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01. 護国騎士団

 チリアン隊長に連れられて入ったのは、見慣れた護国騎士団の一室である。促されるままに部屋の中央にある椅子に腰かけると、机を挟んだ向かいに隊長も座った。

 部屋の隅にも小ぶりの机が置いてあり、そこには俺の部下でもある騎士が一人、記録係として着席し、困惑気味の表情でペンを握っている。


「では、取り調べを始める」

「ちょっと待ってください! 話を聞くからって取調室じゃないですかここ! 事情を聞かずに犯罪者扱いしないでくださいよ!」


 有無を言わさず開始された取り調べに苦情を述べたが、チリアン隊長にはまったく響かなかった。


「訴えられるのも時間の問題だろう」


 鷹揚に机の上で手を組むと、にべもなく俺の言葉を切り捨てた。


「いやいやいや、せめて事情を聞くところから始めてほしいんですけど」

「もちろんこれから聞く。まずは名乗ってもらおうか」


 あ、こりゃ駄目だ。これはもう本当に俺を犯罪者として扱うつもりだぞ、この人。

 恨めしく睨んでもその表情に変化はない。となれば俺に出来ることは、質問に答えつつ弁明をする他ない。


「ノア・コルク、護国騎士団第一隊の副隊長を務めています。上司はエリヤ・チリアン第一隊隊長です」


 訊かれていないことまで付け加えた。まさに俺をここに連れて来て、目の前に座っている人物の名前である。

 記録係が律儀にこの会話を書き留めている。もちろん隊長の手前、仕事をしなくてはいけないことは分かるが、やりきれない苛立ちに任せて軽く睨んでやると慌てて視線を逸らされた。


「部下に圧力をかけるのは感心しないな」


 今度は俺が隊長に睨まれる番だ。圧力ではなくて八つ当たりなのだが、どちらにしろ褒められたことではないと自覚はしている。


「自分が暴行した女性が誰かわかっているのか」


 率直すぎる言葉に一瞬言葉に詰まってしまったが、すぐに気を取り直して聞き返す。


「暴行とはその、彼女がそう言ったんですか」

「質問しているのはこちらだ、コルク副隊長」


 取り調べ中、犯罪者からの質問には答えない。騎士であるコルクにとって基本中の基本だが、いざ自分がそういった扱いを受けると堪えるものがある。


「床に落ちていた白衣と胸飾りから推測するに、錬金術室長であるリーン・ファイア殿ではないかと考えます」

「ふむ、その推測は合っている」


 やっぱりそうなのか。できれば否定してほしかっただけに、両手で頭を抱えてしまう。


 リーン・ファイアと言えば、幼い頃に錬金術の才能を見出され、王宮で英才教育を受けた才女である。

 その技量は他の者に追随を許さず、ついたあだ名は至高の錬金術師。噂では王侯貴族との結婚話が出ているとかなんとか。

 庶民の自分からすれば手の届かない高嶺の花で、下手に手を出したら物理的に首が飛びかねない人物である。


「では彼女とどこで出会ったのか聞かせてもらおう」

「どこでって、俺の方が聞きたいですよ。俺はさっきまで彼女の顔すら知りませんでしたし」


 そう答えた瞬間記憶が甦った。白く滑らかな肌と必死に俺にしがみついてきた彼女。俺も彼女の熱い抱擁に答えるべく、強く強く彼女の柔らかな体を抱きしめ返した。


 あー、まるきり記憶がないわけではないらしいが、なにも今そこを思い出さなくてもいいだろう。

 また頭を抱えた俺にチリアン隊長が追い討ちをかける。


「知らずに口説いた女性が錬金術室長だったということか」

「違います、口説いた記憶なんてありません」

「では口説かれたのか」

「そんな記憶もないし、なぜあんな事態になったのか本当にわからないんです。むしろ俺が教えてもらいたいくらいです」


 ところどころの記憶はあるが、始まりには繋がらない。はっきり言ってこれは異常事態だ。何らかの作為があったことは間違いない。


「直接彼女と話せませんか」

「難しいな。状況証拠から判断するにお前は加害者だ」

「ではせめて隊長が彼女の事情聴取をしてください」


 チリアン隊長ならもし矛盾点があっても見逃すことはない。そんな期待を込めて見つめるが、無情にも首を横に振られた。


「それもまた難しいだろう。私はお前の上司だし、現場が王宮内では口出しできる権限もない。王宮は王宮騎士隊の管轄だからな。私に出来ることは、少なくとも彼女が目覚めるまで、お前の身柄を確保しておくことくらいだ」


 その言葉で、自分が暴行を働いたと本気で疑われていたわけではないことに、胸を撫で下ろす。


「可能性としては、暗示、薬の類いだが、どこまで記憶がある?」

「そうですね、午前中は隊長と共に書類の片付けをして、昼になったので一緒に昼飯を食いに食堂へ向かって」


 そこで言葉が止まった。食堂へ向かったものの食べた記憶がない。


「食堂へは行っていない」


 チリアン隊長の言葉に導かれるように記憶を探る。

 いっしょに廊下を歩いていたが、俺だけが第一騎士隊の執務室へ戻ったんだった。


「途中で会った文官から書類の提出を急ぐと言われ、俺が戻ると言い出したんです。適当に定食を注文してもらうよう頼みました」

「その通りだ」

「しかし俺は執務室へは戻っていません」


 隊長が頷くのを確認し、さらに記憶を辿る。


「戻る途中で不自然に扉の開いている部屋が目に入ってきて、嗅いだことのない香りがそこから漂っていました。だから確かめるために中を覗いたんです」


 そこから記憶が曖昧になっている。

 チリアン隊長は俺が思い出すのを待ってくれているのか、なにも言わない。


「中には女性が倒れていました」


 驚いて駆け寄ると、女性は意識はあったがぼんやりしていて、呼びかけるととろりとした視線を向けてきた。

 どこかで見たことのある顔だ。しかし思い出す前に女性は何かをつぶやき、しなだれるように腕を伸ばしてきたのだ。

 体重を預けられ、そのまま押し倒された。驚いているうちにも部屋に満ちていた香りが強くなって、気づいたときには口づけされていた。


 普段の自分ならそう簡単に押し倒されたりしない。騎士として鍛えた体は女一人にどうこうされるほど柔じゃない。

 しかしその口づけは頭の中がとろけるのではないかと思うほどに気持ちが良くて、気づいたら自分から舌を絡め、息ができず苦しげな顔の彼女を抱き締めていた。


 体を起こし、おあつらえむきに部屋にあったベッドへ彼女を移し、またその唇をむさぼった。背後で扉の閉まる音がしたが、そんなことはどうでも良かった。

 彼女に夢中になり、それ以外に考えられなくて……と思い出したところで正面に座るチリアン隊長と目が合った。

 変わらない無表情ながらも、どこか呆れを含む視線を向けられた。


「弁解の余地はなさそうだな」


 ぐうの音も出ない。隊長が言っているのは、彼女への暴行についてではない。

 たぶんあの香りは催淫剤で、相当強力な代物だった。誰がなんのために仕掛けたのかわからないが、俺はまんまと罠に嵌まってしまったわけだ。


「異変を感じた時点でその場から離れるべきだったな」


 ああ、これは取り返しのつかない失態だ。ましてや自分は騎士で、このような罠に敏感でなければいけない立場である。背後で扉が閉まったということは、誰かが近辺に潜んでいたということだ。


「さて、なぜこのような事態に陥ったかは理解できたようだが、ではこれからどうすべきかを考えなくてはならない」

「これからですか?」

「敵が誰かもわからない状況だ。少なくとも彼女が目覚めるまでは、安全な場所に居た方がいいだろう」

「それは、ここから移動するということですか」


 もし王宮騎士隊から俺の身柄を求められた際に、取り調べ中だと言い張るつもりでここに連れてきたのかと思ったが違うらしい。


「護国騎士団内でもっとも安全な場所へ入ってもらう」

「もっとも?」


 おもわず聞き返すと、隊長の目がきらりと光った。






 まあな、長い付き合いだからチリアン隊長に期待なんてしていなかったさ。

 あの人は完璧なようで、どこか世間の常識からずれている。知ってた知ってた、大丈夫。


「居心地はどうかね」

「どうもこうも、良いはずがないでしょう」

「不満そうだな」


 無表情ながらも不思議そうに首をかしげられる。おかしいのは俺か、いや違う、絶対に違う。


「牢に入れられて喜ぶ趣味はありませんからね」


 恨みがましく鉄格子を握ったがびくともしない。


「正確には牢ではなく、留置所だ」

「ああ、そうですね、入ればどちらも変わりませんけどね」


 冷たい鉄格子で俗世と区切られていることに変わりはない。

 ただしこの留置所は護国騎士団の管理となるので、他の部署や部隊では開けることができない。そういう意味では、堅く守られていると言える。

 それにしたって楽しい状況とは言い難いが。


「しかし王宮騎士隊の方は大丈夫なんですか、いくら俺が護国騎士団の副隊長だからといって、こんな真似をされたら奴らだって面白くおもしろくないでしょう」


 この国の騎士は二種類に分かれている。国政に携わる組織が集まっている王宮内を護る王宮騎士隊、王宮以外の王都における守護及び国内に出没した魔物への対処を担う護国騎士団だ。

 その他にも騎士ではないが、その地域で採用される警吏、王家を護り国王が手足のように使う近衛師団とあるが、どの組織も横の繋がりはない。

 特に王宮騎士と護国騎士は、同じ騎士ということで意識しあっているため、繋がりどころか仲が相当に悪かった。


 王宮騎士とは、王族の住居や貴族が闊歩する場所の警護をしているだけあって、身元のしっかりした貴族で構成されている。その貴族ならではのプライドが、俺たち平民から成る護国騎士にしてみれば鼻につくのだ。

 そもそも王宮内で事件など滅多に起きることはないし起きても貴族のいざこざくらいで、たいした仕事もしていないくせに奴らは態度がでかいのだ。


 ちなみに今回俺が問題を起こしたのは王宮内である。本来なら王宮騎士隊の管轄なのだが、一体どんな手を使ったのか、チリアン隊長がいち早く俺の身柄を確保してくれた。


「私があの場にたどり着いたのはたまたまだ。突然姿を消したお前を探していたところ、侍従や侍女があの部屋の前にたむろっており、中を覗くとお前とリーン・ファイアが裸で抱き合っているのが見えた。声をかけてもどちらも目を覚まさぬ故、何かがあったのだと思い、錬金術室へ使いを走らせ彼女の部下を呼んだに過ぎない」

「いえ、隊長が見つけてくださらなかったら、今頃どうなっていたかわかりません。ああでも、王宮騎士が何か言ってきたら俺のことは気にせず差し出してもらって構いませんからね。これでも護国騎士団の副隊長ですから、無理な拷問はしないでしょう」


 何より自分のことで仲間たちに迷惑をかけたくはない。しかし首を切られる前に弁解の場くらいは与えてもらいたいというのが本音だ。


「もちろん向こうが理にかなった引き取りを行うのであれば応じよう」


 淡々と言われたが、簡単に俺を差し出す気がないのはその言葉から伝わってくる。

 無表情なのでわかりにくいが、それなりに目をかけている部下を簡単に切り捨てるつもりはなさようだ。

 なのに俺ときたらこうも簡単に罠にかかってしまうなんて、あらためて自分の迂闊さを呪いたくなる。


 そうして後悔に苛まされていると、留置所の出入口から数人の男たちが入ってきた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ノアとリーンがずーっとプラトニックな夫婦なので本当に出し入れしたのかな?と思って第一話読み返しました。 ああこれは出し入れしてましたわ… [一言] 本編ではちゃんと夫婦になったので…
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