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十八話 菟上リカク

 総理官邸前に敷かれた警備隊のバリケードを突破しかけていた菟上(うなかみ)(くすのき)蓬条(ほうじょう)

 その三人の行く手を伊舞(いまい)みかこが意を決した面持ちで阻む。


「み……みかこ……?! どうしてここに……!!」


 思いもかけなかった伊舞の出現に菟上は気持ちの整理が追いつかない。

 

「菟上くんさ、自分で何をしてるのか分かってるのかな?」


「そ、それは……」


 答えに窮して下を向く菟上。


「……わたし、ずっと待ってたんだよ」


 伊舞はうっすらと涙を浮かべながら菟上に話し続ける。


「突然いなくなって、気が気じゃないほど心配だった。けど、菟上くんの言葉を信じて待ってた」


「みかこ……」


 伊舞は菟上が天人族に入っていたことを知らずに来る日も来る日も菟上のことを待ち続けていた。

 菟上が必ず戻ると伊舞に言い残して去っていったからだ。


「それなのにどうしてこんなこと……」


「……悪かった。みかこを守るためには仕方なかったんだ」


 その言い訳がましく聞こえるセリフは伊舞の感情を大いに逆なでした。


「仕方ない……? わたしがこんなこといつお願いしたかな」


「お、俺はみかこの事を思って……。みかこに幸せになって欲しくて……」

「そんなの嘘! 菟上くんがそうやって自分に言い聞かせてるだけだよ!!」


「嘘じゃない……! 俺が天人族に入っていれば、みかこはもう利用されずに済むはずだったんだ!! それなのに今度は……、この腐った政府がみかこを利用しやがった!! 俺はみかこを傷つけるやつらを絶対に許さない!!」


 熱を込めて弁明する菟上に対し、伊舞は語調を整えて、こう切り出した。


「じゃあわたしが死ねば全て解決するね。誰もわたしを利用できなくなるし、菟上くんも天人族を抜けられる」


「な、何を言い出すんだ……」


「わたしのせいで子供たちが苦しんで、たくさんの人たちが死んで、国もめちゃくちゃ。菟上くんもおかしくなっちゃった」


 伊舞はそう言いながら頭に白い鉢巻を締め、顔の前で数珠を挟んで両手を合わせた。


「みかこ……!! 何するつもりだ!!」


「だから……、わたしが責任をもって全て終わらせる……! はぁぁぁぁ!!!」


 気合いを入れた伊舞は、ぶつぶつと呪いを唱え始めた。

 すると、急に全身の力が抜けたかのようにしてバタンと倒れた。


「み……、みかこ?!」


 菟上の目の前で伊舞の身体が超常現象のごとく変貌していく。


「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!」


「あ、あの女……!! やまんばみたいな巨人に変身しやがったぞ……!!」

「神子の能力ね……! 神霊をその身に宿すことが出来るって聞いたことがあるけど……、あれじゃただの化け物じゃない……!」


 楠の言うように、伊舞は背丈が五、六メートルもある真っ白な髪のやまんばみたいな姿になった。

 何かに取り憑かれたかのような雰囲気で、その表情は悲哀に満ちている。


 変貌をとげた伊舞はドスの効いた低い唸り声で三人を威嚇している。


「おい柊吾(しゅうご)!! みかこには絶対手を出すなよ!!」


 菟上が伊舞に向けて攻撃態勢をとる楠を牽制する。


「そんなこと言われても……! こいつを何とかしないとミッションが!!」

「相手はリカクの彼女なのよ! ちょっとは考えなさいよ!!」

「じゃあどうすりゃ良いってんだ!!」


 菟上は興奮した様子の伊舞の前に立ち、能力を解くよう説得を試みる。


「みかこ!! 止めろ!!」


 その声に伊舞は何の反応も見せない。


 顔面に垂れていた長い髪を振り上げた伊舞はおぞましい顔で菟上を睨みつける。

 そして、ごつごつとした手を広げて強烈な波動を菟上に撃ち込んだ。


 バァバァァァァァァァァァァァ!!!


「うぐぁ……!!!」


 菟上は伊舞から攻撃を受けながらも這いつくばって必死の訴えを続ける。


「頼む……、元の姿に戻ってくれ……!! みかこに傷ついて欲しくないんだ……!!」


 それにかまうことなく、伊舞は鋭い爪が生えた足を振り上げて菟上をおもむろに蹴飛ばした。


「ぐはぁ!! ゲホ……! ゲホ……!」


 バァバァバァァァ!! ベシィィ!! ベシィィ!! ベシィィ!!


 伊舞は続けて楠と蓬条に波動を放ったかと思えば、周辺にいる警備隊員たちも蹴散らしていく。

 その後も伊舞は見境なく攻撃を続けていった。


 そこに忽然と古宮(こみや)が現れる。


「おやおや、すごいのが暴れていますね」


 古宮は暴威を振るう伊舞の姿を確認すると、すぐに暗黒の気玉を作りはじめた。

 それを見た菟上は顔を真っ青にして叫ぶように声を張り上げた。


「古宮!! あれは伊舞だ!! 危害を加えるな!!」

「ディストゥラクションボール!!」


 古宮は菟上の声に耳を貸さず巨大な暗黒の気玉を伊舞めがけて投げつけた。


「や、やめろぉぉぉぉ!!!」


 バァァァァァァァァァァァズドドドドドドドォォォォォォォ!!!!


 鬼神をも消滅するさせるほどの破壊力を持つ暗黒の気玉が伊舞の身体をズタズタにしていく。

 その一撃で大きなダメージを負った伊舞はうめき声を上げながら元の姿へと戻っていった。


「みかこ……!!」


 菟上は血相を変えて血まみれになって倒れこんでいる伊舞に駆け寄った。


「古宮……!! お前、伊舞になんてことしてくれんだ!!」


「あらぁ、さっきのは伊舞さんでしたか! これは失礼しました!」


 そう言って古宮はとぼけた顔を見せる。


「お前……! 分かっててやっただろ!!」


「てへ、ばれました? そうは言っても、このミッションに失敗は許されないんです、邪魔者は徹底的に排除しないと! それに、彼女に消えてもらえればリカクは身も心も天人族に捧げられるようになりますので! 我ながらお節介ですみませんねぇ!」


「おまえぇぇぇ!!! くだらねぇことばっかほざきやがって!! 許さねぇぞ!!! おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 古宮への怒りをむき出しにした菟上は憤激の雄たけびをあげて能力を発動させた。

 

「ちょっと……! リカクの様子がおかしいわよ……!」

「は、半端ねぇ気だ……!! 鳥肌がとまんねぇ……!!」


 ピカァァァ!! ドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!!!!


 菟上の頭上に一筋の閃光が走ると、ものすさまじい地響きが辺りに轟く。

 そして、菟上が殻を破るように全身から際限なく光を放出しはじめた。


「ほぉー」


 その光景に古宮が目を細めて感嘆する。


「あぁぁぁぁ!!!! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

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