19. お宅訪問02
「それで、私に何をさせたいのかしら」
もっと怒りを露わにしてもいいはずなのに、リーンは妙に落ち着き払っている。相手が王宮騎士隊ではないからなのか、チリアン隊長を警戒しているからなのか、どちらもにこりともしないので迂闊に間に割って入れない。
「そうだな、私としては護国騎士団に配分されるポーションを適正な数にしたいこともあるが、先ほどコルクから聞いた耐火ポーションを使用してみたい。これまで我々の耳に入ってこなかったところを考えると、完成したのは最近なのだろうか」
「そうね、二ヶ月くらい前のことよ。まだ貴族の間にもあまり広まっていないわ。手に入りにくい材料が使われているから、すぐに作れるものでもないし」
二ヶ月前なんて本当につい最近のことじゃないか。タイミング的に、リーンが外に出始めた成果と考えるのが妥当だろう。
「他にも研究中のポーションがあると聞いたが」
「頭の中にはあるけど、一つのポーションを作り上げるだけでもかなり時間がかかるから、まだ実験すら始まっていないの。耐火については運が良かった部分もあると思ってる」
「それはあなた一人でやっているのか」
「研究自体は希望者を募ってやっているわ。ただ、素材集めで手こずってる感じかな」
「他の錬金術室員は素材を探しに行かないのか。錬金術室長であるあなたが、一人で採取まで行うのは大変であろう」
「行ってみたいという室員は何人かいるわ。ただ、これまであまり外に出ることがなかったから、まだ躊躇しているみたい。うちの室員たちが外に出たがらない理由は聞いた?」
リーンがちらりと俺を見てきたので頷いて応えた。
「王宮騎士隊の嫌がらせを受けていたからと聞いたが、それは最近も続いているのか」
「かなり減ったけど無くなったわけじゃない。それに、もう何年もそんな状態だったからトラウマになってる子も少なくないの。外に出れば王宮騎士に会う。また怖い思いをさせられるかもしれないってね。今日、護国騎士団を訪れた子たちはまだましな方よ」
苦いものを噛み潰したような顔でリーンが吐き捨てた。というか完全に無くなっていないのなら、そりゃ出たくない気持ちもわかる。
「まずは私が外に出ることで結果を出して、そこから他の人たちにも広がればと思ったんだけど」
「上手く行かなかったのか」
「まだ様子見といったところね。うちは女性が多いこともあって、自分たちだけで素材を探しに行くのは不安みたい。ときたま王宮の外へ出かける子たちは出てきたけど、素材に関しては、おとなしく錬金術室でこれまでどおりにポーションを作っていたいという意見が少なくないの」
その辺は性格によるかもしれないな。解放感から外界へ出て行く者と、外界を怖がる者と。
「なるほど。ならばその素材探しに私たちが付き添えば問題ないのではないか」
「たぶん邪魔が入るわよ」
「入らないように仕向ければよい」
「今回のポーションだけで、王宮騎士隊を潰すのは難しいんじゃないかしら」
「潰さずとも少しの間おとなしくさせておければいいのだ。その間に、素材集めには護国騎士団を使うという形を確立する」
「おとなしくねえ」
リーンの中で普通に王宮騎士隊を潰すという選択肢があることが怖い。チリアン隊長、間違っても護国騎士団を敵と認定されないようにしてくださいよ。
「問題はまだあるわ。王宮護国関係なく、騎士そのものを怖がっている子たちも多いの」
「諸手を上げて我々がついていくから大丈夫、ということにはならないわけだな」
「規定量のポーションを作る必要があるから、外に出られる人数も限られてくるしね」
「しかしやってみる価値はあるのではないか」
「王宮騎士隊に睨まれるわよ」
「問題ない。元々仲が良いわけではないからな」
リーンが俺と第二、第三隊長に確認をとるよう視線を巡らせる。
「俺も異論はないぞ。遠征中の奴らも同じことを言うだろうよ」
「そうだな、チリアンの言うとおりになるのであれば、王宮騎士隊を敵に回してもむしろこちらに利は大きい」
「それに国王陛下のおかげで護国騎士団も以前より余裕ができたからな。たまにリーンたちと出かけるくらいどうってことないさ」
全員の意見を受けてリーンは頷いた。
ではどんな方法で王宮騎士隊の動きをけん制するかだが、ここはやはりポーションの横流しについて突くのが一番だろうという意見に落ち着いた。どのみち放ってはおけない問題だ。
「糾弾は私がするわ。私が王宮騎士隊の粗を指摘するのは、いつものことだから」
「しかし下手をしたら彼らや貴族からの恨みを被るのではないか」
「恨まれたところで普段から関わるわけじゃないから、困ることもないわよ」
どこまでも強気な意見に隊長たちの視線が俺に向いた。
「あのな、リーン。俺が言うのもなんだが、そういうのが積み重なって俺との事件に繋がったんだろう」
「あれは、ちょっと油断していたというか、その、コルク副隊長には悪かったと思うけど」
言葉に詰まったリーンが言い訳を口にする。
俺よりも大変だったのは自分だろうとか突っ込みたいところだが、なぜ俺を副隊長と呼んだのか。しかも姓の方で。
隊長たちから不審げな視線が突き刺さってるぞ。主に俺に。
「結婚した以上、あなたへの恨みはそのままコルクにも向けられる。言動には気をつけられよ」
チリアン隊長の正論に他の隊長たちも頷いている。リーンは言い返せない。さすがに可哀想になってしまう。
「まあなんだ、俺のことはともかくとして、どうせなら護国騎士団も巻き込んだ方が恨みは分散されるだろう。それに王都に住む中央貴族はともかく地方の貴族たちにとっては、王宮騎士隊よりも護国騎士団のほうが取り入っておきたかったりするから、味方になってくれるだろうしな」
「そうなの?」
「ああ。王都に比べて地方は大型の魔物が出現しやすい。その場合に派遣されるのは俺たちだ。王宮だけを護る騎士隊よりも、俺たちと仲良くしておいたほうがいいと思うだろう?」
誰だって自分に利のある方に味方したくなるものだ。
「護国騎士団に渡るポーションが増えることを、歓迎する貴族もいるのね。それにその理屈だと、地方貴族はポーションの不当な取得に関わっている可能性が低いのかしら」
「そりゃ魔物の退治が長引けば、それだけ被害や損害が大きくなるからな。早く退治できるなら、それに越したことはないさ。そしてそのためにもポーションが必要なんだ。もし不当に所持していたとしても、出し惜しむとは考えにくい」
「それに地方貴族は、王都に住む貴族に反発心を抱いてるしな。自分たちが魔物と戦っているというのに、王都の中央貴族は権勢を誇るのに夢中になっているんだから当たり前だ」
「ついでに言うのなら、王宮騎士の奴らは中央貴族出身が多いぞ。地方で領地を持っていると家族で手分けして管理をするから、中央ほど人があぶれないし、家の仕事を手伝っているうちに、自分に向いた生き方を見つけることも少なくない」
第二、第三隊長も加勢してくれて、リーンは迷いながらも納得してくれたようだ。
「わかった。じゃあ連名で陳情書を提出するということでいい?」
「もちろんだ」
これでリーンを矢面に立たせることも、一人で素材採取なんて危ない真似をさせずに済む。
「陳情書の提出先はどこにするのだ? それなりに公正な人物でないと潰されて終わってしまうだろう」
「貴族議会はどう?」
春と秋に一度、貴族たちが集まって開かれる議会がある。国内外の情勢や問題、政治について話し合う機会を設けているらしい。
一日では終わらず、地方貴族も最低でも半月は王都に滞在すると聞いている。
「地方の貴族が味方になってくれるなら、適した場だと思うんだけど」
「悪くないが、どうせなら地方貴族には最初に話を通しておいたほうが良いだろう」
「話が漏れたりしない?」
「そこは信じる他ないな。万が一漏れても定例会の前夜であれば、手を打つための時間もあるまい。ところで錬金術室室長は親しくしている貴族はまったくいないのか」




