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09 王子13歳の夏~視察にて~

 季節が巡るのはあっという間だ。この前エイティスの保養地に行ったばかりのような気がするのに、気付けば1年が経っていた。短い秋も、私の誕生日がある冬も、うららかな春も一気に通り越して、また夏になってしまった。

 この夏、ウィルは13歳になる。出会った時は9歳だったのに、本当に時が経つのは早い。私なんてもう19歳だ。周りの女性の友人たちは次々に結婚して、子供が生まれている人もいる。私にも兄か弟がいれば、きっとどこかに嫁いでいただろう。そう思うと、こうして執務室を与えられて領地運営に携わっていることが不思議に思える。

 でもこの道を選んだのは私自身だ。まだ私が幼い頃、お父様は婿を迎えて次期公爵にするために早々に私に婚約者を見つけるか、男児が産まれるのを待つか迷っていた。それは本当にたまたま、気まぐれだったのだと思うけれど、お父様は幼い私にこう聞いた。


「キャリー、お父様の後を継いで公爵になるか、立派な旦那様に婿に来てもらって公爵夫人になるか、どちらが良い?」


 私は迷わず答えた。


「お父様のようになりたいわ!」


 これを聞いたお父様は、今後男児が産まれなかったら私を公爵にしようと決めたらしい。

 女性が爵位を継ぐのは珍しい。男社会の中で苦労も沢山ある。けれど惜しみなく教育の場を整え、こうして育て上げてくれたお父様には感謝の念しかない。


「お嬢様、ウィリアム殿下からお手紙です」


 オーウェンが手紙を持ってきたので、私は手を止めて受け取った。

 先日、ウィルの夏休みに我が領地の視察に行かないかとお誘いの手紙を送ったので、その返事だろう。

 今までも領地には何度か一緒に行っているけれど、ウィルは行くたびに新しい発見があると言ってくれる。

 手紙を読むと、思った通り視察に同行したいとの旨が書いてあった。

 最近はウィルにあまり会えていない。久しぶりにゆっくり会えると私は楽しみになった。


 今回の視察旅行は向こうに3日滞在する予定だ。最終日以外は面会や商談、地方の視察などが入っているが、今回はほぼ全ての予定にウィルを同席させるつもりだった。ウィルももう13歳。そろそろ私の婚約者として本格的に顔を出し始めても良い頃だ。私も13歳の頃には既にお父様について回っていたし。


 1日目はほぼ面会と商談で終わった。今回はウィルが同席しても問題なさそうなものばかりにしてはあったけれど、最後の商談を兼ねた会食が終わった時にはウィルはかなり疲れた様子だった。それはそうよね、次から次へと知らない人に会って、にこやかに対応しなければならないのだから。


「お疲れさまでした」


 私は果実水を渡しながらウィルに声をかける。今は最後の客を見送った後、ラウンジで一休みしているところだ。ウィルはソファに沈み込むように座っている。


「ありがとう。キャリーはいつもこんなに…いや、もっと大変な思いをしているんだね」

「もう慣れましたわ。最近は若い女性だからと侮られることも少なくなってきましたし」

「僕ももっと頑張らなくては、と思ったよ」

「ゆっくりで良いんですのよ。今はまだ、学院で学ぶ時期ですから」

「キャリーはすぐにそうやって僕を甘やかすね」


 ちょっと困ったような、眉尻の下がったウィルの笑顔を見ながら、そうだろうか、と考える。特別甘やかしているつもりはないけれど。むしろウィルは王族という立場に驕らず、努力を重ねてよく頑張っていると思う。


「よし。明日は視察だよね? そろそろ休んで明日に備えるよ」

「そうですわね。ではおやすみなさい」

「おやすみ、キャリー」


 私たちはラウンジを出ると、それぞれの部屋に戻った。


 翌日視察に行ったのは、地方の町だった。この町はこのあたりでは一番大きく、病院や孤児院などもあるので、今回は福祉関係の施設を視察することになっていた。

 まず初めに町長の屋敷を訪れ近況を聞いてから、街の様子を見て回った。


「ウィル、この町はこの辺り一帯の小さな村などをまとめているんですのよ。この辺りで唯一の孤児院があって、我が家も寄付をしていますわ」


 慈善活動は貴族の務めの一つでもある。町やこの地方の説明をしながら各施設を見て回った。


「キャリーの夫になるってことがどういうことか、少し分かった気がする」


 領都に戻り、屋敷で夕食を食べている時に、ウィルはこう言った。


「あら、ウィル、私だってまだ全ての仕事を引き継いでいるわけではありませんのよ。これでもほんの一部だけ」

「先は長いなぁ」

「ええ、そうですわ。だから少しずつで良いのです。昨日も言いましたが、ウィルは今学ぶべきことをしっかり学んでください」


 ウィルはまだ13歳だ。町の子供たちなら走り回っているような年齢。王族という身分が許さないけれど、できる範囲でのびのび育ってほしい。こういう考えが甘やかしていると言われてしまうのかしら?

 そう思いながら私は食事を進めた。


 最終日、私たちはいつかのように街に遊びに出ていた。私だって気晴らしくらいしたいし、たまには息抜きもしなければ。


「キャリー」


 呼ばれて振り返ると、ウィルが手を差し出していた。えーっと、これは…もしかして手を繋ぐってことかしら? 手を繋ぐなんて庶民の恋人同士がするようなことだわ。それに私とウィルでは姉弟のように見えてしまうのでは…。

 私がまごついていると、ウィルが私の手を取って有無を言わさず繋いでしまった。しかも指と指が絡められ、簡単には振りほどけない。


「ウィ、ウィル…」

「僕と手を繋ぐのは、嫌?」


 スッと横目で上目遣いをされる。その表情が思いもよらず大人びていて、ドキリとした。

 お、おかしいわ…ウィルは私が育てている可愛い天使のはずなのに、一瞬男の人のような気がしたなんて、気のせいよね?


「嫌ではありませんけれど…」

「じゃあ今日は一日、こうしてデートしよう」


 デート!? これってデートなの? いえ、確かに婚約者同士で出かけるのはデートと言うわよね…。

 手を繋いで並んで歩くと、ウィルの身長が私より少し低いだけになっていることに気付いた。昔は私の肩くらいしかなかったのに、いつの間にこんなに大きくなったのだろう。

 それに繋いだ手が熱くて、妙にドキドキする。そのせいか私は一日上の空で、気付けば夕方になっていた。どこで何をしたのかぼんやりしているのに、何故だか楽しかったという気持ちだけが残った。


 これがウィリアム殿下13歳、私が19歳の夏のことである。

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