幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。
久しぶりの投稿、初めての短編。
よろしくお願いします。
その日、王宮で夜会が行われていた。
公爵令嬢のアンジェラ・エヴァンスは一人、華やかな会場で遠巻きにされながらポツンと佇んでいた。
やっと今日で最後になるのかしら?ここまで長かった……。漸く終わりを迎えられるなんて、嬉しくてしょうがない。
遠巻きにされる様な状態でいるのに、アンジェラは込み上げてくる笑いを、扇子を開いて隠していた。
会場内の音楽が止み、ダンスをしていた令嬢令息達は動きを止める。壇上の方向に一斉に視線が向けられた。
入場の音楽と共に、会場に王族達が入ってくる。王が王妃をエスコートしながら壇上の中央で止まる。アンジェラは、いつ見てもお二人の立ち姿や威厳溢れる佇まいに憧れを感じる。今日も、本当に素敵なお二人。
その後に、王子達が自分達の婚約者を伴って入場する。
アンジェラは、その一連の演出をずっと見守っていた。本来ならアンジェラは、王子の一人と一緒に入場するはずの立場だった……。その王子の傍らには、よく知っている令嬢が寄り添っている。当たり前の表情で、王子と二人見つめ合っては笑顔を零している。
寄り添っているのは、この国の第二王子。金髪でエメラルドの様な瞳が美しい。誰が見ても、美男子で令嬢達の憧れ。ただ、アンジェラだけは憧れを持った事も、好意を抱いた事も一度もなかったけれど。
王が、皆に挨拶をする。
「今日は、皆集まってくれて感謝する。一つ、報告がある。私の息子であるアレックスが、ここにいる公爵令嬢のエイミー・エドワーズと婚約を結び直した。急だが、半年後には結婚式を挙げる。そのつもりで皆もよろしく頼む。以上だ。今宵は、楽しんでくれ」
王の話が済むと、貴族達から拍手と祝の声が上がった。本心では、皆どう言う事か、訳が分からずに頭を捻っていたが……。第二王子の婚約者と言えば、公爵令嬢のアンジェラ・エヴァンスだったはずだ。それが突然の変更で、皆動揺を隠せない。
しかしながら、アンジェラが第二王子から疎まれているのは公然の事実だった。アンジェラの態度が、アレックス殿下に対してそっけなかったから。いつも冷たい視線を投げかけていた。あれだけの美貌を兼ね備え人気があるアレックス殿下を前にしても、愛情の欠片も感じなかったから。
第二王子のアレックス殿下とエイミーが、壇上を降りてゆっくりとアンジェラの元に歩いて来た。皆、何が起こるのか固唾を呑んで見守っている。
コツッ コツッ コツッ
アンジェラの耳にエイミーの、足音が響き渡る。
「アンジェラ、一方的な別れになってしまい本当に申し訳ない。だが、君の態度に私も限界だったんだ。エイミーは、そんな私の支えだった。エイミーを、悪く思わないでくれ」
アレックスが、アンジェラの正面に立ちいつもの様に紳士ぶる。
「アレックス様は、悪くないわ。なんてお優しいのかしら」
エイミーが、アレックスに身を寄せて上目づかいに言葉を発する。そんな二人のやり取りを、冷めた目つきでアンジェラは見ていた。エイミーが、そんな表情で殿下を見られるのは一体いつまでかしら? 本当に楽しみだわ。
「アレックス殿下、この度は新たなご婚約おめでとうございます」
アンジェラが、綺麗な微笑を浮かべて祝の言葉を述べる。
「今日くらい、強がらなくてもいいんだ。私は、君の幸せも願っているよ」
アレックスが、アンジェラに憐憫の視線を向ける。
「殿下に心配される謂れは、ありませんわ」
今まで、アレックスに向けた事がない満面の笑みを浮かべて返答をする。その笑顔に、アレックスは驚きを見せる。
「アンジェラ、こんな事になって悪いと思っているのよ。でも、私の方がアレックス殿下を好きだったの。ごめんなさいね」
エイミーが、わざとらしい殊勝な顔でアンジェラを見る。
「あら、全く気にしていないわ。むしろ、ありがとう。エイミーには、感謝しかないわ」
アンジェラが、エイミーにも向けた事がない満面の笑みを向ける。
「では、失礼するわ」
そう、アンジェラが踵を返す。向いた方向に、アンジェラよりも年上で冴えない地味な男が佇んでいた。アンジェラが、その男の元に寄る。
「ねぇ。悪いのだけど、私を馬車までエスコートして下さらない?」
アンジェラは、その男に右手を差し出す。男は、驚きながらも、恐る恐るアンジェラの手を取る。二人は、ぎこちなくも会場を後にした。
その姿を目にした、アレックスとエイミーは笑いを堪える。
「やだっ、アンジェラったら突然どうしたのかしら?あんな、冴えない男性に声を掛けるなんて。悔しかったのは分かるけど、もっと他にもいたでしょうに」
そう言って、二人でアンジェラの事を哀れんだ。
◇◇◇
アンジェラ・エヴァンスの人生は、酷く息苦しいものだった。幼い頃に決められた婚約者が、とても性格の悪い男だったから。5歳の誕生日に初めて自分の婚約者と対面した。二つ年上で、この国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。恐ろしく顔の良いこの王子は、誰からも可愛がられる子供だった。第二王子と言う事もあり、皆甘やかして育てていた。表面上は、無邪気さを装いながら腹の内では自分が誰よりも偉く、自分以外はそこら辺の石ころと大して変わりないと思うほど。
だから、自分の婚約者と言われても愛しむ存在と言うよりは、自分の為にある奴隷の様な存在だと認識していた。アンジェラに対する扱いが、それは酷かった。しかもそれは、陰でだけ。表面上は、大切にしていると言うフリをしていた。だから誰も知らなかった。アンジェラが、とても辛い思いを抱えているなんて。
初めて二人きりになった時の事を、今でも鮮明にアンジェラは覚えている。アンジェラだって、普通の女の子だった。とても格好いい男の子が自分の夫になるのだと知ってとても嬉しかった。胸がドキドキもした。それも一瞬の事だったが……。二人きりになって初めて言われた言葉。
「お前は、おれの為に存在するんだ。俺の言う事を聞いて俺に仕えろ」
さっきまでの優しげな態度から一変、言葉遣いが荒く人を見下した態度で、アレックスが言い放つ。
アンジェラは、言われた事が最初理解出来なかった。たった5歳の女の子だったと言う事もあり、自分の想像していた旦那様と全く違うものだったから。
アンジェラは、その日から誰よりも出来る女性で在らねばならなかった。アレックスに、俺の妻になるのだから誰よりも優れた女性じゃなければいけないと言われたから。少しでも、出来ない事があると二人きりになった時にネチネチとずっと言われ続けた。出来て当たり前なんだ、出来ない事を恥ずかしいと思え。そんな女が、俺の隣に立てると思うな。お前の両親だって、知ったら恥ずかしく思うはずだ。延々と、アンジェラを否定し続ける。
それが嫌で嫌で堪らなくて、アンジェラは誰よりも恥ずかしくない女性になる様に努力を重ねた。本当は、両親に相談したくて堪らなかった。でも、幼いアンジェラは、それを知られたら今度は何が自分に起きるのか怖くて出来なかった。
月日は流れて、学園に通う年齢となる。社交界デビューも果たし、自分の置かれている状況が理解できる年齢となっていた。その頃には、自分の婚約者であるアレックスが明らかに異質な存在であると理解していた。状況も年々悪くなっていくばかり。それでも、アンジェラはそんな状況に耐えていた。
自分でも、何故耐えられるのかよくわからなくなっていた。それが日常で、それ以外の生き方が分からなくなっていたのかも知れない。
それだけ努力しているのだから、学園に入学したアンジェラは、誰よりも学力が高く礼儀やマナーも優れていて憧れの存在となっていた。
しかし、アレックスからしたらそれも面白くなかったようだ。アンジェラが入学してくるまでは自分が一番で、憧れの存在として君臨していていたのに。流石は、アレックス様の婚約者様ですねとアンジェラを賞賛する声を聞くようになる。
アレックスにとって、アンジェラは自分の添え物で自分よりも評価される存在であってはいけなかった。アンジェラは、ある日アレックスに呼び出される。
「お前は、俺よりも目立つような事をするな! 皆から褒められて調子に乗りやがって! もっと立場を弁えろ!」
アンジェラは、それを聞いて何かがプツンと切れてしまった。努力しても結局は駄目だった。誰よりも優れた女性になれと言ったのは、アレックスなのに……。アレックスにとってみたら、何をしても気に食わないのだ。何をしても同じなら、もう止めようと思った。アレックスの機嫌を伺うのも、努力をするのも……。
それからは、アンジェラはアレックスに対して笑顔も返さず冷たく接するようになる。そうした所で、罵られるのはいつもと同じだったから。もっと早く気づけば良かったと思うほどに。
そして、アンジェラには厄介な事が他にもあった。アンジェラには幼馴染の友人がいた。同じ公爵家で同じ年の女の子。幼い時は、二人で仲良く遊んでいた記憶がある。今考えると、アンジェラに婚約者が出来てから少しずつ、関係性が変わってしまったように思う。
幼馴染のエイミーは、アンジェラの婚約を羨ましく思っていた。国の第二王子で格好良く、いつも笑顔を絶やさない憧れの的だったから。アンジェラは、エイミーに会う度にそんなに良いものではないのよと説明していたが信じてくれなかった。出来る事なら、代わって貰いたいと何度言ったかわからない。
でも、実際は王とアンジェラの父の間で決まった事。子供達の言い分で王子の婚約者を変更するなんて事が出来る訳もなかった。エイミーにしてみたら、そんなアンジェラの態度も面白くなかったのだろう。年を取るごとに、アンジェラへの風当たりが強くなる。学園に入学する頃には、アンジェラはエイミーに完全に嫌われていた。
その頃には、アンジェラはエイミーの誤解を解こうとする気持ちが無くなっていた。そんな事を考える心の余裕なんてなかった。むしろ学園に通い出してからエイミーが、アレックスに近寄っていたのも知っていた。だから、そのまま上手く行ってくれないかと祈るほどだった。だってアンジェラは、毎日が必死だった。学園に行くようになってからは、アレックスに見られているのではないかと言う、強迫観念が強くいつもビクビクしていたから。
でも一つだけ学園に入学して良かったと思う出来事もあった。担任の先生が、とても良い先生だったから。同じ年の女の子達は、全く担任に興味を示していなかったが、アンジェラは何故だかとても魅力的だと思っていた。
担任の先生の名前は、アラン・ミラー。男爵家の三男なんだそう。先生の中では比較的若くまだ先生に成り立ての様だった。容姿は、アレックスと比較にもならないほど地味で目立たない。だけど、行動の一つ一つが丁寧で先生を見ていると、とても安心出来た。生徒一人一人に、向き合っている事も好感が持てた。
アンジェラの事も気に掛けてくれていた。アンジェラが、気持ちが落ち込んでいる時などは必ず声を掛けてくれた。
「アンジェラ嬢、悪いけど少し手伝ってくれないかな?」
先生が、そう言ってアンジェラを教室から連れ出す。職員室に連れて行かれたアンジェラは、簡単な書類仕事を手伝わされる。淡々と書類仕事をこなすアンジェラに、先生は決まって甘いチョコレートを渡してくれた。
「疲れた時は、甘い物が一番だよ。だけどみんなには、内緒だよ」
そう言って、微笑んでくれた。何も知らないはずの先生が、アンジェラを気遣ってくれるのがとても嬉しかった。ただの生徒の一人なのだとわかってはいたが……。それでも、初めてアンジェラの気持ちに寄り添ってくれた人だったから。
「先生、いつもありがとう」
嬉しくってアンジェラは、いつも笑顔でお礼を言った。アンジェラにとって、先生との会話だけが心が落ち着く瞬間だった。
それから二年、アンジェラは学園での生活に耐えていた。
そしてその時がついに訪れた――――。
アンジェラが学園から帰って来ると、執務室に来るように父親から呼ばれた。アンジェラは、ドキンッと胸が大きく跳ねる。アンジェラは、自分に言い聞かせる。まだ、確定ではないわ。落ち着くのよ、アンジェラ。
深呼吸をして、アンジェラは父親の執務室の扉をコンコンと叩く。
「アンジェラです、入ってもよろしいでしょうか?」
中から父親の声がする。
「入れ」
アンジェラは、扉を開けて中に入る。父親が、執務机に座っていつものように仕事をしていた。アンジェラは、父親の前に足を進める。
「すまんな。ゆっくり話す時間がなくて」
父親が、作業の手を止めてアンジェラを見る。
「いえ、大丈夫です」
アンジェラは、これから話される事に予想がついていたが、とにかく落ち着けと深呼吸する。
「単刀直入に言うと、アレックス殿下との婚約が解消された。アンジェラ、これからお前はどうしたい?」
父親は、アンジェラを見据えて言葉を発した。
その言葉を聞いたアンジェラの瞳から、ポタポタと涙が零れる。言葉に出来ない気持ちが、胸の奥からせり上がって来る。
嬉しい。やっとだ、本当にやっと。今まで頑張ってきた記憶が、何度も何度も悔しくて悲しくて泣いた記憶が、どうして私なんだと憤った記憶が、頭の中で渦を巻く。でももう、これであの男に会わなくていいのだと思ったら、気が抜けてしまった――――。
目を開けた時は、自分の部屋のベッドの上だった。
それからが大変だった。父親と母親が、アンジェラの部屋に駆け込んで来て、そんなに婚約解消が辛かったのかと勘違いされていたから。
アンジェラは、初めてアレックスとの事を両親に話して聞かせた。聞いた両親は、驚愕していた。全く気づいていなかったと謝罪までされた。だけど、両親が気づかなかったのもしょうがない事。婚約期間は長かったが、両親とアレックスが対面するのはいつも公の場だったし短い時間だった。そんな短時間では、アレックスの本当の姿に気づく者なんていなかったから。普段は、完璧な王子を演じていたのだから。
それよりも、両親がアンジェラの話を信じてくれた事の方が驚いた。
「お父様もお母様も、私が嘘を言っていると思わないの?」
アンジェラが、不思議そうに訊ねた。
「驚きはしたが、嘘だと思う訳がないだろう。アンジェラが嘘を言って、得する事なんてないだろう? 普通なら、王子と婚約解消して喜ぶ娘なんていないんだから」
父親が、アンジェラに優しく語りかける。
「そうよ。アンジェラが嘘吐くなんて思えないわ。それよりも、そんな事に気づかなくて本当にごめんなさい。長い事辛い思いをさせて……」
母親が、堪え切れずに涙を流している。
「いいえ。お母様。私も言わなかったのがいけないの。もう、何だか私も意地になってしまって……。こちらからの解消なんて不利な事、言いたくなかったの。何が何でも、アレックス殿下から解消を言わせたくて……」
アンジェラが、胸の内を告白する。
「全く。変な所で意地っ張りなんだな……。でも、アンジェラが頑張ったから王やエドワーズ公爵から謝罪された。婚約解消に伴う賠償は、それなりに支払うようだ。お金以外でも、何かあれば言いなさいと言われているが、アンジェラは何かあるか?」
父親が、アンジェラに訊ねる。アンジェラは、もしも許されるならと考えていた事があった。それを、両親に相談する。父親は、余りいい顔をしなかったが母親が説き伏せてくれた。元はと言えば、貴方が変な婚約を持って来たのがいけないのよ! と言われてしまえば、父親は何も言えなくなっていた。
そして、件の夜会の招待状がエイミーから届いたのだった。最初、両親は出席する事に反対していた。だけど、アンジェラは全てを終わらせる為に出席する事を決めた。今までの年月を考えれば、夜会で憐憫の目で見られる事くらい何でもなかった。アレックスとの婚約が解消されたその事実を、自分の目で確認する事の方が重要だった。
夜会当日、夜会会場とは別の部屋で王と王妃が、アンジェラと会話をする時間を作ってくれた。王や王妃は、アンジェラの事を気に入っていた。それでも婚約解消を決めたのは、アレックスの意思が固かったから。このままアンジェラと結婚させても、アンジェラが可哀想な思いをすると考えたからだそう。今まで、長い間アレックスに縛り付けて悪かったと謝罪された。あの二人は、出来るだけ早く結婚させて何があっても離婚する事は許さないと王が教えてくれた。
エイミーの事を思うと、多少の罪悪感はあった。でも、幼い頃に何度も何度も忠告していた。それを聞かなかったのはエイミーだから、自業自得だと切り捨てる。
それに実は、会場を去る際にエスコートしてもらった男性はアラン先生だった。振り返った際に、アラン先生を目にしてどれだけアンジェラが喜んだか誰も知らない。馬車乗り場まで送ってくれた先生は、とても心配そうでアンジェラを気遣ってくれた。いつもと変わらない優しい先生だった。
夜会の次の日から、アンジェラは解放感で一杯だった。重くのしかかっていた荷物を下ろし、心がとても軽かった。
残り一年間、学園生活が残っている。残りの一年は、自分らしく学生生活を楽しもうと心に誓った。エイミーとは、またクラスが離れた。アレックスも卒業したので、アンジェラの心配の種はなくなった。
今までのアンジェラは、気軽に友達を作る事も出来なかった。だから先ずは、友達を作るところから始めた。エイミー以外に、友人と呼べる相手がいなかったので、最初はどうしたらいいのか分からなかった。それでも少しずつ、クラスの女の子達と会話を交わせる様になった。そしたら、自然と気づいたらクラスに溶け込んでいた。学園が終わった後に、友達と一緒に寄り道をしたり、一緒に勉強したりとても楽しい時間を過ごす事が出来るようになった。
そして、アンジェラが一番嬉しかったのは、最終学年である三年でも担任の先生がアラン先生だった事。三年生になったアンジェラは、自分から進んでアラン先生の手伝いをする様になる。笑顔の多くなったアンジェラを見て、アラン先生もその変化を喜んでくれた。アンジェラは、その頃になると蓋をしていた気持ちを開放していた。
アンジェラは、アラン先生に恋をしていた。
アレックスと婚約していた時から、きっとこの気持ちは胸の中にあった。でも、それを認める事が出来なかったから、苦しくて辛くて切なかった。その思いとさよならできた今は、幸せな気持ちで一杯だった。
好きな人の事を、好きだと思っていい。授業中、アラン先生を見つめていたっていい。寝る前に、好きな人を思って眠りにつく。恋をしている自分が、なんだがくすぐったくて、たまに夢なのかも知れないと疑ってしまう。
そんな風に、アンジェラは最後の学園生活を送った。
そして、卒業を迎えた日――――。
アラン先生を、誰もいなくなったクラスの教室に呼び出した。
先生と二人、向かい合う。アンジェラが、勇気を振り絞って声を出す。
「アラン先生……。私、先生が好きです」
アランが、とても驚いた顔をしている。一度、何かを言おうとしたが言葉を呑み込んだ。アランは、頭に手を当てて困った顔をする。
「アンジェラ嬢、気持ちは嬉しいよ」
すかさず、アンジェラが喜びの声を上げる。
「じゃあ!」
アランが、アンジェラの言葉を制する。
「違う、ちょっと落ち着こう」
アンジェラの笑顔が、一気に萎んだ。
「まず、君と僕は8個も年が離れている。それに、こんな地味で冴えない男が、君みたいな若くて可愛くて素敵な女性と、付き合えるはずないだろう?」
アランが、真剣な顔でアンジェラを諭す。
「先生は、地味で冴えないなんて事ないわ。とても真面目で誠実で、生徒思いの素敵な男性です」
アンジェラが、負けじと言い返す。アランは、今まで、言われた事ない言葉ばかりで動揺を隠すので精一杯。小さく深呼吸して、もう一度アンジェラに向き合う。
「それに、公爵家の一人娘が、爵位も持たない男爵家の三男と、結婚出来る訳ないだろう? ご両親が絶対に許さないよ」
それを聞いたアンジェラは、自信満々に返答する。
「大丈夫です。アラン先生と結婚したら、伯爵位を賜る事になってます。陛下に約束してもらいました。それに、両親からも許可は得ています」
アランが絶句している。アンジェラは、アランの手を取って上目づかいにアランの目を見る。クラスのお友達に教えてもらった必殺技。
「アラン先生が好き」
アランが、完全に落とされる。何とも言えない表情を浮かべながら、アンジェラの耳元に顔を寄せる。そして、小さな声で囁いた。
「君がしつこいって言うくらい、愛するよ」
顔を上げたアランは、優しい瞳で微笑んだ。
今度は、アンジェラが真っ赤になってその場から動けなくなる。甘い空気の教室で、アンジェラとアランは、二人で歩む未来を誓い合った。
◇◇◇
それから一年の月日が流れる。
アンジェラとアランはめでたく結婚した。アレックスとエイミーの噂も、時折アンジェラの耳に入ってくる。あの夜会から半年後に、二人は結婚して公爵位を賜った。エイミーは心配していた通り、アレックスの本性が現れ苦労しているらしい。婚約期間中は、アレックスも本性を隠していたらしく、隣に寄り添うエイミーは光り輝いていた。結婚してからエイミーは、覇気を失くしてしまったらしい。最初の頃は、アレックスに対して文句を言ったり抵抗していたらしいが、誰も手を貸してくれず諦めるしかなかったようだ。アレックスの方も、エイミーがアンジェラ程完璧な令嬢ではなく不満が溜まっているらしい。人目も気にせずに、エイミーを罵る姿があちこちで目撃されている。
一年前にアンジェラが、婚約解消の事実を目にした夜会がまた今年も開かれた。
今年のアンジェラは、アランと二人で参加をしていた。幸せな結婚をしたアンジェラは、美しさに益々磨きがかかり皆に賞賛されていた。隣に寄り添うアランも、外見や身分に関わらずアンジェラの様な素敵な女性と結婚して男性諸君に羨ましがられていた。
コツッ コツッ コツッ
沢山の人達に囲まれていた、アンジェラの元に昨年と同じヒールの音が鳴り響く。サーッと、アンジェラを囲っていた人達が道を空ける。
「お久しぶりね、アンジェラ」
これでもかと着飾ったエイミーと、表面上は和やかな態度で寄り添うアレックスが姿を現す。
「久しぶりね。エイミー。元気そうで良かった」
アンジェラが、余裕の笑みを返す。エイミーが、面白くなさそうな顔をしている。アレックスの方を見ると、明らかにイライラしているのがわかる。
「久しぶり、アンジェラ。私と結婚出来なかったからって、まさかこんなに地味で冴えない人と結婚すると思わなかったよ。男爵家の三男で学校の先生なんだってね」
アレックスが、アランを見て残念な表情を浮かべる。
「でも、私、人生で今が一番幸せなの。ふふふ」
そう言って、アンジェラがアランの顔を見て微笑む。アランが、照れた様に笑みを返す。それを見たアレックスは、怒りで拳を握り締めている。エイミーも隣で悔しそうに、唇を噛みしめる。
「ねえ、皆様。男性は、顔ではなくってよ。好いた女性をどこまで愛せるか、それに尽きますわよ」
アンジェラは、広げていた扇子をパチンと閉じる。隣に佇むアランの腕に自分の腕を添える。アランが、アンジェラの顔を見て「行こうか」と声をかけた。
アンジェラは、その場にいた令嬢令息に向き直り声を掛ける。
「では、皆様失礼致しますわ」
二人は、仲良く会場の出口に向かって歩き出す。その場に居合わせた人々は、羨望の眼差しを向けていた。
約一名、目を吊り上げて悔しそうにその背を睨んでいる。隣に佇む自分の夫は、恥をかかされた事に怒り一人で踵を返して会場から出て行ってしまった。エイミーは、こんなはずではなかったのにと扇子を強く握り締める。
会場では、止まっていた音楽が流れ出す。見物人達は、何事も無かったかの様に会場内に散って行く。会場内の喧騒に、エイミーの嫉妬や妬みや憎悪の感情が渦巻いているようだった。
アランに寄り添いながら、アンジェラは思う。毎日がとても幸せだと。夫のアランが、毎日可愛いと言ってくれる。刺繍の腕を褒めてくれたり、ドレスを褒めてくれる。迎えに玄関に出れば、ただいまと言っていつもありがとうと言ってくれる。アンジェラをいつも肯定してくれた。愛してくれた。
これこそがまさに、アンジェラが求めていた幸せだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
読者様の、隙間時間のお供になれば幸いです。
面白かったら、☆☆☆☆☆の評価も頂けると嬉しいです。宜しければ、感想なども頂けると大変勉強になります。
作者の書籍化デビュー作となります、「お色気担当の姉と、庇護欲担当の妹に挟まれた私」が
絶賛発売中です。応援頂けると嬉しいです。
詳しい内容は、活動報告や書報をご覧下さい。