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08 王子12歳の夏~初めての夏休み~

 ウィルが入学して初めての夏休みがやってきた。学院では夏の暑い時期、ちょうどウィルの誕生日の頃に1ヶ月半ほどの長期休暇がある。

 私は相変わらず領地運営で忙しくしていたけれど、なんとか時間を捻出して、長期休暇が始まってすぐにウィルと我が家でお茶をしていた。そう、今ではウィルは嬉しそうに我がエデルソン家に遊びに来てくれるのだ。


「キャリー、これから僕は長期休暇だけど、誕生日の後にエイティスの保養地に行こうかと思っているんだ。もし良かったらキャリーも一緒に行かない?」


 エイティスの保養地とは、王都から馬車で2日ほどのところにある避暑地で、王家が所有する土地と別荘がある。


「僕は行ったことがないけど、一番上の兄上がとても良いところだと言っていたんだ。ボート遊びもできる湖があるって」

「まぁ、それは素敵ですわね。是非ご一緒させてください。都合をつけますわ」


 ウィルからのお誘いであれば、父も何も言わないだろう。


「ただ、ジェイムズ兄上とその婚約者も一緒なんだけれど…」

「私は構いませんわ」


 ジェイムズ殿下はウィルの3歳年上の第3王子だ。婚約者はメリッサ・カートン侯爵令嬢で、今年14歳だったはず。ということは、私が唯一成人していて最年長ね…。


「良かった。じゃあ詳細が決まったら連絡するね」

「ええ、お待ちしております」


 そうして数日後、旅程の詳細を知らせる手紙が届いた。片道2日、中5日の計9日の避暑旅行だ。私は一応まだ公爵令嬢なので、手紙はお父様宛に届き、お父様から了承の返事を出した。

 今から楽しみだわ。


 ウィルの誕生日パーティーの数日後、私たちはエイティスの保養地に向けて出発した。

 王族が二人にその婚約者というメンバーなので、必然的に使用人も近衛兵も大人数になり、かなりの大所帯となった。私たち4人は同じ馬車に乗り、他の馬車は使用人や荷物用などだ。

 以前私と視察旅行に行った時とは違い、ウィルはおとなしく座っている。流石に他の人の目もあるし、窓から景色を眺めるのは自重しているのかしら。


「ジェイムズ殿下とメリッサ様は、エイティスの保養地には行ったことはありますか?」


 ジェイムズ殿下ともメリッサ様とも面識はあるものの、特に親しいわけではないので、私はこの機会に親交を深めようと思っていた。


「いや、俺たちも初めてなんだ。他の保養地には行ったことがあるんだが」


 俺…今ジェイムズ殿下は俺って言ったわよね? ウィルに「俺」という一人称を教え込んだ犯人はジェイムズ殿下か! 公式な場では「私」って言っていたから気付かなかったわ。

 まぁ今更犯人が分かったところで特に何もしないのだけれど。


「そうなんですのね。ボート遊びができる湖があると聞きましたわ。涼むにはちょうど良さそうですわね」

「流石に泳ぐことはできないが、釣りも楽しめるらしい」

「本当ですか!? 私、ボート遊びも釣りも大好きです!」


 ジェイムズ殿下の言葉にメリッサ様が目を輝かせる。年相応の少女らしいと言えばそうだけれど、淑女には程遠いというか…え、釣り? 釣りって男性が楽しむものなのでは?

 メリッサ様ってこんな方だったかしら? 先日ウィルの誕生日パーティーでお会いした時はもっとおとなしい方だと思ったのだけれど。


「ああ、キャリー嬢、驚かせてすまない。メリッサは公式の場ではちゃんとできるんだが、ちょっとお転婆なところがあってな。今回の旅行では目を瞑ってほしい」

「ジェイムズ様! お転婆って何ですか!」


 メリッサ様は感情そのままに、ぷりぷりと怒っている。ちょっと可愛い。

 私は次期公爵として幼い頃から厳しく育てられ、感情を表に出すことは好ましくない、相手に弱みを握られる恐れもあると考えているけれど、少しメリッサ様が眩しいような気がした。


「キャリー、兄上とメリッサ嬢とばかり話していないで、僕ともお喋りしてください」


 !?

 隣に座るウィルがいきなり私の膝の上の手を握った。


「ウィル、男の嫉妬は見苦しいぞ。それにこれくらいで嫉妬するなよ」

「兄上は黙っていてください。僕はキャリーには包み隠さず全てを伝えると決めているんです」


 なんだかウィルの目線が熱いような…き、気のせいよね。

 というかとても恥ずかしい告白を聞いている気が…。


「キャー! ウィリアム殿下ってばお熱すぎます~!」


 メリッサ様! 変なことを言わないで! 私まで熱くなってきたじゃない…。ウィルはまだ12歳よ? そんな、色恋沙汰にはまだ早い…わよね?

 私はそっと手を引き抜こうとしたけれど、結局馬車が休憩で止まるまでずっと握られたままだった。


 エイティスの保養地に着いた翌日、私たちは早速湖に行くことにした。今日はボート遊びをしようということで、重たいドレスではなくワンピースを着ていた。風でワンピースの裾がふわりと揺れる。ドレスと違ってコルセットもしていないので、私はこっそり開放感を楽しんでいた。


「キャリー、これを」


 そう言ってウィルが手渡してきたのはつばの広い麦わら帽子。


「日焼けするといけないから」

「ありがとうございます。ウィルとおそろいですのね」


 ウィルは既に同じ麦わら帽子を被っている。麦わら帽子なんて庶民が使うものだと思っていたけれど、これはなんとなく上品なデザインになっていて、今日の私のワンピース姿にはぴったりのような気がした。

 それにウィルにもよく似合っている。目が合いニコッと笑いかけられ、私は胸がキュンキュンするのを止められなかった。麦わら帽子を被って少しわんぱくに見える天使がここにいるわ…!


 湖は別荘から少し離れているので馬車で移動し、到着すると私は思わず感嘆の声を上げた。湖面がきらきら光り、水平線が彼方に見える。けっこう大きな湖なのね。近づいてみると水は澄んでいて、思わず裸足で入りたくなった。

 ボートは一艘しかなかったので、先にジェイムズ殿下たちに乗っていただく。メリッサ様は終始はしゃいでおられたけれど、それを見るジェイムズ殿下の眼差しはとても優しかった。

 順番で私たちもボートに乗る。ウィルはオールを漕ぐことができるかしら、と不安になったけれど、意外と器用に漕いでいた。


「ウィル、ボートに乗るのは初めてですわよね? とてもお上手ですわ」

「ありがとうキャリー。実は兄上にコツを教えてもらってきたんだ」


 おそらく一番上の兄君のことだろう。ここのことも第1王子殿下から聞いたと言っていたし。

 湖岸から少し離れたところまで来ると、漕ぐのを止める。あまり離れてしまうと、何かあった時に助けに来るのが困難になる。ウィルもちゃんと分かっていて、岸から見守る人々がこちらの様子が分かるように、気を付けているようだった。


「静かですわね…」

「うん」


 私たちが黙ると、かすかな水音以外は聞こえなくなる。しかし沈黙が降りても少しも苦痛ではなかった。のんびりとした空気が漂い、私たちは景色を楽しんだ。執務から離れてこんなにのんびりするのは久しぶりかもしれない。私は連れてきてくれたウィルに感謝した。

 こうして私たちは5日間の避暑をのんびり楽しみ、王都へと帰ったのだった。


 これがウィリアム殿下12歳、私が18歳の夏のことである。

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