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04. プロポーズ

 迂闊にも俺はチリアン隊長に指摘されるまでその可能性を考えていなかった。


「あなたは答えが決まっているようだな」


 チリアン隊長の視線を、彼女は怯えることなく受け止めた。


「ええ、もし許されるのであれば、産みたいと思っています」

「へ? う、産むの?」


 驚きのあまり、おもわず敬語が取れてしまった。


「幸いにも私は子どもを育てるくらいの給金はもらっています。もし私に何かあったときのために遺言を用意し、あなたに迷惑はかけないようにしますので」

「いや、そういうことじゃなくて、嫌じゃないのかと思って。だってほら、望んでそういう行為をしたわけじゃないのに」

「だからといってそれが産まない理由にはなりません」


 なんか急に聖職者みたいなこと言い出した。錬金術室の奴らってのは、外部との接触がなさすぎて浮世離れしてるのかもしれない。


「しかしコルクの今後にも関わることです。例えば彼に結婚の話が出たとして、相手がまったく気にしないはずがない」


 予想外の発言に唖然としているうちにも、チリアン隊長が代わりに切り込んでくれた。しかし彼女に怯んだ様子はない。


「そうでしょうね、これは私の我が侭です」

「もし産んだとしても経緯が経緯だけに、あなたも子どもも辛い立場に追いやられるかもしれないし、コルクも責任をとらなかった男と後ろ指をさされることになる。誰も幸せにならないのではないでしょうか」

「ええ、そうかもしれません」


 チリアン隊長の正論に同意を示しながらも、彼女は毅然と向き合っている。


「しかし、不幸になると決まったわけでもありません」


 そう言い切った横顔は美しく、その瞳に迷いはない。


「コルク、お前はどうしたいのだ」

「は、はい」


 うっかり見惚れていた。


「まだそうと決まったわけではないが、後々もめないためにも方向性は定めておけ」

「わかりました」


 返事はしたものの、子どもができていたとして、産んでも産まなくともリスクを負うのは彼女だ。

 産む、そうか、彼女は産みたいのか。産みたいと思ってくれているんだ。

 彼女の誠実な人柄は、ここまでの会話で十分にわかった。うん、悪くない。


「あの、結婚話がいくつか出ていると噂で聞きましたが、そちらはどうするんですか」

「それなら最初から受けるつもりはありませんでしたので、話が出た時点で断っています。問題ありません」

「相手は王族や貴族なんですよね、断って大丈夫なんですか」

「昔から、断っては新たな話が出ての繰り返しですから」


 なんでもないことのように言うが、俺がその立場だったら貴族からの縁談をはっきり断れるだろうか。そもそも受けない理由がわからない。


「他に好きな人がいるんですか? 恋人がいるとか」


 彼女は首を横に振った。


「王族や貴族と縁づくのが嫌なだけです」


 うっわ、はっきり言ったな。ここには俺とチリアン隊長しかいないとはいえ、初対面の相手に本音を話す必要なんてないのに。

 彼女が嘘をついているとは思えない。職業柄、嘘つきは見慣れているし、ある程度は見抜けると自負している。俺も隊長も。


「もう一度確認しますが、本当に俺の顔を見て話して平気なんですか。嫌なら嫌と言ってくださって構いませんよ」

「嫌ではありません」


 強気に言い切られた。青い瞳はまっすぐに俺を捉えていて、こんなことくらいなんでもないと訴えている。

 なんというか、目の前の彼女にすごく興味が沸いてきた。

 そもそも昨日の今日で俺に会いに来るとか、それってすごく普通じゃないよな。もし俺と会うにしても数日は悩んだり、もっと嫌々ながらに来るものだ。それどころか子どもができていたら産むと既に決めている。うん、彼女はおもしろい。


「どうしたいか決まりました」


 にっこり笑うと、不謹慎だとでも思われたのか訝しげな顔をされた。

 チリアン隊長も胡散臭そうに俺を見ている。あれはろくなことを考えていない顔だ、とでも思っているのだろう。

 隊長にとってはろくでもないことでも、俺にとってはすごくいい思いつきなんですよ。もしかしたら護国騎士団にとっても。

 だから迷いなく告げることができる。


「俺と結婚してくれませんか」


 リーン・ファイアは、ぽかんという擬音がぴったりな表情でしばらく固まった後、眉間に皺を寄せた。


「正気?」


 お、敬語がとれたぞ。


「もちろん俺は正気です。考えてもみてください、それならすべて丸く収まるじゃないですか。もし子どもができていても産めばいいし、今後あなたは見合い話に悩まされることもない。相手が俺であれば、今回のことを仕組んだ人たちも少しは溜飲が下がるでしょう。まさか暴行した相手と結婚するなんて、やけくそにしか取られないでしょうから。それにもしまた見合い話が出たとして、子どもが抑止力になれば良いでしょうが、むしろ邪魔だと攻撃されることがあるかもしれません。まあそれは俺も同じことですが、少なくとも自分の身とあなたと、もう何人かくらいは守れます」

「守る? あなたが私を?」

「ええ、あなたも子どもも。あ、もしかして今回の出来事さえ防げなかったのにとか思ってます? もちろんこれからは今まで以上に気を配りますから安心してください」


 ね、と首を傾げると彼女は戸惑いを隠しきれない様子で、チリアン隊長へ視線を向けた。


「あの、彼はまだ薬の効果が残っているのでは?」

「いや、それが彼の通常です」


 ますます困った顔で彼女は俺と隊長を見比べている。


「口が減らず、神経が図太く、屁理屈をこねることに関しては、護国騎士団の中でも右に出る者はまずおりません」

「ちょっと隊長、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。そもそも俺がそんなふうに言われるのは、隊長が正論をかざしすぎるせいもあるんですからね。周りとの調和をとるために俺は言葉を尽くしているんです。もう邪魔をするくらいなら黙っていてください」


 堂々と述べる俺に、ほらみろと言わんばかりに隊長は大きく息を吐いた。


「もちろんあなたが俺の顔を見たくもないというのであればあきらめるしかありませんが、少しでも心動かされる条件があれば、この話に乗ってみませんか」

「もしなにか責任を感じて言っているのであれば、気遣いは無用よ」

「そういう意味で申し込んだわけではありません」

「あなたにとってのメリットがなにかあるの?」

「俺ですか? そうですね、あなたと間近で接することができることでしょうか」

「なぜそんなことがあなたのメリットになるのかわからないんだけど」

「あなたに興味が沸いたんです。それだけではいけませんか?」

「だからといって結婚までしなくともいいでしょう」

「俺にとってはその方法が一番しっくりくるんです。まあ、しばらくは口さがない連中の噂にのぼることになるでしょうが、そのうち落ち着きますよ」

「思いつきで決めるには、人生をかけすぎでは?」

「そうですかね、人生なんてそんなものでしょう。決断すべきときが今だった、というだけの話です」


 彼女は困った顔でチリアン隊長を振り返った。


「明日になったら彼の気持ちが変わることはありますか」

「可能性は低いでしょう。普段はさほど自己を主張しませんが、こうと決めたら譲らない性格ですから」

「常に譲るつもりのない隊長に言われたくないんですけど」


 減らず口を叩く俺の方へ、彼女が一歩を踏み出した。


「あなたは私のことを何も知らないわ」

「これから知って行く楽しみがあるということですね。もちろん俺のことも知ってもらいたいですし」

「私、一部の王侯貴族からすごく嫌われてるの。特に王宮騎士隊とは仲が悪いどころじゃないわ。その余波があなたに向くこともあるかもしれない」

「奇遇ですね、俺も一部の貴族や王宮騎士隊から嫌われていますよ。まあ、俺がというよりは護国騎士団がなんですけど」

「組織と個人に向けられる意識は違うわ」

「そうかもしれませんが俺はこの通りほら、神経が図太いですから。直にお見せ出来ないのが残念でなりません」


 にっこり笑うと、リーン・ファイアは何かを思案するように視線を伏せた。そうして次に見つめられたときには、その瞳に迷いの色はなかった。


「では、これから一緒に教会へ行ってもらっても?」


 この流れで教会といえば、導き出される答えは一つ。


「このまま婚姻届を出すおつもりですか」

「ええ」


 嫌ならこの話はなしだと言わんばかりの、彼女の強気な態度に驚きはしたものの、段々と顔がにやけてくる。


「俺は構いませんよ、急いだ方が良い理由があるのでしょうから」


 例えばこの結婚に横やりが入るかもしれないとか。

 リーン・ファイアは斜に構えて俺の様子を窺っていたが、俺に引く様子がないと見ると、牢の格子ごしに指を一本差し出してきた。


「条件を一つ加えてもいいかしら」

「なんでしょう」

「この結婚についてはあなたの希望ではなく、あなたが責任を取ったという形にしてほしいの」


 そうすることで周りの目がどう変わるかと考えれば、それこそ彼女にとってメリットなどない。


「俺が貧乏くじを引いたように見せたいということですか」

「それもあるけど、周りにはなるべく仕方なく結婚したと思わせておきたいから」

「俺は構いませんよ。あなたが望むのであれば」

「では交渉成立ね」


 まったく嬉しくなさそうに言った彼女の向こうで、チリアン隊長が呆れ顔で立っている。

 ピースサインを向けると、首を横に振ってため息をつかれた。

 そこは素直におめでとうでいいんですよ、隊長。


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