『天剣』
クラン『天剣』。
それは王都でも屈指の上位クランの一つに数えられており、王族や貴族の間からその存在を認められている数少ないクランでもある。
セレナーデ・リーベルストはクラン『天剣』のクランマスターであり、二つ名『十剣』授かりしレベル8の冒険者である。
はぁと重たい溜息と共にセレナは体が疲労を訴えているのを感じていた。
馬車の振動に体を揺られながら、空を見上げまた溜息をつく。
私が15の小娘の頃に王都に飛び出してきてはや十年が過ぎた。
あの頃の私は、まだ剣の振り方も知らない小娘でまだまだ駆け出しだった。魔物の倒し方すら知らない私には、冒険者の世界はとても厳しかった。
私には幸いにも剣の才能にあった。こと剣の才能に関しては他の追随を許さないレベルに異常なまでも。今では私だけが使う、二つ名の由来となった十の宝剣に出会いその強さに磨きをかけた。さらに私は幸運なようで、運と仲間にも恵まれ異例の速さでどんどんと昇格をし、仲間の賛同もあって自分でクランを創った。
名は『天剣』、いつか天にまでこの剣が届きますようにと願いを込めて。
私も強かったが、仲間も強かった。共に苦難を乗り越え、変に気が大きくなって増長もすることなく、一流の冒険者と言っても過言ではない程に成長した。
私の弟子に出会ったのはそんな時だった。
今でも鮮明に覚えている。
私が異例の速さでレベル7に昇格してわずかの頃、大きな依頼を片付けた私は休暇を満喫しようとお昼に出掛けていた。普段と変わらない人で賑わう王都を歩き、過ぎゆく静かな時間を味わうのが私の密かな楽しみの一つ。私は歩きながら今日は何を食べようかと考え…とふと視界の端に目を向けてとぼとぼと歩く何やら悩んでいる様子の少年を見つけた。
何故か目についたことに不思議に思い、私はジッと目を凝らしてその後ろ姿を見つめ、振り返り来た道を引き返して後を追った。
なんというか、今思うとその…一目惚れだった。いや、その当時は好意を抱いていたとかそういうのでは無かったが、まるで時が止まったかのように運命を感じていた。
私はこの時、22でまだまだ若く結婚だとかそういったことに焦りを覚える時期ではないと自分に言い聞かせてはいたが、正直なところ周りの友人の結婚報告や恋人との話を聞かされて焦りを感じていた。
それにこの歳になっても恋人というものが今までいたことがないことも焦りを感じる要因の一つだった。
これでも胸は大きくてスタイルは良く、男が好きそうな体をしていると思う。見た目にも自分でもそれなりに自信はあるのだが、レベル7かつ二つ名持ちで『天剣』のクランマスターで有名な私は、男からすればお高くとまっていると感じるようで、それに私自身強すぎるのも相まって全くと言っていいほど寄り付かないのだ。たとえ寄って来たとしても、私に変な絡み方をしたらどうなるかすらまともに判断出来ない飲んだくれの荒くれ者の馬鹿ばかりだ。
このように感じていたのもあってなのか、普段の私なら絶対にしないだろうことなのだが、この時は何故か視界に入った少年に声をかけた。
「やあ、そこの何やら考え事をしている少年。どうしたんだい? お姉さんが話を聞いてあげようではないか」
「…え?」
その悩める少年はルインといった。
くすんだ灰色の髪に、目を引く美形というわけではないが決して醜くはないあどけなさが残る顔立ち。少しばかりか私より背が低くその姿はどこか頼りげない、眠たそうにしていて、まるで遠くを見ているようなのんびりとした少年だった。そして幸運なことに冒険者でありながらもルインは私のことを知らないようだった。
すぐそばにあった王都でも人気の喫茶店でお茶をして少しばかり話を聞こうと、私の奢りだぞというとほいほい釣れた。この頃のルインは素直で可愛くて凄くちょろかったなぁ。…ん゛ん、いかんいかん。
…今思うと、私はナンパ紛いの大胆なことをしていたのだな…
ルインの悩み事、それはとある事情から師匠を探しているとのことだった。
私はそれを聞いてすぐさま一つの考えが脳裏に閃いた。
そういえば、ある友人が幼少期からずっと一緒に育ってきた子を少しずつ自分好みに教育をしてお互いに好きになるように仕向けて結ばれたと言っていたな。
…ああ、そうか。いい男が見つからなくて寄ってこないなら私がこの子の師匠になって私好みに育て上げて結婚すればいいんのだ。全くの盲点だった。
ふむ、皆は言うだろう…おい、それでいいのかと。
いいに決まってるだろ!こちとら出会いなしの避けられてしまう上位女冒険者だぞ!毎回仲間の惚気のような愚痴を聞かされてみろ、悔しさと嫉妬で殺意すら湧いてくるわ。
何が『彼が求めてくれるのは嬉しいんだけどちょっと大変なのよね』 だとか『ねえ、こんど彼の家にお呼ばれするんだけどどうしたらいい?』 だと! そんなの知るかッ!? 自慢するのも大概にしろッ、まだ経験すらない私に対しての当てつけかッ!!
はあはぁ、いかんつい感情が入り過ぎて取り乱してしまった。
ともあれ、これはまたとない絶好のチャンスだった。
ルインは私を知らない恐らく駆け出しとまではないだろが、装備を見る感じある程度は経験を積んでいる、将来有望であろう冒険者。
そして、何より私の好みに合っている。
少し頼りない感じの幸薄そうでなんだかダメそうな少年。歳の差は少しばかりあるだろうが、この程度は全く珍しくないだろうし、なんなら丁度いいだろう。
私は自らルインに提案した。
「なあ、少年。私が師匠になってあげようか?」
「…えぇ…それは助かるけどいいの?」
「ああ、勿論いいとも。大歓迎だよ。それに前々から丁度弟子が欲しかったんだ。これでも私はそれなりに腕に自信はあるし、すこーしばかりだが冒険者としても有名なんだ。師匠にするには申し分ない実力だと思うよ」
…弟子が欲しかったのは全くの嘘である。
だが、私はちゃんと強いし…少しばかりかそれ以上に有名で実力があることは嘘ではない。それに今、なぅで弟子が欲しくなったんだ。これで嘘はついてない。本当のことを言っているわけではないが。
なーに、師匠が少しばかり強くて有名で困ることはないだろう。寧ろ頼る分にはいいだろう。私の正体がバレて気が引けてしまう前に弟子にしてしまえばこっちのもんだ。 辞退は許さないからな。
「今日から君はこの私、セレナーデ・リーベルストの弟子だ。…試しにセレナと呼んでくれないか」
「…あー、なんかよくわからないけどよろしくセレナ」
「…クゥッ! 年下の少年からの呼び捨て、堪らないッ!」
こうして私はごり押しで弟子兼将来の恋人候補を得た。(全然そんなことないです)
この後、色々とルインの仲間の小娘たちに邪魔されながらも、師匠の特権を振りかざしてルインを連れまわしたりしたが、私の当初の目論見とは裏腹に順調に師弟関係を築いていった。
だって結構、ルイン達がいい子だったんだもん。
だが思いの外、ルインたちは優秀過ぎた。
私ですら異例の速さで昇格をしたというのにルインたちは三年足らずで冒険者としてその名を馳せて私に並んだ。 前人未到の未開拓領域を切り開いたり、ダンジョン踏破、宝物殿踏破、危険種の討伐と
私もよく巻き込まれたりしたが、ルインは何やらトラブルに愛されているようである。
三年という短い年月でここまで騒動を起こすものは私は他には知らない。
見る度見る度に大きく新聞の一面を飾るのはルインのパーティー『狂星の夜』。
見出しはその功績と被害報告。
私はそれを見る度にその活躍度合にいつも苦笑している。
冒険者として昇格するには実績が必要になる。私は幸運だったため、冒険者になってから降って湧くようにいい感じの事件やら依頼やらが舞い込んできて着々とそれを達成してきた。勿論簡単なんて言葉では済まされない内容のものばかりだったが、それでも命を落とすことなく過ごせてきた。
…ただ、中でもルインに巻き込まれたりしたものが格別に危険だったが。
それでもルインの活躍ぶりを聞いているとこの私ですら比べ物にならない程、いつも何かを引き起こして周りを巻き込んで、大事件が起きるとその中心には必ずルインがいる。
あれだけ色々と問題を引き起こして解決していれば昇格も納得の内容ではあるが。
ギルドによる上位クランの集会に初めてルインたちが呼ばれて参加してきたときは私も心が躍ったものだ。まあ、王城の破壊という前代未聞のあれ以来一度も顔を出すことは無かったが…
あの子は冒険者になるべくしてなったのだろうなと思っている。
つい先日届いた報告によると、ついにこの私を超えてレベル9になったという。
弟子の成長を感じる嬉しさと共にもう弟子に越されのかという悔しさが少々胸に刺さる。
というか、まだ私と同じレベル8に昇格してからそんなに経っていないというのに一体何をやらかせばそうなるのだろうか。十二極が出現したぐらいじゃないとそう簡単には冒険者としてのレベルは上がらないはずだ。
そろそろ私のレベルも上がらないだろうか…師匠が弟子に負けていたら面目ないからな。それに、ルインのところの小娘たちに追い付かれそうなのも気がかりだ。
まあ、流石のルインでも十二極は相手は無いだろうとは思うがな。 あんなもの滅多に出会うものでもあるまい。あれは動く天災だからな。
今の私はグラハム伯爵の依頼のもと、王都から遠く離れた宝物殿への遠征からようやくの帰り道。
早く寝たいだとか、この後ギルドへの報告が面倒だとか色々と頭の中を駆け巡るが、この疲労の中でも王都に近づくにつれて、少しずつ私の心がふわふわ浮足立つように感じる。
私がこんなにも落ち着いていない理由、それはもちろん2か月ぶりにルインに合えるからだ。
早く会ってこの胸に抱きしめたい。ああ、でも今の恰好だと少し汗臭かったりしないだろうか。
ルインに『…セレナ、少し匂うかも…』なんて言われたら立ち直れる自信がないぞ私は。
ひとまず体を清めてから、素早くギルドへの報告と伯爵への挨拶を済ませて向かうとしようか。
ふふふ、詳しい話はルインから直接聞くとしよう。