十九話 真の支配
各区に襲来した天人族の実働部隊は鬼神化させた子供を盾にして総動員で陣を張る機動隊を攻める。
暴れまわる鬼神と武装した天人族側の銃撃によって機動隊は後退を余儀なくされていく。
そんな中、政府側にとってさらに不都合となる事態が発生した。
「こちら二区! 天人族の神徒と思わしき市民が街中に入り乱れています!」
「こちら十五区! おなじく――」
全国から集まった天人族の神徒たちがあちこちで一斉に示威運動をはじめたのだ。
街中に溢れかえる神徒たちは口々に政府の批判を繰り返し、天人族への降伏を求めている。
それによって現場のみならず本部もより一層のパニック状態となった。
「こちら本部……! その件は所轄の警察に対応をさせる……! 各隊は自衛隊と連携して力づくで武装勢力を鎮圧せよ……!」
一体となって武力攻勢を強める政府陣営に対し、天人族側も総力を挙げて対抗する。
両者の激しい応酬は鬼神を盾に巧妙な知能戦を展開する天人族に分があった。
「……こ、こちら二十三区! 天人族の進攻によって本区は陥落状態となりました……!」
「くぬ……!」
「六区も応戦可能な戦闘力を喪失しました……!」
劣勢を強いられた各隊から次々と悪報が届く。
その後も天人族側の進撃が続き、ついには都の全域が攻め落とされようとしていた。
*
「苦肉の策とはいえ、流石に良心が痛みますね」
「やつらが官邸を狙うことなんて目に見えている。国のため思えば我々だけでも逃げ延びなければならない」
ここは政府が極秘に建築した地下通路にある隠し部屋だ。
倉橋総理と円屋官房長官は周囲の目を盗んで官邸からこっそり移動してきた。
その部屋に倉橋の秘書官が駆け込む。
「総理、メディア関係者がそこまで来ています……!」
「馬鹿な……! 情報が漏れたというのか……!」
「どれ、私がなんとかしましょう」
メディア対応を得意とする円屋が自信ありげに部屋を出て行った。
だが、その数秒後。
「うがぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!」
「ど、どうした!!」
円屋の悲鳴を聞いた倉橋は慌てて地下通路に飛び出て状況を確認した。
たちまち倉橋の体から血の気が引いていく。
「内閣総理大臣の倉橋であるな」
殺伐とした空気が漂う。阪牧だ。
全身丸焼きとなった円屋を足蹴にして倉橋に近づいていく。
「お前は……、なぜここが分かった!!」
「ぬふふ。そこの彼に聞いてみたまえ」
阪牧はそう言って倉橋の横にいる秘書官を指差した。
「お、お前……、まさか……!!」
「はい、天人族です。全てはミスターのお達し通り」
「く……、くそ! なんてことだ……!」
倉橋は苦虫を噛み潰したようなの顔で阪牧に聞く。
「阪牧よ……、お前の本当の目的はなんなんだ……?」
「ぬふふふ。それは人類の真なる支配であるぞ」
「……元々は弱者救済のために天人族を立ち上げたと聞いている」
「さようである。そもそもわたしは張りぼての権力で世の中を制した気になっている連中が大嫌いでな。その連中に抗するべく弱者救済の名の下で天人族を立ち上げたのだ。だが、蓋を開けてみればどいつもこいつも救えたものじゃない。誰もが独善的で人の尻馬に乗っては文句ばかり垂れる、そのくせ自意識過剰で被害者ぶってはすぐにのぼせ上がる。この世には上から下まで我利我利の亡者しかいないと気付いたわけである。ならばと。わたしに授けられたこの絶対的な神なる力で、嘘偽りのない権力を行使して真の意味で人類を支配してみせようと思ったわけだ。かく言う汝も同じ穴の狢だろうに」
「わ、私は国のため、市民のためを思って政治をしている!! お前のような下衆と一緒にするな!」
声を荒げる倉橋に阪牧は半ば呆れた様子だ。
「まぁ良い。早速ではあるが汝には政府転覆の証として大衆の面前で人柱になってもらうとしようかね」
阪牧は古宮から借りたスマホを取り出して生配信の準備を始めた。
「な……! やめろ……!! くそぉぉぉぉ……!!」
「ぬふふ、逃げられるわけなかろう。ふんっ!」
ボワァッッッ!!
逃げ出そうと走る倉橋に向けて阪牧が炎を放った。
「た、助けて……!!」
「金壁!!」
ボォォォォォォォッブワッッッ!!
倉橋の前に突如出来上がった金色の壁が阪牧の炎を跳ね除けた。
「阪牧さん、ここまでですよ」
そう言って登場した都鳥が倉橋を守るようにして二人の間に入った。
「ん? 汝は局で会った若造であるな」
「SPAG班長の都鳥珠伽です。天人族総裁の阪牧真、反逆罪で連行します」
「ぬふふ。政府転覆がなされれば、これは犯罪ではなくなるのだよ」
「気が早いようですが政府転覆なんてさせませんよ」
「……生意気な。汝も昨夜の女のように処刑してしんぜよう」
「く……、緋斗美さん……」
下を向いて歯を食いしばる都鳥。
「ぬおおお!!!」
阪牧が全身から気を噴出して炎をまとった。
都鳥も気合いを入れて能力を発動させる。
「はぁぁぁ!!! 金塊!!」
都鳥が右手に集めた気を金の塊に変えて阪牧に渾身の力を込めて投げつけた。
「ふん!! 炎息!!」
それをさらりとかわした阪牧は口から大きな炎を噴き出す。
ボワァァァァ!!
「金覆!! く……!!」
都鳥は全身を金に硬化させ両腕で顔を防ぎ吹きつける炎をしのぐ。
「ん……、思い出したぞ。汝、あの時の金剛の少年であるな」
「ええ、こうして師匠と対峙することになるなんて数奇なものですね……! はぁぁ金剛力!!」
話しながら間合いを詰めた都鳥は金で大きく硬化させた右腕で阪牧に正拳突きを放った。
バッゴォォォォォォォン!!
「うがぁ……!! と、都鳥くん、成長したではないか!!」
都鳥の正拳突きを受けた阪牧は痛がる素振りを見せながらも嬉しそうに話す。
「はぁぁぁ!!」
都鳥は阪牧の賛辞を気にも留めず続けざまに正拳突きを放つ。
「ふんぬ!!」
バシッ!!
「な……! 受け止めた……?!」
「だがまだまだ甘い!! ぬおおぉぉぉ炎鎚!!」
阪牧は都鳥の拳を左手で受け止め、炎をまとった右手を都鳥の脳天に叩き付けた。
メギィィィィィ!!!!
「うぐぁぁぁ……!!」
その衝撃は鈍い音をたてながら都鳥の硬化を打ち破り脳天を突き抜けた。
都鳥は痛みのあまり頭を押さえ床に転がって悶絶する。
「癖のある金剛の能力をよくここまで使いこなしたものだ。あの時、天人族に入っておけば良かったものを勿体無い」
「……よくも……よくも副総監を……」
「副総監? ああ、昨夜の女のことであるか。そんなに恋しいなら、汝もさっさと逝くが良い」
恨み言を述べる都鳥に冷ややかにそう言った阪牧は炎を寄せ集めて穂先の鋭い槍を作った。
「う……うう……」
「おおお火槍!!」
阪牧が都鳥に向けて槍を振り下ろした。
バキュゥン!! バキュゥン!!
「ぬあ……!」
二発の銃弾が阪牧を撃ち抜く。
「珠伽班長!!」
「都鳥班長!!」
「み、みんな……!! どうしてここに!!」
そこには御階、麻倉、猿渡の三人の姿があった。
驚きながら身体を起こした都鳥に御階が硝煙をあげる銃を気障っぽく構えて答える。
「すみませんね。僕らもSPAGの一員なんで」




