25. ワイバーン02
複数のアルケミックスペースを操るというのは、魔法の同時発動みたいなものだろうか。しかしあれは出すだけならともかく、すべてを操るとなるとかなり魔力も神経も使う疲れる代物だ。
リーンはここに来るまで夜通し走ってきたわけじゃないだろうが、素材を集めながらということは、かなり遠回りをしたのだろうし、彼女の性格上ほとんど休んでいないはずだ。
ヤギ―は魔獣で体力があるから大丈夫だろうが、人間はそうはいかない。
眠さなんて微塵も感じさせない顔をしているが、錬金術室は最近ずっと忙しくしていた。疲れていないわけがないのだ。
前に耐火ポーションは作成してから三日しか持たないと聞いた。それならば作ってすぐに現場へ馬で駆けつけなくてはならない。
本人へ手紙を出したのだから、リーン自身が動いてもおかしくないということに考えが及ばなかった。これは俺の失態だ。
途中で足を止めて作ることもできるだろうが、それこそ護衛や運ぶための人員が必要になる。
俺と結婚したことでリーンに無理をさせている。これでは騎士団のためにリーンを利用しているようだ。
最初はポーションの配分数を増やせたらぐらいの軽い気持ちだったのに、リーンは頼めばなんとかしようと考えてくれる、動いてくれる。それに対して何も返せていない自分が情けない。
一つ目のポーションが出来上がったようだ。瓶に入れられたそれはオレンジがかった赤色をしていて、初めて見る色のポーションだ。
「コルク副隊長、そろそろ皆を解散させたほうがいいだろう」
「そうですね」
チリアン隊長の言う通り、周りに声をかけ休むよう促した。誰もがまだ見ていたそうだったが、明日のことを考えて従ってくれた。
「俺はもう少しここにいます」
「明日に響かないようにだけ気をつけなさい」
チリアン隊長が去って行くのを見送り、俺は近くの木の根元で寝ていたヤギ―の隣へ座り込んだ。
黙々とポーションを作り続けるリーンは、きっと錬金術室でも同じ調子なのだろう。
二本目のポーションを作り終えたところでリーンは俺を振り返った。どうやら一人で残っていることに気づいていたらしい。
「明日が本番なんでしょう、体を休めなくていいの?」
「ここでも十分休めるさ」
非難がましい視線が刺さる。
「せめて目をつぶっていて。気が散るから」
さっきまで大勢の視線に晒されても動じていなかったのに、俺一人に見ているくらいで気が散るわけがない。どうしても俺を休ませたいらしい。
「どうしてそんなに俺に気を遣うんだ?」
リーンは困ったように眉をしかめて、どう答えるか迷っているように見える。
「あなたが私に気を遣うから」
べつに、とでも返されると思ったが、思いがけず謎かけのような答えが返ってきた。
こんなところまで来てもらえるような恩を売った覚えはない。俺は当たり前のことしかしていないぞ。
なんならここ最近は酷い態度をとったし、あんな図々しい要請を書いた手紙鳥は無視されたって仕方がなかった。
「そんなことより早く目をつぶって、あ、ちょっと待って、そのままだと寒いから」
ヤギ―から降ろした荷物の中にあったローブを手渡された。
「寝たくないなら寝なくてもいいから、横になるぐらいはして」
「リーンは寒くないのか」
「ポーションを作っている間は平気。それに多少なりとも動くから袖の長いローブは邪魔になるし」
「わかった、借りるよ」
「ヤギ―は体温が高いからくっつくと温かいわ」
女性から奪うようで情けないし、自分の荷物から取ってくればいいだけなのだが、リーンの優しさを無下にするようで、差し出されたローブを受け取った。
俺がサイズの合わないローブを体に巻き付けて、ヤギ―によりかかるよう横になったのを見届けると、リーンは三本目のポーションに取り掛かった。一本ずつ作るということは、一気に作ることは不可能なのだろう。難儀なものだ。
起きて出来上がりを見届けていたかったが、これでようやくワイバーン退治の目途が立ったことに安心したからか、四本目のポーションを作り始める頃には眠ってしまっていた。
目を覚ますと辺りは薄っすらと夜が明けてきていて、リーンはまだポーションを作っていた。
昨日は赤色だったアルケミックスペースの光が白いものに変わっている。
朝方までには出来上がると言っていたから、もう耐火ポーションは作り終えたのかもしれない。
立ち上がりローブを脱ぐと、少し冷えた朝の空気が心地よい。
「リーン、話しかけてもいいか」
「ええ」
「今作っているのはなんだ?」
「上級ポーション。材料を持ってきたから、少しでも数を増やしておいたほうがいいでしょう」
「ありがたいが、君も少し休んだほうがいい、昨夜からずっと作り続けているんだろう」
「大丈夫、魔力切れにならない程度に休憩してるから」
どうしてこうずれているんだろうな。
「頼むから魔力切れを起こすほど働こうとしないでくれ。魔力だけじゃない、体力だって」
「これが終わったら休むから大丈夫。できることをしたいの」
言い出したら聞かないし。
「私も一つ聞いておきたいんだけど、あなたたちが戦っている間はどうしたらいい? この森から出ていたほうがいいの?」
「いや、ここまで来たのなら騎士隊と共にいたほうがいいだろう」
「邪魔にならない?」
「隊は戦う人間だけで構成されているわけじゃないから心配ない。救護班や連絡班と一緒にいるといい」
「わかった」
よく見ればリーンの側には赤いポーションが十本と白いポーションが五本ある。そこに出来上がったばかりのポーションが加わり、白いものが六本となった。
「道々休憩のときに作ったから、上級は六本あるわ。これから作るとしたら、中級なら十本、上級なら五本ね。必要なのはどっち?」
耐火ポーションを飲む奴らは囮だ。そちらの方が危険に晒される。できれば全員に上級を一本持たせたい。
「上級を四本と、中級を二本というのは?」
「わかった」
休めと言った口で頼むのだから、情けないことこの上ない。
「リーン、この間は悪かった。あんなことを言って」
唐突に切り出すとリーンの表情が強ばったが、すぐにポーション作りを再開した。
「あれは私が悪かったから気にしないで」
なんでもない振りをしているが、その話題を蒸し返したくないと、彼女の態度が物語っている。
だとしたらこの場で、これ以上話すのは止めておいた方がいいだろう。
「そろそろみんな起きてきたみたいね。戻らなくていいの?」
人の動く気配には気づいていた。俺も討伐の準備をしなくてはならない。
「そうだな、行くとするよ。これ、ありがとう」
作業中なので、リーンの荷物が置いてあるところへローブを置いた。ヤギーが俺を見つけて甘えるように鳴いた。見た目はちょっと怖いけど慣れれば可愛い。
「リーンを頼むぞ」
ヤギーは承知したと言わんばかりにぶるると鳴いてくれた。
作戦の内容はさほど難しいものではない。ポーションを飲んだ者が囮になってワイバーンを所定の位置まで誘い出し、待ち構えている騎士たちが止めをさす。
大事なのは順番だ。まず普通のワイバーンを一体ずつ倒して、変異種は最後に仕留める。そのためにも長く変異種を引き付けなくてはならないが、俺がその役に当たることになった。
隊長は仕留める側の指揮を執る。
囮組の部下たちを集めて耐火ポーションを飲んだ。何やら腹の中に熱が生まれたような感じである。
さほど大きくない炎を出して、そっと手を入れてみると、やや熱さは感じるが目に見えるような傷はつかなかった。
「これはすごいな」
周りも俺に続き、試し始める。
「すげえ! ほんとに燃えないぞ」
「耐熱性能は高くないらしいから、あまり長いこと火にはあてるなよ」
リーンからは、火に耐えられても熱はまた別だからと注意されている。しかし部下たちは、これからの魔物討伐に気分が高揚しているせいもあってはしゃいでいる。
「こんなポーションがあるならもっと早く使いたかったよ」
「副隊長はこのポーションをいつ知ったんですか?」
「つい最近」
部下たちの顔がにやにやと締まりのないものになった。
「噂通りの美人でしたね、奥様」
「しかもこんなところまで一人でやって来てくれるなんて、愛ですねえ」
「いいなあ、俺も早く結婚して所帯を持ちたいよ」
口々に冷やかされる。
「まあ、できるものなら早めに結婚しておいた方がいいだろうな。うちの隊長はともかく、他の隊の隊長たちのように嫁を求めてさまよう前にな」
意地悪く返すと、部下たちの顔が一斉に曇った。脳筋隊長たちは、良い反面教師になってくれる。
「さて、そろそろ行くぞ。ポーションの効き目は三時間だ。時間は無駄にできないからな」
気持ちを引き締め、俺たちはワイバーンの討伐へと動き出した。




