5話 期待に応えるとか、めんどくさい。
そもそもなぜ私がここまでものぐさなのかと言うと、一応理由はある。
小さい頃から魔力が強かった私は何でもできた。
魔法を自在に操るのはもちろん、勉強の成績もスピカより良い。
両親はそんな私に期待して、いろいろな習い事をさせ私の生活を管理した。
それが愛情だと信じて。
着る服からつけるアクセサリー、読む本、食べるもの、付き合う友達、全てを私の意思とは無関係に決めていった。
物心つく前からずっとそうだった。それが当たり前で私も疑うことを知らなかった。
小さな子供にとって親の存在というものは世界の全てだ、疑うという発想なんてなくて当然だった。
一度だけ両親に反抗したこともあった。
その時、目の前で母が無表情になりいくつもいくつも食器を割りはじめた。大きな音と暴力的な行動を起こした母が怖くなり必死で止めてと訴えた。
私が泣きだしても母はその行動を止めなかった、それどころか私が唯一大事にしていたぬいぐるみをハサミでズタズタに引き裂いたのだ。
言うことを聞かなければこうなる、と言われたようだった。
父に助けを求めたけれど「お母様はお前の事を愛しているから厳しくしているんだ」と諭されてしまった。「食べるものも着るものも、住む家もあって家族にも愛されているのだから不満を言うのは間違いだ」と。
両親は『愛』と言えば何をしてもいいと思っているのだと、その時初めて理解した。
それが十年以上続いた結果、私は彼らにとってつまらない娘に成長したようだ。
将来の目標を聞かれても決められてきたものだけを受け入れてきた私には何もない。
好きな食べ物を聞かれても不味くなければ何でも良い。
ファッションにも興味がない、着れればなんだって良い。
どれが可愛いとかセンスがあるなんてことも分からない。
自分の意思が無い娘と言われるようになった。
そんな面白味の無い私に飽きたのだろう、もしくは諦めたのか。
両親はのびのびと自由に育ったスピカを愛するようになった。
最初はスピカを恨む気持ちや両親の愛を取られたような喪失感、疑問や悲しみもあった。
けれどある日突然、私の心は外の世界の全てから隔離されたような静寂に満ちた。
静寂は安定していて、とても心地が良い。一言で表現するなら『無』だ。
心の静寂を知った私は悲しみ、憎しみ、怒り……自分に関係する喜び、それにより心が揺れ動く事を面倒だと感じるようになった。
感情を失ったわけじゃない、感情に流されて一喜一憂することに疲れたのだ。
そのうち心だけでなく表情を作ることも面倒になった。
笑ったり怒ったり泣いたりするのにエネルギーを使う。それはとても疲れる。
元から感情を表に出さなかった私はさらに表情を作ることもやめた。最初だけは両親も心配したが自分たちのせいだとは欠片も思わなかったのだろう、何人かの医者に私を見せたけれど病気ではない為治しようがない。
彼らは治しようがないと知ると自分たちの心の負担を減らす為、必要以上に私に構わないようになった。
するとどうだろう、心がとても楽になった。
恨んでいたスピカにも優しく出来るくらいに。
こんなに楽な生き方があったのかと少し驚いたくらいだ。
今思えば両親は私に精神的な虐待をしていたのだと思う。
と言っても私の主観でしかないけれど。
そこから私は考え方を変える事にした。
両親が私に興味を示さなくなったのは寧ろ好都合。
でもスピカはこれからそんな両親に振り回される事になる、ならせめて私は彼女にとって良い姉でいよう。
スピカが私のように『おかしく』ならないように
それから私はスピカを可愛がるようになった。
彼女は私と違って本当に毎日楽しそうに生きているのだ。
両親の愛がこの子に向くのも分かる気がした。
唯一我が家で『まとも』なスピカには幸せになってほしいと切実に思う。
例えそのために私が破滅したとしても。