっているんですか」
「一つはエンの山、もう一つはエイの山だ」
「それはまた両極端なところを目指しますね」
似たような名前の山だが、エンの山は炎系の魔物が多く、エイの山は氷系の魔物が多く棲んでいる。
「耐火性ポーションの強化と、寒冷地でも寒さを感じずに動けるポーションを作りたいとのことだ」
「それが成功したら非常に助かります」
炎の中を動き回るのも大変だが、寒さで体が動けなくなるのも辛いので、ぜひ成功してもらいたい。そのためなら協力は惜しまない。
「食事についてはすべて錬金術室で用意してくれるという話だ」
「ずいぶんと剛毅な話ですが、二回ともとなると結構な金額ですよ」
どちらの山も往復と採取を考えると四日はかかるだろう。十二人分の食糧を一日三食として四日分。出発当日の朝と帰還日の夜を抜いたとしても、百二十食分を賄ってもらえるのはかなり大きい。
「人だけではなく、馬の食事についてもあちら持ちだ」
「そうなると俺たちは本当に護衛のためだけということですね」
「うむ。だが費用は出すが食事以外の用意は任せたいということで、遠征の支度はいつも通りに必要だ」
「後は人選ですね。隊長の希望はありますか」
話し合った結果、初めての試みに戸惑う者もいるだろうから、部下たちの希望を募りその中から同行者を選ぶことにした。
そんな日々を過ごしているうちに、あっという間に秋祭りの時期となった。
「ごめんな、本当は一緒に見て回りたかったんだけど」
「ううん、仕事なんだから気にしなくていいよ」
夕食を取りながら秋祭りは仕事だと告げたところ、予想通りリーンの反応はあっさりしたものだった。
「リーンは錬金術室の奴らと祭りを回ったりするのか」
「王都に家がある子たちは家族と行くかもしれないけど、あとはみんな出不精だし、人込みにも慣れてないから行かないんじゃないかな」
「それなら祭りが始まる前に出かけてみたらどうだ?」
「祭りの前?」
「ああ、祭りの当日が一番賑やかだけど、その十日前くらいからだんだん人手が増えて、いろんな通りに出店が並び始めるんだ。当日よりは人が少ないはずだぞ」
「そうなんだ。それじゃあ誘ってみようかな」
「あ、でも祭りの三日前はなんとか俺も休みが取れたから、良かったら一緒に回らないか」
やや緊張しながら誘うとリーンは満面の笑みで頷いてくれた。断られなくて良かった。
「そういえばチリアン隊長に聞いたんだけど、秋祭りが終わったら素材探しに出かけることになったんだってな」
「ひとまず私を入れて四人は馬に乗れるようになったからね」
「リーンも馬で行くのか」
「ううん、慣れてるヤギ―で行くわ。私はエイの山なんだけど、ノアはどっちの山へ行くの?」
「俺もエイの山だ。一緒だな」
「出発は秋祭りが終わってから五日後だからよろしくね」
「こちらこそだ。しかし俺たちの食事まで負担してもらって大丈夫なのか」
「もちろん。こっちが付き合ってもらうんだし、それぐらいはしないと」
「これまでにない出費で大変じゃないのか?」
「それがね、この前の遠征で耐火ポーションが役立ったでしょう。功績を顧みて研究費用の名目で予算が支給されることになったの」
「すごいじゃないか」
「その代わり結果を出さなければすぐに取り上げられるけどね」
苦笑しつつもリーンに悲観的な様子は見えない。自信があるのだろう。
「秋祭りは気が重いけど、リーンとの遠征を楽しみに乗り切るよ」
「王都の秋祭りってそんなに大変なの?」
「そりゃあもう。酒を飲んで気が大きくなった奴らがそこかしこで喧嘩をするわ、スリだのひったくりだの食い逃げだの、次から次へと問題が起きては走り回ってるよ」
「それはまた大変そうね。田舎だともっとほのぼのした感じなんだけど」
そうか、リーンも王宮へ閉じ込められる前は秋祭りに普通に参加していたんだ。
「リーンのところの秋祭りはどんな感じだったんだ?」
「うーん、みんなで料理を作って食べて、大人たちはお酒を飲んでたかな」
平和そうで羨ましい。
「あ、その日だけしか食べられない料理もあったわ。豚の丸焼き。朝から大人が付きっきりで豚を火にかけて、みんなで分けるからそんなに量は食べれないんだけど、ぎゅっと味が凝縮したように濃くて美味しかったなあ」
懐かしそうにリーンが目を細める。
「豚の丸焼きとは豪勢だな。さすがに王都でもそんな料理を出している出店は見たことがないぞ」
「今なら錬金術で作れるかも。圧縮して熱せば時間は短縮できるけど、時間をかけてゆっくり焼いたほうが美味しいような気もするし」
すぐに錬金術と結びつけるのはもうリーンの癖なんだろう。
「そういえばリーンは錬金術以外で料理はしないのか?」
「え?」
なんとなく聞いただけだったのだが、リーンの表情が固まり視線を逸らされた。
「あんまり器用な方じゃないから……というか錬金術室で一番不器用かも」
どうやら踏み込んではいけない事案だったらしい。
「でもほらリーンは錬金術でなんでも出来るから。味付けも美味いし、問題ないよな」
「味付けはみんなで研究したものだけどね」
「いやいや、それでも最終的に味を決めるのは作り手だろ。俺もよく薄かったり濃かったりするし」
「ノアの作る料理こそ美味しいと思うけど。器用だよね」
「まあ不器用な方ではないだろうな」
「いいなあ」
俺から見れば錬金術を使えるリーンの方がよほどすごいと思うのだが、羨ましがられて悪い気はしない。
「今度一緒にやってみるか?」
「ううん、食材とか器具が勿体ないから」
食材はともかく器具に危害が及ぶほど酷いのか。逆に見てみたいと言ったら怒られるだろうか。




