修行
アレクサンダー視点です
エメラディアの家から森に連れて帰られて3日経った。それまで、何も言って来なかったディアナが僕の部屋にやって来た。
「アレクサンダー。貴方はこれからあの子の事どうしたいの?」
部屋を訪れたディアナが椅子に座るといきなり訪ねて来た。どうしたいの?それはエメラディアの事だ。
僕はずっと思っていた。居なくなった僕の片割れは僕を見たら
『会いたかったお兄様。』
と抱きついて来るって。真逆嫌われるなんて微塵も考えて居なかった。だって僕はずっとエメラディアを想っていたんだから。エメラディアだって同じだと思うじゃないか。何で嫌うんだよ。意味が解らないよ。
「そうか。アレクサンダーには解らないか。」
いつもは僕の事をアレクと呼ぶ癖になんで今アレクサンダー呼びなんだ?嫌がらせか?
「アレクサンダーは、此処でエリーゼと逃げて来てから妖精や精霊達から大切にされて、会いたくなれば眠るエリーゼに会える。悲しくなれば、私やお兄様が抱きしめる。そんな環境で優しさを教えたつもりが傲慢を身につけてしまった。」
ディアナの言い方にイライラして来た。まるで僕が我儘な嫌な子みたいじゃないか!だって皆んな言っていたじゃないか。
精霊王の孫だから、この世で4番目に偉いんだって。人間の王は僕より下だって。教えて来たじゃないか。だからお祖父様を怒らせた人間は罰を受けているって。そんな王族よりも更に格下の名無しの奴隷が居たら僕は今でも絶対に言う
穢らわしい。
って。僕は間違って居ない!
「ねぇ想像出来ない?もし、自分だったらって。伯爵の愛人の子供が男の子で、メイドが抱えていた子が貴方だったら。貴方は名無しになっていたのよ。ご飯も食べられない中で過酷な労働をさせられて。初対面の女の子に汚い奴隷。と言われる事イメージ出来ない?」
解らないし、解る必要なんかない。だって僕はそんな環境に居た事が無い。
「エメラディアが特殊だっただけでしょう。森に来ればエメラディアだって僕と同じになれるんだから、意地を張らずに来れば良いんだよ。僕の手を素直に取れば良いんだ。」
ディアナは額に手を当てて、大きく息を吐いた。
「違う!違うのよ。何でこんな考え方をする子になったの。まだあの王子の方がマシよ。彼はエメラディアがやり直しの過去4回の内2回殺している。彼はアテナにその状況を見せられて、それでもエメラディアに自分なりの贖罪もしようとしている。」
「謝れば良いの?じゃぁ謝って来るよ。そうすれば受け入れてくれるんでしょ。今からエメラディアの所へ行って来るよ。」
「贖罪は謝罪とは違うのよ。謝れば良いって事じゃないのよ。謝罪は自己満足でしかならない。謝れば許される事なんて無いのよ。謝って済む話しでは無いのなら、謝らずに相手の為になる事をするのよ。」
ディアナが何を言っているのかさっぱり解らない。
間違ったなら、謝れば良いんでしょ?そうしたらお互いに許して、仲直りでしょ?相手の為になる事って何?謝らなくて良いってどう言う事?
「解らなければ、解る様にすれば良い。」
僕の後ろにお祖父様が立っていた。いきなりで驚いた。お祖父様は僕の頭に掌を置いた。
「これからお前の名前を取る。しかし、名無しでは生き難いからアレクだけ残してやる。此処の記憶も消してやろう。お前は人間社会で記憶が無いアレクと言う名前だけで生きて来なさい。己の過ちを認めた時に記憶を戻してやろう。」
お祖父様は何を言っているんだろう。言い返そうと振り返ろうとしたら、瞳を閉じていた。
目が覚めた時には真っ白い壁や天井の部屋の中のベッドの上に居た。いつもよりもベッドが硬い気がする。
いつものベッドってなんだろうか。此処は何処だろう。
「あら。アレクさん目を覚ましたのね。ジンジャーさん。アレクさん目を覚ましたよ。」
女性がドアに向かって叫んでいる。
この人は誰だ?
「あぁ目を覚ましてくれて良かったよ。君に気が付かなくて、うちの従僕が馬車で轢いてしまったんだ。直ぐに降りて名前を聞いたらアレクとだけ名乗っていたんだが、何方の家名かな?」
家名?家名ってなんだ?
「すみません。解りません。」
「何処から来たんだい?」
……何処から?僕が聞きたい事だ。
「すみません。解りません。」
女性と、ジンジャーさんは顔を見合わせて困惑している。女性が医師を呼んで来て診察を受けた。
僕は記憶が無いらしい。
暫く病院でお世話になり、行く当てが無いので、ジンジャーさんの紹介で市場で働く事になった。
毎日怒鳴られて、殴られる事もある。
男なのに使えない。貴族のボンボンか?
と馬鹿にされ、街に遊びに来た貴族達からは、脚を引っ掛けられて転ばされたり、イライラした吐口にいきなり殴る蹴るをされたりした。
働き始めて、2週間で身体はボロボロになって居た。
疲れ切った身体はフラフラだった。倒れそうになった時に腕を掴まれた。
「大丈夫ですか?」
ブルーシルバーの髪にアメジストの瞳の女性が支えてくれた。
「貴方なんでこんなにボロボロなの?ちょっと待っていて。」
そっと地面に下ろして座らせてくれた。彼女が何かを持って走って来た。
「これを飲んで。お水よ。」
彼女が持つカップに自分もやっと動かした手を重ねて口へと運んだ。美味しい。あのまま死ぬのかと思って居た。こんな僕にも優しくしてくれる人が居るんだ。
それだけで嬉しくなった。もし、彼女が見て見ぬ振りをしたら。確実に死んでいたな。
声にならない声で、ありがとう。と告げると、
「私も死にそうになった時に助けて貰って今があるのよ。大丈夫よ。貴方は、生き残るわ。もう少ししたら、この市場の元締めのハンベルさんが来るわ。さっき声掛けて来たから。もうちょっと待ってね。」
僕は、この恩をどう返すのかを考えた。
「貴女にどう返せば。」
「痛みはもう少ししたら、消えると思うわ。力も戻るわよ。お返しは要らないわ。もし、気になるなら、今の貴方の様に傷付いた人が居たら助けてあげてね。それが恩返しだわ。あぁハンベルさん来たから行くわね。」
彼女が立ち去ると、頭の中に沢山の映像が流れ込んで来た。
あぁディアナとお祖父様が言っていたのは、こう言う事だったのか。見下される悲しさ。悔しさ。同等では無いと突き付けられる不条理さ。
僕は傲慢だったんだ。そうだね。殴る蹴るの奴等が
兄弟だ。仲良くしよう。
なんて言って来ても受け入れられそうには無いなぁ。
ごめんエメラディア。お兄様は、サイテーでした。
そしてそのサイテーな兄を助けてくれてありがとう。
目の前にスカートが見えた。
「良い経験したわね。アレク。帰ってお兄様に報告しましょう。」
「ディアナ。ありがとう。」
ディアナに抱えられて森へと帰った。
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