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28. ワイバーン05(+衛生兵シリウス視点)

 ワイバーンは三体とも倒す事ができた。俺が率いた囮部隊は全員無事だ。

 耐火ポーションの有効時間ぎりぎりまでかかったが、もし使えないまま挑んでいたら、怪我人だけでは済まなかったかもしれない。


 特に特殊個体の火力はひときわ強く、耐火ポーションだけでは完全に防げなかったため、皆ところどころに火傷を負っている。それでも誰一人欠けることなく生きている。




 野営地に戻ったのは、俺たちが最後だった。

 なぜか衛生兵に混じってリーンも働いていて、そんなことまでしなくていいんだけど、こう騒がしくてはおちおち休んでもいられないか。


「チリアン隊長、ただいま戻りました」

「うむ、ご苦労だった」

「全員、軽い火傷程度ですみましたよ。大型の魔物を三体相手に奇跡ですね」

「奇跡ではない。耐火ポーション、それに彼女が作り足してくれたポーションのおかげだ」


 ちらりとリーンに視線をやったチリアン隊長の言いたいことは、なんとなくわかる。


「今朝、謝りましたよ。ひとまずこれまで通りです」


 たぶん。

 あの夜のことについては深く踏み込まれたくなさそうな雰囲気だったけど、謝罪は受け入れてくれたはずだ。というか悪いのは俺なのに、またリーンに謝らせてしまった。


「では早く無事な姿を見せてやれ」


 まだ遠征の最中だというのに、らしくないことを言ったチリアン隊長は、くるりと背を向けて去っていった。珍しいこともあるものだ。


 リーンの姿を探そうと思ったら、向こうから俺を見つけて駆け寄って来てくれた。


「怪我は?」

「大丈夫、みんな無事だよ。リーンが作ってくれたポーションのおかげだ」


 顔色が悪いのは慣れない現場にいるからなのか、寝不足と疲労からなのか、俺たちよりも自分の体を心配してほしい。

 俺を頭のてっぺんから足元まで確認したリーンが、きっと眉を上げた。


「そんなにぼろぼろで大丈夫なわけがないでしょう!」


 怒られながら腕を引かれて、一緒に囮の任務についた部下たちのところまで連れて行かれた。


「大きな傷を負った人はいないのね、治療をするから全員傷口を出してください」


 そんなに酷いだろうか。ワイバーン三体と戦ってこれくらいで済んだのなら、かなり良い方だと思うのだが。


「早く!」


 しかしここで逆らうと余計に怒られそうなので素直に従った。部下たちも戸惑ってはいたが、特に反論せず服を脱ぎ始めた。


「シリウス、消毒をお願い」

「はい、わかりました!」


 呼ばれた衛生兵が駆け寄って来た。とても良い返事である。この数時間のうちに手懐けるとはたいしたものだ。


 消毒というからには、消毒液をかけられるのかと思ったら、シリウスは魔法で水を出すと俺たちの全身にぶちかけた。しかも勢いよく洗い流すかのように。


「ちょっ、待て、息ができなっ」

「あ、すみません、少しの間息を止めていてください」


 そういうことは最初に言え! 本能的に息を止めると、あっという間に俺たちは水のかたまりに全身を覆われた。

 リーンが水に何か液体を入れている。しかも大きな鍋で何杯も。


 誰かが風魔法を合わせているらしく、だんだんと水が回り出し撹拌される。

 消毒をするつもりなんだよな。ということは、あれは消毒液か。なんて暢気に考えている場合ではなかった。

 しみるしみるしみる! 痛いって!

 襲いかかる傷口の痛みに悶えて、水中だというのに思わず口を開いた奴もいた。なんの拷問だこれは。


 しばらく流されるままもがき苦しんでいると、ようやく水が引いた。残された俺たちは息も絶え絶えである。


「次は治療ね、ポーションの用意は出来た?」

「はい、こちらに」


 手下と化したのはシリウスだけではないようで、また別の衛生兵たちがポーションを持ってきた。


「じゃあ傷口にかけてちょうだい」

「わかりました!」


 お前たちの上司は誰だと問いたくなるほど従順である。

 俺にはシリウスがつき、あと数人も他の者たちへの治療を開始した。


「ぐっ! な、なんだこのポーションは!」

「いだだだだっ」

「しみっ、しみるしみる!」


 ポーションをかけられた部分がずきずきと痛い! 馬鹿みたいにしみるぞこれ!

 火傷なら一瞬ひりつく程度ですぐに治るはずなのに、これは傷跡がじわじわと薄くなっていく上に痛みも強い。


「これは火傷専用のポーションです」

「そんなものがあるのか」

「えっと、さっき開発したそうです。消毒薬も」

「この短時間に?」

「はい。すごいですよね」

「すごいが痛みが半端じゃない」

「それは材料と魔力の節約のせいだそうです」


 効能をとって痛みを犠牲にしたのか。気持ちはわかる、わかるけど痛い。

 治療の順番待ちをしている奴らが震え上がっているのが見えた。


「夜通しポーションを作っていたから、そりゃ魔力も足りなくなるだろうな」

「待っている間もずっと動いてて、大きな音が響くたびにすごく心配していましたよ」

「そうか」

「だから少し痛いくらい我慢してください」


 少しの痛みじゃないし、なんなら火傷よりも痛いが、甘んじて受けよう。


「チリアン隊長たちの方も、残っていた者も、誰も欠けていないんだな」

「はい、大怪我をしている人もいません。大型の魔物を三体も相手にしたのに」


 ここに来てシリウスもこれまでの戦いとは違うことを実感したのか、しみじみと息を吐いた。


「火傷の治療が終わったら、それ以外の傷も治療しますからね」


 治療と言われて身構えてしまったが、そこからは至って普通の手当てが始まった。

 良かった、これ以上痛い思いをせずにすんで。




「リーン」


 一通りの治療を終えると、近くで衛生兵と話していたリーンを手招きした。


「体調は大丈夫か」

「平気」


 尋ねたところで返ってくる答えはわかっていた。その素っ気なさに苦笑してしまう。


「今回は助かったよ。おかげでみんな無事だった」

「無事?」


 リーンは憮然と繰り返して周りを見渡した。


「私、わかった気がする。あなたの大丈夫の基準がおかしいって」

「それ、どっちかというと俺の台詞じゃないか? 普通はこんなところに女一人でやって来ないぞ」

「現場へ行く必要があると、錬金術室長として判断したから来たの」

「せめて護国騎士団に残っていた奴に声をかけて護衛を頼めば良かっただろう」

「そんなことをしたら後で面倒な事態になるじゃない」

「だからといって一人で行動するなんて危険すぎる」

「行けると思ったから来たの。無理はしてない」

「そもそも魔物の出るような場所へ一人で行けると思わないで欲しいんだが」

「だってそれは」


 リーンは言葉を切ると、ぷいとそっぽを向いた。


「あなたが手紙鳥をよこしたから」


 なんだそれずるい。そんな可愛いことを言われたら何も言えなくなるじゃないか。


「コルク副隊長」

「っはい!」


 言葉に詰まったところでチリアン隊長に名前を呼ばれ、おもわず背筋が伸びた。


「そういった痴話げんかは家でしたまえ」

「べつに喧嘩なんてしていませんよ」


 しかも痴話げんかだなんて。隊長はいつだって言わなくてもいいことを言うんだから。リーンも恥ずかしそうに俯いてしまったじゃないか。


「さすがチリアン隊長、空気を読まないよな」

「俺、抱き合うところまで見たかったのに」

「俺は抱き合ってキスするところまで見たかった」

「いや、さすがに上司のキスシーンは見たくないだろ」

「俺は人前でキスしようとして殴られるところを見たかった」


 好き勝手言っている部下たちを睨むと揃って視線を逸らされた。


「さっさと治療を終わらせて帰る用意をするように。あまり遅くなると今夜もこの森で過ごすことになる」

「わかりました」

「手の空いた者から帰り支度を始めなさい」


 皆が動き始め、リーンも治療がひと段落したことで、この場は衛生兵に任せてヤギ―のところへと行ってしまった。

 なんか魔物の討伐より疲れた気がするぞ。






 ***(衛生兵シリウス視点)***






 奥様の作った消毒薬の威力は抜群だった。なにせあのチリアン隊長が顔をしかめていたぐらいだ。


 最初に戻って来たのは、チリアン隊長の部隊だった。

 ワイバーンの吐く炎の熱気を浴びて、軽い火傷状態の者が多く、火傷に特化したポーションを作ってくれていた奥様に感謝である。


 汚れを落としてから消毒をしたいのだが、今回の戦闘は相当に激しかったらしく、みんなぼろぼろだ。


「魔法で水を出して一気に洗い流したら? そのあと消毒液に体を丸ごと浸けるの」

「丸ごとですか?」

「魔法で大きな水槽みたいなものを作って、その中に消毒液を入れればいいんじゃないかな。希釈して使うことになったから、消毒液はたっぷりあるし、魔力も回復してきたから足りなそうなら追加で作れるし」


 とても効率的な提案に僕たちは揃って賛同した。もう僕たちも連日の野営と、いつ魔物に襲われるかもしれないという緊張感、それに奥様の相手で疲れていたのだと思う。

 戻って来た者たちに手あたり次第水をぶちかけ、希釈した大量の消毒液の中に放り込んだ。


 実際にやってみた感想としては、消毒液に浸けた人たちが阿鼻叫喚と化していることを除けば、とても効率的で良かった。

 衛生兵の意見としては、ぜひ次回以降もこの方法を採用したいところだ。


「みんな濡れてしまいましたね」

「風で乾かせないかな」

「風邪を引いてしまいませんか」

「火傷だから冷えてちょうどいいんじゃないの。もしくは火を出して温めの風にするとか」


 こんなにすらすらアイデアが出てくるなんてすごい、と思ったら突然のろけられた。


「いつもそうやって髪を乾かしてくれるから、魔法を使える人たちはそれが普通なのかと思ってた」


 誰が奥様の髪を乾かしているかは、言わなれなくとも察した。コルク副隊長、尽くすタイプだったんですね。


 そんなこんなで四苦八苦しながら治療を進めていると、やがてコルク副隊長たちも戻ってきた。

 奥様がホッとしていたのはたぶん近くにいた僕たちしかわからないだろう。だって副隊長と目が合った途端に怒った顔を作っていたし。


 コルク副隊長と奥様の痴話げんかが始まったとき、みんなぽかんと見ているしかできなかったが、さすがはチリアン隊長、見事に収めてくれた。

 本音を言えばもう少し見ていたかったけど。




 チリアン隊長の号令により、奥様も帰り支度を始めた。ガゼル・レックスに荷物を括っているが、この魔獣をこんなに近くで見るのは初めてだ。頭に映えている角が体に不釣り合いなほど大きい。

 尻尾を揺らし僕を見る目はぎょろりと睨んでいるようで、近づくのを躊躇ってしまう。


「ヤギ―、その子は敵じゃないから威嚇しないの」


 やっぱり睨まれていたらしい。でも奥様が注意すると少し不服そうだったが視線を逸らしてくれた。


「シリウスは戻る準備をしなくていいの?」

「もう荷物はまとめました。奥様も僕たちと一緒に王宮へ帰るんですよね」

「森を出るまでは一緒に行くけど、そこからは先に王宮へ向かうつもりよ」

「え、一人で帰るんですか」

「ええ、一緒に行く必要もないでしょう」


 女性の一人旅なんて、しかも奥様のような美人が一人なんて危ないに決まっている。


「方向が同じなんですから僕たちと一緒の方が安心じゃありませんか」

「錬金術室ではみんなまだ働ているから、少しでも早く戻りたいの」

「では護衛に騎士をつけてもらえるようお願いしてきます」

「いいわよ、そんなに気を遣わなくて。ここまでも一人で来たんだし」

「でも危ないですよ」

「獣除けと魔物避けのポーションを持っているから大丈夫。そういえば護国騎士団にもそういうポーションは配布されているのよね」


 さりげなく話題を逸らされたが、質問にはきちんと答える。


「野営地や目的地までなど、急いでいるときは使います。それ以外はもったいないので控えています」

「もったいないって、あまり配分されないってこと?」

「そうですね、量はそんなに多くないかと」


 奥様は自分の荷物の中からいくつかのポーション瓶を取り出した。


「これが魔物除け、これが虫除け、獣除けは馬がいるから止めたほうがいいかな」

「もらっていいんですか?」

「うん。帰り道、先頭と最後尾に持たせておけばそれなりに効果を感じられるはずだから」

「ありがとうございます」


 魔物も嫌だけど虫も地味に堪えていたので本当にありがたい。


 向こうから治療を終えたコルク副隊長が歩いて来たので、奥様に一言断ってから駆け寄った。


「お疲れ様です」

「シリウス、お前な、あの治療はないだろう」

「奥様の助言のおかげですよ」


 僕の言葉に副隊長はなんともいえない顔になった。奥様効果は抜群だ。


「それと奥様から、魔物避けと虫除けのポーションをいただきました」

「そうか」

「あと、奥様は一人で帰ろうとしています」

「なに?」

「一緒に帰る必要もないし、錬金術室はまだ忙しい最中だからだそうです」


 天を仰ぐようにため息を吐いたコルク副隊長の顔は、ワイバーン討伐以外の疲れがにじみ出ている。お疲れ様です。


 奥様、ポーションで話を流したつもりでしょうが甘いですよ。それはそれ、これはこれです。

 魔力切れを起こしかけたことについては、お約束したので黙っていますけどね。


 どうぞ副隊長に説得されてください。そして一緒に帰りましょう。

 だって僕、なんだか奥様ともう少しだけお話ししてみたくなったんです。


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