01 王子9歳の春~出会い~
侍従に案内されながら、長い長い王宮の廊下をお父様と歩く。何度角を曲がったか分からなくなった頃、ようやく目的地に着いたらしい。ここまで案内してくれた侍従がドアをノックして、それから静かに開ける。
お父様に続いて部屋の中に入ると、そこは王宮にしては小さめの応接室で、部屋の中央に応接セットらしきソファーとローテーブルが置いてあった。部屋の奥側のソファーには既に少年が座っている。少年の斜め後ろにはさっき案内してくれた侍従とは違う男性が立っていて、部屋の中には他にお茶の用意をするメイドが2人控えている。
少年は後ろに立っている侍従に促され、立ち上がる。お父様が一歩前に出て挨拶した。
「ウィリアム殿下、ご機嫌麗しく。ジャック・エデルソンでございます」
私もお父様に続いて挨拶する。
「お初にお目にかかります。キャリー・エデルソンと申します。この度の婚約、誠に嬉しく存じます。至らない点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
完璧なカーテシーを決めて目の前の少年、ウィリアム殿下に優しく微笑む。
ウィリアム殿下は御年9歳、この国の第4王子である。対して私、キャリー・エデルソンは16歳、公爵家の令嬢だ。
いろんな大人の思惑とか政治的判断とか諸々の話し合いの末、この度私はこの7歳年下の王子様と婚約することになった。今日は初顔合わせというやつである。殿下は将来的に我がエデルソン家に婿入りし、次期公爵の夫となる予定だ。あ、公爵位は私が継ぐ予定よ。
それにしても、と私は笑顔を崩さず失礼にならないようこっそり目の前の少年を眺める。殿下はまだ9歳。クリクリの目にすっと通った鼻筋、サラサラの金髪…一言で言うと可愛い。将来がとても楽しみな可愛い少年だ。
「…」
ウィリアム殿下は無言でこちらを見ている。しかしその表情は、どこからどうみても不機嫌。
侍従が殿下に耳打ちする。フン、と鼻を鳴らすと、殿下は言い放った。
「俺は本当はお前みたいな年増は嫌だと言ったんだが、父上と母上がどうしてもというから婚約してやる」
「で、殿下っ!」
その瞬間お父様と私がピシリと固まった。侍従は大慌てだ。
ほほほ…こンのクソガキァ! こちとら成人したてのピッチピチの16歳じゃー…っといけないいけない。微笑みが崩れないようにっと。
「まぁ…心中お察しいたします。殿下の寛大なお心に感謝いたしますわ」
私は固まった微笑みのまま返した。ウィリアム殿下は再びフンっと鼻を鳴らすと、ソファにどかりと座った。
これはこれは…調教、ん゛ん゛っ、教育のし甲斐があるクソガキですこと。
私はこの時点で既に心に決めていた。私による私のための私の王子様育成計画を遂行することを。
侍従がまた殿下に耳打ちする。
「…座れ」
ウィリアム殿下に言われ、私とお父様はソファに座る。メイドが静かにお茶の準備を始めた。
殿下は話す気がないらしく、こちらを見ることもない。お茶の準備が整うと、メイドたちはスッと部屋の隅に待機した。
「まぁ、おいしそうなケーキ! 殿下はケーキはお好きですか?」
「フン、俺は甘いものは食べない」
嘘ね。殿下はさっきからチラチラとケーキを見ている。何種類か用意されたケーキのうち、ショートケーキが気になるらしい。
私はまっすぐショートケーキに手を伸ばすと、これみよがしにフォークを入れて口に運ぶ。
「流石は王宮のケーキ! とても美味しいですわ! こんなに美味しいのに殿下は甘いものがお嫌いだなんて…」
「きっ、嫌いとは言っていない!」
「でも先ほど甘いものは食べないと」
「…大人の男は甘いものなど食べない…と聞いた」
あら可愛い。誰かから聞いた話を鵜呑みになさっているのね。
「あら、そんなお話、私は聞いたことがありませんけど…どなたからお聞きになったんですの?」
「兄上が…いや、お前には関係ないだろう」
「殿下、ご存知かもしれませんが、多くの女性は甘いものが好きです」
「それが?」
「そして多くの女性が好きなものを好きな人と共有したいと思っております」
「…だからなんだ?」
「つまり、甘いものを一緒に食べてくれる男性の方がモテるということですわ」
「…!」
釣れた。
ウィリアム殿下の目が見開かれる。そんな、じゃあ兄上の言っていたことは嘘なのか? いやでもこの女の言うことが正しいとは限らないし…とでも思っているに違いない。とても分かりやすく表情に出ているわ。素直でよろしい。
「少なくとも、私の周りの友人の婚約者は、皆甘いものを食べていましたわ」
ガーンという効果音でもしそうな表情で、殿下はショックを受けている。
「私も、このケーキの美味しさを殿下と分かち合いたいですわ」
必殺! 極上の蕩けるような笑み!!
ウィリアム殿下の顔がみるみるうちに赤くなる。かぁわいー。年上の女性に耐性ないのかしら? それとも私の会心の一撃にやられちゃった?
私がもう一つのショートケーキの皿をすっと差し出すと、殿下は無言で受け取った。
顔合わせの後、帰りの馬車の中でのことだった。
「キャリー、殿下とは上手くやれそうか?」
「ええ、お父様。殿下のことはお任せください。必ずや次期公爵の夫としてふさわしい貴公子に育て上げて見せますわ」
「いや、そういう意味ではなかったのだが…」
私は鼻息荒く(もちろん心の中だけよ)お父様に宣言した。
これがウィリアム殿下9歳、私が16歳の春のことだった。