魔女と弟子
この世界には、出会ってはいけない人物が3人居る。
1人は、この世界を支配しようと企む強大な力を持った魔王。
もう1人は、その魔王を倒すために世界から選ばれた勇者。
そしてあと1人は、辺境の森に住むと言われている魔女。
噂では、この3人のうちどれか1人でも出会ってしまったら最後、2度とお天道様は拝めないらしい。目が合った瞬間消し炭にされるのだとか。
なんていう事だ、恐ろしすぎる。
しかし、その噂が本当なら、今頃僕はもうお天道様は拝めていないって事になるが、…その辺どうなんだろう。
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「師匠ー!お手紙届いてますよー!」
ドンドン、と木で出来た小屋の扉を数回叩いて中に居るであろう人物に向けて声を出す。
しばらくの間、音と声を同時に出して、それでも反応がない事に僕は眉を下げて頭を抱えた。
………ここまでして出ないとは。
あの人の寝起きの悪さにはほとほと参る。
「師匠ー!勝手に入りますねー!」
こうなってしまえば遠慮は無くなる。いつもの事だが、もう勝手に入ってしまえ。そう思いながら僕は扉を開けて中に入った。
小屋の中に入るとそこは酷く散らかっていた。足の踏み場はあるけれど、気を付けて歩かないと足裏を怪我する。
床にはたまに異界の人が使うと言われている"まきびし"みたいなものが散乱してる恐れがあるのでゆっくりと足を進めた。
少し歩いた所にあるテーブルの上には、大量の本と食器が1枚。本は開かれたまま、食器もパンか何かを食べたままそのまま洗いもせずに放置してあるみたいで、それだけで昨日師匠が何をしていたのか軽く想像できる。
テーブルを見ながら、僕は眉を下げて口元を緩ませ、そこに手に持っていた師匠宛の手紙を置いた。
「師匠ー!まだ寝てるんですかー!」
小屋の奥にある師匠の私室に向かって声を出す。
師匠の部屋の扉には、侵入者対策なのか師匠が作った特別な魔法陣が描かれていて、それが発動している間はたとえ弟子の僕であっても師匠の部屋には入れない。
魔法陣は発動中。
師匠は確実に部屋の中に居るのを確認。
「……………、」
足を動かして、師匠の部屋の前に行く。
魔法陣は発動中のため、部屋には入れない。しかしそれは昔の話。今の僕には魔法陣が発動中でも師匠の部屋に入れてしまうのだ。
「………、解除」
手を伸ばして扉に触れる。
目を伏せて呪文を唱えてそう呟けば扉の魔法陣は効力を無くし、ガチャっと音を立てて扉の鍵が開いた。
部屋の中に入ってまず先に窓を開ける。外から入ってくる空気が部屋の中に送られて、次に僕は部屋の隅にあるベッドへ。しっかりとシーツを被り、師匠がそこで眠っていた。
この人が、出会ってはいけないと言われている辺境の森に住む魔女。
僕の師匠である。
「…師匠、師匠起きてください、朝ですよ!」
「……………、」
肩に手を置いて、ゆさゆさと揺する。
これで起きたら苦労はない。
肩を揺するだけでは起きないのはわかっている。
僕は深く息を吐いて、師匠の邪魔にならないようにベッドの端に座った。
ゆっくりとシーツを剥ぎ取り、師匠が下に見えるように覆い被さる。
さて、今日はいつ起きるかな。
「…師匠ー。いつまで寝てるんですか?早く起きてください」
「……………」
「……、師匠ー」
「……………」
「…早く起きないと、僕師匠に何するかわかんないんですけど?」
「……………、」
「師匠ー。僕の師匠ー。起きないって事は何されても文句はないですよねー」
「………、何をしているんですか?」
「あ、起きた」
「人の上でペラペラと喋られていては誰だって起きます」
起き上がって、師匠は欠伸を1つ。
師匠が起きると同時に僕はベッドから降りて、口元を緩ました。
「おはようございます、師匠。朝ですよ」
「……、言われなくてもわかってます。毎度の事ですけど、どうして貴方はまた勝手に私の部屋に…。魔法陣は変えていたはずですが」
「ふふん。舐めないでくださいよ師匠。僕は師匠の弟子なんですよ。魔法陣の解除方法が変わったくらいではへこたれません」
「……………(今度は絶対に破られないように強力なものにしよう)」
僕の言葉を聞いて、師匠は眉をひそめながらベッドから降りる。
ベッドの合い向かいに置かれた椅子からいつもの黒いマントを手に取り、師匠は部屋を出た。あとをついていくと、まず師匠はテーブルの上にある手紙に気付いて、僕の方を見る。
「……これは?」
「ああ、それは今朝小屋の前に置かれてました。見たことのある字で師匠の名前が書かれているので、たぶん城の誰かかと」
「……………」
言うと、師匠は嫌そうな表情を浮かべて手紙を見る。そして、少し乱雑な開け方で手紙を開いて中を確認した。
手紙を開くと同時に一瞬だけ、花の香りが僕と師匠の周りに漂う。…これは、薔薇の香りか?
「……………。」
「……、師匠?中には何て?」
「………。この手紙を今すぐ燃やして」
「え?」
読み終わったようで、師匠は手紙を僕に渡す。なんだか、師匠の機嫌が悪くなった。
好奇心で、僕も手紙を読む。
そこには、師匠への愛を綴った文章が書かれていた。端から端まで師匠をどんなに想っているのかが、事細かに書かれている。
それを見て、僕は若干イラッとした。
「……なんだこれは」
「恐らく、城の王子様からね。名前が書いていないから特定は出来ないけれど、字を見れば一目瞭然。…たぶん、この間城に行った時に、一目惚れでもされたかな。不覚」
「………………」
…今すぐ、王子を殺したい。
あいつ、いつの間にうちの師匠に色目を使うようになったんだ。
「……とりあえず、この手紙は消し炭にして跡形も無くします」
「…そうしてください」
はぁ、と溜め息を吐く。
そして師匠はキッチンに向かって歩き出し、朝食の準備を始めた。
僕は手に持った手紙を師匠に教わった炎の術で一瞬にして燃やし、師匠と同じくキッチンへ。
「師匠、何か手伝いましょうか?」
「!、…い、いえ、大丈夫です。貴方は向こうで休んでいてください」
師匠の後ろで声を掛けたためか、僕の声に驚いて師匠の肩がピクリと震える。
師匠は背後への耐性が低い。
これは最近気付いた事だ。
「でも師匠、料理はあまり得意ではないですよね?」
「………、」
「僕が手伝えば、早く朝食にありつけると思いますよ?」
「う、後ろで喋らないでください…!」
嫌がらせですか!と、師匠が此方を向く。
師匠と僕の身長差はそれほどあるわけではないが、僕はこの距離で師匠の顔を見下ろすのが大好きだ。
「嫌がらせだなんてとんでもない。僕は、僕の趣味で師匠に後ろから話し掛けてるんだよ。師匠の可愛い顔が見たくて」
「!、………~~~~っ、貴方って人は…」
たまに僕は、師匠に対してタメ口。
そうするのは、僕と師匠の精神的な距離を近くするため。それと、師匠のリハビリのためでもある。
僕の言葉を聞けば、師匠は顔を真っ赤にさせて視線を逸らす。それを見て僕は口元を緩ませて、師匠の身体に抱きついた。
「!?」
いつまでも慣れない師匠の反応が楽しくて、それでいてとても可愛らしいから僕は師匠から離れられないんだ。離れるつもりは毛頭ないけど。
この光景を誰かに写真に撮らせて、城の王子に見て貰いたい。そしてその後自害でも何でもいいからこの世から消えて欲しい。
「師匠、今日は何処にも行かないんですか?」
「はい。今日は特に行くところはありません」
「…そうですか。なら、僕に炎以外の魔法を教えてください」
「それは構いませんが、何故です?」
「僕の師匠を狙ってるらしい城の王子をぶっ殺すため」
「…………私怨で魔法を使うのはやめてください」
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