揺れ
現代を生きる、若者は、今、何を掴もうとしているのか?
なにはない いつものたまり場
ポテトチップスの空とコーラの空いたペットボトル それに、発泡酒の缶
机の周りに規則性を持って置かれているそれは、人が居たリアルなのかもしれないが、このたまり場の14時の様子は、魂が抜けたかのような、空虚な部屋だ。
広島 立町 岸田ビル 304号
【んじゃー、頼むね】
【うっす】
絹子は、返事をして、表に出る
この街のリアルと云えば、304号とは違い、見栄と虚勢、カネと欲望、そこから零れ落ちる悲哀を、外に放出しながら、ネオンの暖かさが示すように、空間の中に愛が溢れている、そんな街だ。八丁堀から市電に乗って、10分。広島駅北口に周り、広島空港行きのリムジンバスを待つ。
ポケットのバイブに殺気を憶えながら、電話に出る。
【おつかれさまでーす。ちょっと、今、大丈夫?】
【手短なら、イイんですが】
【夕方から欠勤が出ちゃって、18時から出れない?】
【いやあ、今日はどうしても外せない用事で
】
【そうかあ、ごめんね。次の出勤は月曜か。よろしくね】
【すいません】
【じゃあ、おつかれさまです】
【失礼します】
安堵しながら、バスターミナルにバスが飛び込んでくる
【ドラマか!】
と、毒づきながら、バスに乗り込み、多めに両替して、席に座る
ふと、自分も出演者だったことに気付き、選曲のおさらいを頭の中で始めたら、バスが動き出した。
【いや、プラカードとか準備しといた方が、いいのかな、とは思ったんですよ。】
【なにそれ、わたしホームステイ?】
【いや、K_ENEさんの顔をわたしが解ってても、K_ENEさんは知らないじゃないですか?恰好ってなんか出会い系みたいだし、歓迎ムードも出したいじゃないですか】
【歓迎してくれてんの?知ってるやついないべ】
【いやいや、わたしの周りの女の子の間ではヒーローですよ】
【そこは、ヒロインにしてくれよ】
【すいません】
【いやいや、そこ縮こまらないで】
【憧れなんで、こう立ち位置が】
【まあ、名刺は渡しとくよ】
【ありがとうございます】
おもむろに。K_ENEに帯同しているDJ KEN_Gが、お土産選び付き合ってね、というと
【お前、わけー女、たぶらかしてんじゃねえよ?嫁、子供いんだろ】
と、K_ENEが言うと
【そうなんですか?】
絹子が尋ねた。
K_ENEが
【食えもしないのに、呑気に嫁も子供ももらう連中なのよ。私ですら、週3バイトなのによう】
絹子は、うっすら、恐怖を感じながら、
【お金は?…】
【まあ、配管工よ】
【嫁と子供の甲斐性しろよ】
【んじゃー、辞めんべ】
【それは、困る。いてくんねえと】
バスターミナルに入り
【あっ、着きますね】
と、絹子が言うとKEN_Gが
【ほんと、女って不思議だよね】
とこぼしながら、足早にバスの出入り口に向かった。
【うっす】
タイケンが到着し、出演者のタイケン、fukan、トランク、DJ303、DJ KANEKOが揃い、店長のG_MASTERがバーカンに明かりを入れる
たけしは、香盤表を手渡しながら、
【SNSで、香盤を伝える時は、この写真を撮らず、手書きでお願いします。】
と、伝えながら
【んじゃー、リハいきましょう】
と、声をかけた
【お疲れ様でーす】
絹子が周りに挨拶をしながら、K_ENEとKEN_Gを店内に引き入れる。
【はじめまして。たけしです。今日は宜しくお願いします】
【こちらこそ】
2人は声を揃えながら、内装を確認しつつ、バーカンに居るG_MASTERにお辞儀をした。
【荷物の貴重品は、一応、肌身離さずで、お願いします。LIVEの時は、僕に言ってください。あとの荷物は、楽屋の置いておいてもらっても大丈夫です】
【結構、雰囲気ある箱だね。いちょ、かますかー】
K_ENEは、ふざけてみせて、少し緊張している地元の出演者の気持ちをほぐそうとする
【みんな、リハは終わったの?】
【そうですね、終わりました】
【LIVE、が楽しみだなあ、おい】
18時、K_ENEたちもリハを終えて、
たけしは
【近くの並木通りってところに、1軒、レコード屋があるんで、そこ行って、みんなで、飯行きましょう】
【了解】
K_ENEとKEN_Gは楽屋に荷物を置き、表へ出た
もう、日が暮れるのも早くなった11月終わり
ハロウィンの仮装はどうしよう、と、街の喧騒は、街の流行りに敏感だ。
そんな中、若者たちは、30歳を超えるアンダーグラウンドのアーティストに憧れを憶え普通の同い年の若者にはできないイベントを企画し、実行に移している。
それは、当の本人たちにとっては、まだ、気づいていない事ではあるが、この世の中に置いて、珍しいことだ。
流川という街の一画に、そんな物語がある。
それは、タダの一晩の奇跡に思える経験を多数、してきているK_ENEやKEN_Gにとっても、毎度ごとに、幸せな事だ。
レコード屋に向かうこの街をみんなで歩きながら、この若者たちの生末をK_ENEは想わなくはなかった。
【CRYSTLE WARRENのデビューEPがあるとは、思わなかったわ】
【誰なんですか?】
絹子がジャケットのカッコよさから興味を示している。
【こいつ、多分なんだけど、60年代のジャズボーカリストの娘なんだよ】
【それって誰なんです?】
【NANCY WILSON】
【わたし、やっぱり、ヒップホップ以外あまり知らない事が多くて】
絹子は、学校にはあまり馴染めなかった。
9歳の時に、両親が離婚して以来、父親に付いていき、音楽好きだった父の影響もあって、DJ機材やMPCというサンプラーマシーンが遊び相手だ。
母親は今でも会う事はある。建設業の下請けで実業を成した父ではあったが、父と母は実業の道に入る前に結婚。母は、実業家の家計のいざという時の経済的な面に、そこはかとない不安に耐えられなかった。
18歳で絹子は高校を卒業し、父親の紹介で、飲食店を三店舗を広島で経営する会社のパートに勤めていた。
たけしと出会ったのは19歳の夏
たけしは流川の一画のクラブで、KEEPBANGというイベントを学生ながら立ち上げ、絹子はそこに、客として出向いたところからだった。
絹子は15歳の時に知った、DJ KLOCKを機に、DJの道を進んだ。
そのことを、絹子はたけしに話し、この、KEEP BANGというイベントのレジデントDJとして、参加するようになった。
たけしは、大学に18歳で進学したのと同時に、高校の先輩のつてで、音楽スタジオの前進的な304号を借りている、雄二、と知り合い、音楽だけではない、何かを発信しようとする若者のための、部屋なんだ。と、説明を受け、出入りするようになる。
304号は、大家もそのことに寛大だった
【ジャズはチャンとしたやつ聴いた方がいいよ】
と、K_ENEがいう
【やっぱり、ベースラインとか、勉強になるよ】
【水餃子六人前でーす】
居場所がレコードやから中華料理屋へ動く。
二人で配膳しに来た店員に、トランクが
【紹興酒9人前お願いできますか?】
と、聴くと
【うちの、紹興酒、身体温まるね】
と、言いながら笑顔で用意している
【おめー、若けえのによく知ってんね】
と、K_ENEが言うと
【僕、地元なんで】
と、トランクは笑みをこぼす
fukanが
【ここのビーフンの量、爆笑ですよ】
と、K_ENEに伝えると
【そうなの?】
と答える。
音楽とううのは、不思議なものだ。イベントに集まったメンツとはいえ、音楽という象徴が、その、ヒトと人の距離やボーダーを外していく。
音楽のイベントやライブ会場で巻き起こる、一種の一つになる瞬間というのは、音楽に与えられた唯一無二の奇跡であり、演者にとっては責務なのかもしれない。
【紹興酒9人前でーす】
K_ENEが
【たけし、景気づけに一発フロウ】
と、無茶ぶりを繰り出す
たけしは笑いながら
【紹興酒も少々に、イベントは正直最高に】
と繰り出すと、
みんな、紹興酒をショットの如く飲む
【焼きビーフン三人前でーす】
ひたすら、K_ENEが笑っていた。
『流川通り 流れ流れ着いた 何かを対等に
追い剥ぐ 何がしかも分からぬ 青年少女
学生だろうが 言いたい奴は言える業界
やってれば 追い込みや雑多なトラップ
も、山ほど
追い越していくトラックは一本隣で
中央三車線
路地に入ればコリアン・フィリピン山ほど
海を渡るトラックはいねーが
流川通りの住人は気持ちはダンプで
横ノリ縦ノリ突っ込むノリ
今じゃー、規制も山のよう
雑多な連中も 看板から中は空な店舗
対等に追い剥ぐ
流れてからの交差点でばったり
未来を追い流れる この歳で 成功とは何か?
追い求める 流川街 を流れる 一人として』
ON LIVE
演者 たけし
【ありがとう】
K_ENEが明るく言う
イベントの後、軽く会場で打ち上げが行われ
、朝早い便の飛行機で、K_ENE達は北海道に帰る。
【また、宜しくお願いします】
たけしがそう言うと、
【未来は何があるか、分かんないしね、よろしく】
と、K_ENEは、答えた。
見送るたけしと、絹子は、昨日の最高の晩から、それぞれ、学生として、飲食店従事者として、また、日常に戻る。
舞台はここからだ。
304号に明かりがつく
【パチっ】
雄二は、部屋に飛び込むと同時に、部屋に置いてあったWEEDに火を点ける。
何故か変な雰囲気の人物を怪しく思い、持ってるとまずいな、と感じて、火を点けた。
一本、たけしに電話
今日の安心を手に入れ、ゆったり落ち着いた体に、ソファで横になって、DUBをかけて、深い世界に行こうとしてみる。
地球の重力は感覚を狂わせ、体の中心が、地面の中に埋もれながら、ここ、三階か
と、ふと思う
体の感覚がどこまで土に埋もれるか、不安になって、立ち上がり広島のフリーペーパー、MUSIKAの原稿に向かう
雄二は連載の〔現場へのいざない〕に、K_ENEとの夜の事を書き始める。20代の現場で魅せたK_ENE達の余裕すら感じるスタンス、それは、20代の盛り上がりに対する歓迎と、期待の受け方に対するスタンスを示す形になったのではないか?
たけしが、ガチャとドアを開け、コンビニ袋を手に持ち現われ、
【ピザポテト復活してんだね】
と、たけしが言うと、雄二が、
【恐竜か!】
と、答えた
たけしが切り出す
【MUSIKAの人達ってなんで俺に興味があんの?】
先程の電話で、MUSIKAの人達が、たけしに興味がある事を伝えていた。
【K_ENEさんの時に呼んだんだよ、MUSIKAの人、それで興味があるみたいよ】
たけしは少し考えて、
【イベントに興味があるの?】
と、聞くと
【いやーまあ、それも含めてお前らしいよ】
と雄二は答えた。
【今日なんだって?MUSIKAの人と会うのって】
絹子は304号でインスタントコーヒーをいれながら聞く。
【もうすぐ出るよ】
たけしは答えながらコーラを飲んでいる。
絹子はコーヒーを飲みながら
【変な人、来るんじゃない?
なんか、頭もじゃもじゃの】
たけしは、
【かもね、眉毛とか繋がってて、さらに、卓球さんばりの口髭で、笑】
絹子は笑いながら
【多分、ブラしてるよ、スポーツブラ】
というと、たけしが
【エンジだろうな、笑】
と、返す。絹子は笑い転げながら
【報告宜しくね】
と言った
304号から、金座街のドトールまで2分
一度、表に出て、薬局で煙草を買う
バーバリー柄のオレンジのシャツと伝えておいたので、ドトールの喫煙室に入り待つ。
水曜の昼、サラリーマンはもうランチタイムを済ませて、14時、少し店内は閑散としている。
緑のハンチングを被った40代の少し強面の人が現れ、
【たけし君?】
と聞かれ、
【芹沢さんですか?】
と答えると
【あー、良かった、会えたね】
と、アイスコーヒーを片手に着席した。
【俺もたばこ吸うけど、ゴメンね】
と、芹沢が言うと
たけしは内心、えっ?と思い、その断りの文句の不思議さに、少し、面食らった。
【会ってそうそうなんだけど、あれは、たけし君が企画してるの?この前のイベント?】 煙草に火を点けながら芹沢は言う
【はい】
と、たけしはシンプルに答えた
【どういう人脈なの?K_ENEさんって人
結構、凄かったんだけど】
不思議そうに芹沢が聞く
たけしは
【いや、人脈を作ろうとすると連絡を取って、自分たちのデモテープを送って、そうなるんです】
と、素直に答えた
芹沢は
【なるほどね。昔はみんなデモテープなんかはレコード会社に送ってたんだけどなあ】
たけしは、なんとなく、他の席にいるヒトの異質さに、ヘタのことを言うのはよしておこうと、腹に決める
芹沢は
【地元でやりたいの?】
と聞く
たけしは、
【まあ、文化というか、なんというかこれから仕事どうしてこうかは悩んでます】
と、たけしは、大学ルール縛りの自分で対応する。
芹沢が
【高校はどこなの?】
と聞く
【北方高校です】
なんとなく、雰囲気にたけしはありもしない高校の名前を言った
【北方かあ】
芹沢はそう呟く
【まあ、なんかあったらサポートするから】
と、芹沢は名刺を出した
地域コミュニティFMアストラ
構成作家・芹沢健太郎
【ありがとうございます】
たけしは、お礼を言い
【ごめんね、呼び出して。ちょっと、次があるから】
と、芹沢が席を立つ
【わざわざ、ありがとうございました】
と、たけしは、席だけ立ち、お礼をいう。
【それじゃあ】
芹沢は去っていった。
【エントリーシートの書き方は、各自、企業の企業理念から感じられる設問を自分で立てる事。その企業の商品のマーケティングに合わせて、商品を作ってみる事。法学部の学生は、既存の商品などを、一度、法律の観点から照らし合わせてみる事。特に、連鎖取引の理解は企業に受けます】
たけしは、大学の第一講堂で、就職面接説明会にさんかしている。
【履歴書はまずWORDで、JIS規格を守る事。裁判の差異に学生のみを守る手段である事。履歴書に嘘の記載をすると罰せられます。以上、進路相談に関しては、学生生活課にて、時間を決め、取りにくることです。】
たけしは、学校の唯一の友達、三島に
【お前、進路どうすんの?】
と、学生食堂に向かいながら聞く
三島は
【やっぱ、江波とかの金属加工かなあ】
と答える
たけしが、
【そうなの?】
と聞くと
【今、アルパークで働いてて室内より、たまには太陽のぞける仕事に就きたいんだよね】
たけしが、
【アパレルか、金属加工ってなんなの?】
と、たけしが聞くと、
【それなら、お前も仕事じゃないけど、音楽関連の仕事を見つけたいの?】
と、三島
たけしが言う
【いやあ、それがこの前、地域コミュニティFMの人と会って、ラジオとかもイイかなあ、とか】
三島が不機嫌に
【それ、お前、自分のやってる音楽の立ち位置を知るべきだよ】
という
たけしが
【どういうこと?】
と聞くと、三島が
【世間でいやあ、マイナーでしょ】
たけしは
【ああ】
とうなだれる。三島は
【ちゃんと、そのFM聴いてみたほうがいいよ】
というと、だるそうにたけしが
【そういうもんかねえ、コネとかもあんじゃないの?】
という。三島は冷静に
【まずは、相手がどういう事やってるか知らなきゃ。オレもアパレル3社やって、企業によって、やりたいこと全然違うな、と思ったし】
という。たけしが、
【どういう違いなの?】
と聞くと、三島は、
【極端な話、日本にある海外のハイブランドとか、売るのが目的じゃないし】
たけしは、不思議そうに
【そうなの?】
と聞いて
【まあ、世界に轟く自社の価値って感じ】
三島は言いながら、
【まあ、音楽にしろ、なんにしろ、調べるべきだね。お互い、オレも気付けば、KIRINで、ビール運んでるかもしれないし】
たけしは、笑いながらも、大人かあ、と漠然と未来を想った。
304号、雄二はコラージュアートを切り貼りしていて、絹子はDJ機材に向かい、スクラッチとジャグリングの練習をしていた。絹子がDJ機材を離れ、マグカップにインスタントコーヒーを入れてソファに座る。
絹子が
【そういえば、FMの人の話、たけしから聞いた?】
雄二は
【まだ聞いてないよ】
と答える。絹子は
【どんな人なの?】
と聞くと
【いや、オレも付き合いで紹介しただけで。
仕事もらってるしね】
【まあ、ヘンな業界ってていうのが正直なところ】
と、雄二が答える。絹子が
【なんで、言ってあげなかったの?】
というと、雄二が
【変に伝えるとこじれるし、基本、あいつもあいつの判断だし】
という。絹子はいぶかしながら
【それは、薄情なんじゃにの?】
という。雄二は
【いやだけど、まあ、広島の音楽業界に関わる意味を一度考えてもらわないといけない時期だし、あいつもそういう立場になったし】
絹子は沈黙する。雄二は続けて
【要するに、自由とかじゃなくて、広い意味でミニ芸能界みたいなもんだよ】
絹子は、漠然と大人社会のいびつさを想像していると、雄二が
【お前も将来について、そろそろ30代を目指しながら生きないと】
と、いうと、絹子はハッとして、
【私たちって、まだその場限りみたいな感覚なのかな?】
と、雄二に聞くと、雄二は
【オレとしても、MUSIKAは、やっぱりテレビを見る14歳に新しい選択肢として大人の世界を紹介するって、アンダーグラウンドな話もするし、郵便貯金ホールの話しもするし、基本、広義じゃないと、許される世界ではないし】
と答えた。
絹子は、腹は立たなかった。自分の身の振り方で、現実が変わっていく年齢になっているんだ、と静かに悟った。
三月某日、トランクとfukanは、304号を訪れていた。
トランクは
【オレ達の給料17万の手取りで、4000万の家に住むやつの家を建てるんだけど、オレ達に、初歩的な事でも、やってると、アホらしくなる】
最近、トランクとfukanは、南区にある工務店で働き始めていた。
【しかも、たいして見に来もせずに、来たら来たで、おれたちの事見て、嫌そうな顔するんだよ、素人かよ、って感じで】
【自分でも、技術が足りない事は分かってるけど、だから、初歩的なところにしか、手を出してないわけだし、暇そうに、って見ないで欲しいんだよね】
場に居合わせた、絹子は、一歩先を行かれたなあ、と思いながら、バカな大人っているんだなあ、と、少し現実が悲しくなった
fukanが言う。
【肉体労働にしては、給料イイのが救いだよね】
fukanの親戚のつてで、fukan、トランク、まとめての採用だった。
トランクが
【絹子もお父さんのつての飲食店にそのまま、就職した方がいいんじゃないの?今の時代、バックが無いと、けちょんけちょんだ、ってタイケンが言ってたよ】
fukanが
【タイケン、今何やってんの?】
と聞くと、トランクが
【デパートのレジ打ちとか、そんな仕事しか選べないんだって。逆にこき使われていくのが、怖い、って言ってた、デパートはまだましだって。客層にしても、閉店時間にしても、企業の看板にしても】
fukanが
【なるほどねえ】
とうなずく
絹子は思った。飛び込む世界次第では、暗雲たちこめるんだろうけど、だからって分かるわけでもないし
絹子は口を開く
【成り行きってどう思う?】
fukanが、親に聞くと、まだ若いしね、としか言わないんだよ
トランクは
【オレも、愚痴はあるけど、気持ちひとつなんじゃないかな、と、思ったりするよ】
絹子は答えが欲しかった
絹子は、304号から家路につく間に、母に電話をした
【もしもし、ママ?】
母は電話口で
【どうしたの?】
と答える
【ママは21歳の時、何してたの?】
と絹子。母は
【わたしはもう、働いてたわよ】
と、母
【どこで?】
と、絹子が聞くと、母は
【銀行員よ、受付窓口にいたわよ。どうしてそんなこと聞くのよ?】
母は聞く
【仕事とか、人生って何だろう、と思って】
母は、
【ママも、一時期は結婚して、絹子が生まれて離婚して、どうしよう、と思ったけど、どうにもならない、というか、星の王子様みたいな気持ちになることはないのよ。わたしは
絹子が健康でいてくれればそれでいいんだけど、あなたもまだまだ若いのよ?いろんな人に会って、いろんな人生吸収しなきゃ、20代はそれよ】
絹子は
【今は今、で落ち着いてはいるんだけど、周りが変わり始めてて、ちょっと不安で】
と、愚痴をこぼす
【グループごっこじゃないのは分かるけど、20代後半に突入する頃には、周りの人が激変してるなんて、よくあることよ。まず、自分の、30代後半を見つめて、努力しなさいよ】
絹子は素直に
【ありがとう】
と答えた。
【パパ、最近元気?】
絹子は
【元気よ。なんか、解体工事の仕事も請け負うようになってるみたいで、うまくいってるみたい】
母が
【ママも、判断間違ったかなあ。あの頃は、不安で不安で、それで、逃げ出したけど】
絹子は
【でも、分かんないよ。ママがいたらいたで、パパの雰囲気も変わるし】
母が
【人生て、そういうものなのかもね。絹子も結婚相手ぐらいは、紹介してね】
というと、絹子は明るく
【はーい】
と答え、母が
【それじゃあね、切るわよ】
と答えると、絹子は
【ありがと】
と答えた
絹子は、焦りの渦中ではあったが、少し未来への取り組みを明るく照らし、考えてみることにした
【それ、家の裏手に運んどいて】
トランクはたけしに指示を出す
【残りは、3人で運ぶから】
トランクは付け加えて言う。たけしは、トランクとfukannの仕事を3日ばかり、手伝わせてもらっていた
昼の休憩中、
【お日様もいいもんでしょ】
と、トランクの先輩が、たけしに話しかける
トランクの先輩は
【イベントとか、やってんだって?すごいねえ。オレら遊びといえば、カラオケばっかりの世界だったからね。楽しい?】
たけしは、答える
【楽しいんですけど、今、人生の岐路かなあ、と思ってて】
トランクの先輩は
【21歳ってそういうもんだよ。男はなんでも3年は辛抱しないと、一つの業界で】
たけしは
【今、音楽のイベントやり始めて1年、音楽にはまって4年、仕事になるかも分かんないですし、都会に出たほうがいいのか?とか、このまま、なんか仕事見つけて、音楽やるか?とか、なんか、オレの世界って狭いのかなあ、とか、思ったりするんですよね】
トランクの先輩は笑いながら
【まあ、大人と学生じゃあ、頭の中身は全然違うよ。同じ事やってても、視えてる中身は違うし】
たけしは、驚きながら
【なんなんですか、それ】
と、返した。祖ランクの先輩は
【まあ、幅というか、深さというか、違うのよ。大人になりゃ、分かるんだろうけど】
たけしは、うなずきながら
【3日ですけど、宜しくお願いします】
と、頭を下げた
トランクの先輩は
【いやいや、こちらこそよろしくね】
と言葉を返した
たけしは、もうすでに、何か仕事をしながら
音楽をやっていこう、と決めていた
ある日の午後、304号で花見がてら、飲み会が行われた。絹子は、勤め先の飲食店に就職し、たけしは、ライブハウスのPAの仕事を見つけていた
22歳の春、誰しもが、社会の中で、産声を上げるために生きている
304号のスピーカーから、流れてくる音は、この若者たちを揺らしている
=完=