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二十話 神顕す能士(後編)

「ダーキングステルス」


 菟上(うなかみ)の放った光の大霊(おおだま)にズタズタにされた古宮(こみや)は全身を闇に覆って姿を消した。


「はは!!」


 ベシィ!! バシィ!! ズシィ!!


「……くっ」


 空中に浮遊している菟上が姿をくらませた古宮からどこからともなく攻撃を受ける。


「まさか覚醒するとは思いませんでしたが、やはりリカクは私が見込んだ通りの逸材でした!! じっつに誇らしい!!」


 ガシィ!! ズシィ!! ベシィ!! ズバァァァ!! バッシィィィィィン!!


「ぐあ……」


 古宮の怒涛のラッシュに畳み掛けられた菟上はよろよろと地上に降りていく。


「でももうお別れです! グッバイ!!」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 陽光が降り注いでいた官邸周辺が轟音とともに暗闇に包まれていく。


「はぁぁぁぁぁぁ、デスナイトメア!!!!」


 ドゴドゴドゴドゴゴゴゴゴゴババババァァァ!!!!


 古宮が気を全開まで高め、自身の体から凄まじい破壊力を持った暗黒のエネルギー波を解き放った。


「……威光(いこう)明鏡(みょうきょう)


 一点の曇りもない光の鏡が菟上の身体を環状に囲む。


 ピガァァァァドゴオオバババババァァァァ!!!!


「うぐあああああああ……!!!!」


 その光の鏡は周囲の暗闇をかき消すと、暗黒のエネルギー波を容易く跳ね返した。

 そして、鏡によって映し出された古宮の身体に、戻ってきた暗黒のエネルギー波が炸裂した。


「ぐは……、はは……! 万事休す……!!」


 自らの技を受けて致命傷を負った古宮は足を引きずりながら菟上に近づいていく。


「私はね……、実のところ天人族の目的なんてどうでも良いんですよ……! 私は理想を叶えるために、この組織を、そして阪牧真(さかまきまこと)を利用していたんです……! この世の中は私みたいな人間にとって非常に生きづらいんです。上に這い上がろうといくら頑張って力をつけようとも、まるでその人間に価値がないと言わんばかりに、誰もが地位や名声のみに目を向ける。それどころか、ひとたび力の使い方を誤っただけで、その人間は虫けら同然の扱いでみじめな生涯を過ごすことになる。おまけに上流階級の人間は都合の良い時だけ、そんな力にすがりついては道具のように使い捨てる。ああ!! 実にくだらない!! 私の理想郷、それはどんな人間であろうとも努力をして力を持ったものが正当な評価をされ、誰にも蔑まれることなく誇りを持って自由に生きることが出来る世界だ!! その理想の実現まであと一歩のところなんです!! この私の熱き想いをリカクなら分かってくれますよね?!」


 その話を無表情で聞いていた菟上は何も言わずに古宮を白眼視する。


「くぅぅ……悲しいかな、君は最後まで天人族にも、そして私にも興味を持ってくれないんですね……。私は君のことが大好きだったんですよ……?」


 じりじりと菟上のすぐ近くまで来た古宮は菟上に顔を近づけて嬉々とする。


「ふふ……。そんなリカクへの惜別に私の理想とする姿を見せてあげましょう……!」


 そう言うと古宮はマントの内ポケットから注射器を取り出して自らの腕に打ちこんだ。


「ついに私の理想がかな……うが……、うがああ……、うがあああああああ!!!!!!」


 古宮の身体はブチブチと裂け、飛び出した剥きだしの筋肉が異形の姿を作っていく。


 ものの数十秒で古宮は完全に形跡をなくし、角を生やした緑色の巨大な魔物に変貌を遂げた

 爬虫類のような皮膚で手足には鋭利な爪が飛び出し、目玉は真っ黒、避けた大きな口からはよだれがだらんと垂れている。


「これがお前の理想なのかよ……馬鹿野郎」


 菟上は空中に飛び上がって魔物となった古宮に距離をとった。


「ゲアアアアアアアア!!! ゲオオオ!!!」


 魔物となった古宮は胸苦しく叫びながら目にもとまらぬ勢いで菟上に襲い掛かる。


 バゴオオオオオォォォォン!!!


 どでかくなった古宮の熊のような手が菟上を地面にはたき落とした。


 菟上はすぐに起き上がって握りしめた両手を上下に重ねる。


光剣(こうけん)一条(いちじょう)


 すると、握った拳の隙間から一筋の光があふれ、それが先端の鋭く尖った細身の剣になった。


 ドオオオン!! ドオオオン!! ドオオオン!! ドオオオン!!


 一方の古宮は大きな図体を機敏に動かして強烈な打撃を繰り返す。

 その攻撃をギリギリでかわし続ける菟上。官邸前の綺麗な石畳が次々と叩き割られていく。


「グオオオオオオ!!!!」


 バゴオオオォォォォォォ!!!!


 古宮の攻撃が菟上に直撃した。


「くは……!!」


 しゃがみこんだ菟上は剣を脇に構えてジッとする。

 そこに間髪入れず古宮が襲い掛かってきた。


「……さばき」


 グサアアアアアァァァァ!!!!


 菟上が繰り出した白刃一閃の刺突が古宮の堅い腹に突き刺さる。

 剣が引き抜かれると緑色の血が勢いよく噴き出した。


「ゲアア……!!」


「古宮、往生しろよ」


 菟上は気を集中させて身体から溢れるキラキラしたオーラをさらに充満させていく。


「威光・黄泉(よみ)


 菟上が身体中からオーラを放出させた。


 ファァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!


 そのオーラは魔方陣のように古宮の周りを囲繞した。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォ!!!!


 その陣の中で菟上の神聖な光のエネルギーがフレアとなって立ち昇る。


「ゲ……! ゲアアアアアアアァァァァァァァ……!!」


 強烈なフレアにまみれた古宮はバラバラと緑色の肉片を消散させながら天に昇っていった。


 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……。


 菟上は大怪我を負っている伊舞(いまい)の元に急いで駆け寄る。


「みかこ……! みかこ……!! 頼む……、目を開けてくれ……!!」


「リ……、リカク……? リカクなの……?」


 弱々しく目を覚ました伊舞は菟上の覚醒した姿を見て少し驚いた。


「ああ!! 俺だ!! 良かった……!!」

「天人族は……?」

「倒した。官邸周りもこれで落ち着いた」


「そう……。でも……もう手遅れだよ……」


 伊舞はそう言って自責の念に満ちた顔を見せる。


「俺は……、どうしたら良い?」


 そう尋ねられた伊舞はボロボロになった衣服の胸元から液体の入った容器を取り出す。


「これ、血清なんだ……。子供たちだけでも助けたい……」


「……分かった。やってみる」


 容器を受け取った菟上は真剣な表情で伊舞に思いを伝える。


「ごめん。俺がやってきたことはみかこのためなんかじゃなかった、不甲斐ない自分を正当化するためのものだったんだ。俺たちの運命に立ち塞がった困難は、みかこと信じあって二人で乗り越えていくべきだった。それなのに俺は……」


「うん、分かったよ。……頼んだからね、リカク」


 伊舞はそう言って優しく微笑んだ。


「みかこ……、ありがとう」


 菟上は伊舞を救護隊員に預けてから鬼神に変貌した子供たちの元へと飛んでいった。





「……はぁぁ!!」


 両手を硬化させた都鳥(とどり)は阪牧の顔面にパンチを連打するが阪牧はびくともしない。


「無駄だ、いくらやっても効かん。神と人間では天と地ほどの力の差がある」


「く、くそ……!! どうしたら……!!」


覇炎(はえん)滅火(めっか)!!」


 ボオオオボワアアアアァァァァァァァ!!!!!


 落胆の色を見せる都鳥に阪牧は容赦なく猛炎を浴びせた。


「うがぁぁぁぁ……!!!」


 どうにか猛炎から這い出た都鳥は四つんばいになったまま床を見つめる。


「終わりにしよう。おおお……」


 阪牧はとどめの技を出すべく集中して気を溜めはじめた。


緋斗美(ひとみ)さん……」


 そう呟く都鳥の脳裏に楓原(かえではら)の姿が走馬灯のように映し出される。


「馬鹿……! 僕はこんな時に何を考えて……あれ、確か――」


 それは都鳥が捜査官になる少し前のこと。

 楓原は実践経験のない都鳥に能力を用いた戦闘術を指南していた。


 その中でこんな一コマがあった。


「君の持つ金剛の能力というのは、界隈では錬金術にしか役に立たない金満能力だ、などと揶揄されがちだが、実際はそうではない」


「そ、そうなんですか?」


「ああ。金剛というのは文字通り金や堅固の意味であるが、そこには最勝の意が隠されている。即ちそれは数ある能力の中で最もすぐれるもの、つまり能士の王を意味している」


「お、王……?」


「そうだ。珠伽の力は全ての能士を制する。そう強く信じるんだ」


 都鳥は楓原から聞かされたその言葉を思い出していた。


「あなたは大切なことを全部僕に教えてくれていたんですね……」


 戦意を取り戻した都鳥は人差し指を立てた両手を胸の前で交差させた。

 そして、揺るぎない気持ちで阪牧にこう言い放つ。


「僕は阪牧さんを必ず斥けます。覚悟して下さい」


「戯言を。純情がゆえの罪深さ、とくと思い知れ」


 二人が言葉を交わした次の瞬間。


「覇炎・業火(ごうか)!! ぬぉぉぉぉぉぉ!!」

金剛王(こんごうおう)阿閃(あしゅく)!! おぉぉぉぉぉぉ!!」


 阪牧の青色の炎波と都鳥の金色の剛波が激しくぶつかり合う。


 ボオオオオバババババババドドドドドドドゴゴゴオオオオオオ!!!!!!  


「僕はみんなと信じ合った……! 絶対に負けないと!! はぁぁぁぁ!!」


 さらに頑強な意思を示した都鳥の身体から黄金の覇気が溢れだす。

 すると、都鳥の剛波が阪牧の炎波を徐々に打ち破っていく。


「ぬおおおおおあがぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!! 


 ゴゴゴゴゴゴゴゴババババババアアアアアドドドドドドオオオオオオォォォォン!!!


 猛烈な剛波が阪牧の強靭な身体を粉砕しながらのみこんでいく。


「あ、有得ん……、有得んぞ……!! 神顕(かみあらわ)す能士の私が凡庸な能力に剋するわけが……!! うがああああああ!!!!」


「はぁ……、はぁ……、はぁ……」


 ギラギラした金の光源が輝きを収める頃には阪牧の身体は跡形もなくなっていた。


 都鳥はそれを確認するやいなや最後の気力で声を張り上げる。


芽來(めくる)! 魁惟(かい)! 御階(みはし)さん! みんな!! みんな……!! しっかりして……!!」


「……ん……うう……。珠伽(みとぎ)班長……、あいつ、やっつけたんだね」

「へ、へへ……! 流石は俺たちの班長だぜ……!!」

「……都鳥班長。打ち上げはあなたのおごりですからね」


 そんな三人の言葉を聞いた都鳥は感極まってだくだくと涙を流した。


「みんな……! SPAGの大勝利だ!!」





 倉橋(くらはし)総理を連れて地下通路から地上に出てきたSPAG。

 あたりは不気味なくらいに物静かだ。


 そこに久留主(くるす)課長から電話がかかってきた。


「都鳥か!! そっちの状況はどうだ?!」


「SPAG一同、無事に任務を完了しました!」


 SPAGの面々は電話口から漏れてくる久留主の騒がしい声を固唾を呑んで聞いていた。


「そうか! でかしたぞ!! こちらも今しがた都内で暴動を起こしていた天人族を鎮圧した!! これで一件落着だ!!」


「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 その知らせに四人は息を合わせて歓喜の声を上げた。


 都は天人族によって陥落しかけていたが、覚醒した菟上が疾風のように鬼神に血清を投与してまわったことで、各区で暴れまわっていた鬼神は元の子供の姿に戻り、攻めあぐねいていた政府陣営が形成を逆転させて一挙に天人族を取り鎮めたため、事態は劇的に収束を向かえて普段の平静さを取り戻した。


 その後、創始者を失った天人族は事実上の解体となり、人を鬼神化させる薬も二度と使われることはなかった。


「総理! 今回の件、どう責任をとるおつもりですか?!」


 当然、倉橋は世間から追及されることになるが。


「先ず、先般のテロリズムによって犠牲となった多くの方々に心からお悔やみ申し上げます。これらは全て天人族の策謀によるもの。子供たちをも利用した卑劣極まりない犯行でありました。ですが、我々政府は屈せず毅然と立ち向かい、人命を第一にしてテロを退けました! 我々は天人族に扇動されていた人々を咎めるつもりはありません! 私は総理大臣として、これからも国のため、国民のために――」


 数日後、そんなニュース映像がテレビに映るSPAGの執務室では打ち上げの準備が行われていた。


「みんなぁ! 焼きあがったよ! じゃーん!!」

「おっ! きたきた!! 芽來っちの特製ピッツァ!!」


 麻倉が自慢のピザを大きな木製のプレートにのせて運んできた。


「芽來はずっと打ち上げを楽しみにしていたもんね。その分、ピザも美味しくなってそうだ」

「えへへへ! たくさんお食べ!」


 そんな中、御階がなにやらぶつくさと講釈をたれ始めた。


麻倉(あさくら)猿渡(さわたり)、君たちは経験不足だ。僕は先輩から学んで――。都鳥班長、あなたはね、もっと周りを頼って――」


「あーあ、もう出来上がってるよ御階さん。ほんと酒癖悪いっすね……」


「まぁまぁ。こうしてみんなで集まるのも久しぶりだし、今夜はとことん楽しもう!」


「そうっすね! 班長と飲もうと思って一升瓶買ってあるんすよ!」

「三人ともぉ、また飲みすぎて課長に怒られないようにするんだよぉ!」


「じゃあみんな、準備は良い?」


 四人はグラスを手に持って笑顔で向かい合った。


「では、これからのSPAGの健闘を誓って……、乾杯!」


「乾杯!!!」


 和気藹々と楽しい時間が続く中、都鳥は一人ベランダに出て夜空を見上げた。


「……どこかで見てくれていますか?」


 その問いかけに答えるかのように金色の星がきらりと光る。


「緋斗美さん、ありがとうございました」





 四月を迎えた。


 ピンポーン!


「はい! どちら様でしょうか?」


「菟上リカクです。お久しぶり」

「来たわね! リカク、こんなに大きくなって!」


 菟上を迎えたのは葛葉(くずのは)いつな。

 都内の大学に通う女子大生で菟上とは従姉弟の関係だ。


「いつなさんも元気そうで。おじさんのことは残念だったけど……」

「うん……。ごめんね気を使わせちゃって」


 いつなは一月に父の葛葉啓一(くずのはけいいち)を亡くしていた。


「えっと……、ご、御三家(ごさんけ)って言ったっけ」

「御三家で合ってるよ。おじさんの代わりになれるか分からないけど……、頑張ってみる」


 御三家とは、飛び抜けた超能力者を有する三つの家元を国が秩序維持の目的で庇護する制度のこと。葛葉家は御三家の一つであったが、その当主である啓一が或る事件で不慮の死を遂げていた。そうした中、新たな御三家を探していた政府が天人族の一件で頭角を現した菟上に白羽の矢を立てたのだ。


「パパの仕事引き継いでくれてありがとうね。今日から頼んだわよ」

「こちらこそ。なるべく迷惑かけないようにするからさ」


 御三家の当主を引き受けることになった菟上は啓一の仕事を引き継ぐために葛葉家に居候する。


「遠慮しないで良いのよ。うちも賑やかになるしね。ほら、あがって」


「し、失礼します!」

「あら? その子は?」


 菟上の脇からひょこっと現れた女はハキハキとその名を名乗る。


「ご挨拶遅れました! みかこです! 伊舞みかこ! 宜しくお願いします!」


 葛葉家に通された二人は部屋で荷物の整理をはじめた。


「ねぇリカク」


 そんな中、伊舞が伏し目がちにささやく。


「これからはずっと一緒だよね」


 菟上は伊舞に寄り添って、こう言った。


「うん。これからは二人でどんな運命も切り開いていこう」

神顕す能士リカク、本日で連載終了となります。

約二ヶ月と少しの間でしたが、最後まで読んで下さいまして、本当にありがとうございました。

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