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第1話 少年と父親

序章スタート


しかしネタしかない。

レオは思う。

 人間(ヒューム)という存在とは、どうしてこうも脆いのだろうか。

 四肢の一つでも失えば、その人は生きることすら困難になる。毒薬を盛られれば、簡単に人間(ヒューム)は命を落としてしまう。

 こういったことは、傭兵では多い。常に危険と隣り合わせの職業だ。魔獣を狩り、そして――狩られて逝く。

 しかし、こういったことはこの職で生きていくなら仕方のないことではあった。強大な魔獣を倒せばこれ以上ない名誉を得る。

 『名誉』という言葉は甘美な響きだ。しかし、それは同時に毒だ。あるレベルの魔獣が倒せたからと言って、その上のレベルの魔獣が倒せるとは限らない。ある魔獣が倒せたからと言って、同じモンスターをもう一度倒せるとは限らない。


 話は変わるが、この職――傭兵の中でも、特に死亡率が高い武器がある。

 片手直剣だ。

 常に前線に 立ち続け、魔獣の攻撃を掻い潜りながら直接的なダメージを与えていく。大剣の様に攻撃力があれば話は別なのだが、切れ味や耐久力――どれをとっても中途半端な性能しか持ちえない武器だ。もちろんそれでは危険すぎる為、一部の人間は片手で装備できる盾を装着するが、主流ではないとされる。


 理由は「かっこ悪いから!」


 それのセリフを傭兵仲間から聞いたとき、レオは本気で眩暈を覚えてしまった。人の生死観に人一倍敏感な彼だからこそこうなってしまっていたが、昨今の傭兵に言わせてみればレオの方が異端的と言えた。


 だからこそ、レオは思う。


 ――ここでやらねばいつやれる。

 ――私がやらねば誰がやる。


「という訳でオヤジ。是非とも俺の武器を弓に……。いや、せめて槍に変えさせてくれ」

「ダメです」

「なんでだァァァアアアア!!」


 この親子は今日も元気そうで何よりだ。


 第一話 少年と父親


「なぁレオ。そんなに落ち込まなくたって構わんぢゃろ」


 時は夕刻。昼と夜が混ざり合って真っ黒な城壁を煌々と照らす。そこにつながる砂利道に3つの影を並べながら歩いていた。


 一人は背丈が1.3ms(メルス)(126㎝相当)に漸く及びそうな背丈にも関わらず、その身は剛のような肉付きを纏っている――所謂土人(ドワーフ)だった。

 レオは腰に下げている片手剣に手を掛けながら、ドワーフの言葉に反論した。


「だってさぁ……。前衛職って危険じゃん? 何を好き好んで魔獣に喰われに行けと?」

「そこでの駆け引きが前衛ならではぢゃろうに……。ワシを見習え! ワシを!」

「脳内で魔獣との戦闘しか考えない戦闘狂のガン爺にそんなの言われてもな……。」


 そのドワーフ――ガンド・キルシュタインの武器は大盾だ。昔は斧を使っていたが、十年ほど前に大きなケガを負ってしまい、それを切っ掛けに元居た傭兵団を脱退した。現在何故この傭兵団にいるのか、元居た傭兵団は何処なのか、ガン爺は一切口にしない。何か事情があるのかとレオはこれ以上尋ねないことを決めていた。

 そのレオを労うように、もう一人が声を掛けた。


「でも、その危機感は常に持っている方がいいと思うよ。最近の冒険者はそれが足りないから……」

「いや、常に格好つけようとしてるくせして毛根食い散らかされてる人のセリフじゃないだろ」

「それは言わないお約束だろ!」


 その頭皮が露見してしまっている人間はルドルフ・ソザートン。レオと同じ片手直剣使いだ。ただ、その性格がおかしいのか、それを両手に装備して「二刀流!」などと口走っている。悲し哉、彼は厨二病であった。しかしそれにも関わらず、彼の毛根はどんどん抜け落ちていく。さて、今日は何本抜けたのか実に見ものだ。

 とまぁ、彼は昔から色々と気苦労が絶えなく、それが祟って厨二病を発症してしまったのかもしれない。ガンドの毛根はフサフサなのに。


「しかし、あの人の事だ。何か考えはあるとは思うが……」

「いやいやいや。どう考えたっておかしいでしょ、この傭兵団」


 レオには、ルドルフの毛根よりも気がかりなことがあった。他の大手傭兵団なら全く問題には上がらない――そもそも起こること自体がおかしい――が、この矮小傭兵団ならどう考えてもおかしいことが。

 それは――。


「だって、前衛しかいないじゃん……。この傭兵団」


 レオは今日も、後衛職に憧れる。



 **************************************



 この黒璧の城塞都市「シュバルツブルク」は、周囲を何キロにも及んで張り巡らされた黒い城壁が大きな特徴だ。かつては古代都市だったらしく、最上級素材と言われているアダマンタイトが使われている――ということだけわかっているが、その素材は希少且つ加工が非常に困難だ。どこからこの素材を集めたのか、どうやってこの量を加工したのか、未だに解明されていない。「この城壁で大半のアダマンタイトが使われた」と主張する学者までいる始末だ。


 レオはガン爺達と都市中央にある傭兵団ギルドでクエスト終了の旨を伝え報奨金を貰ってから、西側の城壁近くにあるホームに帰還した。彼らのホームは寂びれた一軒家だ。傭兵団のメンバーが僅か五人なので、そこまでの規模のホームは必要ではなかった。


 ホームの扉を開けると、そこのリビングにレオの父親――厳密には実の父親ではない――が椅子に腰かけていた。レオは五歳で両親を失い途方に暮れていた時に拾われた。それ以来剣術を叩き込まれ、こうしていざ独り立ちしても一人で生計を立てられるほどに育てられた。この事に関していえば、レオは十分以上に感謝していた。


(だけど――それとこれとは話が別)


「あぁ、お帰りなさい。怪我などはありませんでしたか?」


 レオ達が帰ってきたことに気付いた義父は、飲んでいたコーヒーをテーブルに置き振り返って尋ねた。


「おう、今回もしっかり稼いできたぜ!」

「それは良かったです。でも、あまり無理はしないで下さいよ」


 ガン爺が義父の声にこたえるものの、レオは黙り込んだままだ。流石に訝しんだガン爺は後ろからレオの様子を眺めた。流石に表情までは覗けなかったが、その様子は余り良いようには見えていなかった。


「お帰りなさい、レオ。怪我がなくて何よりです。さて、晩御飯ですが――」


 レオは父親に話しかけられるや否や、それを無視してホームの階段まで走って駆け上がった。自分の部屋に入り込むと扉を大きな音を立てて閉め、そして剣や鎧などの武具を一式床に脱ぎ捨てるや否や……。


 ――床に耳を引っ付けた。


 状況だけ見ればやっていることはどうあがいてもクソだ。……いや、この場合は敢えて言おう。カスであると――。

 誰も突っ込まないシュールすぎる光景ではあったが、レオには関係ない。レオは耳を澄まし、下の階から聞こえてくる声を懸命に拾う。

 ――努力の使い道を完全に間違えている。


 先で聞こえてくるのはさて――ガン爺が義父を諫めている様子だった。


(よしッ!)


 レオは内心でそう呟き、片手だけ軽くガッツポーズをとった。この状況こそレオが敢えて狙っていた状況だった。敢えて「義父にお願いを拒否されて落ち込んでいる少年」を演じた。そうすることでガン爺とルドを心理的に味方につけたのだ。

 しばらくレオが壁耳取材を続けていると、終にはハゲのルドルフも義父を諫めだした。


(ふぅ……。我ながら完璧)


 レオは自分の計画が今のところ最高の状況で進んでいることを確認しつつ、尚も床に耳を当て続ける。


(さて、この状況になってオヤジがどんな反応をするのか実に見ものだなぁ!)


「ギャハハハハハハッ!! もう最ッ高!! 我慢できねぇ!」


 ふと、レオの目の前の空間から盛大な笑い声が聞こえた。

 現れたのは三つ目の顔が彫られたかぼちゃ頭にマントを纏っている変態。


「んだよジャック……。今いいところだったのに」


 この変態――ジャックはこれでも焔属性の妖精らしい。中々に傾奇者で、レオがまだ十歳くらいの頃から付きまとわれている。


「呼んでないっての……」

「いやぁ、この傭兵団ってほんっと最高! 何せ、メンバー全員が前衛! しかもキャラ濃すぎ! 変態しかいねぇな!」

「俺は変態じゃない、一般ピーポーだ。かぼちゃを頭にかぶる変態と違ってな」

「まぁまぁ、これは最早俺様のトレードマークだからいーの!」


 ジャックという妖精は傾奇者で、そしてこうしてからかうことが最早日常となっていた。


「しかしまぁ、確かにあのおやっさんにしては妙に頑なだなぁ」

「この傭兵団には元から戦闘狂しかいないだろ? オヤジだって結局は同じだろうよ」


「あー、大弓使いてぇなぁ……」


 レオは心の底からの本音をこぼした。大弓はレオが一番憧れる武器だ。


 大弓は身の丈以上の大きさや重さから、そもそも持てる者が限られてくる。重いものは限りがないが、軽いモノでも12kp(クルパルス)(1.711kp/kg。20.5㎏相当)はする。身体強化を維持できれば使える者もそれ相応にはいるが、それだけの魔力を有する者は限られてくる。

 大弓には『矢』を使うことがない。弓の弦を引くことで『矢』を作り出すことが出来るし、高性能な物だとその『矢』に属性を付与することが出来るが、それはつまりそれだけ魔力の消費が激しいことと同義だ。そもそも、大弓はその大きさや重さかも、持ち運びにはアイテムボックス等の空間系スキルを持っていないと難しかった。

 こうした理由から大弓を扱うには多くの魔力、そして素養が必要だった。

 そもそもそれだけの魔力を持っているなら、魔術大学校に進学しようとするのがこの世の一般的常識だった。


 しかし、レオにはそれ相応の魔力があった。何の偶然か分からないが、レオはウィザードといった魔法職に就く者の三倍近くの魔力を有していた。義父の方針というのもあったが、魔術大学校へは単にレオの稼ぎでは高額な入学金すら払えないからだった。しかもだ。レオは空間系スキル『アナザーフロア』を有していた。

 これについてはレオが先天的に持っていたスキルではない。妖精のジャックがレオに付き纏いだしたころに「これからヨロシクぅ! あ、これお近づきの印ね?」と与えられたスキルだった。


 とどのつまり、レオは『大弓』を扱える素養がある――と言うことだった。

 しかし何故か認めてくれない。せめて剣の間合いの外からブスブスと刺せる槍をと『妥協』すらして交渉したにも関わらず、だ。


(オヤジも結局は戦闘狂だったみたいだしな……。ホントにこのギルド変態しかいないじゃないか……)


 先ほどの『傷ついてますよ!』アピールがどこまで通用するか分からないし、ここは時間経過とともに様子を見るしかない、とレオは割り切りジャックへと視線を移した。


「なぁ、ジャッ――」


 しかしジャックは、彼にしては嫌に珍しく――それこそ、出会ってから初めて見るかもしれない程に思案げな様子で黙り込んでいた。そしてぽつりと――。


「しかしなぁ……。おやっさん何考えてんだか――」


 そんな訳ないだろ――

 そう反論する事すら憚れた。


 ――レオが、この言葉の本当の意味を理解する日はまだ遠い。

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