07 王子11歳の春~入学~
厳しい冬が終わり、暖かさが感じられるようになった頃。ウィルが王立高等学院に入学した。
王立高等学院は、主に貴族の子息、令嬢が通う学院で、12歳になる年から16歳で成人する年までの5年間通うことができる。貴族社会の縮図みたいなところでもあって、子供たちはここで学問を学ぶのはもちろんのこと、礼儀作法や序列、社交など、貴族として生きていく術を身に付けることになる。子息は5年間しっかり通うことが多いが、最初の3年間で基礎は一通り学べるので、令嬢は3年で卒業してしまうことが多い。
私はもちろん5年間しっかり通い、しっかり人脈を築いてある。
入学式は半日で終わるので、たまたま時間の空いた私は午後からウィルとお茶をしていた。
「ウィル、入学式はどうでしたか?」
「うん…」
あら、元気がないわね…何かあったのかしら?
「僕、王族なんだなぁって痛感したよ」
どうやら何かしらの洗礼を受けたらしい。
「会う人会う人、皆最敬礼するんだ…それに僕が特定の誰かと仲良くすると、その人の家が王家からひいきされてるって思われるかもしれないと考えると、下手に話しかけることもできなくて…」
なるほど。確かにウィルは誰かに話しかけるにしても、自身の発言の影響力を考えなければならない立場。失言はもってのほかだし、仲良くなるのも相手を選ばなければならない。
けれどそれこそ学院で学ぶべきことだ。大変かもしれないけれど、私には応援することと、こっそり各家の関係を教えて差し上げるくらいしかできない。
「ウィルなら大丈夫ですわ。仲良くなりたい人がいましたら、是非私にも教えてくださいませ。貴族同士のしがらみについてなら教えることができますから」
「ありがとう、キャリー。心強いよ。でも僕もキャリーに頼ってばかりじゃなくて、ちゃんと自分で勉強するよ」
「まぁ、素晴らしい心構えですわ」
私もこれでも公爵家の娘として、学院では王族を除いた最高位にいて、地位に見合ったそれなりの苦労はしている。その時の話などをしながら和やかに過ごした。
「ウィルはちゃんとやれているかしら…」
ウィルが入学してから2ヶ月ほどが経った。その間会ったのは3回だけ。ウィルは学院での勉強は大変だけど楽しい、と言っていたけれど、人間関係については特に何も言っていなかった。ちゃんとやれているのか心配だわ。
そこで私は下の妹のエイミーにウィルの様子を聞いてみることにした。私には妹が2人おり、それぞれ3歳ずつ離れている。下の妹は私の6歳年下の12歳で、ウィルの1学年上。きっとウィルの噂話くらい知っているでしょう。
私が夕食前にエイミーの部屋を訪れると、彼女は勉強しているようだった。
「エイミー、ちょっと良いかしら?」
「お姉様。どうしたの?」
「ウィリアム殿下のことなんだけれど、学院での様子を何か知らない?」
エイミーはああ、と言うと、椅子ごと身体を私の方に向けた。
「殿下はモテモテよ。4年生に兄君のジェイムズ殿下がいらっしゃるでしょう? 人気を二分していて、ジェイムズ殿下はかっこいい系、ウィリアム殿下は可愛い系として二大派閥ができているわ」
なんてこと…入学してたったの2ヶ月で派閥ができるほど人気になるなんて…。
でもそれも当然のことかもしれない。だってウィルは天使と見紛うばかりの愛くるしい姿だし、声も鈴を転がすような可愛さだし、万人を魅了するのも仕方ないのよ。
「お姉様?」
ハッ、いけないけない。エイミーの前だというのに、ついウィルの可愛さを心の中で讃えていたわ。
でもウィルだってこれからお年頃になるんだわ。気になる女の子の一人や二人、できるかもしれない…ウィルは素直な良い子に育ったから、私に遠慮して多分女の子と遊んだりはしないわね。でもウィルが心の中で誰かを想うことくらいは許してあげなきゃ。私は大人だし、将来の妻としてそれくらいの余裕を持たなければ…。
「お姉様、お姉様、安心なさって。ウィリアム殿下が特定の令嬢と仲が良いという話は聞かないし、婚約者一筋という噂が流れているから」
!?
「そっそうなのね。教えてくれてありがとう」
私は微笑むとエイミーの部屋を退室した。
いやだわ、もしかして顔に出てたのかしら…まだ12歳の妹に気を使われるだなんて、姉失格ね。しっかりしなくては。
それにしても婚約者一筋…当然私のことよね。確かに私とウィルの関係は良好だけれど、いったいどこからそんな噂が流れたのかしら。まぁ、悪いものでもないし、そのままにしておきましょう。
私は弾む足取りで自室に向かった。
これがウィリアム殿下11歳、私が18歳の春のことである。