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stone on the Girl

作者: あげもち

こんにちは。お久しぶりです。お盆と言うことで即興で書いてみました。どうか読んで頂けると嬉しいです。m(_ _)m

  ミーンミンミン…じじじ…。

  耳をすませなくても、蝉の音が聞こえる季節がやってきた。

  濃い緑色の木の葉に、湿った空気。

  遠くの道路で陽炎が揺れる。

  太陽サンサン。

  そこにいるだけで刺すような痛みが肌を焼く。これじゃまるでバーベキューだ、数時間後には僕もカリカリの焦げ肉しまうだろう。

  こないだ買ったばかりのランニングシューズの靴底が、確実に溶けているのを感じながら歩く。

  灰色のアスファルトに、ポツンと汗が垂れる。一瞬で灰色から黒に変わった。

  立ち止まり、額の汗を手で拭う。

  ふぅー…と息を吐くと、僕は右手のそれに視線を落とす。

  この日差しの中、花はもってくれるだろうか。少なくとも彼女に渡すまでは元気でいて欲しい。

  ここに来る前、駅の近くで買った数本のあじさい。恐らく喜んでくれるだろう。単純な彼女なら。

  そんな考えと共に歩く歩幅は少しだけ、大きくなったような気がした。


 


「ごめんね、お待たせ」

  僕がそう言うと、彼女はゆっくりと目を開けた。

  長い髪と同じ色の、綺麗な黒い瞳が僕を捉える。

「…おそい」

  そう呟いてぷいっと口をとがらせると、眉間に皺を寄せた。

「約束の時間に遅れるなんて、信幸(のぶゆき)サイテー」

「ごめんって、仕事が忙しくてさ」

  ははは、と誤魔化すように笑って見せたが、ふん、と鼻を鳴らし、麦わら帽子を深く被ってしまう。どうやら彼女の受付窓口は閉まってしまったらしい。

  彼女は細く華奢な腕を胸の前で組んだ。

  僕は知っている、紗奈はこうなってしまうとテコでも動かないことを。

  …ふふ。

  思わず口元がゆるむ。だって…

  まさかこんなに早く役に立つなんてな。

「…紗奈(さな)、これプレゼント」

  そう言って、真っ青なあじさいを差し出す。

  彼女の麦わら帽子が微かに動いた。

「…綺麗」

  ボソリと呟いて花束に手を伸ばす。白い指先があじさいにふわりと触れた。

「紗奈が喜ぶかなって」

  はい、と紗奈に手渡す。

  それを受け取ると紗奈はマジマジとあじさいを眺めた。

  そして少し間を開けて、ふふっと笑う。

「…女の子にあじさい渡すとか、センス無いね」

  麦わら帽子が持ち上がる。すると、

「でも、ありがと。嬉しい」

  ニコリ。

  優しい笑顔を見せた。

「でも、遅刻したのは許さないから」

「えぇ…」

  サラリとした風が吹く。

  ふわりと揺れたワンピースからは、ほんのり甘い柑橘系の匂いがした。



「最近はどうなの?」

「どうなのって?」

「いや、だから仕事のこと」

  あぁ、と言って視線を逸らす。

  実を言わなくとも最近仕事が上手くいっていない。

  僕の仕事は営業だ。自社の商品を利益が出るように売り込む。簡単に言えばそんな仕事なのだが、近頃は会社の赤字を恐れて誰も買ってくれない。

  その結果こっちも赤字になる。あぁ、買ってくれればお互いにハッピーなのに、なんて考えながら会社を回っているうちに、一番最後に契約を結んだのはもう1ヶ月も前のこと。

  そろそろ僕の給料に影響が出てくるのが目に見えてしまっているのだ。

「へぇー、上手くいっていないんだ」

  少しの沈黙の間に、察しのいい彼女は察しやがったのだろう。

  ニヤリと嫌な笑みをこちらに向ける。

「上手くいってるよ。この前なんて契約を3つも解約されたし」

「うわぁ…皮肉ぅー…」

  彼女の顔が渋る。まぁ、確かに笑えない状況ではあるが。

「まぁ、でもここに来れてる時点でそんな酷くはないからたぶん大丈夫かな」

  ははは…。

  渋々の苦笑い。

  果たして、彼女にこの渋すぎる笑いはどうな風に写ったのだろう。

  ニヤリと嫌な笑みはどこへやら。

  彼女の眉間にシワが寄る。

  その表情は、なんとも複雑そうな顔をしていた。

  そして一言。

「やだ」

  その短すぎる単語に思わず「は?」とさらに短い単語が飛び出す。

  僕は続けた。

「やだって、まぁ、確かに給料に支障をきたしそうなのは僕もやだけど…」

「そうじゃなくて…」

  それだけを言うと、その先の言葉が詰まったように言葉が途切れる。

  そうじゃなければどうなのだろう、その答えはしばらくの間彼女の口から出ることはなかった。

  紗奈は俯く。

  そこからは、岩にしみ入る蝉の声、と言ったところだろうかな。

  ミーンミーンミンミンミンジジジー…

  蝉がどこかへ飛んでいった。

「仕事…」

  彼女の口が開く。

  そして僕が反応する前に、彼女はこちらに顔を向けた。

「仕事、上手くいかないと会えないじゃん…」

  捻り出すように言い切ると、また彼女は顔を伏せる。

  とても、悲しそうな顔をしていた。

  瞬間、キュッと胸が苦しくなった。

『会えないじゃん…』

  もっと…もっと何かを言いたかったのではないか、だけど彼女はそれを拒んだ。全てを言うことを拒んだ。

  絞り出して、濃縮して、一言だけ、苦渋の言葉を口にした。

  だけど…。

  僕はそんな彼女を見て心が締め付けられる。

  だって、僕はその言葉に対する答えを出すことが出来ないかもしれないから。

  また、静かな時間だけがやってきた。

  沈黙には心地のいい沈黙と、悪い沈黙がある。

  果たしてこれはどっちの沈黙なんだろう。

  彼女にとって…紗奈にとってこの沈黙は心地がいいのだろうか。

  …。

  はぁ…。僕は大きくため息を吐いた。

「紗奈」

  彼女を呼ぶ。数分前にもその名前を口にしたはずなのに、何故か久しぶりに口にしたような感覚に陥る。

  …いや、多分久しぶりに呼んだのだろう。なんせ今回は沈黙が多い。

  紗奈がこちらに顔を向けると僕は言葉を紡いだ。

「心配しなくてもいいよ」

「え?」

  心配しなくていい? なんの根拠があってそんなことを…。

  紗奈はそんな顔をしていた。

「でも、仕事が上手くいかないと来れないんでしょ?」

「だから、それは心配しなくていいよ。僕は何があってもここに来るし、これは僕と紗奈の約束だし…それに」

  別にかっこつけようと思ったわけでも、飾ろうとした訳でもない。

  これは僕の本心であり、率直な言葉だ。

「仕事でここに来られないようなら、いっそ、そんな会社なんて辞める。何かを辞めてここに来れるんだったら、なんだって辞めてやる。だから…」

  1つ息を吸う。

  しっかりと紗奈の瞳を見つめて、

  僕はこう言った。

「紗奈、心配しなくていいよ」

  ニコリと無料のスマイルを付け足して。

  彼女の目が大きく開く。驚いたとか、ド肝を抜かされた、と言ったところだろうか。

  とにかくそんな顔を向けてきた。

  そして、しばらくすると…。

「…ぷっ、あはははは!」

  お腹を抱えると、彼女は大きく笑った。

  あまりにも笑いすぎて、軽く呼吸困難でも起こしてるのではないのだろうかってぐらい笑った。

  そして、

「何それ、笑わせにきてんの?」

  はぁ〜笑ったぁー。

  息を吐くように言うと、紗奈はニコリと微笑む。

「でも、ありがと。信幸にしてはセンス良かったよ」

  ふふ、と最後に小さく笑う。

  …。

  あぁ、そういえば。

  ふっ、と僕は鼻を鳴らす。

「まぁ、紗奈のセンスもそこそこだけどね」

「え、なに私馬鹿にされてるの?」

「いや、べつに」

「…なんか腑に落ちない」

  ぷくりと頬を膨らませる。そんな紗奈を見て改めて思った。

  紗奈ってこんなかわいかったんだけっな。

  サラリとした、夏には爽やかすぎる風が、微かに彼女の髪を撫でた。

 



  日が暮れる。

  西の空が赤く…なんて表現は使い飽きたが、率直に伝えるならそうなってしまうのだろう。

  でも、本当に西の空が赤い。

  あぁ、別にそんなことどうでもいいか。いきなりだけど僕は夏が嫌いだ。ジメジメしてるし、日焼けするし、虫がいっぱい居るし。あと…

「信幸」

「ん?」

「また来年も来てくれる?」

  紗奈は覗き込むように伺う。

  穏やかな顔をしてるのに、どこかそうでない。

  そんな顔をしながら。僕に問う。

「来年も来るよ。その来年も、再来年も」

「そっか…」

  ふぅ…そんな感じで紗奈の肩から力が抜ける。

  安心と、安泰。

  だけど…。

  僕達はきっとこのままじゃいけない。

  僕は来年も、再来年もここに来るけど、()()に会いに来てはいけない。

  だって紗奈は…。

「ねぇ、紗奈」

「ん?」

「紗奈は、いつになったら帰るの?」

「…。」

「答えてくれないんだね」

  白のワンピース。その膝の上でギュッと拳を握る。

  今にも泣きだしそうな顔で。

「なんで…そんなこと言うの?」

  眉間にシワが寄る。

「やっぱり信幸には、私は邪魔なの?」

  そんなのじゃない。

  そんなわけが無い。

「違う」

「じゃぁ…」

  何かを堪えるように紗奈は顔を俯ける。

  そして、ばっと顔を上げて、

「なんでそんなこと言うの!」

  そう言い放つ。

  大粒の涙が筋を引いた。

「信幸は私に会いたくないの! 毎年来てくれたのは、仕方なくだったの! ねぇ、信幸、答えてよ!」

  違う。

  違う。

  …。

  違う。そんなんじゃない。

  僕は大きく息を吸う。

  そして、しっかり彼女の目を見た。

「紗奈に会いたかったからだよ」

「それならなんで帰れなんて言うの!」

「…紗奈のためだよ」

  僕がそう言うと、紗奈は一瞬、目をそらす。

  分かってる…そんなこと。と言いたげな顔で。

「やだ、やだよ。私のためならそんな事言わないでよ」

  聞きたくない。まるでそんなふうに顔を横に振る。せっかくの綺麗な髪が雑に宙を舞う。

「ねぇ、聞いて」

「聞きたくない!」

  そう言うと紗奈は立ち上がり、走り出した。

  だけど、僕は彼女を追おうとは思わない。

  だって…。

「なんで…なんで!」

  ドンッと鈍い音が響く。

  音がした方へ目を向けると、紗奈は見えない壁を全力で叩いていた。

  その都度、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と手に良くない音が辺りに響く。

  そして叩き疲れたのか、紗奈の体はスルスルと力なく座り込む。

「なんで私はここから出られないの…」

  そう呟くと、彼女は俯いたまま動かなくなってしまった。灰色の地面にポツポツと黒いシミが出来る。

「…」

  紗奈に近寄る。

  紗奈は頑張った。あの日からずっと1人でここに居続けてた。

  だからそろそろ僕が解放してあげなくちゃいけない。

  紗奈を救えるのは、きっと僕だけなのだから。



  3年前

 

「の、ぶ、ゆ、き!」

  それと同時…いや、先だったかもしれない。

  背中をバシンと叩かれる。

「痛いな…なんの用?」

「特に何も」

「あ、そう」

  僕はそう言うと自転車に跨った。

  そしてペダルに足を載せた瞬間。

「ちょっと待って」

  ガツンと彼女は荷台を掴んだ。

「…やだよ、暑いからさっさと帰りたい」

「私も暑いからさっさと帰りたい」

「それなら利害は一致してるね。さ、放してください」

「…うん、分かった」

  ガチャン。

  …。

  はぁ…。

  僕は思わずため息をついた。

  なんで、こんなくそ暑いのに…。

「さ、帰ろ」

  そう言うと、荷台に座る紗奈はいたずらに笑った。

  本当に、なんて女だ。

  …。

  あぁ、そういえば、石上紗奈(いしがみさな)ってこんな女だったっけな。

  足枷が10個ぐらい着いた勢いで重い脚は、ゆっくりとペダルを踏み込んだ。

 

  あれから20分後?なのかは不明なところだが今は何も無い住宅街を走っている。もちろんまだ紗奈は後ろに乗せたまま。

  そして、その紗奈は…。

「暑いー、溶けちゃうー、早くー…」

  まるで僕の気持ちを代弁してくれたように駄々をこねている。

  あぁ、なんて言うかもう、本当にこのまま溶けてしまいたい。

  さっさとこのくそ重い荷物を降ろしたい。

  そんなことを思いながら、ふと左の方へ視線を移す。西の空は既に赤くなり始めていた。ということはだいたい夕方の5時頃だろうか。

  これからの宿題や受験勉強のことを考えるとため息が自然と止まらなくなった。

「どうしたの、信幸?もしかして私が後ろに乗ってるから興奮してるの?」

  落としてやろうかこの野郎。

  心の中でどつく。

「大丈夫、紗奈にそんな魅力ないから」

「えー…。と、言いつつ本当は?」

  と、僕の肩に手を置く。

  ひんやりとした感覚が妙に気持ちよかった。

「人の時間を奪って、しかも勝手に荷台に乗ってくるメンタルと厚かましさだけは本当に凄いと思ってる」

「えへへ〜。照れちゃうな〜」

  と、どう考えてもバカにしてるのに彼女はおどけてみせる。まるでメタルスライムだ。彼女に対しての口撃が当たらない。

  はぁ…。

  紗奈といると体の二酸化炭素の排出量が多くなる。何故か、それはため息の回数が増えるからだ。

  体内の酸素が切れる前に帰ろう。

  僕は漕ぐ足を早めた。

「ね、信幸」

「今度はなに?」

  一瞬、間を置く。

「私の好きな所を3つ言って」

  え…。

  突拍子のない質問に言葉が詰まる。

「急にどうしたの?」

「いいから、早く」

  まるで考える時間を与えてくれないように、彼女は急かす。

  僕は何も考えずに答えた。

「元気、面白い、実は結構気を使ってる」

  すると、ふふっ。と紗奈は小さく笑う。

「なにそれ、面白い」

「面白いも何も、紗奈のいい所だよ…たぶん」

  何故か、異様に照れくさくなって、『たぶん』を付けてしまった。

  そして、妙に勘が鋭い紗奈はそれを見逃さなかった。

「今照れたでしょ」

「照れてない」

  僕は即答した。

  すると彼女は嬉しそうに、「信幸照れてるー!」と声を張った。

「だから照れてないって、てかうるさい。」

「はーい」

  伸びた返事。くすぐったく笑う。

「ちゃんと見てくれてるんだ…」

  と紗奈は小さく呟いたような気がした。

  それから、また静かな時間がやってきた。僕はせっせとペダルを踏み込み、恐らく紗奈は流れる景色を見ている。

  ふわりと風が吹く。

  汗でベタついた頬をサラリと撫でた。

  信幸…。控えめに僕を呼ぶ。

  少し色づいた声に、僕は首を少しだけ捻った。

  その時、自転車が石にでも乗り上げたのだろう。ガシャンとアスファルトの上を跳ねた。

  きゃっ…。華奢な声と同時に紗奈の腕が僕の腰に回る。

  僕の心臓がどくんと跳ねた。

「…ごめん紗奈、怪我してない?」

  少し間をあけて、

「全然大丈夫」

  照れたような声で、そう答えた。

  そうか…それならよかった。そう呟き、口を止めた。いつもなら、「そろそろ邪魔だから離れてくれ」と言うところだが、今日だけは、いや、今だけはこのままでいたいような気がして。

  …。

  あぁ、なんて言うか、やっぱり俺って紗奈のことが…

「信幸、さっきの続き…なんだけどね」

  恐る恐る、というのが一番近いと思う。

  まるで僕を伺うような声で、続けた。

「今まで、私たちってずっと一緒にいたよね」

  ずっと一緒にいた。

  普通に聞いたらとてつもないパワーワードだが、実際に僕達は幼稚園に上がる前から、今に至るまで同じ帰り道、同じ学校に通っている。

  ふと、隣を見ると紗奈がいる。僕達はそういう関係だった。

「確かにな」僕は短くそう答えた。

「それで、ずっと一緒にいて、いつでも伝えられたはずなのに、私が臆病だから、伝えられなかったことがあるの」

  腰に回る腕にギュッと力が入る。

  紗奈の妙に早い鼓動が伝わる。

  ふわりと柑橘系のいい匂いがした。

「実はね、今まで…ずっと…ずっと信幸のことが!」

  ドンッ!

  …。

  え?

  なんだろうよく分からないけど、宙に浮いてる?

  ガッシャン!

  そんな音とともに僕の視界は暗転して行った。

  そして、その端に見えたのは、せっかくの綺麗な髪がぐしゃぐしゃになってしまった、紗奈だった。


  それから、一年後の夏。

  紗奈は僕の目の前に現れた。

  生前のままの彼女が、お墓の石の上に座っていたのだ。

  最初は何もかもを疑った。自分の幻覚とか、白昼夢とか、そっくりさんに双子説なんかも全部。

  だけど、それは確かに石上紗奈だった。



  きっと…いや、紗奈を救えるのは僕しかいない。

  紗奈の元へ近寄る。

  そして、その悲しそうな背中を、僕は思いっきり抱きしめた。

  紗奈は幽霊なのに実感があって、あの時と同じくひんやりとしていた。

  紗奈の肩がピクリと動く。

「信幸…」

  悲しい声。

  僕は心の中で大きくため息を着いた。

  紗奈にそんな悲しそうな顔は似合わないなって。

「紗奈聞いて」

「いや、聞きたくない」彼女は首を横に振る。

  だけど、僕は続けた。

「紗奈にずっと言えなかったことがあるんだ」

  すると、また彼女の肩が動く。

  大きく息を吸うように。

「あの日、紗奈が僕に何を言おうとしたのか、聞きたいけど、僕はそれよりも先に伝えたいことがあるから、先に言わせてもらうね」

  1つ大きく息を吸う。

「ずっと、紗奈のことが好きでした」

  それを言って、自分の頬が熱くなるのを感じた。言葉に出来ない気持ちが、溢れるように、体を温めていく。

  だけど、紗奈はしばらく何も答えてくれなかった。

「本当はさ、紗奈が生きてる時に伝えたかったんだけど、紗奈がよく知るとおり、僕は臆病だからさ、ごめんね」

「…いよ」

  紗奈がボソリと呟く。

  僕はそれを聞き取れなかった。

「え?」

  次の瞬間。

「遅いよ!」

  紗奈は大きく叫んだ。

「遅い遅い遅い…遅いよ!遅すぎるよ!」

「…ごめん」

  少しの沈黙。

「だけど…」そう口ずさんで彼女は僕の方へ振り向く。

  紗奈の顔を見て、思わずハッとした。

  泣いてる…。

  彼女の目からは、大粒の涙が溢れだしていた。

「だけど、嬉しい。ありがとう信幸」

  そう言ってニコリと笑う。

  次の瞬間。

  紗奈の指先が徐々に透明になっていくのが目に入った。

  僕は思わず、「紗奈、指!」と叫ぶ。

  その勢いで腕を離してしまった。

  紗奈はそれを見ると、どこか落ち着いた様子で、「あぁ、さいやく」っと呟いた。

「紗奈、これってどういう…」

  指から視線を外し、こちらを見る。

  紗奈と目が合った。

「…本当は分かってるくせに」

  優しい微笑みのままそう言う。

  そして…いや、何となく分かっていた。

  つまり、紗奈は成仏するのだ。

「紗奈…僕は…」

「信幸」

  僕を呼ぶと紗奈は腕を広げる。

「ハグ…しよっか」

  イタズラに笑う。その間にも彼女の目からは涙が筋を引いていた。

  僕は無言で紗奈を抱きしめる。

  紗奈の華奢な腕が僕の胸元に回った。

「信幸…暖かい」

「そっか」

  その間にも紗奈の体は肘辺まで薄くなっている。

「私が成仏したら、もうここには来ないね」

  …。

「来るさ、来年も再来年も、その再来年もまた再来年も」

「ふふ、面白い。だけど嬉しい」

  そのまま、しばらく何も言葉をかわさず、時間だけが流れていく。

  なにか、話さなくちゃいけないのに、涙を堪えるのが必死で言葉が出てこなかった。

「ねぇ、私も信幸に、伝えたいことがあるの」

「なに?」

  紗奈が大きく息を吸う。

  胸の膨らみがギュッと押し付けれる。

「私も信幸のことがずっと好きたったよ。」

「…そっか」

  僕の胸が熱くなる。

  そしてとうとう耐えきれずに、僕の目から涙がこぼれた。

「そろそろ、バイバイだね」

  そう言われてしみじみ紗奈を見ると、もう、ほとんど紗奈は見えなくなっていた。

「信幸」

「紗奈」

  2つ分の呼吸。

  そして、

「ありがとう」

  僕と紗奈の言葉がハモる。

  妙に蝉の声が妙に辺り一面に響いた。

「…行ったか」

  そう呟き、見上げた空は、どこかいつもよりも鮮明に、紅く見えたような気がした。


  いきなりだけど僕は夏が嫌いだ。ジメジメしてるし、日焼けするし、虫がいっぱいいるし。

  あと…。

  紗奈と会う度に、成仏しないでくれっていう気持ちが大きくなってしまうから。

  だから僕は、夏が本当に嫌いなんだ。

例のごとく、明日から頑張ると言って今日までサボってました(๑´罒`๑)しかし、最後まで読んでくださった方も、そうでない方も、私の作品を見て頂きありがとうございました。とても楽しかったです。

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