10 育成完了
光陰矢の如しとは言うけれど、本当にその通りだと思う。
気付けばウィルは15歳になり、私はこの冬で22歳になる。ウィルもあと半年で成人なのね。私たちはウィルが学院を卒業するのを待たずして、ウィルの成人とともに結婚することになっている。つまり、あと半年で結婚するということだ。
ウィルと出会ってから6年半も経っただなんて、信じられない。
私が自室で感慨にふけっていると、ドアがノックされた。
「ウィリアム殿下がいらっしゃいました」
「お通しして」
今日は結婚式の相談のため、ウィルに来てもらっている。もちろん王家と公爵家の婚姻なので、大方のことは慣習に則り進められているけれど、飾る花をどうするかとか、披露宴での衣装をどうするかとか、私とウィルの意見を求められている部分も多少ある。
「こんにちは、キャリー」
「ウィル。今日は足を運んでくださってありがとうございます」
この2年ほどでウィルは随分成長した。身長も伸びて今では私より高くなってしまったし、これからまだまだ伸びるのだろう。精神的にも随分大人っぽくなった。まだ少年のあどけなさが残る顔つきをしてはいるけれど、中身は立派な紳士だ。声変わりもして鈴のような可憐な声から、艶のある男性の声になった。
私たちはソファに並んで座り、結婚式の詳細を詰めていく。昔は対面で座っていたけれど、いつの頃からかこうやって隣同士で座るのが定位置になった。
打合せが一段落すると、私たちは休憩することにした。焼き菓子をつまみ、お茶を飲んで一息ついた頃だった。ウィルの口から「お願い」が出てきた。
「ねぇ、キャリー。僕たちもうすぐ夫婦になるんだよね?」
「ええ、そうですわ」
「そろそろ敬語はやめない?」
「敬語…ですか?」
ウィルと出会った時から、私はずっとウィルに対して敬語を使っている。
「将来的には君が公爵になって、僕が婿入りするのだから、いつまでも僕に対して敬語を使うのはおかしいでしょう?」
確かにその通りかもしれない。今は立場的にはウィルが王族で私は公爵令嬢なので、私が敬語を使うことはなんらおかしくないが、結婚してしまえばその立場は少なくとも夫婦という対等なものになる。
けれど、もはや私が敬語を使うのは日常の一部となっていて、急にやめるのは難しい。
「難しいですが頑張り…頑張るわ」
昔、ウィルは恥ずかしがりながらも言葉遣いを直してくれた。ならば次は私の番。そう思ってウィルを見つめると、ウィルは嬉しいと言いながら私の腰に手を回した。
「ウィル?」
何故腰に手を回したの? え、ちょっと密着しすぎでは…?
私が右側に感じる熱に気を取られているうちに、ウィルは自由な方の手で私の髪を一房手に取り、くるくると弄ぶ。
未だかつてないほどの距離の近さと、腰に回された手の力強さに、私は平静を保てなかった。
「ど、どうなさったの急に」
声が上擦った。
「急じゃないよ。ずっとこうしたかった。でも君はいつも完璧で、僕なんかが近付いて良いのかっていつも考えてた。年齢も君の方がずっと上で、僕のことは恋愛対象として見てくれないし、そのうち他の男の元に行ってしまうんじゃないかってずっと不安だった」
「完璧だなんて…それに婚約者がいるのに他の男性とだなんてありえないわ」
「ね、キスして良い?」
キスぅ!?
ちょっと待って、脈絡無視してない!? それに展開が早すぎて付いて行けないわ。
え、ウィルはずっと私と、その、恋人らしいことをしたくて我慢してて、年齢差が不安で、え、なんで急に今日!?
ウィルにあごを掴まれ、上を向かされる。
「ひっ人目があるわ…!」
そう、今この部屋にはお茶の準備をしてくれたメイドが…。
「さっき人払いしたから二人っきりだよ」
いつの間にいいい!!
至近距離でウィルと見つめ合う。
「僕のこと、男として意識してないのは知ってる。でももうすぐ夫婦になるんだし、そろそろ意識して?」
バクバクと心臓がうるさい。現在進行形で意識してますだから手を放してちょっと離れて!
ああ、私の可愛い天使はどこに行ったの? 天界? 天界に帰っちゃったの??
いいえ、違うわ。私が理想の貴公子に育て上げてしまったのよ…! ということは、ウィルのこの言動も私の理想、というか隠れた願望なのかしら? え、つまりこの状況も私が望んで…。
ってそんなわけないでしょう! 何を考えているの私!!
「考えごと? 随分余裕だね」
「ち、ちがっ」
違うの! 余裕なんて全然ないの!!
だって私、学院時代もずっと気を張ってたから色恋沙汰とは縁がなかったし、手を繋いだのもウィルが初めてなのよ!?
ああああ、もう鼻先が触れそうな距離じゃない…! だめ、ドキドキしすぎておかしくなりそう!
「嫌だったらちゃんと拒絶して」
「…嫌なわけないわ! だってウィルは私が手塩にかけて育てた最高傑作なんだから!」
あ。
ウィルがポカンとした顔で固まる。そして次の瞬間、堪えきれないという風に笑い始めた。
「っく、くく…ふふ、確かに、今の僕があるのはキャリーのおかげだね? いや、こう育ってしまったのはキャリーのせいと言うべきかな。だから責任は取ってもらわないとね」
「せ、責任…?」
「そう。だからおとなしく僕のものになって」
そう言って今度こそウィルの顔が近づき、唇と唇が触れ合った。
それからあっという間に冬が終わり春が来て、夏になった。
ウィルの成人パーティーは私たちの結婚式と兼ねたものになり、それはそれは盛大なものとなった。式の間も披露宴の間も、ウィルは完璧な笑顔と完璧なエスコートで完璧な貴公子だった。もちろん私も公爵令嬢として完璧に振る舞ったわ。ちょっと年齢差はあるけれど、どこからどう見ても完璧な夫婦にしか見えなかったでしょう。
プライベートでは…ウィルはあれ以来ちょっと強引なところを見せるようになった。特にふ、触れ合いの時とか…。でも私も嫌じゃないというか、受け入れちゃうというか…つまり、公私共にウィルは完璧ってこと!
こうして私による私のための私の王子様育成計画は完了した。
最後までお読みいただきありがとうございました。