我が城の地下には
「ほれ、お前達にこれが出せるか?」
「いえ、出せませぬ!」
「そのようなもの、とても出せませぬ!」
「ほほほほ、そうであろう! そうであろう!この秘宝は儂にしか作れん!」
――――
奇妙なものを見つけた。それは恐らく巻物の一部だと思われるのだが、濡らしても燃やしても無傷というとんでもない代物だった。
台風の日の夜、それはビタァン! と音を立てて現れた。風に飛ばされて来たようで、うちの窓に張り付いていたのだ。雨で濡れているはずのその紙は一滴の水分も含まず、乾いていた。
また、夕飯の材料と間違えて母が直火焼きしてしまったのだが、焼け焦げるどころか着火もせず傷一つ付かなかった。
「我が城の地下には」
巻物はここで千切れていた。これは巻物のほんの一部に過ぎないのだろう。
それにしても、こんな無敵と言っていいようなものが千切れるなんて、一体何をしたのだろうか。
私は破ってみようと手に力を込めた。
ビリッ
危ない危ない。思ったより簡単に破れるぞ。水や火に強くても、紙は紙なのか。
次の日、私はこの地域の歴史に詳しい「なんでもおじさん」の家に足を運んだ。
この辺りでは何でもなんでもおじさんに聞くのが1番だ。1000年生きているらしく、歴史だけでなくこの世の全てに詳しい。
「ふむふむ、なるほど⋯⋯これはあの人の字だねぇ」
心当たりがあるようだ。さすがなんでもおじさん!
「そこのザビ山の頂上に城があるんだけど、おそらくそこの地下に何かが眠っているということだと思う」
ザビ山⋯⋯あの上の方だけ木がなくてむき出しになっているキモい山か。
「そこのお殿様とお知り合いなんですか」
気になることはすぐに質問する。それが私の性格だ。
「僕はその頃にはすでになんでもおじさんと呼ばれていてね、みんなに色々教えていたんだ。そのお殿様もそのうちの一人なのさ。彼はいつ会っても鼻をほじっていたから、特に憶えてる」
どうでもいい情報まで教えてくれた。確かあそこのお殿様が生きていたのは約400年前だから⋯⋯なんでもおじさんは本当に1000年生きているのかもしれないな。
「このお殿様の子孫の家に行ってみようか。何か分かるかもしれない。すぐ近くだから歩いていこう」
実は私はなんでもおじさんに会うのは初めてだったのだが、気さくで話しやすい人で安心した。道案内までしてくれるとのことなので、いろんな世間話をしながら歩いた。
着いた瞬間、私は仰天した。隣の高田さんの家じゃないか。そんなすごい家系だったのか。これからの付き合い方も考えていかないと⋯⋯
「ごめんくださーい」ピンポンピンポンピンポン
あたふたしている私をよそになんでもおじさんはインターホンを連打し始めた。
「はいはーい、あ! なんでもおじさんじゃないの! いらっしゃい」
高田さんのおばさんが出てきた。年は50代前半くらい。息子の晃介は私より1歳年下で昔はよく遊んでいた。客間に上げてもらったが、晃介の気配がない。今日は居ないようだ。バイトかな?
「おばさん、こーちゃんはバイトですか?」
「ちょうど今朝からお友達と北海道旅行に行ってて、3ヶ月くらい帰ってこないそうよ」
3ヶ月って、こーちゃん大学生だろ⋯⋯そんな暇あるのか。ていうか金ありすぎだろ。
「ところで高田さん、海麿ちゃんがこんなものを拾ったようでしてね、なにか心当たりはありませんかね」
海麿とは私の名だ。なんでもおじさんに名乗った記憶はないが、何でも知ってるなんでもおじさんだから近所の人の名前はあらかた覚えているのだろう。
「そういえば昨日庭でそんなような紙切れを見たわ。気になったけど台風だったから放置してたの」
「よし、早速探そう!」
なんでもおじさんはノリノリだ。
探そうと思い庭に出たが、探す必要はなかった。あの巻物の切れ端があちらこちらに散乱している。集めてテープで繋いで見たところ、書かれている内容はこうだった。
『我が城の地下にはとある宝が眠っている。儂にしか作れぬ秘宝である。困ったら使ってくれ』
と書かれていた。高田家の人たちに宝を遺したということなので、部外者の私が探しに行っていいものではなさそうだ。
「へぇー、うちのご先祖さまがこんな真面目な人だったとは⋯⋯」
おばさんが不思議そうな顔で言った。
「真面目じゃないって聞いてたんですか」
私はおばさんに聞いた。
「いつも鼻ほじってて、とにかくバカそうだっていろんな書物に書いてあったの。さすがに本人には言えないだろうから、こうやって愚痴を書物に残したんだろうね」
バカ殿って本当に居たのか⋯⋯
「とりあえずうちにはお金はうなるほどあるから、宝探しなんてしないけど、海ちゃん探す?」
「えっ、いいんですか」
「いいわよ、どうせめんどくさくて誰もやらなかったからこうして今も残ってるんだろうし」
ということで、なんでもおじさんとザビ山に宝探しに行くことになった。かなり小さな山だが登山なので一応ちゃんとした格好で行こうということで、家で準備することにした。
「ただいま~! しっぽ! しっぽ! しっぽ!」
しっぽとはうちの猫の名前だ。私はいつも家に帰ると真っ先にしっぽにモフモフしに行くのだ。
「猫、吸引! スーハー! フー!」
この時期の猫は抜け毛がすごい。顔中毛だらけになった。ガムテープで取った。
「お邪魔しまする」
なんでもおじさんが入ってきた。
「おっ! お前七宝か? 七宝じゃないか! 猫のフリしてなにやってるんだ!」
うちの猫を知ってるのか? 猫のフリって、思いっきり猫なんだが⋯⋯
「り、綸邪貪! 何でここに!」
しっぽが喋った! しかも知り合いなのか!
「猫のフリというか、猫になっちゃったんだよ。140歳くらいから急に猫になったんだ」
なにを話しているんだ彼らは。というかなんで猫が話してるんだ。
「600年ぶりくらいか! 久しぶりだねぇ。まさかこんなところで会えるとは、嬉しいよ」
なんでもおじさん、こんなところって失礼だな。
「おっとごめんよ海ちゃん。おいてけぼりにしちゃったね。私達は実は知り合いなんだ。説明するとね⋯⋯」
しっぽの話によると、おじさんとしっぽは600年前まで仲間だったそうで、一緒に世界を冒険していたらしい。あと、なんでもおじさんの本名は綸邪貪というらしい。悪そうな名前だな。
「さっきは急だったからびっくりしていたが、お前がここにいるということは今は海麿ちゃんが引き継いでいるのか、あの力を」
「いいや、海ちゃんには何も遺伝しなかったようなんだ。でも念の為にここにいる。あいつらが攻めて来ないとも限らないからね」
え、もしかして私誰かに狙われてる? ていうか力ってなに? 訳わかんないよ。
「まあ難しい話は後回しにしよう。さあ海麿ちゃん、ザビ山に行くぞ!」
これを聞いたしっぽはとても驚いた様子でこう言った。
「海ちゃん、ザビ山に行くのかい? あんな何も無い所に何しに行くの?」
しっぽが喋ってることに対しての説明がない。こういうものだと受け入れろということか。
「まさかしっぽと会話できる日が来るなんてね⋯⋯ザビ山には宝探しに行くんだ。あそこの城の地下に宝物が埋まってるらしいからね」
「そうだね、私もまさか海ちゃんと話す日が来るとは思ってもみなかったよ。さっきは綸邪貪が来てびっくりしてて当たり前のように喋ってたから驚かせちゃったね」
「はよ行こ! はよ!」
おじさんは待ちきれないみたいだ。子どもかよ。
「宝物ねぇ⋯⋯まさかあれの事じゃないよな」
しっぽが難しい顔をしている。
「何か知っているのか七宝!」
おじさんは興味津々だ。
「あいつね、鼻くそを壺の中に大量に溜めてたんだ」
「きも」
「きも」
「それでね、いつもその鼻くそを自慢してきたんだ。家来の前で自慢してたこともあったよ。面白かったから動画も撮ってたんだ。見せてあげるよ」
そういうとしっぽは目から光線を出し、その映像を家の壁に映し出した。なんでもアリなのかこいつは。
ザザー
「ほれ、お前達にこれが出せるか?」
「いえ、出せませぬ!」
「そのようなもの、とても出せませぬ!」
「ほほほほ、そうであろう! そうであろう!この秘宝は儂にしか作れん!」
「殿! それを出すのはおやめください!」
注意する家臣もいるようだ。自分の殿様が鼻ほじってばっかだったら嫌だよなそりゃ。
「うるさい! これをお前の顔につけるぞ!」
「ひええええぇ」
これはひどい⋯⋯
殿様の前で鼻ほじれるわけないじゃないか。それを勘違いして自分にしか作れないと思ってるのか。
「十中八九その巻物の秘宝ってのは鼻くそのことだね。巻物が破り捨ててあったのが何よりの証拠だと私は思うよ」
そうか、もうすでに誰かが掘り返してて、中身が鼻くそだったから怒って破いて捨てたのか。そしてその切れ端が台風でうちに飛んで来たわけだ。
「ぶー! つまんないの! 今日暇になっちゃう!」
なんでもおじさんが拗ねてしまった。
「暇なら今からあいつら潰しに行く?」
しっぽが物騒なことを言い出した。
「潰しに行くって言っても、居場所は分かるのか?」
「分かるよ。行こう、綸邪貪」
「そうだな、2人ならやれるだろうしな」
2人であいつらを倒しに行くことになった。あいつらって誰なんだ。
「危ないから海ちゃんは待っててね」
そういうとしっぽはなんでもおじさんと共に家を出た。待っててねと言われるとこっそりついて行きたくなる。それが私の性格だ。