敵地潜入!
夜の10時になったがなんでもおじさんは帰る素振りを見せない。まだ1人でブツブツ言っている。泊まっていくつもりか貴様。
「何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ⋯⋯」
あまりにもうるさいので話を聞いてみたところ、晃介の気配がどうとかでめちゃくちゃしっぽを弄っておいて、自分は高田家がムナムナの手下だということすら気付いていなかった事が恥ずかしいらしい。しっぽの話を聞いた時も晃介達とは別に高田家の天井裏とかに悪者が住み着いていると思っていたようだ。
「ごめんくださーい」ピンポーン
高田さんのおばさんが訪ねてきた。
「晃介知らないかしら、こんな時間なのにまだ帰らなくて⋯⋯」
そうだ、そういえばおばさんはこーちゃんが旅行に行ったって嘘をついていたな。私を油断させて襲うつもりだったのだろうか。
「おばさん、なんで私に嘘ついたんですか。こーちゃんが旅行に行ってるって」
「いや⋯⋯あの」
「正直に話してください。言い訳なんて考えてもしょうがないですよ」
「ごめんね。実は私たち高田家はあなたを狙う組織の一員なの。それで騙して晃介に襲わせようとしていたの。⋯⋯っていきなりこんなこと言われても訳分からないよね」
「いや、さっき色々あったので把握してます。やっぱりおばさんもこーちゃんと同じくムナムナの部下だったんですね」
おばさんが目に涙を溜め始めた。泣き脅し作戦開始か?
「10年前、突然ムナムナが家にやってきて私たちを脅して無理やり部下にしたの。私たちも好きで海ちゃんを狙っているわけじゃないの⋯⋯」
「ただいまー!」
父が仕事から帰ってきた。
「あ、こんばんは高田さん」
「ぐすん⋯⋯」おばさんは泣いている。
「こら海麿! 高田さんを泣かせちゃダメじゃないか!」
父はいつも早とちりで事情を聞かずに怒ってくるので苦手だ。
「よーちゃん、こいつはムナムナの部下なんだ」
部屋で寝ていたしっぽが起きてきた。いや、元々起きてて話だけ聞いてたなこれは。
「なに? それは本当か!」
父さんの名前洋平だけど、しっぽにはよーちゃんって呼ばれてるのか。
「とは言っても脅されてただけだから普通の人間だよ」
「そうなんですか、高田さん」父が聞いた。
「はい⋯⋯」と、おばさんは力なく答えた。
「それで、今日海ちゃんを襲いに行ったきり帰ってこないんです」
すごいよな。自分の息子が襲った相手に息子知りませんかって聞きに来るの。なかなか図太い神経してるわ。
「ムナムナとどこかに帰りましたよ」
私は唯一分かっていることを伝えた。
「なんですって! ムナムナと⋯⋯ありがとうね海ちゃん! 場所が分かったわ!」
おばさんはすごい勢いで飛び出して行った。よほど晃介が心配なのだろう。決死の覚悟で私の家に来たのだろう。私も心配になってきた。
「海ちゃん、後をつけるよ! ムナムナのアジトが分かるかもしれない!」
「もう家で待ってろって言わないんだね」
私は嬉しかった。だが、同時に明日のテストのことを思い出した。
「ごめんしっぽ、やっぱり明日テストだから勉強しないと⋯⋯」
「なんで前日に焦ってるの? 普段からちゃんとやってればそんなふうにならないでしょ?」
飼い猫に叱られた。でも言い返せない。私が悪い。
「明日のテストなんて君に変身して満点取っておくから、今は行こ!」
マジで何でもありなんだな、しっぽ。変装どころか変身なのか。
「分かった、行くよ。でもおばさんもう行っちゃったよ」
「大丈夫、まだ臭いが残ってる、追うよ」
さすが猫だ。心強い。しかし、私が行くことで足でまといになるのではないだろうか⋯⋯
しっぽに連れられてザビ山の麓まで来た。ザビ山がムナムナのアジトだったのか。
「さあ、頂上まで行くよ、こーちゃん!」
頂上にはあの鼻くそのお殿様の城があった。おばさんは城の横に空いた穴から地下に入っていった。
「なるほど、ここの地下室を隠れ家にしていたわけか⋯⋯私達も入るよ!」
そういえばしっぽはオスだけど一人称は私なんだな。社会人みたいだ。私も来年から社会人だし、いろいろ見習わないとな。
地下室に入ると大きな壺の前でおばさんが泣いていた。壺の向こう側には黄色い角の生えた5歳くらいの少女がいる。ムナムナといいこの子といいなぜ子どもなんだ?
「晃介⋯⋯! 晃介⋯⋯!」
おばさんは泣きながら息子の名前を呼んでいる。
「おばさん、何があったんですか」
私の質問に少女が答えた。
「晃介はこの壺の中でドロドロに溶けてるよ」
え、こーちゃんが殺された⋯⋯? え⋯⋯
「どういうことだ! その壺の中身は鼻くそじゃないのか!」
しっぽが怒っている。
「これはただの鼻くそじゃないの。触ると皮膚が溶けるのよ。そんなことより七宝、よくここが分かったね」
「私のことを知っているのか! なぜ晃介を殺した! ムナムナはどこだ!」
「質問はひとつずつしなさいよ。あなたの話は殺鬼さんからよく聞かされてたわ。そして晃介を殺したのはあたしじゃなくてムナムナだよ。ムナムナは今城にいる」
「え、さっちゃんの知り合いなの? でもなんでここにいるの?」
「知り合いというか、片想いかな。あたしは殺鬼さんが好きなんだけどね。向こうはあたしのことが大嫌いみたいなの」
しっぽは驚いている。そして、謎が解けたという顔をしている。
「なるほど、ということは君がラムローナか。その角は鬼の角なんだね」
「その通り。そしてあたしは今はムナムナの仲間」
「そんな話はどうでもいいのよ!今すぐムナムナを呼んできてちょうだい! 私が殺すわ!」
おばさんが泣きながら叫んでいる。
「うるさいなあ」ドスッ
ラムローナがおばさんの腹を蹴った。
「ぐあうう!」おばさんは倒れて大人しくなった。
「一応聞くけど、ムナムナの仲間ということは君もこーちゃんを狙っているんだね?」
「いや、狙ってないよ。ムナムナはあたしと同じ唯一の鬼の生き残りだから一緒にいるだけだし」
「ふふふ⋯⋯ははははははは!」
しっぽがいきなり笑い出した。何なんだこの笑い方。いまいちどういう奴なのか掴めん。
「君、騙されてるよ。ムナムナは鬼じゃなく、悪魔だよ」
「え! 角の色が違うと思ったらそういうことか! くそ、ムナムナぶっ殺す!」
「それと、君が本当にラムローナならムナムナは倒せない」
「まったく人が寝てる時にうるさいなぁ⋯⋯あっ、君たち!」
ムナムナが起きてきた。さっきの服のまま寝ていたようだ。
「いやぁ海麿ちゃん来てくれたんだね。よくここが分かったね」
「お前がこーちゃんを殺したのか」
私も怒りが収まらない。一度は敵となったが、昔から弟のように可愛がってきたんだ。
「あんな要領悪いの要らないでしょ」
「貴様ァ!」
気がついたら私はムナムナに殴りかかっていた。
「危ない!」ガシッ
なんでもおじさんが私の拳を受け止めた。ついてきてたのか。
「ムナムナに襲い掛かるなんて死にに行ってるようなもんだぞ、海麿ちゃん!」
「すみません、ついカッとなって⋯⋯」
「いやいや綸邪貪、ボクは海麿ちゃんを傷付けたくないから、あのまま殴られてたら一方的にやられて今頃倒れてたかも。ボク身体弱いからさ」
「君はどうして邪魔ばかりするのかな。さっきは私のことをバカにしてきたし、歳取って嫌な性格になったね」
しっぽがネチネチ言い始めた。
「なんでもおじさんは私のことを心配して止めてくれたんだから、そんな事言わないでしっぽ」
さすがの私もおじさんがかわいそうになった。
「君たちは本当に馬鹿だね。ボクが人間如きにやられるわけないでしょ。仲間割れまで始めちゃってホント馬鹿みたい」
「ほらやっぱ正解だったじゃん! 考えれば分かることだし、七宝はただ単に僕のことが嫌いなだけだろ!」
「ごめん綸邪貪。ムナムナのペースに乗せられてた」
「いや⋯⋯僕の方こそすまなかった。敵はムナムナだ。仲良くいこう」
そんなことをしている間に私は捕まってしまった。
「三賢邪が2人居てこれとはね。2人とも子どもみたいだよ」
ムナムナは呆れている。
「さて七宝、綸邪貪。君たちが動いたら海麿ちゃんがどうなるか、分かってるよね」
「相変わらず汚い奴だなムナムナ。そんなんだからみんなお前のこと嫌いなんだ! バーカ!」
綸邪貪は怒りをあらわにしている。
「怒り方も子どもみたいだね。さあラム、2人を殺すんだ」
「やだよ。あたしはもうあんたの仲間じゃない」
「え? どういうこと? せっかく恋敵を殺せるチャンスなのに」
「ムナムナ、あんたは鬼じゃなくて悪魔なんだってね! 七宝から聞いたよ!」
「こんな変なやつの言うことを信じるのかい? 七宝は昔から会う人会う人に変なやつって言われてきたんだよ。そんな七宝の言うことを信じるなんて、本当に愚かだ。君も要らないよ」
ムナムナがラムローナに人差し指を向けた。
「動けない!⋯⋯何よこれ!」
金縛りにあったかのように固まるラムローナ。
ムナムナ達の喧嘩を見せられるのに飽きてきた綸邪貪。眠過ぎてどんどん猫背になる七宝。
「一体何をしたのムナムナ!」
相変わらず体が動かせないラムローナ。
「それはムナムナの魔術だよ。こいつはこんなバカそうな顔して世界最強の魔術師の称号を持ってる」
綸邪貪が不機嫌そうに言った。
「純粋な戦闘力でいえば君は新七賢邪の中でも七宝と並んでトップだろう。でも残念、脳筋の君にとってボクは最悪な相手なんだよ」
そう得意げに話すムナムナを睨みつけるラムローナ。
「とは言ったものの、どうしたものか⋯⋯」
ムナムナが考え込んでいる。人質にされている私は逃げ出す隙をうかがった。でも全然隙がない。
「なんだムナムナ、悩み事か? 僕でよければ相談に乗ってあげようか?」
なんでもおじさんはなんでもおじさんとしての性が抑えられないようだ。こんな時でも相談に乗ろうとする。
「人質がいるとはいえ新七賢邪三人にどうすればいいのかと思ってね。攻撃力の高いラムに君たちを殺させるつもりだったけど裏切られたし、ボクの力では君たちを殺すことは出来ないだろうし。ほら、君たちなかなか死なないじゃん? 特に七宝」
「そんなの答えは簡単だろ! お前が海麿ちゃんを離して大人しく殺されれば解決だ!」
なんでもおじさんは自分達に都合の良い解決法を提示した。
「バカか!」
ムナムナがちょっと怒った。
「とりあえずいい感じに折り合いつけないと一生このままだよ? 今日は一旦解散する? それでいい?」
ムナムナが案を出してきた。しかしこれではまた私が狙われてしまう。こんな案ダメだ。
「まあそれしかないよね、今日のところはそうしよう。はい、解散!」
と七宝が勝手に返事をしてしまった。みんな挨拶をしてそれぞれ帰路についた。